雪の中の閻魔スズメ ~家族を守るということ~
武蔵野の
雪の日の翌日。
小鳥たちは
積雪で
地表の餌が探せない。
だから
みんなお腹が空いている。
こんな時に我が家の庭は
少しだけ餌があって貴重な場所。
でも、
スズメの家族は何家族もいて、
みんなでは分けあえないし、
自然の中で生きると言うことは
分けあうようなやさしさでだけでは
生き抜けない。
だから、
一族を束ねる家長には
強さが求められる。
ちょっと眼には、仲良く食べている図、に見える。
ところが自然はそうではない。
「おい!お前は俺の仲間ではない!あっち行け!」
スズメの弱みの
顔をつつこうとします。
顔をつつかれてはたまらない。
自然界では、
駄目なものは駄目だから、
やむなく引きさがります。
このボスいればこその
家族の安泰です。
近くにいるものには口を出しますが、
遠くにいるよそ者には
にらみも聞かせます。
「おい!そこのよそもん!あっち行け!」
そう言われても
こっちだってお腹が空いているから、
知らんふりして食べようとします。
「お~~っ、いい度胸をしてるじゃね~か。」
「・・・・・・・・・・・」
「そうかい、だったらやったろうじゃね~か!」
閻魔スズメが実力行使しようにも、
くちばしはここまでは届かないし、
羽ばたきも
ここまでは届かない。
ぎりぎりまで逆らって、
食べられる時に一粒でも多く食べる。
これが弱い者の知恵でもある。
だけど、
はたから見て嫌な奴に見えても、
仲間にとっては
こんな頼りがいのある家長は居ない。
いざという時の強さと
判断力・決断力が
家族を救うのは、
なにもスズメだけに限ったことではない。
この危機の時に
家長としてのあなたは、
家族を守ってやれるような強さと、
遅れを取らない判断力・決断力を持っていますか。
あるいは
家族の一員であるあなた。
あなたの家長は、
そんな強さと
判断力・決断力を持った人ですか。
家族を守っていくことは、
非常に難しいことだが、
もう遅きに失してるとはいえ、
今は
まだまだそんな家長の出番なのです。
小鳥の面白瞬間映像 ~忍者スズメ・木遁の術~
これは瞬間映像ではありませんが、
瞬間の継続、という意味で、
敢えてご覧いただきます。
スズメや
シジュウカラや、
メジロなど
小さな鳥達は、
いつでも大きな鳥に命を狙われているので、
用心を怠らないし、
同じ所に
一時もじっとしていないのは、
皆さんも
観察していたり、
カメラを向けたりした時に
感じておられることと思います。
それは、
自分の身を守るために
身に付いた習性です。
安全だと思って、
小鳥たちが安心して水浴びをする
我が家の庭でも、
やはりそれは同じことなのだが、
今日のスズメは
ちょっと違った。
14:04.24
ただならぬの気配を感じて、次の瞬間から、
「木遁(もくとん)の術」 に入ります。
14:04.32
ちなみに木遁の術とは、
昔、
伊賀・甲賀の忍術華やかなりしころ、
己の気配を断って
木に成り済ますのを
「木遁の術」、
最前線で
兵士が木の枝を体に付けて、
林の中で藪に成り済まして
敵を待ち伏せをするのも、
立派な現代版
「木遁の術」。
水の中で気配を断つと
「水遁の術」。
ゲリラや山岳戦の時に用いられるのが
土の中で気配を断つ
「土遁の術」。
忍者には
火の中で気配を断つ
「火遁の術」 もあったらしいが、
方法は知らない。
その「木遁の術」に入りました。
14:04.44
ピクリとも動きません。
デジカメは、
便利なことに
その撮影時間が秒単位で残ります。
その時間経過を
参考までに記します。
14:05.08
もう30秒以上この姿勢です。
小鳥たちが、
同じ所でこのような姿勢を取り続けるのは、
身近に危険が迫っており、
相手にまだ自分の存在を知られていないと確信した時、
今動いたら非常に危険で、
動いて逃げるより、
じっとして
木になり切っていた方が安全だと思った時に取る方法です。
相手が気付いていない、という判断が
間違っていたらむしろもっと危険ですが、
きっとその判断に
自信があるのでしょう。
全く動きません。
14:05.28
停止してから、約1分が経過しました。
この直後、
「キェ~~~ッ!!」 という鳴き声を残して、
モズが飛び去っていきました。
14:05.38
さぞかし肝が冷えたことでしょう。
危険がなくなったはずなのに、
固まってしまってまだ動きません。
この後、
すぐに我に返って、
どこかへ飛び去っていきましたが、
多分この1分間くらいは、
彼は生きた心地がしなかったと思います。
しかし、
よくぞ見せてくれた、
みごとな木遁の術。
動くものに非常に敏感な鳥の目を
静止していることによって
みごとにごまかしたその腕のほどを褒めてやりたい。
「でも、人の目はごまかせないよ」 と
私が偉そうに言っても、
きっと彼はこう答えるでしょう。
「ヒトみたいな動きののろい動物は、
すぐそこまで来てから逃げれば十分だから、
こんな術を使う必要なんてないよ」
「はい、まさに通りです。」
スズメにしてみれば、
人の動きなんて、
芋虫みたいにゆっくりと見えているのかもしれない。
武蔵野の積雪 ~小鳥たちは元気です~
昨夜は、
この武蔵野に
短時間で一気に雪が
舞い落ちて来た。
2012.1.23 22:12.
もうこれだけの積雪。
ひとしきり降って
日が変わる前には止んだようだが、
冷え込みは厳しいので、
朝までしっかり持つだろう。
そして今朝の景色。
2012.1.24 6:41。
しっかりと、
夜の雪がそのまま残っていた。
「ドラゴンロード(青龍の道)」が、
今日だけは
みごと
「白龍の道」に変身。
龍の背を縁取っていた
「ヨクサクスミレ」は
完全に雪をかぶって、
しばし冬眠状態。
ボコボコボコと、
その膨らみでかろうじて存在が分かる程度。
でも、
マイナス6℃の寒さや、
霜にも平気だから、
雪ごときではビクともしないだろう。
小鳥たちが羽を休める梅の木。
来るべき春に備えて、
少しずつ蕾が膨らんできていたのだが、
今日はその上から、
雪の試練。
小鳥たちの留まる枝は
みんな雪を乗せている。
メジロの蜜容器には
雨除けに傘をかぶせてあるので、
雪こそ積んでいないが、
鳥達の留まる枝からは
雪を取り除いてやった。
朝早くから、
すぐにメジロが飛んできて、
元気いっぱいである。
こんな時こその我が家の庭。
彼らは良く知っている。
スズメたちだって同じ。
今日のような日は、
絶対に路上の餌は見つけられない。
我が家では
餌入れの雪を取り除き
少しだけ
アワを入れてやった。
水は凍っていたので
入れ替えてやったのだが、
少し表面が凍りだしているみたい。
気温マイナス2.5℃。
シジュウカラだって元気です。
餌入れの傘から
今にも雪が落ちて来そう。
シジュウカラの体の模様は、
こんな雪の日こそ、
ぴったりと決まって、
メスもいるのだがダンディーである。
こうして
積雪の日の朝は始まったが、
小鳥たちはみな
いつもと同じように元気です。
龍の版画 ~年賀状で気をつけたいこと~
今年も
年賀状の当選番号が発表になりました。
皆さんは
何か当たりましたか?
我が家は
いつも二百枚くらい頂いて、
切手シートが2、3枚当たるだけ。
確率からすると、
4枚以上は当たらなければならないはずだが、
運が悪いのか
いつでも2、3枚。
そして今年は
やっぱり2枚の切手シートだけでした。
2枚くらいなら、
コレクションするほどのこともないし、
何かの時に
友達や親せきへの郵便で
いつも使ってしまっているが、
どうせなら、
宝くじみたいに、
百万円くらいの賞金が当たるようにしたら
もっと人気が出るかもしれない。
ところでその
辰年の年賀状、
私はいつも手彫りの版画を
皆さんに出している。
今年の作品。
私には
絵心も
デザイン能力も何もないので、
いつも
漫画や
映画や、
写真や
過去の芸術家のデザインを
アイデアとしてお借りしたりしているのだが、
今年も、
デザインをお借りして、
このようなものを彫ってみた。
龍と言えば
中国で出来上がった
天駆ける架空の動物であるのはご存知の通り。
シカの角と
ヘビの鱗と
鷹の爪と
虎の牙と
鯉のひげと
数えればきりがないくらいに
たくさんの生き物の特徴を
少しずつ取り入れて出来上がった動物だから、
強そうに見えても、
何かしら主体性がない動物である。
今年はそんな龍を嫌って、
それをまともに描くことはせず、
ヨーロッパ調の龍にして見た。
年賀状として出す時には、
たとえば下記のような挨拶を入れて
それぞれの方に差しだす。
どこまでも手作りである。
手作りであるが故に、
その出来は問わない。
だが、
受け取った皆さんからは、
毎年楽しみにしていると、
印刷された年賀状でご挨拶を頂く。
なにかちょっとおかしいが、
年に一度のことであるので、
私も相手の年賀状の出来については
印刷であろうと写真であろうと、
ペン書きであろうと問わない。
さて、
年賀状の内容でひとこと。
皆さんは
写真入りの年賀状をお使いではありませんか。
その年賀状には、
自分の顔が写っていますか。
子供の顔だけの年賀状になっていませんか。
あなたが差しだす相手の方は、
あるいはあなたのお顔を見たいかもしれません。
子供と
年賀状の交換をしているのではないと
思うかもしれません。
もしその相手の方が結婚していて、
子供さんがおられないご夫婦だったら、
子供の写真の年賀状を受け取っても
楽しくはないかもしれない。
もし相手の方が、
もう良い年頃なのに、
まだ独身の方だったら、
そんな年賀状は欲しくないかもしれない。
それだけではなくて、
ひょっとしたらその年賀状で、
毎年心が傷ついているかもしれない。
家族の幸せそうな写真や、
子供だけの写真の年賀状は、
身内には良いが、
受け取る相手によっては、
親ばか丸出しで、
正月から嫌な思いをする人が
あるいはたくさんいるかもしれないので、
くれぐれも
注意を要する。
相手の方に配慮をして、
そんな年賀状を送りつけないような
せめてもの心遣いをしてくださいね。
印刷すれば簡単に済むものを、
写真にでもすれば簡単に済むものを、
苦労して
毎年徹夜しながら
あの人は喜んでくれるだろうか、
この人は元気でいるだろうかと
いろいろ考えて彫る年賀状。
私は、
年賀状は
受け取る人1人1人が
みんな喜んでくれるような、
そんな年賀状を作るように
毎年毎年
気を付けているつもりである。
小鳥の面白瞬間映像 ~閻魔のひと突き~
閻魔スズメの
よそ者追い出しは続きます。
閻魔スズメは、左側のスズメではなく、一番向こう側にいるスズメ。
左側のスズメが、
今入ってきて端に留まりました。
「おい!お前!何でここに来た?」
そんなことを言われたって、
背に腹は代えられません。
お腹が空いているのですから。
でも、
閻魔スズメも、
仲間に食べさせるためには、
相手の状態など知ったことではない。
にらんで駄目なら実力行使。
「こら!あっちへ行け!」
顔をつつきます。
流石に顔をつつかれたらたまらない。
首をそらして避けますが、
実力差はいかんともしがたい。
こんな小さな小鳥たちは、
ほとんど同じくらいの実力ならまだしも、
すでに優劣がついている関係なら、、
闘争と食料の二者択一の場合、
絶対的に闘争を避けます。
許してもらえないと判断すると、
あっさりとその場を脱出します。
喧嘩をして傷つくと
これからの生活に影響が出ることを知っています。
人みたいに
誰かが救ってくれることはありません。
人は
明らかに優劣がついている場合でも、
虚勢を張って争いをし、
たくさんの人命を犠牲にします。
なまじの間違ったプライドが邪魔をします。
それはプライドでも何でもない。
一部の人間の、
欲を満たすためであるが、
自然と同化して生きるということは、
人にはもう
無理になったのだろうか。
北の国や
赤い国や、
アラブの国など、
国民を私物化するなど、
到底許せることではないのだが、
そんな傲慢がまかり通っている。
日本政府も
他国のことなど言ってはおられない。
厳しい報道管制を敷き、
国民を欺いて、
原発事故をいかにも過少に扱う。
「十年後、二十年後のことは俺は知らない」
そんな無責任政治がまかり通っている。
そして今度は、
金に目がくらんだ御用学者が
原発事故はもう治まった、ようなことを言い始めた。
彼らは、
自分の研究費を国から出してもらっている関係上、
原発事故の評論家にはなりえないのに、
のうのうとしゃしゃり出て来ている。
自分のことしか考えていない、
我欲に固まった学者どもが、
国民を犠牲にするような
安全宣言みたいなことを
良くも言えたものだ。
一家の長が
賢くならなければ
いよいよ家族を守れなくなってきた。
そんな風潮が
実に情けない。


























