マイクログルーブからデジタルへ | geezenstacの森

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マイクログルーブから
デジタルへ

著者 岡 俊雄
出版 ラジオ技術社

 

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 ふたたび注目されているアナログLP。SP盤では得られない低ノイズ、長時間録音というメディアの特性を生かすべく、音のすばらしさを謳って続々と新レーベルが登場。本書は、1976年1月から4年間、『ステレオ芸術』に連載された「LP名録音の歩み」を、単行本するに当たって若干手が加えられたものである。『ステレオ芸術』には、1970年4月から「レコード談義」「レコードとオーディオの周囲」「レコードとオーディオ千夜一夜」と10年間、レコードに関するさまざまなことを作者が思うがままに執筆されてきた。また、外誌を通じて当時わが国ではあまり知られていなかった海外の事情をも詳しく紹介、モノーラル時代のLPについての最良のガイドブック。---データベース---

 

 先日岡俊雄氏の「レコードの世界史」を読み終えて、やはりこの本が読みたくなりました。この本のもとは、序文でも触れられていますが1976年1月から4年間「ステレオ芸術」に連載された「LP名録音の歩み」をまとめたものです。ただし、雑誌連載時には「LP名録音25年の歩み」となっていました。リアルタイムのタイトルであった訳です。それを単行本の形に若干の手を加えて出版されています。当時はレコ芸よりも一覧形式の新譜情報やこういう記事が読みたくて「ステ芸」の方を買っていました。もちろん、この岡氏の連載も欠かさず読んでいましたから懐かしい気分で読むことができました。

 

 先の書がSPにも触れられていましたが、こちらはLPの登場がそのスタート地点です。小生は年代的には、まさにこの書に記されているLP登場とリアルタイムに生きていますから愛着があります。1981年の発刊で既に絶版になっている本書ですが、インプレスから現在でもオンデマンド出版されています。LPを聴き始めたのはステレオになってからの時代ですが、それ以前の演奏にどんなものが有ったのかということを知る上では格好の教科書的存在でした。というのも、中学時代にクラシックを聴き始めたとき、どういう訳でか父親が本家筋から家具調の立派な蓄音機を貰ってきました。そこには本体だけでなく幾ばくかのSPレコードもあり、大半は軍歌や流行歌のたぐいだったのですが中にクラシックも数点含まれていました。その中にビーチャム指揮ハイフェッツの弾くメンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲がありました。鉄の針を使って聴く78回転のSPは、どことなく高貴な音がしてうっとりと聞き惚れたのを覚えています。それは、ポータブルのLPプレーヤーとは全く次元の違う音でした。そういう原体験を含めて、高かったレコードは高嶺の花でしたからラジオから流れる名曲をテープレコーダーで録音して聴くのが唯一の楽しみでした。

 

ハイフェッツ-ビーチャム/メンデルスゾーン/ヴァイオリン協奏曲

 

 この岡俊夫著「マイクログルーブからデジタルへ」なるもは、LPレコードが発明された時からCDと言うフォーマットが定義されるころまでの岡氏の思い入れのある名盤を紹介しているものです。この本は演奏の出来に限らず、録音等の技術にまで踏み込み、レコードと言うメディアの歴史を面白く読ませてくれます。LPの誕生やその頃の名盤の数々を紹介し、またステレオ録音の生い立ち等も簡単に書かれており、先の書と合わせて読むとこの時代のクラシック音楽の世界を俯瞰することが出来、読み応え十分です。

 

 雑誌連載時にはただアルバムのジャケットのみが掲載されていたのですが、この本では見開きの左下にコラム形式で、氏のコレクションの中から思い出に残る名盤がセレクトして紹介してあります。とりあえずは、上下2巻からなる本書の上巻、モノラル編だけを読んでみました。いかが章立てですが、どれも興味深いタイトルが並びます。

 

プロローグ マイクログルーヴからデジタルへ~序にかえて
第1章 LPのもたらしたハイファイ時代
第2章 壮観をきわめたLP第一陣~米コロムビア(1)
第3章 ワルター、ビーチャムたちのLP~米コロムビア(2)
第4章 トスカニーニのLP登場~RCAビクター(1)
第5章 ミュンシュとライナーの活躍~RCAビクター(2)
第6章 デッカ/ロンドンのffrt~英デッカ(1)
第7章 アンセルメによるオーケストラのHiFi録音~英デッカ(2)
第8章 ワルターの《大地の歌》~英デッカ(3)
第9章 天使の復活~EMI(1)
第10章 HMVと英コロムビアのLP~EMI(2)
第11章 DGGとコンサート・リアリズム
第12章 マイナーの雄、ウェストミンスター
第13章 フィリップスのレディアル・サウンド
第14章 ヴァンガードとハイドン協会~活躍したマイナー・レーベル(1)
第15章 バルトーク協会とピリオド~活躍したマイナー・レーベル(2)
第16章 オーディオ・ディスクの先駆者クック~活躍したマイナー・レーベル(3)
第17章 VOXとMGM~活躍したマイナー・レーベル(4)
第18章 キャピトルのFDSとマーキュリーのオリンピアン・シリーズ~活躍したマイナー・レーベル(5)
第19章 複雑をきわめたLP初期の録音特性
第20章 オペラ全曲録音の隆盛
第21章 天逝した名演奏家たちへの挽歌~レナルディ、リパッティ、カペル、ブレイン、ヌヴー、カンテッリ
第22章 超長時間LPの出現~一枚におさめられた《第九》
第23章 HiFi時代に真価を発揮したオルガン録音

 

 この中で第22章では既にステレオLPの世界にも突入しています。廉価版ブームとなったキングから出ていた世界の名曲シリーズの「英雄」と「悲愴」を1枚にカップリングしたLPの話なんかが登場し、CDをも凌駕する89分以上も収録していたことが書かれています。

 

 なんといっても、米コロムビアが提案したLPの登場はレコード業界に一大転機をもたらしました。エジソンの発明から電気録音まで約50年、それから23年目にLPが登場し、さらに10年後にステレオ盤が登場しています。こうしてみてくると技術の進歩はパソコンのCPUの性能に似て半分のサイクルで加速度的に進歩しているのがわかります。そして、82年のCDの登場となる訳ですがレコードの形はエジソンの発明から70年後にLP、そして30余年でCDへと進化した訳です。岡氏はこの体で20世紀末にもう一度変革がくると予想した訳ですが、はたして、2001年のiPodの登場がそれに当たったようで、氏は本書の中でそれが超高密度個体メモリーと予測していました。

 

 

 話がそれましたが、この書で注目したのはマイナーレーベルの活躍を扱った記事です。その中でも、ヴァンガードやウェストミンスター、VOXの活躍は良く知られたところですが、MGMについては初見参でした。初期にはこのレーベルでフィストラーリ、ジョージ・ウェルドン、ウィルヘルム・シュヒターなんかが活躍したようですが、全く記憶が有りません。氏もここではやはり専門の映画関係のミュージカルなんかを主に書いています。ステレオ以降はクラシックから撤退したようですから知らないのも無理はないかもしれません。新しいフォーマットが出来ると雨後のタケノコのようにマイナーレーベルが乱立しますが、MGMもABCやコマンドなんかと一緒で一時的にクラシックに手を出していたということなのでしょう。

 

 個人的にはLP初期のレコードを手にしている世代ではないのであまり関係ないのですが、記事としては第19章の「複雑をきわめたLP初期の録音特性」は興味深い読み物です。LPはRIAA特性といって、高域を持ち上げ低域をブーストするイコライジング処理がされていることは周知の事実なんですが、この規格が策定されるまでは各社がバラバラの特性でレコードを発売していたことが書かれています。これを読んでステレオ時代からLPに親しんでよかったと胸を撫で下ろしたものです。

 

 まだ、ステレオ時代になる下巻を読んでいないので、近々そちらも読もうと思っています。