クラシック千夜一曲 | geezenstacの森

geezenstacの森

音楽に映画たまに美術、そして読書三昧のブログです

クラシック千夜一曲

音楽という真実

 

著者:宮城谷昌光

出版:集英社 集英社新書

 

 

 一曲の感動は、千夜をゆたかにする。作家の執筆の秘密をあかす音楽論。古代中国を舞台にした小説で独自の世界を切り拓いた作家が、初めて試みるクラッシック案内。メンデルスゾーンの「ヴァイオリン協奏曲」や、ベートーヴェンの交響曲六番「田園」など、人生に元気をあたえる生命力のある曲ばかりを十曲選び、解説。豊富なCDコレクションの中から、同じ曲の聴きくらべをしてコメントし、おすすめ盤を紹介する。小説の構成にも似た、パーツを緻密に考察し曲の全体像をつかむ独自の切り口は、よく知っている曲も「こんな曲だったのか」と新たな感動をあたえる。---データベース---

 

 1999年に創刊された集英社新書の第1回発売ものです。タイトルに惹かれて手に取ったですが、取り上げられているのはわずか10局で著者の好み丸出しの選曲であり内容です。そして、タイトルからして続編はあるのかいなと探してみてもどうもこれ一冊きりしか出でいません。それならタイトルはズバリ「クラシック十夜一曲」で事足りたのになぁと思ってしまいます。その10曲は以下の通りです。

 

目次

第1夜 メンデルスゾーン・ヴァイオリン協奏曲
第2夜 ベートーヴェン・交響曲第六番「田園」
第3夜 チャイコフスキー・ピアノ協奏曲第二番
第4夜 ビゼー・「アルルの女」
第5夜 グリーグ・「ペール・ギュント」
第6夜 プロコフィエフ・「三つのオレンジへの恋」
第7夜 ムソルグスキー・「展覧会の絵」
第8夜 フォーレ・「エレジー」
第9夜 ブラームス・交響曲第三番
第10夜 ミヨー・「プロヴァンス組曲」

 

 ということで、結論から言うとタイトルの意味は、一曲の感動は千夜を豊かにするということなのでしょうです。で、中国古代史小説の第一人者として人気大爆発した宮城谷昌光氏が、中学時代から現在までに聴いたクラシックの名盤のマイベスト10を熱く語った本であるということです。そこには、音楽の専門家でないからこそ語れる真実というものもを垣間見ることができます。また、この本の面白いところは、各音楽家が活動した期間を西暦だけでなく和暦(たまに中国暦)も併記してくれるところにあります。大半が江戸時代から明治初期に完成された作品だと言うことがわかりますし、この時代西洋文化と日本文化にいかに大きな差があったかを常に意識しながら読むことができます。例えばリムスキー=コルサコフやチャイコフスキーが活動した頃、日本には作曲を学ぶ学校すら無かったことなど、江戸時代は日本の音楽史の中ではちよっとしたブラックボックスの時代であったことが伺い知れます。

 

  この本の中で、作者は生い立ちの中で自身の音楽体験を語りながらどうやって音楽に接してきたかを語っています。それが第1夜のメンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲から始まるのですが、同じような出会い方をしてきた小生の体験ともオーバーラップするところがあり、非常に興味深く読むことができました。宮城谷氏はいきなりハイフェッツから入るところなどはうらやましいかぎりです。小生はといえば、メンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲のレコードはベートーヴェンの交響曲3番の次に購入したものです。その当時は3大ヴァイオリン協奏曲とか、バイオリニストが誰とか全く無知の状態でした。そういう状況の中で初めて購入したのはミシェル・オークレールのもので、テンポも含めて演奏の良し悪しは別として、メンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲はこういう曲なんだと知りました。

 

 この本では「演奏聴き比べ」というスペースがあり、同じ楽曲を指揮者、オケ、ソリスト別に自身の所有するディスクについて感想を述べています。取り上げられているのはほとんど名盤に類するものですが、その中で自身の感性に合わせて忌憚のない論評を繰り広げています。氏がいかにクラシック音楽に通暁しているのかよく分かる素晴らしい内容です。ただ、ひとつ面白いのは氏はトスカニーニを信奉しているにもかかわらずそのディスクは一つも取り上げられていません。ここが不思議なところですが、そう言う意味ではフルトヴェングラーは一枚も無いし、カラヤン、バーンスタインの類も一切ありません。そう言うところがまた、いっぱしの音楽評論家が論ずる名曲名盤選とは一味違うところです。

 

 そして、10曲のリストを見てわかることですが、意外なところでチャイコフスキーのピアノ協奏曲では超有名な第1番ではなく第2番が取り上げられているということやプロコフィエフの「三つのオレンジへの恋」とかミヨーは「プロヴァンス組曲」がこの10曲に含まれているところです。氏は聴き比べで1番より2番を選択したという感性の持ち主です。この本で取り上げられているギレリスの演奏です。

 

 

 今までの常識にとらわれない選曲と批評眼は興味深いものがあります。まあ、人が一生に聴くことができるディスクの数は限られていますし、聴く環境、装置によっても印象は異なります。ここではオーディオ面は初期のポータブルプレーヤー以外は登場しませんから詳しくはうかがい知れませんが、そういうものにこだわらない深い精神性に根ざした演奏が取り上げられていると言っても過言では無いでしょう。

 

 続編が刊行されることを願ってやみません。

 

 

 

 

 

 

 

取り上げたことのある集英社新書