患者Sさん=43才-男性-会社員の症例
患者Sさんは1年ほど前に海水浴に行った帰りに右鼠径部上内方(ASIS内下方)に痛みを感じたそうです。「そのうち痛みは無くなるだろう」と最初は思っていたそうですが、しかし逆に痛みが増強してきたので翌日泌尿器科を受診すると「前立腺炎と右の精巣常体炎」との診断を受け、抗生剤等の処方を受けて治癒したそうです。性感染症ではなく原因は不明だったそうです。しかし担当医から「完治しました」と言われてもその後もずっと(軽度ではありますが)右鼠径部の痛み-違和感は持続していたので、抗生剤から漢方薬に処方を変えてその後ずっと飲み続けているそうです。少し効果はあったそうですがはかばかしくなく、1年経った今でも痛みがなかなか取れないので、当院に通院中のSさんのお母さんの紹介で、今回の来院となりました。
・仕事などに集中している時は感じないこともあるそうですが、椅子から立ち上がる時やお辞儀などの前傾姿勢をする時などに痛みが増強するそうです。
・右鼠径部に発疹などの皮膚所見は無いそうです。
・歩行など股関節の運動に障害は無いそうです。
・射精痛は無いそうですが、しかし射精後少し時間が経過すると右鼠径部の違和感-痛みが増強するそうです。
・尿や精液に血液や膿は混じっていないそうです。
・発症当初は排尿に際して勢いが無かったそうですが、今は勢いよく排尿できるそうです。
・排便は毎日1~3回ほどあるそうです。排便時の痛みの増減は無いそうです。便の性状に異常は無いそうです。
・血圧は104/70mmHgだそうです。血液検査ではやや中性脂肪が高め(正常範囲内)だそうです。
・鼠径リンパ節の腫脹はありませんでした。
・神経学検査で大腿外面と前面の左右差はありませんでしたが、内面は左内面=10に対して右内面=8と、右側に若干の知覚鈍麻がありました。
・サウナ等で右陰嚢が左陰嚢に比べて下垂しにくく、その後の水風呂に入った時は逆に右陰嚢が挙上しにくいそうです。
・腹部聴診上、グル音はやや弱めに聴取出来ました。血管雑音はありませんでした。
・腹部打診上、全般的に膨満していて鼓音あるいは比較的濁音が聴取出来ました。
・腹部触診上、右鼠経靭帯上方に緊張と圧痛がありました。また、盲腸部全般から恥骨上部にかけて著明な粘土様の緊張-抵抗感と圧痛がありました。
⑴ 鼠径部そして精索から精巣挙筋にかけての緊張性癒着(?)を解放し、精巣挙筋の筋力あるいは陰部大腿神経-陰部枝(or腸骨鼠経神経)の絞扼(?)を解放する
・平滑筋テクニック
・陰部大腿神経-陰部枝あるいは腸骨鼠経神経解放テクニック
・閉鎖神経解放テクニック
・精巣挙筋解放テクニック
・初診治療後、右大腿内側の知覚鈍麻が解消、あるいは一部過敏になっていましたので、これで様子を見てもらう事にしました。
・数日後にSさんのお母さんが来院したので、Sさんの状況をお聞きすると「”治療中はあんだけ痛かったのに、あれ以来(右鼠径部上内方の)痛みがあれへん”、と言ってビックリしてますわ」と仰っていました。
・今回のSさんの診察/治療のポイントは診察所見にもあった「サウナ等で右陰嚢が左陰嚢に比べて下垂しにくい…」だと思います。左記反応は男子であれば誰でも知っていると思います。それは、精巣(陰嚢)は気温の変化によってエレベーター(あるいは飛行機の車輪の出し入れ)の様に反応し、寒冷時には(体幹に侵入する様に)挙上し、温暖時には体幹から離れて下垂します(☚陰嚢反射)。この様な反応は、温熱環境下では精子が形成しにくいための反応、と言われています。
・このエレベーター様の動きは陰部大腿神経-陰部枝によって支配される精巣挙筋によって行われますが、ちなみに同筋は内腹斜筋の最下端部分の筋線維が伸張して鼠経管から陰嚢内にまで伸びている筋肉です。ですから股関節の運動には関係無く、逆に腹部の運動(☚例えばお辞儀や前傾姿勢時による腹圧上昇時=内腹斜筋の緊張を伴う)に関係するので、今回のSさんの所見にも合致します。
・おそらく、1年前の「前立腺炎と右の精巣常体炎」罹患時に鼠径部から鼠経管付近の組織(☚陰部大腿神経、閉鎖神経、精索あるいはその中にある内・外精筋膜や精巣挙筋など)にも炎症が波及し、抗生剤による治癒後も同部に癒着性の後遺障害が残存した結果、今回の様な症状の発現に至ったのでは、と推定します。
・この仮説に従うと、上記③「治療目標と整体治療」に掲げる
⑴ 鼠径部そして精索から精巣挙筋にかけての緊張性癒着(?)を解放し、精巣挙筋の筋力あるいは陰部大腿神経-陰部枝(or腸骨鼠経神経)の絞扼(?)を解放する
・平滑筋テクニック
・陰部大腿神経-陰部枝あるいは腸骨鼠経神経解放テクニック
・閉鎖神経解放テクニック
・精巣挙筋解放テクニック
が奏功する可能性は高く、実際に効果があったことから、概ね妥当な仮説であったのでは、と思います。
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