日本モロッコ協会9月講演会 ~再び外務省江原功雄氏を迎えて~
先日、
日本モロッコ協会の
9月度講演会が、
全日通霞が関ビル8F中会議場で
開催された。
講師は
外務省国際協力局民間援助連携室長
江原功雄(のりお)氏。
江原氏を迎えての講演会は、
7月に続いて2回目である。
1回目の様子は
江原氏のプロフィールとともに
下記ブログをご覧ください。
「日本モロッコ協会7月講演会 ~江原功雄外務省民間援助連携室長~」
当協会の
宮崎汎専務理事より
江原氏の紹介があります。
日本モロッコ協会の
宮崎専務理事は
神奈川県生産性本部の
専務理事兼事務局長も務めておられ、
非常に人脈の広い方であるが、
広いのは人脈だけではなくて、
趣味もまた広い。
それは最後にまた。
江原氏の本日の演題は、
「イスラム世界の民族主義のルーツ」。
江原氏は、
外務省の中でアラビア語を専門とする
アラビストの一員で、
長い間
イスラム世界との対話に取り組んでこられた
貴重な経験を持つ方であり、
講演内容も
イスラム世界について
微にいり細にいる。
アラブ民族主義のルーツを
紀元前の南アラビアからのアラブ人の移住に始まり、
イスラム帝国の広がりや、
中東諸国の西欧列強からの独立、
アラブ民族主義の終焉など
とても普通の講演では聞けないようなことを
配布した資料を元に
分かりやすく説明してもらえた。
日本人は、
この小さな島国に
単一民族といってもいいほどの人々だけで住んでいるので、
遠く離れたアラブの国のことなど
名前こそ知っているが
その国の国情などは
ほとんど知らないに等しい。
ましてや
仏教以外の宗教のことなど、
詳細を知る人は
おそらくいるまい。
国名も
宗教名も
博識なので名前だけは知っているが、
深くは知らない。
外国人が
日本という国は知っているが、
中身を聞くと
富士山と芸者くらいしか知らないのと
全く同じレベルである。
だからというわけではないが、
生涯学習だと思っているメンバーは
みんな真剣に聞く。
質疑応答も長きに亘るが、
時間制限があるので
途中で打ち切るほどの真剣さである。
講演の謝礼は
広瀬会長から渡される
モロッコワイン1本だけだが、
それでも
笑顔で受け取ってもらえる人格者。
皆さんも一度
講演会に参加してみませんか。
一回の参加料は
わずか2,000円。
知識を吸収し、
人とのつながりが広がるこんな機会を
是非ご利用ください。
詳細は
「日本モロッコ協会ホームページ」 をご覧ください。
さて、
当協会の宮崎専務理事、
人脈も広いが
趣味も多岐にわたる。
その一つが
釣り。
ワラサを手に
どや顔。
釣果はこれだけではありません。
こんなにどっさりと釣って、
隣近所に
惜しげもなく分けてあげたそうだが、
魚好きの筆者は
宮崎専務理事の隣近所に住んでいないのが
残念でならない。
こんなものを1匹頂戴したら、
さぞかしお酒もうまかろう。
余談も入った
活動報告でした。
この葉何の葉? ~真っ赤なモミジ葉~
スポーツジムからの帰り道。
チャリを走らせていたら、
道の真ん中に
真っ赤な木の葉が一枚。
この時期に
また綺麗に紅葉した葉だこと、と
ふと思って走り過ぎたのだが、
何かしら
余りにも訴えかけるような
派手な色合いだったので、
10mほど過ぎたところでチャリを止め、
その葉のところに戻ってみた。
秋に紅葉する葉は
いろいろ見たことがあるが、
武蔵野の市街地で
まだ9月も中旬のこの時期に
こんなに赤く色づく葉なんて
見たことがない。
周りに
紅葉した木も見当たらない。
拾って持ち帰ってみた。
この葉何の葉?
紅葉の仕組みを
簡単に説明すると、
次のようになります。
光合成で生産された糖が葉に留まり、
この糖から赤い色素アントシアニンができて
葉は赤くなります。
アントシアニンの合成には、
温度と光の条件が重要です。
鮮やかに紅葉するには、
日中の気温は20~25℃で
夜間は5~10℃になり
昼夜の気温の差が大きいこと、
空気が澄んで
葉が充分日光を受けられること、
大気中に適度な湿度があって
葉が乾燥しないことなどが必要です。
早い話、
寒さにあわないと
葉は紅葉しないはずなのですが、
この辺りの
最低気温は
まだまだ8℃以下にはなっていません。
それなのに
この色鮮やかな赤さは
いたいどうしたことなのでしょう。
その葉の裏は、というと
裏にはまるで
赤い色素はありません。
それに
葉の形から見ても、
決してカエデの仲間ではなさそうです。
思わずチャリを止めて
拾ってしまったこのモミジ葉。
なんという木の葉なのでしょうか。
漁師町育ちの私には、
葉の形を見ただけで
何の木の葉か
分かる知識はありません。
どなたかご存知の方はありませんか?
あまりにもきれいな葉だったので、
ブログに
突然の登場です。
そうそう、
葉の大きさは
長径 11cm
短径 6.5cm
結構な大きさの葉です。
どうも
ハナミズキの葉に似ていると思うのですが、
近所のハナミズキの葉は
まだ緑色です。
敬老の日にハッスル! ~水泳自己記録更新~
9月15日敬老の日。
筆者も
まぎれもなく敬老の対象者。
だからといって、
当日敬老の日のプレゼントなどは
誰からもいただかない。
当日は
私が通っている
コナミスポーツクラブで
水泳記録会開催。
私も
5種目にエントリー。
年甲斐もなく
果敢に挑戦しました。
参加種目は
25mバタフライ、
25m平泳ぎ、
25m背泳ぎ、
25mクロール、
100m個人メドレー。
以上の5種目。
昨年の同じ月に
同じ種目を計測していますので、
今年のタイムと比較してみました。
2013.9.13 2014.9.15
25mバタフライ 18秒41 17秒22 (更新)
25m背泳ぎ 19秒08 19秒37 (+0.29)
25m平泳ぎ 22秒32 21秒35 (更新)
25mクロール 15秒24 15秒31 (+0.07)
100m個人メドレー 1分36秒12 1分34秒49 (更新)
背泳ぎとクロールは
昨年にわずかに及びませんでしたが、
19秒台と15秒台のタイムをほぼ維持。
バタフライと
平泳ぎ、
そして
個人メドレーは
約1秒前後の短縮で
自己新記録樹立。
敬老の日に
歳などとってはおられない。
年を経るごとに
体を若返らせていくつもりである。
たくさんの真ん丸どんぐり ~小さな秋が落ちてくる道~
玉川上水の
散策路の話が続きます。
今日は
「どんぐり」。
今頃、
玉川上水の散策路を歩けば、
たくさんのどんぐりが
目につきます。
真ん丸のどんぐりです。
散策路には、
どんぐりの木の大木が
あちこちにあります。
見上げると
大きな高い木。
多分十数mかそれ以上はありそうな木です。
木肌をご覧ください。
縦に割れ目が走っている
独特の木肌。
すべすべした
普通の木とはだいぶ違います。
調べてみると
「クヌギ」ではないかと思われますが、
確信はできません。
私は
小さい頃漁師町で育ったため、
どんぐりの木に馴染んだことがなく、
どんぐりには2つあり、
丸っこいどんぐりは
カシの実、
長細いどんぐりは
シイの実だとばかり思っていた。
ところが
調べてみて驚いた、
日本には
どんぐりの仲間が
20種類くらいあるそうな。
でも
このまん丸い形は
きっとクヌギのどんぐりだろう。
カシの木のどんぐりよりも
はるかに丸い。
木の根元には
いくら拾っても拾いきれないくらいのどんぐりが
たくさん落ちている。
木の下に佇んでいると、
時々
「ぱさっ!」・・・・「ぱさっ!」と音がして、
木の上から
どんぐりが落ちてくるのがよくわかる。
頭に当たったら、
ちょっと痛いかもしれない。
そばを通っている
車道に転がり落ちたものは、
無残にも車に牽かれて
割れたりつぶれたりしているが、
散策路のものは、
綺麗な形を保っている。
小さい頃は
これにマッチ棒を突き刺して
コマを作り
友達同士で
どちらが長く回るか
競争をしたものだった。
コマだって
買ってもらえず、
全て手作りする時代だった。
そのころ
「どんぐりの歌」を歌った覚えがあるが、
私は大きくなるまで、
全く勘違いしていたところがあった。
どんぐりころころ
作詞:青木存義 / 作曲:梁田貞
どんぐりころころ どんぶりこ
おいけにはまって さあたいへん
どじょうがでてきて こんにちは
ぼっちゃんいっしょに あそびましょ
この歌の
最初の歌詞、
「どんぐりころころ どんぶりこ」を
「どんぐりころころ どんぐりこ」と
何の疑いもなく
大きな声で歌っていた。
お池にはまるのだから、
どんぶりこ、なのだろうなと思ったのは、
大分成長してから。
誰にも気づかれずに成長したから、
恥をかくことはなかったが、
ずいぶん長い間
どんぐりこ、とばかりおもい込んでいたのだから、
冷や汗ものであった。
遊ぶのは
坊ちゃんであって、
嬢ちゃん、ではないのも
どんぶりこと
おいけにはまって
ボッチャン!と音をたてるからだろうかと
考えるのはちょっと考えすぎだろうか。
どんぐりを見るたびに
思い出す
幼い頃の思い出である。
玉川上水散策 ~昼なお暗き森の道~
我が家から、
歩いて10分ほどのところを
西から東に流れる
「玉川上水」。
その両サイドは
うっそうとした木々に覆われ、
夏でも涼しい散策路。
簡単にご紹介しましょう。
流れる水路の幅は、
2m程度の小さな清流。
上水(飲料水供給用)であるため、
水辺には下りられない。
多摩の羽村から四谷までの
全長43kmにも及ぶ上水道だが、
よろしかったら
説明版に
目を通してみてください。
「国指定史跡 玉川上水」。
いくらなんでも
これは読みづらいでしょうから、
少し大きくします。
この上水道は
あくまでも
玉川上水であって、
多摩川上水ではありません。
それにはちゃんとした理由があります。
歴史は江戸時代にさかのぼります。
承応元年(1652年)11月、
幕府により
江戸の飲料水不足を解消するため
多摩川からの上水開削が計画されました。
その時に
庄右衛門・清右衛門兄弟(玉川兄弟)に
工事実施の命が下されました。
43kmの長さで
標高差がわずかに92m、
100mの長さではわずか21cmしかなかったため、
工事は困難を極めたが、
何とか完成。
その兄弟の功績に対し、
幕府はその兄弟に
玉川の姓を名乗ることを許したため、
それで
玉川上水と呼ばれているのだが、
多摩川と名前が重なるし、
さらに
玉のような水が流れる上水ということもあり、
なんの違和感もなく受け入れられている。
清流に
鯉が放たれているところもあり、
橋の上から、
パンくずなどを落として
鯉にえさをやっている人も見かけます。
その両サイドに通る
散策路。
自然のままの散策路であるため、
全て土の道で、
街灯などの人工物は
全くありません。
必要最低限度の道幅だけ整備し、
後は自然のまま。
散策路の
更に外側には、
人家がづっと連なります。
玉川上水に生えている木々は
ほとんどが落葉樹のため、
夏は葉が茂って涼しい木陰を作りますが、
冬は葉を落として、
散策路にもさんさんと陽が射します。
街灯などがないため、
夜は真っ暗。
上水道も
当然真っ暗。
夜の散歩は
懐中電灯がなければ
木の根に足を取られたり、
真ん中に生えている木に
まともにぶつかったりして、
とても危険で、
歩けません。
だから、
夜の人通りは
ほとんどないため、
そういう意味では
自然が保たれています。
近所を通る
玉川上水の話でした。































