オーケストラ大国 アメリカ | geezenstacの森

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オーケストラ大国 アメリカ

 

著者:山田真一

出版:集英社 集英社新書

 

 

 

 アメリカのオケを知らずして、クラシック音楽は語れない!
トスカニーニ、バーンスタイン、ショルティ───カリスマ指揮者、名オーケストラの全貌! 


 アメリカはクラシック音楽の伝統のない国だと思われている。しかし、現代のオーケストラのスタイルは十九世紀に成立したものであり、アメリカのオーケストラは、その形成過程でヨーロッパのオケに優るとも劣らない役割を果たした。そして今も高い演奏能力を誇り、ヨーロッパを凌駕する魅力を備えている。
 

 高い音楽性を達成し、地域社会に根ざしたアメリカのオーケストラ。そのドラマティックな歴史をたどり、スター指揮者や名オーケストラの実像を紹介しながら、実力の源泉に迫る。必聴音源案内付。---データベース---

 

 本書は、音楽評論家の山田真一氏が、パリの都市計画を研究するためにシカゴ大大学院に留学中、街の真ん中にオペラ座を作った意味を知るために、当時、定期的にシカゴ交響楽団を指揮していた作曲家のピエール・ブーレーズの楽屋を入り浸るうちに「音楽は決してあいまいなものでなく、合理的に割り切れるもの。そう確信できました」と豪語し、世に出たのが本書なんだそうです。そんなこともあり、やけにシカゴ交響楽団のウェイトが高くなっていますし、この場合の”音楽”は、音楽そのものよりも、音楽をとりまくビジネスととらえるべきでしょう。

 

 タイトルの「オーケストラ大国」という言葉に違和感を感じ、手に取った一冊です。手短に、アメリカのオーケストラの歴史、そして発展をコンパクトにまとめた一冊となっています。セオドア・トーマスによるオーケストラの設立からマーラー、トスカニーニの時代、そして大戦前後の変化を経て現代までを俯瞰できるので、アメリカのオケについてこれから知りたい人にはいいのかもしれません。ただ、新書という形態の関係で、何人かのキーパーソンをヒックアップして語られる歴史は、物相関図が少しラフすぎるのでクラシックに詳しい人にはちょっとマユツバ的なところもあります。章立ては以下のようになっています。

 

第1章 オーケストラ大国の礎(オペラハウス・ブーム、オーケストラの伝道師トーマス―地域オーケストラの誕生
スパルタ指揮者!マーラー―アメリカ音楽界の飛躍、ドイツ音楽界からの脱皮)
第2章 オーケストラ大衆時代の到来(スター指揮者誕生、アメリカで花開いた現代指揮法)
第3章 悲劇と栄光の指揮者たち(新しい音楽界ビジネスの出現
レコード業界の飛躍
幻のシカゴ響音楽監督フルトヴェングラー、最後の勝利者ライナー)
第4章 スーパー・オーケストラの登場(アメリカ生まれのスター指揮者、ゲオルグ・ショルティ、クリーヴランド管弦楽団―セルとその遺産)
第5章 オーケストラ大国アメリカの発展(オーケストラ・ダイナミズムの時代、米国オーケストラの発展を支えたもの)

 

 著者は、5章に分け米国のオーケストラの発達を述べています。大雑把には、第1章では、草創期には、オペラのブームがあり、各地にオペラハウスが出来た事、又セオドア・トーマス(私は知りませんでした。)がオーケストラの発展に大きく寄与した事、マーラーの貢献、カール・ムックの排斥(後年フルトヴェングラーについても同じような事が起こった。)等について述べています。そして、スター指揮者L・ストコフスキーの登場です。彼は、いい意味でも悪い意味でも米国のオーケストラを形作ったといっても言い過ぎではありません!オーケストラの配置、指揮棒を使用しないスタイリッシュな指揮、バッハの管弦楽編曲、他メデイアへの進出、レコーディング等、そして、A・トスカニーニ(この人は、強烈なオーケストラトレーナーとして知られ、トスカノーノーというあだ名は、有名です。)の米国オーケストラに果たした貢献は非常に大きい。そして、独のユダヤ人排斥でもたらされた人材、B・ワルター、F・ライナー、ジョージ・セル、S・ミュンシュ(彼は、ドイツ人ですが、独の政策の抗議し仏に帰化しています)彼らは、各々のオーケストラを超一流に仕上げました(ワルターは除きます)。そして、ようやく自前の指揮者L・バーンスタインの登場です。かれは、オーケストラトレーナーとしては、あまり貢献していませんが、教育啓蒙で多大な貢献をし、小澤、M・T・トーマス、マルサリス等多くの人材を育て、米国のオーケストラに黄金時代をもたらしました。
 

 ただ、その内容を仔細に観ていくと見当違いの記述も多く、ドラティはナショナル響の後デトロイト響へとその音楽監督としての立場を移り、ジュリーニのシカゴ時代の録音はEMI、DG両レーベルより発売されている。小澤征爾のアメリカでの録音はサンフランシスコ響時代とボストン響の前期(70年代終わり)まではDGリリースであり、フィリップスからは80-90年代のBSOとのものしか出ていなません。またBMGはマゼールと契約したもののその録音はバイエルンやウィーンのオーケストラとのものであり、NYPとの録音はDGから出されています。ピッツバーグ響の録音もスタインバーグ時代のことは全く触れられていませんが、彼もステレオ時代にはキャピトルやコマンドに大量に録音していて一時代を築いています。

 

 さて、この本のラストには、米国がオーケストラ大国になった理由として、地域社会との深い結びつき、自分たちの活動を社会に広める活動等をあげています。日本では大都市にいくつものプロのオーケストラが存在しますが、アメリカでは1年1つが基本です。この存在理由が文化団体形式の寄付による母体で、理事会は無給のボランティアによって支えられるという文化風土にあるのでしょう。日本では大企業のメセナ活動や有名名士の名誉会員的組織で地域に根ざしているとは言い難い制度になっていて、フジテレビによる日フィルの解散騒動などは汚点史になっていますわなぁ。

 

 ここではレコーディングに足跡を残したフルオームストラにしかスポットが当たっていませんが、近年進化が著しいオリジナル楽器アンサンブルでも、ヨーロッパの同種団体に比肩できるものもいくつか存在するから、そういうところにもやはり言及が望ましいのではないでしょうか。クラシック音楽の世界を考える上で、オーケストラ、即現代楽器による大編成楽団、という狭い括りから早く脱却したいものです。

 

 と細かい文句を書きつつもアメリカでのオーケストラのありかたが欧州や日本のそれと大いに違うことを描くあたりは、これからの時代に世界中でオーケストラがどのように存在していくのかを考えさせる部分では一読に値するでしょう。