驚きの絵画展 6 ~足と口を手のように~
ある事情により
手が使えずに
足もしくは口を使って
絵を描いている画家たち。
私も油絵を少したしなむが、
でも
この人たちの作品を見れば
恐れ多くて自分のことなど語れない。
ベラルーシ在住の方。
美術系の大学で学んで
画家になった後
24歳の時に武道の練習中に脊椎を損傷、
完全マヒとなるも、
美術への道断ちがたく
強い意志と並外れた努力で
芸術の道に戻る。
健常者が考えるような
強い意志と並外れた努力ではあるまい。
きっと
想像もつかないほどの強い意志であり、
並外れた努力であったと思う。
「花咲く草原」
ややもすれば
暗くなりがちな気持ちを奮い起こして、
こんなに明るい情景を描く。
この人は
長野県在住。
前述の人と同じように、
この人も武道によって
頸椎を損傷。
「南の海」
チョウチョウウオ、クマノミ、ハタタテダイや
イルカまでいて
賑やかな海の世界。
「静物」
バラの花やサクランボや、
フランスパンにまで命が吹き込まれている。
(全ての絵に使ってある額縁のガラス面に
鑑賞者の影が写りこんでいるのはお見逃しください。)
東京オリンピックのデザインが採用された
某デザイナーの作品は
誰が見ても模写としか思えない作品で、
且つ
あるお酒メーカーのバッグに使われた
たくさんのデザインの中には
はっきりと完全模写のデザインが多数あり、
ネットで暴かれてあわてて取り消していたが、
そんな嘘くさいデザイナーの作品とは違い、
足と口で描くこの人たちの作品の独創性は
まさに目を見張るものがある。
この世に生れ出た時から
不自由な体。
ある障害者がいみじくも語っておられた。
「障害がある身は不自由ではあるが不幸とは限らない」。
強い意志がなければ
とてもこんな言葉は出てこない。
「空中のバレー」
イルカの華麗な動きを
空中で止めて
バレーを踊っているような姿に見立てた。
この作者の中では
このイルカたちは
このまま空中のとどまって
バレーを踊り続けているのだろう。
もうお亡くなりになった方だが、
作品をご覧頂こう。
頚椎損傷で両肩から下がすべてマヒ。
にもかかわらず
絵が生きる目的になり
自信を回復。
完全マヒなのに
自信を回復することなど
常人には思いもよらない凄さといおうか。
「横浜港」
白い帆船は
今では横浜港に係留されている
日本丸だろうか。
「漁」
この漁は
秋の日の北海道のある川での漁。
魚はサケ。
この後に
この魚を市場に水揚げするなんて
無粋な推測はしない。
この魚は
この人たちが
何匹かずつ縄で結び
それぞれが担いで家路につく。
「山里」
花が群れ咲く山里の
春の景色。
動けないからこそ、
イメージがどんどん湧きます。
前述の方と同じ
神奈川県に在住。
「ひまわり」
ひまわりは
不思議な花。
どのように描いても
その人となりの花になり、
そして有名な作家の作品に
決して劣らない。
「風景」
日本のような、
フランスのような、
生きているようないろいろな色の雲が浮かぶ風景。
この絵の中に
身を置いてみたくなる。
不自由な方々のこれらの絵は
いろいろなことを考えさせてくれる
素晴らし作品ばかりです。
間に他の話題を挟みながら
作品の紹介がもう少し続きます。
驚きの絵画展 5 ~足で描く絵・口で描く絵~
2015.8.10にアップした
から続きます。
台湾在住のこの人。
生まれた時から
両手がなく、
足で静物画を好んで描き、
味わい深い「書」も
書いているという。
「花と鳥」
絵であるのに
躍動感があふれており、
鳴き声までもが聞こえてきそうな絵画。
足で描いた絵とは
とても考えられない。
韓国在住のこの人は
足と口で絵を描く。
小さい頃
事故で両腕を失ったこの人は
19歳の時から足で絵を描き始め
21歳で個展を開くまでになったという。
しかし、
6歳から19歳までの
その間の苦しみたるや
察するに余りある。
「ハヤン・ウォン・ジェオン」
テーマの意味は理解できないが、
何か安らぎを得ることのできる場所だろうか。
この人は日本人。
脳性小児マヒで体が不自由になったのに、
何かに挑戦しようとする意欲を失わず、
今では絵が生きがいになっているという。
五体満足でありながら、
あなたの生き甲斐は何ですか、と聞かれたら、
私などは言葉を失う。
「あじさい」。
花の部分のガラス面が光って
花びらの色合いが見にくいが
こんもりとした
豊かな色彩である。
私が8年間住んだことのある
広島在住の人。
体操選手だったらしい。
コナミの内村選手の
華麗な技を見て
彼は本当に人なのかと
あきれるほど惚れ惚れするのだが、
あの技の裏には
こんな危険が潜んでいる。
「池で」
カエルの親子の音楽会。
アマガエルみたいだし、
タヌキが里芋の葉っぱの傘をさし、
そばにはアジサイの花、とくれば、
当然この画面では
雨が降っているはずだが
雨粒は省略。
この人は
大阪在住。
8歳の時に
機械に巻き込まれて
両腕を失い、とあるので、
この人の父親は
ひょっとしたら自営業で
工場を運営していたのかもしれない。
でないと
8歳の子供が
危険な機械のそばに行くはずがない。
「あさがお」
朝咲いて
昼にはしぼむ
短命な朝顔に
永遠の命を与えている。
「さぎ」
サギは
他の鳥と違って
まさに時を止められる鳥である。
ピタッと静止したら
それは生き物ではなく
まるで命のない石のようになってしまう。
そんなサギの首が動き、
命が躍動した時には、
今度は別の命が失われる。
「富士に桜」
「富士には月見草がよく似合う」という名文句は
富嶽百景(太宰治作)の中に出てくる言葉。
この絵の
「富士に桜」は
富士も
桜も
日本を代表する山と花。
そんな二つが
同じ絵に納まっているのだから、
こんな贅沢はない。
体が不自由で
足や口で絵を描く人が
たくさん紹介されている作品展だが、
その中の
ほんの一部を
読者の皆さんに
少しずつ紹介したい。
これらの絵を見て、
強く生きる力に変えて欲しい。
玉川上水全43km完全踏破の記録 4 ~東鷹の橋・小金井橋間約4.7km~
玉川上水散策
4日目は
西武国分寺線「鷹の台駅」近くの
「東鷹の橋」から
小金井街道の
「小金井橋」までの
約4.7km。
前号の終点
「鷹の橋」から
西武国分寺線の線路を超えた
すぐ東側にある
「東鷹の橋」。
この橋の向こう側は
広い運動場やプール付き体育館もある
小平市立中央公園。
東鷹の橋の下を
東に流れる玉川上水。
玉川上水は
下水ではなく上水ですので、
どこまで流れても
常に清流。
その清流を右に見ながら
緑道が続きます。
43kmにも亘って
東京都を西から東に流れる玉川上水は
たくさんの市町村を通過します。
小平市を通過するときの緑道は
敢えてこう呼びます。
「小平グリーンロード」。
小平市が
ちょっと気取ってみたのでしょうか。
気取ったところで
「そのまんまじゃん」と言われそう。
この辺りの緑道は
少し細くて
完全に木々の緑に覆われてしまっていますので、
キノコには絶好の環境。
あちこちに
いろいろなキノコが生えていますが、
キノコについては
「玉川上水散策 6 ~奇妙なキノコたち~」 で書いたので、
ここでは1種類だけ。
「鎌倉橋」
上水の北側には
津田塾大学があり、
上水の南側から通う人も多いことでしょう。
「小松橋」
自転車や人のために
このような質素な橋が
たくさんかかっています。
グリーンロードの周りに咲く
ノカンゾウ。
綺麗なユリの花も咲いていますが、
茎が細くて
大きな花を支えきれずに
みんな下向きに咲いています。
何しろ春になると
上水の周りの大木が一気に芽吹き、
完全に太陽を遮断するため、
光が不足して
茎が太く成長できないのかもしれません。
玉川上水には
ところどころに
このような親切な案内板がたくさんあります。
この地図は
上水の北側のグリーンロードの
上水側(南側)に掲示してありますので、
地図の右側が西になっているため、
東西南北が完全に逆転していますが、
歩く人が見ると
方向がそのままですので
見やすくなっています。
沿道には
綺麗な花がたくさん咲いていますが、
こんな不思議な木もあります。
幹がコブだらけの木。
枝を切った後のカルスではなさそうだし、
カミキリムシの幼虫でも
潜りこんでいるのでしょうか。
なんとなく痛々しい。
ちょっと変わった名前のこの橋。
皆さんは読めますか?
「商大橋」
決して難しい漢字ではないのですが、
読み方がいろいろあって分からない。
普通に読むと
「しょうおおはし」。
でもそんな読み方ではあるまいと考えると
「あきないおおはし」。
名前の由来が分かれば
読み方も分かると思うのですが、
正確にはこう読みます。
「しょうだいばし」。
この橋だけは読めなかった。
この橋の北側には
一橋大学・大学評価学位授与機構や
平櫛田中彫刻美術館があります。
そして、
この橋あたりから、
今日の終点の
小金井橋までは
いわゆる小金井桜の名所で
花の時期には
ヤマザクラ、オオヤマザクラ、
カスミザクラ、ソメイヨシノ、
オオシマザクラが
少しずつ時期をずらして咲いてくれるので、
長い間花見が楽しめます。
「一位橋」
橋に順位があるわけではなさそうだし、
今まで歩いてきたところには
「一番橋」という名の橋もありました。
イチイという名の
年輪の幅が狭く緻密で狂いが生じにくく
加工しやすく、
光沢があって美しいという特徴をもつ木があるが、
あるいは
その木を使って作った橋なのかもしれない。
緑道は続きます。。
道沿いに
ピンクのきれいなアザミの花。
左側の尾状突起が切れてしまっていますが、
クロアゲハはアザミによく似合う。
この橋は
真新しい橋ですが、
歴史があります。
「八左衛門橋」。
由来をご覧ください。
群れ咲く花の真ん中に
林立する木々。
木々と複数形で表現するのは
本当は当たらないかもしれない。
それぞれの木々は
一株の木から伸びています。
あるいは
切り倒された木の株から
ひこばえが生えて
みんな一緒に大きくなったのかもしれない。
ノカンゾウの花が多い沿道に
この花も時々見かける。
「ヤブカンゾウ」
決してノカンゾウの八重咲きではない。
「ノカンゾウ」はこれ。
いよいよ終点に近づいてきました。
「茜屋橋」
由来をご覧ください。
他の橋もそうですが、
玉川上水の
桜や水や緑と馴染みながら
調和するように作られています。
さて今日の終点の
「小金井橋」
この橋も
橋の長さよりも
橋の幅の方が長い橋で、
それは
玉川上水にかかる車用橋の特徴。
鷹の台から
ここまでの距離は
約4.7kmですが、
私が帰宅するためには
ここからさらに歩きます。
小金井街道。
この街道に沿って、
南に約1.3km歩き、
JR中央線
武蔵小金井駅に到着。
結果
緑道4.7kmと
駅までの距離1.3kmを合わせて
約6kmが
今日の朝の散歩の距離でした。
次回は
小金井橋から
JR三鷹駅までの
約5.1km。
武蔵小金井駅からだと
約6.4km。
よろしかったら
また覗いてみてください。
玉川上水全43km完全踏破の記録 3 ~玉川上水駅・鷹の台駅間約4km~
3日目の
玉川上水散策は
西武拝島線&多摩都市モノレール
「玉川上水駅」からスタート。
立川からやってくる
多摩都市モノレールが
西武拝島線と交差。
いずれの玉川上水駅も
ここから入ります。
玉川上水の清流は
駅の広場の
清願院橋の下に流れ込み、
そこを抜けて
さらに東へと流れます。
清願院橋。
清願院橋の長さは
ご覧の通りに
10mほどもありましょうか。
でも
その橋の広さは
橋の上が丸々駅前広場になっていますので、
30mほどはあります。
その上に居る人は
きっと誰も
ここが橋の上だなんて思わないでしょう。
流れに沿って
緑の中を少し歩きます。
ここまでは
緑道のフェンスが高い。
浄水場の沈殿槽。
ここで
小さなゴミなどを
沈殿させて除きます。
少し大きめの
浮遊物は
ここでろ過。
綺麗な水になって
新しく上水に流します。
玉川上水の
水場まで下りられる
唯一の場所。
「上水小橋」。
ここから滝のように
綺麗な水が流れ落ちてきます。
緑の中で
水音が心地よく響く
憩いの場所。
そして新たに
清流が流れ始めます。
上水小橋は
階段になって清流の中に入りこんでいます。
甦る水。
清流の復活。
玉川上水の
整備が進んでいなかった一時期、
ここから下流には
水が流れていませんでした。
復活した清流のスタート地点。
この
復活後の清流に沿って走る緑道は
今までと違って
フェンスがうんと低くなり、
解放感が広がります。
緑道に
大蛇出現。
復活した流れの
玉川上水には
人用のこじんまりした橋が
たくさんかかり、
約4kmの間に
12個の橋があり、
車の通る広い道路は一つだけ。
緑道は
流れの左右にあり、
いずれも木々の緑の下。
頭上からは
いろいろな小鳥たちの爽やかな鳴き声が
心地よく降ってきます。
カラスが巣作りするころは
こんな注意書きも。
ヒナを守るために
カラスは近くを通る人に
突然襲い掛かってきます。
巣を守るためにとる行動であり、
勇気があるといえなくもありませんが、
ツバメが
絶対的に人を信頼して巣作りしていることを思うと、
人がカラスの卵やヒナに
害を与えるかどうかの判断が付かない
愚かな鳥であるともいえます。
流れの側面に
手を入れてないと
長い間に土壁が崩れて
木々の根が露出。
それもまた自然。
そんなところを放置するわけにもいかず、
土壁を守るためには
その流れを緩やかにしてやる必要があります。
そのための段差。
このような段差を作ると
ここを落ちる水の速さが速い分だけ、
その上流では
あたかも池のようになり
水の流れがなくなります。
護岸を強化しなくても
これで十分。
まさに緑道。
夏でも涼しい散歩道です。
カラスだけではなく、
蚊にも注意の注意書き。
ここが涼しい場所なので、
つい立ち止まって
フェンスに腰を下ろしたりしたら
蚊に刺されるかもしれないが、
私のように歩いていれば
蚊の出る幕はない。
その代わり
こんな危険は潜んでいる。
甘い汁でも出ているのでしょうか。
スズメバチが蜜を吸いに来ています。
見ているわずかな時間に、
何匹も飛んできていました。
これに刺されると
蚊どころの騒ぎではないので
さすがに私も用心した。
「いこいばし」。
ここから我が家は
10分もかからない。
流れはまだまだ続きます。
緑道の緑もまだまだ続きます。
そんなところに
ちょっと不似合なこんな注意書き。
玉川上水の緑道を歩く際は、
「横に広がらず、他人に迷惑をかけないように」だと。
こんな静かな散歩道を
いったい誰が歩けば
こんな注意書きがいるのだ、と思われるでしょう。
ところが
そんな時間があるのです。
玉川上水の沿道には
「創価学園・小学校・中学校・高等学校」、
「朝鮮大学校」、
「小平西高校」などがあり、
通学時間帯に
近くの鷹の台駅に電車が着くと
生徒たちがわんさか降りてきて、
緑道が縁日の賑わいみたいになります。
小学生が群れを成すと、
大声で話すために
沿道の家々から、
静かに歩いてくれるようにと
申し入れがあるそうです。
何しろ車の通らない
安全な通学路に代わるのですから、
通学時間帯には
いろいろなクレームが付くんですね。
毎日のことであれば
さもありなん。
以前は
水車でもあったのでしょうね。
こんな橋もあります。
「栄光橋」。
これは
写真右側にある創価学園の校舎から
左側にある運動場へ移動するための
創価学園専用橋。
今日の散策は
この橋が終点。
「鷹の橋」。
ここから手前に歩いて1分のところが
西武国分寺線
「鷹の台駅」。
玉川上水駅から
鷹の台駅までの
約4kmの散策。
如何でしたか。
次回は
「鷹の橋」から
「小金井橋」までの
約4.7kmについて
アップしたいと思います。
玉川上水全43km完全踏破の記録 2 ~拝島駅・玉川上水駅間約6.9km~
玉川上水完全踏破の
2日目は
JR「拝島駅」から
西武拝島線「玉川上水駅」までの
約6.9km。
朝の散歩にしては
ちょっと長い距離でしたが
初めての道ですので
距離の長さは
さほど感じません。
写真が多くなりますが、
この間には
世にも珍しい
川同士の不思議な十字交差があります。
自分で散歩しているつもりで
ご覧ください。
前回の散策の最終地点
JR拝島駅に降り立ちます。
玉川上水は
駅の前を東へと流れています。
すぐ近くの橋。
「平和橋」。
平和橋から上水を覗くと
清流が流れています。
水清くして魚(うお)棲まず、といいますが、
橋の下には大きな鯉の群れ。
橋の下に群れを成していることを思えば
きっと誰かがパンくずなどを与えているのでしょう。
もう少し下流に行って
水路が狭くなっているところでは
清流を保つために
「鯉に餌をやらないでください」という注意書きも見られますが、
この辺りは水量が多いので、
規制はしていないようです。
羽村からのスタート地点と比べれば
緑道の幅が
狭くなってきましたが、
涼しげな様子は変わりません。
それでも
鉄柵が高いので
上水の水辺には降りて行けません。
その鉄柵を噛む木。
鉄柵の隙間を抜けた
小さな小枝が
大きくなって鉄柵を噛み、
幹を切り倒された時に
鉄柵に噛みついた枝は除去できずに
そのまま残されたのでしょうが、
歴史を感じます。
人のためだけの橋「つつじ橋」。
県道や国道が上水を横切り
大きな橋もあります。
「拝島上水橋」。
流れの名前は玉川上水ですが、
その上水が拝島を流れて
そこに橋をかけると
拝島の玉川上水の橋という意味で
橋の名前が
拝島上水橋と命名されます。
玉川上水は
江戸市民のためだけに
江戸へ引かれた上水ではなく、
その途中にある村々にも
幕府の許可を得て
農業用水として分水されました。
だから
下流に行くほど
水量が少なくなります。
緑道に咲く花。
「ヒルガオ」
仲良く咲く
「ホタルブクロ」と「ノカンゾウ」
多分「ギボウシ」。
「カモ」。
玉川上水には
単独のカモはいますが、
カルガモの親子の姿は見かけません。
多分
平たんな川岸がないので
子育てには向いていないのだと思います。
自分で自分を縛り付けている木。
昔は
この細い根の上まで土があったのでしょうが
風雨に浸食されて
土が洗い流され、
細い根が露出してしまっています。
こんなところにも
歴史を感じます。
周りの危険排除のため
やむなく切り倒された「コナラ」の切株。
付いていた名札が
そのまま切株に付けてありますが、
これをコナラといわれてもな~~。
緑道は
綺麗さが売り物。
至る所にこのような警告がありますが、
これについては以前書いたので、
今日は一枚だけ。
玉川上水についての説明版。
小さくて読みづらいかもしれませんが
これをブログに書くと
相当長くなるので
ゆっくりとお読みください。
人用の橋も
車用の橋も
玉川上水には
たくさんかかっています。
「松中橋」
拝島駅~玉川上水駅間の
6.9kmに
18個の橋がかかっています。
平均して
380mに一個ずつ橋がかかっている勘定になります。
わずかこれだけの幅の清流でも、
橋がなければ向こうへ行けません。
周囲の住民のためには
やはり橋が欠かせません。
緑が美しい緑道。
木々の間を縫うように
道が走ります。
いよいよ来ました。
川同士の十字路立体交差。
どのようになっているか
皆さんはわかりますか。
玉川上水が
左から右へ流れており、
砂川水衛所跡で
「上宿橋」の下に流れ込みます。
その上水の流れを
十文字に横切って
「残堀川」が手前から向こうへ流れています。
水はわずかしかなく
枯れ川のようになっていますが、
ここを左から右へ流れているはずの
玉川上水の水がありません。
でも
残堀川の写真右側の堤に行って
さらに右を見れば
上水の水が何事もなかったかのように流れています。
残堀川の川底よりも
上水の水面が明らかに高いのに
いったいどうやって
上水の水は
残堀川を抜けてきたのだろう。
一見不思議な
川の立体交差。
皆さんはお分かりになりますか。
こんな橋もあります。
車が行きかう橋。
その橋の名は?
「こんぴらばし」。
なぜここに「金比羅橋」が?
それはすぐそばに
金比羅山があるからですが、
ではなぜここに金比羅山が、と問われると
調査不足で不明です。
「せんじゅこばし」。
下町の「千住(せんじゅ)」ではなく
「千手」と書きます。
その千手小橋から
上水を覗きます。
木々の緑に覆われた中を
清流が流れます。
6.9kmはとても長いので、
強引にゴールに近づきます。
今日の散策の最後の橋。
「清願院橋」。
迎えてくれたネムノキ。
多摩都市モノレールと
西武拝島線の交錯する
「玉川上水駅」。
2日目の散策は
ここが終点。
約6.9kmは
朝の散歩にはちょっと長い距離でしたが、
新緑の中を
清流の流れと一緒に歩くのですから、
爽やかです。
次回は
玉川上水駅から、
鷹の台駅までの
約4kmを
ご覧頂きます。
よろしかったら
またおいでください。

























































































































