注連(しめ)飾り ~小鳥たちと一緒に祝う~
鹿児島の
私の故郷の田舎では、
もう何十年も前から、
注連縄と
門松を
それぞれの家が作って飾るのは、
自然の松や
関係する植物の成長を阻害するから、ということで、
紙に印刷した門松を
家の入口の両サイドに張り付けて、
それで代替えとするようになった。
田舎ならではの
自然へのやさしさ。
それに慣れて育ったので、
門松がなくても
なんとも思わないばかりか、
むしろ立派な門松を見ると、
成長点を止められた松の木などのことを思い、
複雑な気持ちになったものだが、
注連(しめ)縄の代わりの
注連(しめ)飾りだけは
ほとんどワラだけなので、
小じんまりしたものを飾っている。
玄関の注連飾り。
門松は飾らない。
注連飾りについては、
自然のものはワラだけなので、
正月の雰囲気を出すために飾っている。
本来
注連縄は、
「神道における神域と現世を隔てる結界」
の役割を果たすものだから、
神のおわす神社や
神の域とされる場所に張られるものだが、
家の玄関に飾られるようになり、
まさか家を神域とする驕りはないだろうから、
家内安全的な
祝い時の象徴として
使われるようになった。
仏教徒が
初詣に
神社に行くことも合わせて、
無宗教国日本では
何でもありである。
でも今日は、
そんな固いことは言うまい。
むしろ
その祝いのおすそ分けを
我が家では
小鳥たちにもしてやろうと、
こんな注連飾りを自分で作った。
梅の木の
シジュウカラの巣箱。
ここだって、
時が来ればもうすぐ
シジュウカラの住む家になる。
だから
手作りの注連飾りを
付けてやった。
お土産物などの入った箱を結んである
赤いひもや
白っぽいひもを
手で縄のように編んで
紅白の注連飾りの出来上がり。
何となく
めでたい雰囲気が出て良い。
ベランダの下の
スズメの巣箱にも、
同じ手作りの注連飾り。
ここは
シジュウカラと違って
スズメが時々ねぐらにしているようだが、
ひょっとしたら、
見慣れるまでは、
用心して入らないかもしれない。
でも、
数日のことだから、
ちょっと我慢するか、
慣れてもらおう。
外の
シジュウカラの巣の注連飾りを見て、
スズメが、
興味津津。
「何だ?これ?」
もう一匹は素知らぬ顔。
興味のある方はというと、
下の枝に飛びおりて来て、
良く見える所に留まります。
そして
改めて眺めてみますが、
まるで動かないものなので、
すぐ慣れました。
これだったら、
スズメの巣箱の住人も、
すぐに慣れてくれそうです。
我が家の新年は、
せめて去年より、
少しだけでいいから良くなって欲しいという、
ささやかな願いで、
小鳥たちとともに始まりました。
「めでたさも中くらいなりおらが春」 (一茶)
息子夫婦も
元気な顔を見せてくれましたので、
もうそれで充分です。
でも、
お出で頂いた皆様にとっては、
今年が素晴らしい年になりますように・・・・。
年越し蕎麦+お土産付き初詣 ~大賑わいのお寺さん~
初詣は、
毎年近所のお寺さん。
浄土真宗の我が家とは
宗派が違うけれども、
お寺さんの心は広い。
だれでも受け入れてくれる妙法寺。
いつもは
正面入り口の扉は
固く閉ざされているけれど、
正月3が日は
この正門が開かれる。
大みそかの
24時前になると、
近所の人たちが
みんな初詣に訪れる。
正門で記帳して
中に入り、
除夜の鐘撞きを待つ。
中では
たき火を囲んで
近所の人たちの話声が絶えない。
待っている時から、
全員が帰ってしまうまでの間、
惜しげもなく
甘酒と御汁粉が振舞われる。
大釜で
暖かい湯気を立て、
美味しそうな香りを放つ。
手前が甘酒。
奥が御汁粉。
大みそか、
時間が来ると
除夜の鐘撞きが始まるが、
住職さんの読経と
最初の鐘撞きをスタートに、
参加者も
順番に鐘を撞かせてもらえる。
たき火からは
炎が
あたかも天に昇る龍のごとく
夜空に舞いあがる。
一般参賀の人たちの鐘撞き開始。
1人1人が
整理券順に並んで、
自分の番が来るのを待ち、
新年の願いを込めて
鐘を撞く。
「ごぉ~~~~ん!」
鐘の音は、
それぞれの思いの乗せて
天に昇る。
このお寺さんの初詣は、
鐘を撞かせてくれるだけではない。
こんなお土産まである。
正月のお飾りに必須の
みかんと
そして
子供が喜ぶポテトチップス。
大人の酒のつまみにもなり、
お寺さんもそれなりに良く考えている。
それだけではない。
先に進むと、
美味しい年越しそばまで振舞われる。
それも、
試食に出るような
小じんまりしたものではない。
ひと玉丸ごと。
たっぷりのおつゆを入れてもらって、
その先にあるネギの刻みは
自分の好みで入れ放題。
お腹をすかせて来ても、
充分満足できる量である。
これがまた美味しい。
無料であることに加えて、
通勤電車の駅のそば屋とは違い、
ここのお蕎麦は
お寺さんの御利益が詰まっている。
鐘を撞き終わったら、
みんなこれを楽しみにして、
食べながら新年を迎える。
私はいつも、
ゆっくり行くので、
250番くらいの整理券だから、
鐘を撞くのも
そばを食べるのも
新年になってからだが、
そんなことはどうでもいいくらい
ありがたい。
曹洞宗(禅宗) 瑞雲山 妙法寺の
新しい年は
こうして明ける。
「Totoronの花鳥風月」 にお出での
皆様方の
今年のご健勝とご多幸をお祈りして、
初詣の報告とします。
辰年の始まりにあたって ~思いよ届け!~
昨年の
東北大震災は
国民に
深い悲しみをもたらしたが、
原発事故は
その国民の
強い怒りを沸騰させた。
言ってもせんないことだけれど
怒りは頂点のまま
新しい年が明けた。
「おめでとう」、などとは決して言えない新年である。
政府の終息宣言などは
国民に死を強要するもので、
断じて認めがたい。
だが、
それとは別に
今年が
少なくとも去年より、
少しでも良くなることを
祈らずにはおれない。
十二支は
子・丑・寅・卯・辰・巳・午・未・申・酉・戌・亥。
この中で、
辰が龍であるとすれば
唯一架空の動物であることにお気づきでしょうか。
だから、
それはおかしいから、
辰は
タツノオトシゴのことではないかと考えると、
合点がいく。
そのような解釈で、
心をこめて、
辰年のハートを
私のブログの
読者の皆様に贈ります。
私の所有する
タツノオトシゴ。
若かりし頃、
南の島に赴任した
私の友人が
お土産に持って帰って来てくれたものである。
福をもたらすめでたいものなので、
もう何十年も
そのまま大事に持っている。
我が家に
さほどの災難がないのも、
あるいはこのタツノオトシゴが
守ってくれているからかもしれない。
だから、
新年にあたり、
私のブログの読者にも、
福をおすそ分けします。
紅白ではないけれど
故郷の海の色と、
故郷の太陽の色のつもりです。
今年の干支の
タツノオトシゴのハートは、
お出でになった方に
必ず幸せをもたらすものと信じます。
今年一年が、
皆様にとって
そしてご家族にとって、
素晴らしい年になりますように・・・・。
心より
お祈り致します。
かわいいウサギの忘年会 ~新宿の夜は更けて~
いよいよウサギ年も最後の日。
今日で終わりです。
ウサギ年の
最後の日に相応しい
かわいいウサギの忘年会の様子を、
皆様にお見せいたします。
私と同期の
元気な以前の若者が、
忘年会をやろうと
西新宿に集まりました。
東京都庁舎。
会場は、
その都庁舎の
道路を挟んで対面にある高層ビル。
このビルの
52階が会場です。
会員制クラブ。
ウサギ年最後の忘年会には
一番ふさわしいと
ここが会場になりました。
そこには、
とてもかわいいウサギがおり、
我々がそのウサギを世話するのではなく、
こんなかわいいウサギが
我々の世話をしてくれます。
もうこの世を達観しているおじさんたちですが、
こんなかわいいウサギが現れると、
どうしても男心が目覚め、
つい目がいってしまいます。
個室を借りての忘年会なので、
周りのお客に気兼ねすることもなく、
楽しい雰囲気で語り合います。
このウサギは、
本当に人間的にも素晴らしい人で、
写真も自由にどうぞ、という
心配りがうれしい。
せっかくですから、
彼女をご覧にいれましょう。
耳もしっぽもあって
このまま
タレントにしてもいいような
顔立ちの
きれいな人でした。
何と言っても性格がいい。
一緒の写真も
自由に撮らせてくれます。
だから、
図々しく1枚お願いしました。
筆者が写っているので、
小さい写真でご紹介します。
彼女が
ハイヒールを履いているとはいえ、
178.5cmの私が、
同じ高さになっています。
素晴らしいスタイルです。
ちなみに
彼女と一緒に写真を撮ったのは
私一人だけでした。
同期のみんなは、
この年になっても純情なのか、
おとなしいのか、
それとも大人なのか。
ひょっとしたら
もう男ではなくなってしまったのか。
それはさておき、
彼女の大写しの写真をアップします。
どうぞゆっくりご覧ください。
「残念でした!」
メニューが邪魔していますね。
頬杖付いて覗きこんでいるのは、
わたしではありません。
このようなスタイルは、
ご存知の方もおられるでしょうが、
随分昔の
プレイボーイクラブの流れです。
今でも
生き抜いていたんですね。
メニューが邪魔した写真で
すっきりしない人のために
1年間の御愛読に対し、
お礼をこめて、
このうさぎさんの
下半身の拡大写真を
ご覧に入れましょう。
今年最後の
大サービスです。
小さいながら
私のハートをお受け取りください。
「どうぞ!」
ほんの小さな
私の心ばかりの気持ちです。
またもや
「残念でした!」
そんな場所での忘年会は
真夜中まで続きました。
終電車もなくなりそうな頃、
やっとお開き。
新宿の夜は更けても
眠らない東京の街は、
明かりが煌々とついています。
「Totoronの花鳥風月」に
お出でいただきました皆様、
1年間、
ありがとうございました。
来年も
よろしくお願いいたします。
皆さんが、
素晴らしい年を迎えられますように、
心からお祈りしています。
夕日に映える柿の実・その後 ~ムクドリの食卓~
12月20日のブログ、
「夕日に映える柿の実 ~絵のような景色~」 で書いた柿の実、
その後どうなるのかと見ていたら、
やはり家の人が収穫するのではなく、
そのままの状態で
熟れるに任せてあった。
10日前のあの色合いを見ても、
いつでも食べられるような感じなのに、
小鳥たちが寄りついていないのが不思議で、
渋柿なのかな?と思ったものだったが、
そんな思いは
あくまでも柿にかぶりつける人間の
独善的判断であることが分かった。
先日通りかかると、
柿の木の上がにぎわっている。
何かと見上げれば、
ご覧の通りの
こんなに高い柿の木だから、
収穫しようにも
どうにも手が出せない。
でも、
鳥達は違った。
あの時ではなく、
なぜ今?
鳥達は
自分のくちばしで
つついて食べられるほどの柔らかな熟し柿になるのを、
ちゃんと待っていたのである。
人なら、
お腹がすいている時
食べたいと思ったら
熟れる前に手が出て、
食べてからその渋さに後悔するのであるが、
鳥達は、
人のようにそんな浅はかな行動はとらない。
じっくりと
熟れるのを待っている。
そして
時が来たら、
みんな揃っていただくのである。
ムクドリ。
ムクドリは、
椋の実を良く食べるのでそう呼ばれるのだが、
地面に降りて虫も食べるし、
こうして柿の実も食べる。
ムクドリのくちばしは、
柿の実を食べたために、
オレンジ色に染まったのではないかと思えるほど
柿の実が良く似合う。
10羽近くのムクドリが
今まさに食事の最中であるが、
そのあとの大群が押し寄せてくると、
この柿の実も、
あと数日しか持たないだろう。
たくさんの柿の実が
ひとつ残らず
自然に返る、
そんな
自然に優しい
武蔵野の今日の景色でした。

































