商業捕鯨は再開できるか?(3)
海洋資源の持続的利用支持国との意見交換では、日本はIWCの分担金を最も多く負担しており、科学委員会(SC)の存続のためには日本の貢献が欠かせないとする国や、更なる味方づくりのためにアフリカへの貢献が必要との意見を聞いた。他方、日本はIWCの脱退という選択肢もあると示唆する国もあった。そして、いずれの国々も最後は必ず、これからも日本を応援するとの激励と固い握手だった。
日本は、IWC改革案の「IWCの今後の道筋」についての締約国の意見表明後に、この案の取り扱いをどうするか判断しなければならなかった。すなわち、そのまま投票に付すことが良いのかという問題だ。コンセンサス合意が我が国の目標であり、投票に付さず時間をかけて合意を目指すという方法もあり得る。しかし、反捕鯨国は、「商業捕鯨につながるいかなる提案も認めない」とする強硬意見を含め総じてIWC改革に取り組むことに消極的であった。一方、「IWC改革案の必要性は理解できる」との発言や、ニカラグアのように「商業を理由に商業捕鯨は一切認めないとする態度は欺瞞」であり、「これがIWC正常化の最後のチャンス」として賛成を表明した国もあった。これらの意見表明を踏まえ、IWCのもとで、鯨類資源の保護と持続的利用とが共存できるとする声を示すために、我が国は、投票に付すことを決断した。
投票後に日本政府を代表して谷合農林水産副大臣がステートメントを発表した。まず、賛成票を投じてくれた国々への感謝を述べ、「投票の結果は、異なる立場を有する締約国が共存する可能性が否定されたことと同義である」と遺憾の意を表明した。そして、「我が国は商業捕鯨モラトリアムが採択された後、30年以上にわたりIWCの機能を回復させるべく真摯に幾多の交渉に参加し、改革のためのあらゆる可能性を模索してきた」とこれまでの取り組みを総括し、「IWCが科学的根拠及び文化的多様性を尊重せずに、一切の商業捕鯨を認めず、異なる立場や考え方が共存する可能性すらないのであれば、日本はIWC締約国としての立場の根本的な見直しを行わなければならず、あらゆるオプションを精査せざるを得ない立場に置かれることになる」と結論した。
このあとの記者会見では、谷合農林水産副大臣は総会で述べたことに尽きるとあらためて説明し、岡本外務大臣政務官からはIWC改革案はSDGs14と同じゴールを目指したものだとの補足があった。私は「商業捕鯨再開に向けた道筋を今後も探っていく」と述べた。自民党からは記者の質問に答える中で、「政府の発表した「あらゆるオプションの精査」にはIWC脱退を含む」との見解が示された。
ノルウェーとアイスランドは、IWC締約国として商業捕鯨モラトリアムに異議を申し立て、鯨類を主とする海洋資源の管理を行うNAMMCO(北大西洋海産哺乳動物委員会)を組織して、NAMMCOの勧告に基づき商業捕鯨の捕獲割当量を設定している。カナダは1982年にIWCを脱退し先住民生存捕鯨を続けている。日本はどうすべきか。
あらゆるオプションを精査するために使える時間はあまりない。次回のIWC総会は2020年にスロベニアで開催される。南極海でのNEWREP-Aの調査は2026/27年度まで、北西太平洋でのNEWREP-NPの調査は2028年まで続く。これらの間に、商業捕鯨再開の準備を進めるとすれば、少なくとも、どのような種類の鯨を、どこの海域で、どのような体制で行うのかを検討しなければならない。
商業捕鯨は再開できるか?(2)
我が国の提案したIWC改革案が議論される前の12日に開催国ブラジルなど8か国が共同提案したフロリアノポリス宣言は、投票によって過半数の賛成を得て可決した。宣言は、内容が修正され過激さが多少薄れたものの、「商業捕鯨モラトリアムを継続することの重要性を確認」することや「致死的調査を行うことが不要であることに合意すべき」といった反捕鯨国の意思を強く滲ませるものであった。
そもそも「宣言」を決議するからには、締約国の全会一致が原則であろう。それをコンセンサス合意(「反対」の意見表明のない合意)でもなく、投票によって決めること自体が反捕鯨国の強気の姿勢があらわれているように思う。IWC総会に参加して感じたことは、反捕鯨国の上から目線というか、無知な者に教えなければならない的なおせっかいというか、多様性を尊重しない偏狭さだ。実際のところ、評決後に持続的利用支持国からは「無責任、異常、暴力的」とか「このような形が進めばIWCは終わりだ」といった意見が出されていた。フロリアノポリス宣言が採択されたことによってこれからのIWCは、鯨類資源の保護を中心にした組織になるだろう。調査捕鯨を否定しないものの資源管理機関としての機能低下は否めないだろう。
フロリアノポリス宣言が提案された背景には、ホスト国ブラジルが記念碑的な実績を残したかったことや、日本提案に対する対案を意識したことなどが想像できる。フロリアノポリス宣言と我が国の提案したIWC改革案を比較すると、日本提案は、IWC決議規則の緩和を求める内容であり海洋資源の持続的利用支持国の意見を反映し易くすると同時にブラジルが長年求めてきた南大西洋サンクチュアリの実現に道を開くなど反捕鯨国にも配慮したものだ。他方、フロリアノポリス宣言は、反捕鯨国の一方的な主張を反映したもので、最初から合意を求めるようなものではなく、IWCの分断を企図したと言われても仕方のないものだった。
私は、総会のあいまに海洋資源の持続的利用支持国と積極的に意見交換を行い、採決後の日本の行方をどう見るかを探った。それは、IWC総会後の政府と与党との議論に反映することになるからだ。意見交換に応じてくれたコミッショナーたちは、アンティグア・バーブーダやセントビンセントなどのカリブ諸国、モンゴルやカンボジアなどのアジア内陸国、モロッコやコートジボワールなどのCOMHAFAT(ATLAFCO:大西洋沿岸アフリカ諸国漁業協力閣僚会合)などだ。彼らが一様に関心を持っていたのはIWC改革だった。反捕鯨国とそれに味方する一部の傍若無人な団体を含むNGOに対し、科学的根拠で対抗してきた持続的利用支持国にとって、日本提案は、反捕鯨国に配慮しながら持続的利用支持国の意見を反映できる理想的なものであった。そして、同時に、商業捕鯨の再開を含めた提案は最後通牒とも受け取れるものでもあった。IWC総会で日本提案は否決が予想される(実際否決されたのだが)。すると、科学的根拠を持って鯨類以外の海洋資源についても持続的利用を図ることが難しくなる可能性がある。そして、その影響は、絶滅のおそれのある野生動植物の国際取引を規制するワシントン条約やクロマグロなど魚種ごとの資源管理を行っている地域漁業管理機関(RFMOs)などに及ぶ可能性がある。
商業捕鯨は再開できるか?(1)
2018年9月10日から14日に開催された第67回国際捕鯨委員会(IWC)総会に、2日目の午後から参加した。政府からは公明党の谷合農林水産副大臣と岡本外務大臣政務官、国会からは自民党捕鯨議連の3名と国民民主党1名そして公明党捕鯨を守る議員懇話会を代表して私が出席した。国会議員がこれほど参加している代表団は日本だけで、意見交換した他国の代表団の中には、代表団の人数だけでも日本が相当の覚悟を持ってこの総会に臨んでいることが分かると言う国もあった。公明党がIWC総会に議員を派遣するのは初めてのことであり、私自身、総会中に与党しての判断が問われることを想定して強い緊張感を持って臨んだ。
今総会で我が国は、事前に「IWCの今後の道筋」と題するIWC改革案を提出し、その採択のために締約国への説明に取り組んできた。また、今総会では我が国が議長国であり、我が国の提案については、その背景を含めて冷静に議論するには絶好の機会だった。
我が国は30年以上にわたってIWCを通じて商業捕鯨の再開を目指してきた。しかし、科学的調査に基づく様々な努力にもかかわらず商業捕鯨に反対する国々やNGOとの理解は深まらなかった。とりわけ、2014年の第65回IWC総会において科学委員会の助言に基づくミンククジラの捕獲枠配分の提案が否決された時には、提案に反対した国々に対し質問票を配布したが、反対理由の科学的概念も法的根拠も示されなかった。鯨類を水産資源として持続的に利用しようとする国々と、鯨類はとにかく保護されなければならないとする国々との根本的な見解の相違が浮き彫りになった。この見解の相違は、鯨類資源の保存や管理に対し何らの貢献もできないIWCの現状を形作っている。
そこで、我が国は、IWCの機能を回復させるために、保護委員会に加えて、新たに持続的捕鯨委員会を新設することを提案した。条約は、鯨種の保存の確保を目的としつつもそれらの持続的利用を認めている。既設の保護委員会は、鯨類資源の保存に重点を置いているため、持続的利用を重点とする新たな委員会を設置することによって締約国の約半数を占める水産資源の持続的利用支持国の意見も反映できるようにしようというのだ。また、商業捕鯨モラトリアムの例外として資源が豊富な鯨種に限り商業捕鯨のための捕獲枠を設定することなども提案した。
この提案は13日に議論され、32か国からの熱心な賛否の意見表明は、予定時間を1時間もオーバーするものとなった。議論を聞いていて意外に思ったことがある。それは、提案内容からして反捕鯨国が厳しく反発するものと予想していたのだが、締約国が必ず前置きしたのは、日本提案に対する敬意と謝辞だったことだ。このようなことは他の提案にはなく、それだけ、IWCの根本的な課題に真摯に向き合ったことが評価されたと言える。しかし、反捕鯨国は、相も変わらず商業捕鯨を行ってはならないとか、鯨は保護されなければならないといった明確な根拠のない主張を繰り返すばかりだった。反捕鯨国の主張は、科学的根拠もなければ法的根拠もない。何が何でも鯨類を食糧資源として認めないという原理主義的な押しつけだ。
我が国はコンセンサス合意を目指すために翌日までの猶予を申し出た。提案した以上、採択を目指すのは当然であり、我が国は相当の努力を持って臨んだ。このことは反捕鯨国からの謝辞によく表れていた。だが、翌14日の評決では、賛成27、反対41、棄権2、欠席1で否決された。双方の見解の相違が埋まらないIWCの現状では、この結果は予想どおりだったとも言える。問題は、これから我が国は商業捕鯨の再開とどう向き合うかだ。