ベートーヴェンのトリプル協奏曲 | geezenstacの森

geezenstacの森

音楽に映画たまに美術、そして読書三昧のブログです

ベートーヴェン/トリプル協奏曲の怪

曲目 ベートーヴェン
1.トリブル協奏曲ハ長調Op.56
2.ピアノ・ソナタ第17番ニ短調Op.31-2「テンペスト」*
ヴァイオリン/ダヴィッド・オイストラフ
チェロ/ムスティスラフ・ロストロポーヴィチ
ピアノ/スヴァストラフ・リヒテル
指揮/ヘルベルト・フォン・カラヤン
演奏/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
録音 1969/09/15 イエス・キリスト教会
   1961/08,アビーロード・スタジオ,ロンドン*
P: PETER ANDREW,VICTOR WOLF*
E:ALLAN STAG,CHRISTOPHER PARKER*

 

EMI CDM7690322

 

イメージ 1

 

 この録音がなされた頃は貧乏学生でとてもLPは買えなかったので、エアチェックしてテープで聴いていたものでした。ところが、最新録音にもかかわらず音が悪く、高域は伸びないし、かといって低域もだぶついているし、いい印象はなくEMIの音の悪さに癖々とした思い出があります。ですから話題盤としては認識していても繰り返し聴いた記憶はありません。それと、どうしてカップリングにピアノソナタなんだろうという気持ちもありました。この録音は、ベートーヴェンの生誕200年を記念して、EMIとメロディアで共同制作されたものです。ですから、契約の関係で日本ではLP時代は、当初ビクターの窓口だった「新世界」レーベルからの発売でした。SMK7630のちにビクターからVIC3014で出ていました。

 

 まあ、世紀の録音ということでトリプルだけは録音できたけれど、それだけでは収録時間が短すぎるということで急遽1961年録音のリヒテルのソナタをカップリングしたというのが本音らしいですが、ともかくこの組み合わせがオリジナルで世に出ました。そして、1987年にデジタル・リマスタリングされてこのCDの登場となった訳です。このCDプレスはアメリカ、ジャケット印刷はオランダ、購入はオーストラリアのゴールドコースト、パラダイスセンターと国際色豊かな一枚で、まさに録音内容に相応しい買い物になりました。

 

 ところでリマスタリングされてCDでは少しはまともに聴けるようになったようです。しかし、まだ録音のバランスは悪くやや右チャンネルの音量を上げないと中央にオーケストラが定位しません。また、この録音ソロ楽器は左右に配置している関係で本来のベルリンフィルとオーケストラと配置を替えているようです。右チャンネルの低音域がスカスカでどうもコントラバスを中央に配置しているように聴こえます。ソロ楽器は左にヴァイオリン、中央にピアノ、そして右側にチェロが定位します。

 

 第1楽章から火花の散る名演が展開されます。冒頭の低弦の主題が繰り返しでオーケストラの全奏になる対比の演出はカラヤンならではの劇性です。ソロ楽器としてはムストロポーヴィチのチェロが最初に登場し、直ぐにオイストラフのヴァイオリンと絡みます。そして繰り返しでリヒテルのピアノが入ると直ぐに爆発です。3つのソロ楽器がそれぞれ自己主張しながら絶妙に絡みます。そこにベルリンフィルの音が被さるのですから無敵です。まさに一期一会の演奏が展開していきます。

 

 第2楽章は特にロストロポーヴィチのチェロが朗々と響き、こぼれんばかりのカンタービレを披露しています。ここではカラヤンは完全に裏方に徹してサポートをしています。
 
 しかし、第3楽章は違います。まさに4強のぶつかり合いとなります。チェロのユニゾンが残りそのまま第3楽章になだれ込みますが、一通りソロが登場した後、悠然とオーケストラが参戦していきます。素晴らしい緊張感での演奏は聴いている方も疲れますが聴き終わった後の充実感もまた格別です。

 

 

 ところでここまで激突する希代の名演の陰にはこんなエピソードがあります。

 

 ベートーヴェンのトリプル・コンチェルトで、4人がアルバムジャケット撮影のためピアノのまわりに揃ったときのことです。カラヤンがなにを言ったか、リヒテルは語りません。とにかく「意見が対立した」「二対二だった」とだけ報告されます。いちばんにこやかなのはロストロポーヴィチで、歯を見せています。歯こそ見せませんが次がオイストラフ、そしてリヒテル自身もやゝ笑みを見せます。カラヤンだけ不機嫌そうです。この写真、発売当初から不思議に思うべきだったのかもしれません。

 


 そんな事もあってか、カラヤンはこの曲を79年に今度は年寄りは止めて?若手のピアノにマーク・ゼルツァー、ヴァイオリンをアンネ=ゾフィー・ムター、そしてチェロにヨーヨー・マという組み合わせで再録音しています。こちらの方のジャケットでは左にゼルツァー、そしてカラヤン、マ、ムターと並んでいてカラヤンはマとムターの方を向いてここでは微笑んでいます。ゼルツァーは蚊帳の外でぽつんと浮いています。うーん。ジャケットもこうしてみると意味深ですなあ。ちなみに演奏時間はほとんど両盤に差はありません。参考までに記すと以下の通りです。


 

録音 第1楽章 第2楽章 第3楽章
1969年盤 17:47 5:35 12:52
1979年盤 17:48 5:49 12:33


 

 それでもって、こちらもカップリングはいい加減で既存の録音からエグモント序曲、コリオラン序曲、フィデリオ序曲の3曲を収録しています。普通なら、ブラームスのダブルコンチェルトが合唱幻想曲をもってくるところですが、いかにも間に合わせという気がします。カラヤンはやはりこの曲のみの再録音を考えていたのでしょうね。

 

 

 裏読みすると、この録音を市場に出すために事の経緯を知っているEMIのスタッフは悩んだのでしょう。そして、リヒテルの顔を立てるために「テンペスト」の録音をもってきました。これはリヒテルが西側に登場して幻の大ピアニストが衝撃を与えた録音で、当初はシューマンの幻想曲とカップリングされていました。ここでは、やはり同じベートーヴェンをもって合わせ技1本で名盤の完成です。
 たしかに、このリヒテルの「テンペスト」、尋常ではありません。この曲のベストといってもいい録音で、ディテールのしっかりした彫りの深い演奏で作品のこの作品の劇性と緊迫感をみごとに表現し、すざまじいまでの感情の起伏が強靭なタッチでドラマチックに描かれています。まさに、これだけでもこのCDは聴く価値があります。