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ペットへの愛情のかけ方 ~犬の手作り車イス~


犬や猫を


ペットとして飼う人が増えているのは、


今に始まったことではないが、


飼い方に問題のある人が


余りにも多すぎる。






そんな中、


こんな愛情の形をみた。



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下半身を車いすに乗せて、


散歩中の犬。






思わずチャリを止めて


飼い主の方に話しかけてしまった。





「クルマの事故にでもあったのですか?」


「いいえ、もう歳なので、体が不自由になってきたものですから」





考えてみると、


こんなことまでして散歩させている人が、


この犬を放し飼いにして


クルマの事故などに合わせるはずがない。





声をかけてから、


愚問であったことを恥じたが、


それは押し包んだ。






ペットは元気なのに、


地面を歩かせると


汚れるからと、


抱っこして散歩している変人や、


他の犬に接触させると


病気をもらったらいけないから、と


家から一歩も出さない変人が多い中、


この飼い主は


まさに正道を歩いている。





自分の足で歩けるように、


手作りでこの車いすを作ったのだそうな。






「まだ慣れないのでぎこちないですが・・・。」 


と言っておられたところを見ると、


車いすに乗せてから


まだ間もないらしい。




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後ろ足は不自由ながら、


それでも前足で、


一生懸命引いて歩こうとする


この小さな犬も、


よくよくのガンバリ屋だ。





「犬同士は親子か兄弟ですか?」 と聞いたら、


またしても愚問になってしまった。




もこもことしているので、


同じ種類かと思ったのだが、


違う犬種らしい。







この犬が、


服を着ていなかったら、


この人は、


飼い主として


百点満点だったのだが、


その点を減点しても、


90点くらいは与えられる飼い主である。







他の犬を見たら


やたらと吠える犬。




人や他の犬に対して


やたらと吠える犬は、


飼い主のしつけがまるでなっていないからで、


ただそれだけでも


飼い主のレベルが分かるが、


そのような飼い主は、


犬の気持ちがまるでわかっていない人である。






そんな人は


犬を飼う資格はない。





犬は、


自分が飼い主に対して


従属的な立場にいることを意識していると、


めったに他に向かっては勝手に吠えないし、


飼い主の言うことを聞くものであるが、


自分が飼い主に対して


ご主人だと勘違いしていると、


本能から、


飼い主を守ろうとして、


外に対して威圧のため


大した効果もないのにやたらと吠えまくる。





そして


やめろといってもまるで言うことを聞かない。





その犬が


駄犬というより、


飼い主が、


しつけのできない愚人であることに気づかない。





動物に対する愛情のかけ方は、


一方的に可愛いがれば良いというものではない。





叱る(教える)ことのできる人でなければ


飼われる犬こそかわいそうである。





そんな人の子供たちは


一体どのように育っているのか


人ごとながら気になる。






「犬と旦那さんと、あるいは犬と子供とどちらが大切ですか?」




こんな質問に、


冗談にしろ


「犬」 と答える人は、


どんなに笑ってごまかしても


深層心理が表に出ているので、


大いに問題がある。





比較の対象にならないものを比較して、


優劣を付けるなどは


愚の骨頂であることを知らなければいけないのだが、


恋は盲目、の変人版で、


異常。






そんな異常事態がまかり通っているペットの飼い主で、


久しぶりに正道を歩く人をみたので、


皆さんにもお知らせしました。




人でもペットでも


愛情のかけ方を間違ったら、


取り返しのつかないことになりますので、


注意したいものです。

新年に富士を望む ~日本人の信心について~


武蔵野の、


私の住んでいる近辺には、


「富士本町」とか


「富士見台」、


「富士見町」、


「富士町」 などと、


富士のつく地名がたくさんある。




そこから富士山が望めたから、


そのような名前が付いているのだが、


今では、


ビルや家屋が立ち並んで、


残念ながら


地表から富士を望めるところは少なくなった。




それでも、


こんなところからなら、


天気が良ければいつでも見える。




JR中央線、国立駅ホーム。




昨年中央線は


すべて軌道が高架化され、


ホームが一段と高い所に設置された。





改札からの登り下りは、


高くなったので大変な人もいようが、


その分眺望は良くなった。






そしてそこから


新年に


居ながらにして富士を望める。




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オレンジラインのJR中央線。


これは西の方(写真右)へ向かう電車。






私が立っているのは、


東京方面へ向かう電車のホーム。






そのホームの端の方から、


西南西の方に目を凝らせば、


遠く富士の霊峰が見えるのにお気づきだと思う。



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写真中央の山です。





正月3日の午後なので、


日射しが西に傾き、


全体が陰になって


残念ながら


雪を抱いた様までは分からないが、


朝のうちなら、


白い帽子もはっきりと見える。








肉眼では写真のような見え方だが、


カメラで引き寄せると


このようにくっきりと確認できる。


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今の今、


この山に冬山登山をしている人もいるだろう。






私も夏に


過去3回登頂したことがあるが、


山としては


普通の人でも容易に登れる山なので、


登ったからといって


そんなに大きな喜びがあるわけではないが、


何と言っても日本一高い山、


日本人として、


生涯のうちに一度くらいは、


その山の頂に立たないと、


日本人としての誇りが許さない。






「富士山を極めずに何の日本人か」





そんな意気込みからの喜びはあった。





それよりも、


「富士山頂にまた来れた自分の健康を喜びたい」




そんな喜びの方が強かった。





若い頃


生死をさまよったほどの大病を患った体だから、


なおさらその思いが強い。





その富士山を遠望しながら、


原発の被害の少ないことを祈る。






日本人は


無宗教といってよい程の信心のなさだから、


その分


富士山でも、


ご来光でも、


海の人なら恵比寿さんでも、


農家なら田の神様でも、


そして、


人なのに神に祭り上げられている


湯島天神の菅原道真でも、


明治神宮の明治天皇でも、


203高地攻略敗軍の将乃木希典でも、


何にでも、


だれにでもお願いをする。




だから、


余り効き目は期待しない。






日本人の祈りは、


自分の気持ちの


自己満足を得るための行為にすぎない。





否、


祈らないと


自分や家族を


不幸が襲うかもしれないという不安から、


逃れたいためだけの行為かもしれない。






「神は信じるものにして頼るものにあらず」 とは、


当代一の武士の言葉。





転じて


「信じる者は救われる」




大乗仏教他力本願の宗派の教え。





日本人には、


宗教としてではなく


このような安易な考え方が染みついてきているから、


いざという時に


まとまりがなさそうで怖い。



明治神宮初詣風景 ~人人人、頭頭頭~


混雑を避けるため、


明治神宮への初詣を


3日にして、


箱根駅伝のゴールを見てから、


のんびり出かけた。





ところがどっこい、


考えが甘かった。



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原宿駅からの入り口付近。




ここら辺りでは、


スムーズに行くような気配だったのだが、


少し歩いたら、


だんだん混雑してきた。



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前の方では、


人込みで砂煙が立っている。





これだけの初詣客がいるのに、


和服姿はわずか一人。





元旦には少し居たのかもしれないが、


日本の伝統的な文化は、


確実に消滅しつつある。







入口の鳥居から直進して、


参道を左へ曲がるコーナーを過ぎたら、


バタッと前がつかえて


動かなくなってしまった。




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突き当たりに設置してある超大型スクリーンが


あんなに小さく見えます。





前には


頭ばっかり。





神の領域に入るため、


手や口を清める場所があるのだが、


98%くらいの人は、


そのまま直進。




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私はちゃんとしきたりに従って清めました。





ご存知と思いますが、


その清め方を


念のために記します。





柄杓を取ったら、


その水を方手ずつにかけて


まず両手を清めます。





それは


トイレから出て来た時に


手を洗うという感覚ではなく、


清めの水を手にかける、という感じでよろしい。





問題は


口の清め方。





この柄杓から


直接水を飲んでいる人がいるが、


それはとんでもないことで、


絶対にやめなければいけない。





水は神の水で清らかで、


当然柄杓も清らかなもの。






俗世間の人が


口など付けたら、


どんなに賽銭を多く上げても、


もうその時点で


神様は願いを聞き届けてくれない。





そんな人は、


初詣は無意味なので、


さっさと帰った方が良い。





柄杓の水を、


先ほど清めた片方の手に注ぎ、


それを掌に受けて


そこから水を口に含む。





そして、


軽く口の中を回して


外へ出す。






この時


決して


うがいなどをしたらいけない。




その人も帰った方が良い。





みていると、


直接柄杓を口に含む人の多いこと。






神のしきたりでなくても、


みんなが口に含んだ柄杓を


あなたがまた含むと、


もし汚染されていたら、


あなたも汚染されるし、


もし


あなたの口が穢れていたら、


他の人も穢れてしまうという、


悪の連鎖が起こる。





気を付けてほしいものである。






南神門を通り抜ければ、


もうすぐ本殿。



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人が多くて真ん中を通れないので、


わきの通路を今年は通る。




それでも御利益に変わりはないから


ご安心を。





そして本殿。



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お賽銭を入れるのは


箱ではなく


本殿前に特設された賽銭投げ入れ場所。





細いしめ縄の見える範囲は


みんなうける場所。


幅20mは優に超える。





一番前まで辿り着くのは


とても時間がかかるので、


脇の方にまわるか、


中央からだと2、3m手前から投げ入れる人も多い。




そう言う人はみんな小銭の硬貨。





万札などは


一番前まで行かなければ投げ入れられないが、


お賽銭は


多ければ御利益があるというものではない。






でも、神様は、


小銭が好きなわけでもない。







持っていったありったけの小銭を入れて、


それ以上のお願いをしてきたから、


きっと聞いてはもらえないかもしれないが、


もうすでに


近所の仏様にお願いしているので、


それでも良い。






そうこうして


帰路に就いたのは、


並び始めてから1時間も経ってからだった。






後ろで若いアベックの声。


「100円をお賽銭にあげて、


100円のおみくじを買うのに1時間かかった。」





考えさせられるつぶやきであった。





初めてのエビ芋 ~初ものに挑戦~


この地域では


大きな農家が多くて、


野菜は


もちろん市場にも出荷するのだが、


一部


自分の畑の端っこで、


無人販売をしている様子を、


無人野菜直売所 ~畑の端っこで「持ってけ!泥棒!~  でアップし、


その中で、


「タケノコ模様のサトイモみたいなもの」 がある、と書いたら、


読者から


「それはエビ芋といって、高級食材ですよ」 と教えていただいた。





そのエビ芋に初挑戦。





買ったところのおばあちゃんに


料理の仕方を聞いたら、


「うちではそのまま煮て食べるのが多いね」 とのこと。


「ジャガイモの煮付けみたいに何かと一緒に煮るのですか?」 と聞いても、


「それだけ煮て食うね」 とさっぱりしたもの。






だから、


その単純な煮付けに挑戦。



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大きなものだとはいえ、


1個300円は


高級食材と聞いていなければ、


きっと高いと思って


永遠に食べなかったかも。





家庭用のまな板に


いっぱいいっぱいの大きさ。





ラベルをはがし、


ひっくり返してみてみると、

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やっぱり


エビというよりタケノコのようだ。





だけど、


姿から、


「タケイモ」というより、


「エビ芋」の方が


高級感が出て高く売れそうだから


エビ芋なのだろうか。





別名


京芋ともいうらしい。





京も海から遠い地域。


海産物に対しては


渇望がある。





いつもは食べられない


伊勢海老などに対する


農家の思いが込められた名前なのかもしれない。





切ると


サトイモみたいに


中身は真っ白。






それを


関東の醤油で煮込みます。



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これは私の


晩酌のつまみ。




置いた箸の左側にあるのが


エビ芋の煮付け。







これがそうです。


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初めての挑戦。




初物を食べると寿命が3年延びる、と言いますが、


これでまた


3年若返るかもしれません。






食べた感想。


サトイモほどねっとりとせず、


口の中でとろけるような美味しさ。




だからといって、


長芋ほどあっさりしていない。





生きていたら


歯の悪かった父や母が


喜んでくれるようなソフトな感じが


非常においしい。




私は


ジャガイモなら幾らでも食べるが、


サトイモのあのねっとり感は好きではなく、


だからといって


サツマイモのほっこり感は


酒の肴にもおかずにもならないので、


ほとんど食べないが、


このエビ芋なら


食べられる。






エビ芋に対する挑戦は、


このような感じで終わりました。






無人販売所でこのエビ芋に出合わなかったら、


そして


まだ会ったこともない皆さんとの


ブログでの出会いがなかったら、


こんな食べ物があることも知らずに


過ぎてしまっていたことでしょう。





昨年暮れから新年にかけての


それらの出会いに


「かんぱ~~い!」。




あの大きな


三浦大根も美味しいですよ、と


言っていただきましたので、


それにも後日


挑戦してみたいと思います。




いろいろと


アドバイスありがとうございました。




(関西の醤油か薄口しょうゆで煮たら、もっときれいにできるかも、とは妻の感想)



ミセバヤ・燃え尽きた後 ~たくさんの子等の誕生~



「ミセバヤ」という名前を持っている割には、


派手さに欠け、


「だれにミセバヤ」と思ったのだろうか、と


花の時期には考えたものだったが、



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秋の、


紅葉の時になって


その姿を見ると、


なるほどと思った。




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まさに


燃え上がるような


見事な姿だった。






そして、


それが燃え上がったあと、


「実はその命を、見事に次の世代へ引き継いでいるのである」 と、


何年も育てている私は、


分かっているから


皆さんにお知らせしたが、


今日は


その姿を見ていただきましょう。






あの燃え上がったあと、


当然その葉と茎は


燃え尽きてしまったので、


短く切り詰めたのだが、


その


切り詰めた後の姿がこれ。



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昨年


ご覧になった方も多かろうと思うが、


重複を恐れず


またアップします。





子供たちが


いっぱい育っていることがお分かりでしょう。







中央と右側には


新しいイモが育っている。



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その新しいイモにも、


小さな子供達がいっぱい。






炎のように燃え上がった命は、


このように見事に結実し、


そしてこのまま


冬を越す。






多肉植物の割には


武蔵野の


厳しい寒さにも強い。





大人ならあるいは駄目かもしれないが、


きっと小さい子供だからなのだろう







反対側も


みんな一緒。


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この新しい芽の


1つひとつが、


春になると


それぞれ伸び出し、


時期になるとまた、


花を咲かせる。






そのあと、


同じようにそれぞれが命の限り燃え上がり、


次の世代に命をつなぐのであるが、


こんな見事な輪廻を、


人は、


はたして見せてくれているだろうか。







あなたは、


燃え上がれそうですか?






そして命を、


次の世代に引き継げていますか?






あなたが引き継ぐはずの次の世代は、


見事に燃え上がってくれそうですか?





いろいろと教えてくれる


ミセバヤの生涯。




学ぶことの多い身近な植物である。