京奉行 長谷川平蔵 | geezenstacの森

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京奉行 長谷川平蔵

著者 秋月 達郎
出版社 新潮社 新潮文庫

 「鬼」と呼ばれた火付盗賊改方長官の長谷川平蔵。その父親の初代平蔵が京都西町奉行に赴任した。平蔵の前に立ちはだかる京の町を騒がせる悪党たち。贋坊主が暗躍する「六勝阿闍梨」、錦市場を巡る陰謀に絵師若冲が巻き込まれる書き下ろし「錦の若冲」、人情の機微を描く「這っても黒豆」の三編を収録。京の風物詩も鮮やかに、新シリーズ、堂々の開幕。『祇園詣り 京奉行 長谷川平蔵』改題。---データベース---

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 池波正太郎の『鬼平犯科帳』の主人公、鬼平こと、長谷川平蔵 の同姓同名の父親が、京都西町奉行所・奉行として活躍する短編集です。この小説を読むまで知らなかったのですが、この父親の長谷川平蔵もこの京都西町奉行となる前は江戸で火付盗賊改として活躍していたのだそうです。明和9年(1772年)2月29日に発生した明和の大火では、犯人の真秀を捕らえ、火刑に処しています。この功績が評価され、安永元年(1772年)10月15日にこの物語の舞台となる京都西町奉行に転任し、同年11月15日に従五位下備中守に叙任されています。ただこの赴任は長くはなく、翌安永2年(1773年)6月22日、奉行在任中に京都で死去しています。そんなこともあり、シリーズ化は難しいと思われますが、第2弾も刊行されています。

この本の章立てです。
1.六勝阿闍梨
2.錦の若冲
3.這っても黒豆

 登場の仕方がなかなか味があります。京都の手前で単身着替え、新奉行の到着を待ち受ける京都西町奉行所の同心らを尻目に、ぶらり着流しの姿で三条大橋に現れます。そこで、一人の同心に西町奉行所の場所を訪ね案内させています。身分を明かさない水戸黄門みたいなもんですな。で、洛中をぶらり散策し、早速事件のネタを仕込んできます。それが「六勝阿闍梨」なる僧侶の起こした新興宗教まがいの「六勝寺」復興のための扇寄進の話題です。

 どうもこの新興宗教の周りには西町奉行所の人間も絡んでいる風があります。そこで平蔵は味方になってくれそうな同心を選抜し、事件の背景を洗い出します。すると、この「六勝阿闍梨」なる輩は江戸から流れ着いた十蔵という盗賊であることが判明します。そこで平蔵は公事宿にこもり、そこで陣頭指揮をとることになります。状況証拠が集まると、平蔵は自ら「六勝阿闍梨」の本拠地に乗り込み膝談判で十蔵に立ち向かいます。江戸の人間だからこそ暴くことができたこの事件、のちに親を継いで鬼平になる息子の銕二郎も登場してクライマックスに向かいます。

 第2話となる「錦の若冲」はこの文庫のために書き下ろされた一話になります。登場するのは近年評価の高まっている「伊藤若冲」こと青物問屋の隠居「枡屋茂右衛門」です。ここではその若冲の隠居時代に起こった市場の閉鎖問題を長谷川平蔵が仲裁に入り、市場の閉鎖を免れるというストーリーが描かれています。ただ、この事件はかなり脚色され、小説では「だいこんえ」として登場する「大根焚き」と赤い鶏の絵を書き残して問屋を荒らし回る賊と商売敵であった五条通の青物問屋が錦市場を閉鎖に追い込もうと謀っている事件を絡めています。この事件には東町奉行所も一枚噛んでいますので、平蔵の見事な立ち回りが読みどころでもあります。

 そうそう、ここで登場する「大根焚き」は11月末から12月の前半にかけ諸病封じ、健康増進を祈願するため京都の寺院で行われる年中行事で、現在では京の師走の風物詩となっています。赴任早々、平蔵の周りには次から次へと事件が起こっているようです。

 「這っても黒豆」は師走のストーリーということになります。事件は時系列的にひと月ごとに並んでいます。まあ、これは事件というほどのことでもありませんが、冒頭で登場した京都西町奉行所の定町廻り同心衣川仙之助とその上司にあたる頑固者の塩見雁之助の娘たきとの恋物語になっているからです。そこに女手一つで子供を育てるお蝶という女が絡みます。この女もともとは掏摸なんですが、年の瀬を乗り越えるために掏摸仲間の助五郎に乗せられ、師走の八坂神社で大尽の旦那の懐に財布を押し込みます。つまりは逆掏摸です。これで難癖をつけて日が落ちてから商家を訪れ、戸口から堂々と押し込み強盗を働く算段だったのです。それを仙之助が嗅ぎつけ、平蔵が陣頭指揮をとって待ち構えて盗賊を一網打尽にします。

 仙之助にはもう一つ試練があるのですが、それを乗り越えて、なんとかたきと結ばれるのではないでしょうか。

 この小説で、初めて京都にも西町奉行所と東町奉行所があり、月替わりで事件を担当していたことを知りました。また、小説のあちらこちらに京都の古い行事などが描かれていて、江戸の町とは一味違った面白さを味わうことができます。ただ、残念なのは小生は古い京都に疎いこともあり、地名が出てきても何処ら辺りで事件が起こっているのか、ほとんど理解できないことです。せめて、京都の古地図で関連する舞台わガイドしてくれるともう少し理解が深まるような気がします。