大統領閣下の髪は伸びたか『大統領の理髪師』 | 徒然逍遥 ~電子版~

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特集【ダメ男再起可能 ソン・ガンホを見よ!】やってますよ。

『大統領の理髪師』 효자동 이발사 (‘04) 116分
梗概

李承晩政権下末期。大統領官邸がある町で理髪店を営むソン・ハンモ(ソン・ガンホ)は無知無学、政治にも疎いごく普通の小心者の小市民。手伝いに来ていたミンシャ(ソン・ムリ)を妊娠させてしまう。結果、4.19革命当日に男子ナガンが誕生。後年とある事件からハンモは大統領専属理髪師として“室長”に任命される。

だが、北のスパイ潜入事件を契機に市民間の相互監視が強化され、無実の市民が拷問のうえ冤罪を被る。小学生のナガンさえも例外ではなく、無事に帰って来たが足がマヒして歩行不能に。それでも理髪師として大統領に仕え、政治というものを身近に知ることとなる。

その後、大統領は暗殺され新大統領が誕生する。ハンモと息子の身の上はどうなるのか。

*舞台となる老子理髪店*

 

もう一度、参考までに韓国動乱の年代史をさらっと載せておこう。

 *大韓民国初代大統領:李承晩*

1960年。4.19革命。李承晩政権崩壊。
1961年。軍事クーデター勃発。
1963年。朴正煕が大統領就任。
1979年。朴正煕大統領暗殺される。
1980年。全斗煥が大統領就任。光州事件勃発。


『弁護人』(13)、『タクシー運転手 約束は海を越えて』(18)は80年頃の出来事を描く。

本作は60年~80年頃までの小市民一家の20年余に亘る年代記だ。朴正煕と思しき大統領統治期間と重なる。

 *元軍人:朴正煕*
 

ソン扮するハンモは『弁護人』『タクシー運転手』の主人公と似て、おおよそいかなる政治的思想とも無縁。国家のなすことに特に疑問を抱かない。

 *『オアシス』の名女優ムン・ソリと*

それが己の身の上に降りかかる事件を契機に徐々に現実の真相・深層に目を向けざるを得なくなる。といった展開もそっくりだ。これは韓国映画(に限らないだろうが)のテンプレートのひとつに思える。


本編の時代背景はヘヴィだが、少々ノンシャランな主人公のおかげで鑑賞者は重圧に押しつぶされることはない。

作り手は社会派ドラマハートフルな家族ものをほどよくブレンドしたうえ喜劇的味付けを施し、ファンタジーな薬味を添える。
なので、観る側はけっこう気楽に対面することができるのでありがたい。


で、ソンはなかなか見事な手さばきで理髪用の道具を操る。役者ってのはキャラづくりのためにこそ多大な時間を費やすのだろう。デ・ニーロなど最早レジェンドだ。


それでもダサいことには変わりなく、ガーデンパーティにお呼ばれした時の服装などマジ冴えない装いである。しかもあの顔で。

名前のハンモも“豆腐一丁”と同音らしく、息子ナガンは政府要人の子弟らに笑われる始末。息子の前でも要人たちには頭も上がらず、父権も失墜のみじめさを噛みしめる悲哀。

ソンならではの喜怒哀楽表現は観ていても安心安定だ。


コメディとシリアスのバランスを崩すことのない作風に仕上がったのも彼と妻役ムン・ソリの芝居に負うところ大であろう。


ところで、これを観ているとどうしても当時の社会情勢に目を向けざるを得なくなる。日本の高度成長期と時代が重なる。


4.19革命は大学生らの一斉蜂起が大きなうねりを形成。

理髪店の前を戦車が通り過ぎるのは軍事クーデターの間接表現。

赤化予防のための密告・逮捕・拷問・冤罪犠牲者の悲哀。

店の助手をしていた米国かぶれの朗らかな青年のベトナム派兵。等々。


そう、韓国では米軍に協力してベトナム派兵を推進していたのである。
本邦では東京オリンピック開催まで国力を回復し、わが世の春を謳歌しつつある時代にだ。韓国映画『ラブストーリー』(03)ではベトナム戦争にまつわる悲恋が1リットルの涙を搾り取ります。


その助手の青年は派遣先で憧れの米国から来た兵士らにフレンドリーに振る舞うが、黒人兵にすら相手にされず、むしろ疎ましそうに蔑まれる。人種間ヒエラルキーにおける東洋人のポジションをさりげなく活写。


帰郷して店に戻るが以前の彼とは別人のように寡黙。現地でいかなる惨禍を目撃し、悲惨な体験をしたか描かれてはいないがおおよその見当はつくだろう。

ベトナム戦争の後遺症はこんなところにまで及んでいたのである。ばりばりの社会派ドラマの要素だ。

 *中央)陽気なあんちゃんリュ・スンス*
4.19革命の真っただ中、出産間近の妻を乗せたリヤカーを引き引き大学生のデモ隊と鎮圧部隊の騒擾に巻き込まれたうえ、白衣姿が医者と誤認され右往左往する姿は、緊急事態の緊張を脱臼させるような喜劇調。


息子の足を癒すべく漢方医を片っ端から訪ね歩き、仙人のような怪しい爺からご宣託を受けるのはファンタジー。最後にこのエピソードが回収される。


と、地味な作品ながら多面的な切り口が見え隠れするので個人的には好い肴となっている。それに、一人息子ナガンとは年齢が近い同世代の自分にとっては色々な記憶も絡んで懐かしさを覚えるフィルムでもある。


本作は、全斗煥を思わせる新大統領専属理髪師を要請されるも「閣下。髪が伸びた頃、また来ます」と、勇気を奮って婉曲的に断るシーンには静かな感動を覚える。

かつては上位者の前で右顧左眄していたヤワな理髪師が漢を見せたのだ。

 

当然のことながら、ちょっと痛い目に遭ったものの無事に家族の元へ帰される。

と、あの爺の予言が成就。心温まるハッピーエンディング。

 *成長した息子と笑顔で*
 

ちなみに、新大統領の頭髪はご覧の通りであった。

 *元軍人:全斗煥*
 

本日も最後までお読み下さりありがとうございました。

 

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日本語の台詞もあるよ『密偵』のソン・ガンホ

ポン・ジュノとソン・ガンホの最強タッグ『殺人の追憶』←最強タッグ

家族のために頑張るお父さんの悲哀『優雅な世界』

参考

韓流傍流の実力派~ソン・ガンホ

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パルムドール受賞記念だ『ほえる犬は噛まない』←ポン・ジュノ監督作