禁裏付雅帳(1)
政 争
著者:上田秀人
出版:徳間書店 徳間時代小説文庫
老中首座松平定信は将軍家斉の意を汲み、実父治済の大御所称号勅許を朝廷に願う。しかし難航する交渉を受けて強行策に転換。若年の使番東城鷹矢を公儀御領巡検使として京に向ける。公家の不正を探り、朝廷に圧力をかける狙いだ。朝幕関係はにわかに緊迫。定信を憎む京都所司代戸田忠寛からは刺客が放たれた。鷹矢は困難な任務を成し遂げられるのか。圧倒的スケールの新シリーズ、開幕!
京都を題材にした時代使用説はあまり多くありません。普段江戸を舞台にしている小説に慣れてしまっていると京都はやはり特殊な世界の物語であると感じてしまいます。それでもここ最近京都を舞台にしたものを少しづつ読んでいます。直近で取り上げたものでは、秋月達郎氏の「京奉行 長谷川平蔵」とか夢枕獏氏の「陰陽師」シリーズ、はたまたは谷津矢車氏の「洛中洛外画狂伝―狩野永徳」などがありますが、いまいちその時代背景がよくわかりません。
まあ、一番わかりにくいのは武士と公家との立ち位置の違いと奉行所、所司代、そして禁裏との相関関係でしょうな。この小説ではその中の禁裏付が登場するのですが、その存在すら今まで知らなかったことです。東海道五十三次で登場する京都は三条大橋ですが、これなど近くの河原には処刑場があったということでは東海道の西の起点という割には奇妙な場所です。
江戸時代の京都の街を知らない者にとって嬉しいのはこの本には禁裏と京都所司代のあった位置関係を示した地図が収録されていることです。この地図で大雑把ながら主人公たちが活動する場がどのような位置にあるのかがわかります。
時代は老中 松平定信が実権を握った1787年以降失脚するまでの時代を描いていると思います。登場する人物は主人公たる東条鷹矢は創作の人物ですが、それ以外は歴史上の実在人物を登場させています。この巻では難航する大御所称号勅許を優位に進めるため使番の東城鷹矢を公儀御領巡検使として京に差し向け圧力をかけようする様がプロローグ的に描かれています。最初に禁裏付に任命されるのですが、ちっとも赴任の命が来ないうちに、さっさと馴染みのない公儀御領巡検使に任命され、あっという間に京都へ赴任となります。この展開がいまいち納得できないのですが、史実として寛政元年(1789年)にこの役職が実施されています。
ここでは主人公のキャラも剣は達者でも世事に疎い若者で走狗扱いという設定で、随伴の者水戸黄門の助さん角さん張りのが凄腕ということで的方との闘いシーンが多めに登場します。あっという間に京都へ行き実態調査をするわけですが、京都所司代の回し者と旅の途中で剣を合わせるという展開です。それにしても公儀御領巡検使がこんな少人数で調査をしたとは思われないので、この卷は歴史的背景を理解する程度で考えたほうがいいのかもしれません。
で、探索から戻ってくると今度は正式に禁裏付として正式に任命され再度京都に向かうことになります。この展開、いかにも付け足し的でちよっと戸惑ってしまいます。それにしても、たかだか500石どりの大名が禁裏付に任命されるのですから本来は無いわけで、史実との整合性の中でやれることは限られてくるだろうなぁと思わないで入られません。
この巻では、舞台に当ジョゥするオールスターが顔見せのようにならんで紹介されますから、プロローグとしてはきっちり読んでおかないと以後の展開が少々分かりづらくなるでしょう。特に、腹芸など言葉の裏表が大きい朝廷や公家衆と本格的に対決するのですから、彼らの立ち位置とその状況を理解するのにはこの予習が必要です。なにせ、何を行うにも物理的に距離がありますから決定伝達のタイムラグが事件を左右します。
この巻は500石の使番が巡検使で京都に出向いた後、禁裏付を拝命したところ迄(禁裏付は役高1000石、役料1500俵、配下に与力10騎、同心40名の大役)が描かれます。独身の東条鷹矢が、赴任することと、家系に公家との繋がりがないという設定がどう今後の展開に影響してくるのかが見ものになります。しばらくは、このシリーズを追っかけてみたいと考えています。