Totoronの花鳥風月 -383ページ目

伊勢神宮・酒の贈り物 ~祈りつつ飲む一口~


先のブログで、


鏡餅について調べていたら、


なんと、


三種の神器の話に辿り着いて驚いたものだが、


その三種の神器の1つ、


八咫鏡(やたのかがみ)」 をご神体とする、


伊勢神宮より、


昨日、


驚きの贈り物が届いた。






そう表現したくなるような


絶妙のタイミングで、


伊勢が故郷の


私のブログの読者で、


音楽活動をしておられる方から、


伊勢神宮内宮前にある


酒造メーカーのお酒が届いたのである。







この方の歌声を


一度聴きに行き、


その会場でお会いして


しばらくお話をしたことがあります。



(追記)

実はこのブログをアップした後、そのご本人からコメントを頂きました。

それをたどればこの方のブログに行けますが、私がライブを聴きに行った

時の様子を以前のブログにアップしてありますので、できればそこも読んで

いただければ良く分かると思います。

それは次のブログです。


「心に響く魂の歌 ~Twin Trianglesのライヴに涙~」





おりしもブログの話題が、


伊勢神宮の鏡の話題でもちきりの時に、


どのような運命からか、


伊勢神宮の前を流れる


神聖な川「五十鈴川の湧水を使ったお酒」が届くと言うのも、


不思議と言えば不思議なご縁である。






ちなみに


その方も私も


正体を隠してブログを展開しようなどとは、


露ほども思わず、


自分の姿を見せながらブログを書いているので、


必要であれば


住所も名前も名乗りあえる関係です。






いただいたお酒をご紹介しましょう。



Totoronの花鳥風月-omiki1

名前が 「おかげさま」。





酒造メーカーは


あくまでもこのお酒は


伊勢神宮のお蔭をもって販売しているお酒であると、


そのように思っての命名だろうか。





あるいは、


参詣する人々を対象に販売し、


その方々が、


神宮への供え物として、


自分の気持ちが現われているこのお酒を


使いやすいようにと、付けたのかもしれない。





そしてもう一つ。


人様にお土産で送る時に、


このお酒が


自分の気持ちを代弁してくれるように、


あるいは付けたのかもしれない。






解釈はいろいろあるが、


それが手元に贈られてきた。



Totoronの花鳥風月-omiki2


神聖な五十鈴川の伏流水を使ってあるらしい。






伊勢神宮は、


前を流れる大きな五十鈴川を含め、


そこから一望できる広大な土地を


すべて伊勢神宮の領地として持っている。






武家の時代には


もっと広大であったのだが、


それはこんな背景による。






個人の持ち物として土地を所有し


農作物を作れば


代官所にごっそり年貢で持っていかれるので、


すべて土地を寺社に献上し、


その土地を借りて耕作する形を取れば、


寺社は代官ほどあくどくないので、


自分の手元に


ほとんどの作物が残るため取られた方法である。






そのために


寺社の領地は


限りなく増えていく。






それはさておき、


そのお酒、


正月からめでたいことなので、


早速飲ませていただいた。



Totoronの花鳥風月-omiki3


「必ず冷やしてお飲み下さい」 とある。





冷酒専用などとは、


味に自信がなければ言わない。




グラスは、


本当は故郷の


薩摩切子で頂きたいところであったが、


薩摩を出る時に


白薩摩の湯呑と花器以外に


切子を入手していなかったので、


その流れをくむ


江戸切子でいただいた。



Totoronの花鳥風月-omiki4


「江戸切子のぐい呑み」





江戸切子の源流となる


薩摩切子は、


薩摩10代藩主島斉興によって興され、


11代藩主で名君の誉れ高い


島津斉彬によって


薩摩集成館事業の一環として拡げられた。






ところが


12代藩主の後見人の


島津久光によって縮小を余儀なくされ、


明治初期には途絶えてしまった。






篤姫の嫁入り品の中にも見られた名品だが、


その技術は


そのあと


江戸切子へと引き継がれた。






その江戸切子の産地に


薩摩の私が


終の棲家を得たのも、


また何かの縁である。







私に贈って下さった人に感謝しつつ、


そして、


今の日本が


早く原発や大震災の被害から立ち直れるように祈りながら、


江戸切子で飲む酒の味は、


美味しく


そして


少しほろ苦い味であった。


鏡開きの日の疑問 ~なぜ鏡?なぜ開き?~


今日は鏡開き。




鏡開きとは、


鏡餅を下げて、


家族みんなで


雑煮やぜんざいあるいはおしるこにして食べる日。


何となくめでたい気分で、


そして、


正月気分もこれで終わり、


そんな気持ちにさせてくれる日だが、


お供え餅をなぜ鏡餅というのか、


そして


その餅を使って料理することを


なぜ鏡開きというのか、


言い伝えられた言葉を


そのまま使っているだけで、


理由など考えたことのなかった私には、


まるでわからなかった。






だから、


これを機会に調べてみたら、


縁起で凝り固まったこの行事の


いろいろなことが分かった。





地域により


少しずつ違った説もあるけれど、


ここで概要を記したい。




我が家のお供え餅。


Totoronの花鳥風月-kagami1


小さい頃は、


これに昆布があり、


ウラジロがあり、


伊勢海老があり、


みかんじゃなくて


橙(だいだい)があったのだが、


時代は移って


こんなセットが売り出されるにあたり、


我が家も利用しているので、


全く主体性はない。





両サイドに置いてあるのは、


私の好きな石の玉。




丸はめでたそうなので、


賑やかしにただ置いただけで


深い意味はない。





前に置いてある白い卵状のものは、


アフリカの国の民芸品で、


象牙でできた卵。






これは


中近東アフリカフェアで


ある国から入手した。




これも特に意味はない。






さてその鏡餅。




中は空洞で


そこには切り餅が詰まっている。



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味気ないことこの上ないが、


何しろひらぺったい餅が手に入らないので、


やむなく購入している。






さて、


このお供え餅を


なぜ鏡餅というか、


皆さんもお調べになったと思うが、


ここに簡単に記載します。





鏡餅という名前の由来は、


お供え餅が


古代の青銅製の鏡の形に似ていることによるらしい。






その鏡は、


神事などに使われる貴重なものであった。






いわゆる


「三種の神器」 (「さんしゅのじんぎと読みます。 の一つ


八咫鏡(やたのかがみ)」である。




Totoronの花鳥風月-kagami3


発掘された青銅の鏡。 八咫鏡も、このようなものであったと思ってもらってよい。






いつも裏側のデザイン部分しか見せてもらえないので、


なぜこれが鏡?と思うのだが、


この写真の反対側は


ぴかぴかに磨きあげられて鏡面になっている。





お供え餅がこれに似ている?


疑問の向きもあろうが、


いにしえのこと故


丸ければ似ている、と思ったのでしょう。





この鏡は


人の顔を写す故、


中に神が宿ると言われ、


神聖化されていた。






鏡餅は、


いわゆる


穀物神である


歳神様への供え物である。






鏡餅には、


上に干柿を乗せ、


更にその上に橙(だいだい)を置くのだが、


その干柿は


三種の神器の一つ、


天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)の代わりであり、


一番上の橙は、


三種に神器の一つ、


八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)の代わりらしい。





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発掘された古代の剣。


「天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)」は、


このようなものであったと言われる。







そして勾玉。





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これも古代遺跡から発掘された翡翠の勾玉だが、


「八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)」


これと同じようなものと解釈されている。








お供え餅の


思考上の形が


鏡と剣と勾玉であるなら、


きっとこのような形になるだろう。



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青銅の鏡と剣と勾玉を使って私が創作したイメージ図である。(参考まで)








それが現代では


正式には


このような形になっている。



Totoronの花鳥風月-kagami6


なぜ一番上が


みかんではなく橙かというと、


この橙というかんきつ類は、


みかんやレモンやオレンジなどと根本的に違い、


一度木に生ると、


もぎさえしなければ


来年にはまた青い色になって、


更に秋には再び色づく。





そして冬を越すと


また元の色に戻り、


秋を迎える。





橙は、


一度木に生ると、


2、3年にわたって命を繋ぐので、


本来は


「代々」に亘るという意味からきている名前で、


縁起が良いことこの上ない。





さて鏡餅に戻ろう。





その餅を


お供えからおろしていただくのを


鏡開きというのは、


餅を


「切る」とか


「割る」という処置が、


縁起の悪い言葉だから、


「開く」という縁起の良い言葉に置き換えてあるにすぎない。





正月の行事は


松飾りや注連縄、


初詣もふくめ、


ほとんどすべてが


単純に縁起を担いだだけの行事であるといっても過言ではない。





信心はない日本人だから、


初詣の祈願を


神様が聞いてくれるなどとは毛ほどにも思っていないのだが、


不思議なことに


何もしないと、


あるいはやることをやらないと、


神様は


「罰だけは与える」ような


そんな気がするから


だからみんな、


それが怖くて縁起を担ぐ。






人の心の


一番弱いところを突いて、


神様は、


新年早々から金もうけをする。





こう言ったら罰が当たるだろうか。






皆さんの


これからの一年が


無事でありますように・・・。

富士山頂からの絶景 ~天使の梯子と影富士~



前回のブログで、


富士山頂でのご来光を見ていただいた。






夜中の暗い時に


苦しい思いをして登ってきたから、


日の出の太陽が


おごそかに見えるし、


また、


山頂の寒い中、


待ちに待った太陽光線の暖かさが、


本当にありがたくもある。





だから、


富士山頂では


元旦でなくても、


日の出はいつも


「ご来光」。






中国、韓国、


ブラジル、イタリア、


フランスなどの国旗が揺れる中、


どこからともなく


「ばんざ~い!」 の声が聞こえるのも、


富士山頂ならでは。







それ程ご来光は


登っている人に感動を与えるが、


日の出の後にも


日本一の絶景があるのを忘れたらいけない。







私が登ったのは、


一般客の登山が許可されている夏だが、


映像としては


正月にぴったりなので、


敢えてご紹介します。





これから登られる方は、


意識しておられたら良いかと思う。






まず、


日本一の高さから見る


「薄明光線」。



Totoronの花鳥風月-fuji1

8月16日、 6:14 撮影。



「天使のはしご」 など


そんな洒落た名前で呼ばれる。




5:00にご来光を見て、


上空に雲があれば、


運が良ければこの光の束を見ることができる。





別名、


「天使の階段」 とも


「ヤコブのはしご」とも言われる。




この呼び方は


旧約聖書創世記28章12節に由来する。




その部分を


手元の聖書から抜粋すると、


「そのうちに彼は夢を見た。見よ。1つのはしごが地に向けて立てられている。その頂は天に届き、


見よ、神の使いたちが、そのはしごを上り下りしている。」


Totoron注:彼とはヤコブのことです。
        私は、聖書は蔵書の一冊としていつでも手元に置いています。

        学ぶことの多い本です。





この天使のはしごは


早朝や夕方、


地上からも観察できるが、


富士山頂からは


その階段を


上から眺められるのだから、すごい。






日本一の絶景はまだある。





日本一の大きな影。


Totoronの花鳥風月-fuji2


「影富士」   同日 7:00 撮影。






富士山が


下から眺める実像ならば、


影富士は


富士の頂から眺める


富士山の虚像とでも言おうか。






この影富士は、


ご来光を拝んで、


そこで喜びに浸っていては見られない。





ご来光を拝んだら、


近くで腹ごしらえでもして、


おもむろに


お鉢めぐり(火口巡り)に行く元気がなければ、


この影富士を見ることはできない。








ゆっくりで良い、


富士の火口を半分回って


そこから下界を眺めると、


青木が原を黒く染めて、


大きな大きな富士の影が


そこに広がる。






頂上に当たる部分には


当然自分の影も写っているだろうが、


残念ながら遠すぎて、


そして小さすぎて見えないが、


そのつもりで見ると


ブロッケン現象まで


見ることができるかもしれない。







日本一の大きな影


影富士。


是非見てほしい景色である。






他にもまだある。



Totoronの花鳥風月-fuji3


同日 7:14 撮影。




はるか下に見る


宝永山。





流れるような富士の稜線に、


1つだけ見えるこぶ状の山。






富士山中腹


標高2,693mにあり、


宝永4年(1707年)大噴火してできた


富士山の側火山である。








お鉢めぐりをして


東側に帰ってくると、


きれいな景色が展開する。





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同日 8:05 撮影。


勾玉のようにみえる湖が山中湖。





この写真の、


約100km先が東京。







この位置で、


山中湖に背を向けて、


富士の火口を振り返れば、


こんな素晴らしい景色。



Totoronの花鳥風月-fuji5

同日 8:28 撮影。




まっさかさまに落ち込む富士山の火口。





正面に見える頂が


富士山の最高峰3,776m地点。




「剣が峰」 という。






富士山の頂上と思われている


火口の縁に辿り着いても


剣が峰に登らなければ、


富士山の頂きに登ったとは言えないが、


このわずか100m足らずの峰が


体力のない人には


本当に剣が峰。





ここを登れないと


富士のお鉢めぐりもできないのだが、


登り切れずに帰る人はたくさんいる。







前回、


ご来光を見ていただいたので、


せっかくのことでもあり、


他の山頂の絶景を紹介しました。




いかがでしたか。





日本人だったら、


死ぬまでに一度は絶対登っておきたい山である。






ところで、


明日は 「鏡開き」。




鏡開きは


お供え餅でぜんざい(おしるこ)を作る日だと、


そのように認識している人がたくさんいるでしょうが、


でも、


お供え餅をなぜ


「鏡餅」 というのか、


なぜ


そのお供え餅を食することを


「鏡開き」 というのか、


このことを知っている人は


案外少ないかもしれない。






「皆さんは答えられますか?」





次回のブログで一緒に考えてみましょう。




自信のある方、


推定こうだ、と思う方は、


遠慮なくコメントでどうぞ。





Totoronのブログは


読者参加が自由なブログです。

富士山頂のご来光 ~「旦」とはまさに字の如し~



先のブログで、


4つの問題を出しました。






「正月とはいつまで?」


「元日とはいつのこと?」


「元旦とはいつのこと?」


「松の内はいつまで?」




日本人は


みんな分かっているようにみえて、


それぞれがそれぞれの解釈をし、


それで十分通じているのが


これらの言葉です。





あいまいな感じで捉えており、


だから誰かに


「松の内とはいつからいつまでのことよ!」 と


自信ありげに答えられると、


「アッ、そうなんだ」 と


日本人らしい納得をするか、


相手のことを気遣って、


「それは違うのではない?」 という質問を返さないので、


いつまでも曖昧模糊としています。




さて、


だれでも知っているようで、


問われれば自信の持てない言葉。





まず


「正月」から。



正月とは本来は旧暦1月のことをいうが、


新暦に移行してから


そのまま1月を当てはめ、


今では


新暦1月1日から1月31日までを言います。



あくまでも「月」を現わす言葉です。




「正月3が日」とか「松の内」と


混同しないようにすることが大事です。




Totoronの花鳥風月-hi1

富士山頂でのご来光。     登頂した年の 8月16日  4:57撮影。




そして


「元日」。




これはもう誰でもわかるでしょう。





読んで字のごとく、


「元」には「初め」の意味があり、


物質の初めが元素であり、


創始者が元祖であり、


1年の初めの日が元日です。





だから


元日は1月1日。




Totoronの花鳥風月-hi2

同日 5:00 のご来光。





さて、


問題は「元旦」




「元」は前述した通りです。


では


「旦」とは?




これは読んで字のごとくではなく、


見て字のごとくです。



日の下の横棒は


水平線とか地平線を意味します。


つまり


日の出ごろのことをいい、


転じて朝の意味でも使います。





つまり


「元旦」とは


1年の始まりの日の朝のことですから、


元日より時間の範囲が限られます。




元旦は


今では元日と同じように使われていますが、


みんなで使えば怖くない、という仲間にならないようにしてください。



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同日 5:02 撮影。 これは雲海から顔を出しているため太陽しか写りませんが、

水平線か地平線だったら、下に線が入り「旦」の字になります。



元日も元旦も


1月1日もしくは1月1日の朝のことですので、


年賀状に


2012年1月元旦、と書くのは


1月が重複するから間違い。






しかし、


言葉は時代が意味を変えていくことも事実で、


「確執(かくしゅう)」がいつの間にか「かくしつ」になったり、


「御用達(ごようたし)」がいつの間にか


「ごようたつ」でも正解にする情けない国語学者がいます。





そのうち


「情けは人のためならず」も


「情けをかけてやるのは、その人のためにならないからかけなくても良い」


こんなとんでもない解釈が正解になる日が来るかもしれない。




念のために記します。


「その人に情けをかけてやるのは、(その人のためだけでなく、その善意は回りまわって自分に返ってくるから、)


人のためではなく自分のためにかけていることになる」 ということを意味します。







では最後の


「松の内」。




これは地域によって解釈がまちまちなので難しいですが、


敢えて記します。





「松の内」は


もともとは1月15日までのことを言っていたのは、


古文書などでも明らかです。





ところが


1662年(寛文2年)


江戸幕府が1月7日をもって飾り物を納めるように通達を出したことからややこしくなった。




その通達は


同時に「どんど焼き」も禁止している。



Totoronの花鳥風月-hi4

同日 5:02 撮影。






どんど焼き禁止は、


「火事と喧嘩は江戸の花」 と言われたように、


火事の多い江戸の防火のためだったと思われるが、


それ以来


江戸から各地に


松の内は1月15日から1月7日へと


短縮されて伝わっていった。






だから、


どんど焼きを15日にする地区は


松の内は15日までであり、


短縮を受け入れた地区の松の内は


1月7日になっている。




コメントにあった、


「松の内はどんど焼きまで」は


半分正解。




日本には


どんど焼きのないところもありますので。



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同日 5:03 撮影。 雲がなければ、太陽はもっと早い時間に顔を出します。





これに


新暦の1月1日を年の始めとする「大正月」、


旧暦の15日を軸とする「小正月」などが絡み合って、


いよいよ我々の頭の中が


混沌として来ているのが現実のところであろう。






お分かりになったでしょうか。


それともますます分からなくなってしまったでしょうか。





でも


混沌としたままでも、


もう来年の正月までは使われないので、


大丈夫です。




こうして毎年、


先送りにされてきた言葉が


前記の4つである。

巣箱の注連飾り ~シジュウカラとスズメの反応~


庭の梅の木の


シジュウカラの巣箱と


軒下の


スズメの巣箱に


手作り紅白注連飾りを付けてやったことは、


「注連飾り ~小鳥たちと一緒に祝う~」  で書きました。





でも、


今日で松の内(注)も終わり。




注連飾りも撤去してやりますが、


その間の


シジュウカラとスズメの様子を


少しだけ見てください。



Totoronの花鳥風月-toru1


シジュウカラは、


子育てを終わると巣箱を放棄して、


中を棲みかにすることはありません。






だから、


ここが自分の家だという認識はありませんが、


春になったら


使えるかどうかの観察はしています。



Totoronの花鳥風月-toru2



下に降りて来て、



マジマジと見るのは、



スズメと一緒。




Totoronの花鳥風月-toru3



「なんだ?あれは」




そう思っているかどうかはわかりませんが、


これだけ近づくのですから、


ほとんど用心はしていません。







シジュウカラは、


冬の間に


こんな巣箱の入口に留まって


時々中を覗くことはありますが、


決して住居にすることはありません。







ところがスズメは違います。



Totoronの花鳥風月-toru4


「これはなんだかな~~?」




紅白の飾りがめでたいなんて知りませんから、


マジマジと見つめますが、


いつまで見つめても


分からないものは分からない。







居間の軒下に設置した巣箱ですから、


居間からは当然見えません。





以前書きましたが、


それを見えるようにしてあるのは、


こんな仕掛けによります。




Totoronの花鳥風月-toru4-1


庭にイーゼル(絵画のキャンバスを載せる台)を置き、


その上に


キャンバス代わりに鏡を載せました。





角度を調整して、


カーテンの上部にある


軒下が見えるようにしてあります。






スズメは


この注連飾りが、


何日も観察した結果、


自分たちに害を及ぼすことはないと結論付けて、


自由に出入りするようになりました。



Totoronの花鳥風月-toru5


これは、


最初はシジュウカラ用に作った巣箱でしたが、


(シジュウカラ用の巣箱は、スズメに巣箱をとられないために、スズメが入るには

非常に窮屈な入口の直径を28mmほどにしてあります)



強引にスズメが利用するようになってから、


スズメのために


出入り口の大きさを


少し大きくしてやりました。(30mm以上)




Totoronの花鳥風月-toru6


今では簡単に出入りできるようになったので、


完全にスズメの巣箱になってしまいました。






スズメは


春に最初の親が子供を巣立たせた巣箱を、


他の親が引き続きその巣を利用して、


子育てをすることは


前のブログに書きました。





シジュウカラでは


他人の巣を利用するなんて


考えられないことです。(少なくとも我が家では見られません)





ところが、


スズメは


子育ての終わった巣箱を、


今度は自分たちの住居として使うことも分かりました。





夜になると、


この巣箱に入って休むのです。





確認したら、


この巣箱の中には


自分たちが休むに必要なワラなどが


運び込まれています。






梅の木の


シジュウカラの巣は、


当然今でも空っぽです。





スズメとシジュウカラの


巣箱の使い方が


大いに違うことが分かります。






どちらかというと、


スズメは非常に合理的です。




Totoronの花鳥風月-toru7


このスズメは、


庭に置いてある鏡に


外からは見えない私が


写っていることが気になるのでしょうか。






時々カメラ目線になりますが、


何しろ鏡に映っている画像ですから、


実像なのか虚像なのかスズメには分かりません。






鏡を見ただけの用心はここまでですが、


庭へ出るために窓を開けると、


その音だけで


巣箱の外へ飛び出しますから、


用心深いのはシジュウカラの比ではありません。






人と共生しながら、


決して人に心を許さないスズメは、


憎たらしいけど、


種を守るために必要な心がけを崩しません。。






余談ですが、


最後に問題を4つ。






「正月とはいつまで?」


「元日とはいつのこと?」


「元旦とはいつのこと?」


「松の内とはいつまで?」






その他に


鏡モチは何のために飾る?とか


小正月とは?とか、


この頃にちなんだ分かりにくい言葉はたくさんありますが、


まずは簡単な上記4問に


しっかり答えられますか?





回答は後日のブログで。