クラシックレコードの百年史 | geezenstacの森

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クラシックレコードの百年史

記念碑的名盤100+迷盤20

 

著者:ノーマン・ブレヒト

訳者:猪上 杉子

出版:春秋社

 

 
 英国きっての論客が愛と憎しみと皮肉を込めて語る、クラシック・レコードの栄枯盛衰の百年史。後半はディスク紹介で、誰もが納得の名盤100および「しょうもない」ボツ盤20を取り上げ、企画の背景など裏話を語る。---データベース---
 
 まずは この本の著者であるノーマン・ブレヒトについて。
 ノーマン レブレヒト : 1948年ロンドンに生まれ、社会学・心理学を学ぶ。テレビのニュース番組プロデューサーを経て音楽ジャーナリストに転身。BBC「ラジオ3」のレギュラー・プレゼンターを務めるほか、「ウォール・ストリート・ジャーナル」「ブルームバーグ」など多数の紙誌に寄稿している。ロンドン大学、イェール大学など各地の大学で講師を務め、これまでに音楽に関する著作と小説2作品を刊行(小説The Song of Namesはウィットブレッド賞(現コスタ賞)受賞)この本は彼の「 MAESTRO MASTERPICES & MADNESS」を翻訳したものです。章立ては以下のようになっています。
 
目次 :
はじめに
■第1部 巨匠(マエストロ)たちの歴史  
第1章 はじまり 
第2章 最盛期  
第3章 転換点 
第4章 ミリオンセラーの時代  
第5章 奇跡また奇跡  
第6章 狂気の時代  
第7章 メルトダウン  
第8章 終わりのあとに 
■第2部 レコード史の記念碑的名盤100 ■第3部 レコード史の迷盤20 
*訳者あとがき、注(第1部)、主要参考文献、索引  
 
 少々クラシックレコードの歴史に詳しい人なら、ここの本に書かれている内容はほとんど知っていることだと思います。ただここでの著者はイギリス人と言うこともありその視点からのレコード史の100年を綴っています。このレコード史についての日本人の著者としては岡俊雄氏の「マイクログルーヴからデジタルへ」と言う本の上下巻が一番詳しいのではないでしょうか。ただ岡俊雄氏は、1993年に亡くなっていますので、ここでの著者のように音楽産業の末期まで著した本としてはこの本がベストでしょう。
 
 少々この本の残念なのは、訳が稚拙で登場人物の名前も一般的な発音とは違う表記がされていて、非常に理解し難いものになっています。またどうも文章のつながりがおかしいなぁと思う所もあり、誤訳と思われる箇所がかなり散見されます。編集者も訳者ももう少し構成を緻密にして欲しかったなぁと思われます。
 
 この本の現代は「マエストロ、マスターピース&マッドネス」と言うタイトルで3つのMの頭文字がこの本の第1章から第3章に対応しています。そういうことを頭の片隅に置いて読むとなるほどなぁというのがこの本の本質です。イギリス人としての著者が当時その現場で見聞きしたことがたくさんのエピソードとして登場します。我々が、その歴史において記憶しているレコード産業の歴史を正史とすると、これは裏側の世界を描いたレコード産業の秘史でも呼べるものです。イギリスを中心としたたくさんのレコードレーベルが登場します。そしてLP時代を経てCD時代になるとまた新しいレーベルが勃興します。これらの歴史は非常に興味深いものがあり、合併と再編を繰り返しながらレコード業界が大きく動いていく様が分かります。
 
 日本ではナクソスと言うレベルはあまり表舞台には登場してきませんが、イギリスでは絶大なポジションを持ったレーベルで唯一クラシック専門のレーベルとして現在も存在しています。このナクソスの登場が音楽産業に強烈なインパクトをもたらしたことが現在のその立場が証明しています。レコードメーカーでクラシックの音楽配信をきっちりとした事業化しているのはこのナクソスのみです。大手のレコード会社は、その目標を持たない経営方針で右へ行ったり左へ行ったり、また狭い業界の中でヘッドのすげ替えで細々と生き延びてきました。
 
 ヨーロッパの3大レベルとも言うべきグラモフォン、デッカ、フィリップスは1980年代以降「ポリグラム」と言うグループ会社の所属であったことで、レーベルの違いを見つけ出せず、ポリグラムからユニバーサルへと変遷を続けていきます。ここらへんの事は、日本では非常にわかりづらいところがあったのですが、著者はそこら辺をうまく語っています。これは非常に興味深いことでした。あとで調べたらフィリップスは日本ではビクターから長く発売されていましたが、最初はアメリカ経由のエピックで日本コロムビアから発売されていました。フィリップスは1962年の段階で既にドイツ・グラモフォンと提携していたんですなぁ。そして、1972年にはシーメンスグループとしてポリグラムにDGとともに統合されています。デッカがこのポリグラムに吸収されたのは1980年です。
 
 さて、この本の原著はイギリスのペンギンブックから発売されています。できれば原書で読むのがこの本の真価を理解する最上の道なのでしょう。この本の特徴は第二部の名盤100選と第三部の20枚の迷える方の迷盤でしょう。レコードに残された音源としての歴史的価値のある100枚は、確かにここに登場する100枚がふさわしい内容なのでしょう。ここにはフルトヴェングラーやカラヤンは全く優遇されていません。多分、日本ではほとんど知られてない演奏が多数取り上げられているのにびっくりするでしょう。でもレコード史から言うと、ここに取り上げられているレコードは確かにその音源として歴史的価値があると思われます。まぁそういう眼鏡にかなった録音を小生も少しばかりはレコードやCDとして所有しています。
 
 また迷盤としての20枚は作者のアイロニー精神がたっぷりと表出されたものになっています。この中にはカラヤンがリヒテルやオイストラフラット録音したベートーベンのトリプルコンチェルトも含まれていますし、日本では話題になった小沢とジェシー・ノーマンの「カルメン」などが含まれています。まぁそのそのレコードの裏話としてのエピソードは小生もこの録音を取り上げたときに詳しく記しています。

 もう一つ、こんな録音があるとは知らなかった迷盤にバーンスタインがエルガーの「エニグマ」を演奏したものとが取り上げられています。たぶん。イギリス人としてはこんなに遅い「エニグマ」は我慢ならなかったのでしょう。

 

 

 エルガーの自作自演とは全くテンポが違います。

 

 

 最後に、2004年時点のデータですが、世界で最も売れたクラシックレコード(CDを含む)は、

第1位 ワーグナー/「ニーベルンクの指輪」ショルティ/ウィーンフィル

第2位 「三大テノール 世紀の競演」

第3位ヴィヴァルディ/「四季」イ・ムジチ

第4位 世界三大テノール'94 夢の共演
第5位「グレゴリオ聖歌」シロス修道院
 
 こんなリストが25位まで掲載されていますが、この中にカラヤンのレコードはベートーヴェンの第9が18位にランクインしている丈です。ちなみに小澤征爾の2002年ニューイヤー・コンサートは23位でランクインしています。
 
 しかし、クラシックのトップセラーアーティストという一覧ではカラヤンはトップで2億枚を売り上げ、第2位のルチアーノ目パヴァロッティの1億枚を大きく引き離しています。3位ゲオルグ・ショルティ、4位アーサー・フィードラー、5位レナード・バーンスタインと続き16位に小澤征爾がランクインしています。
 
 こういうランキングだけでも眺めていると面白いものです。