人との関係は
自分の思い描く通りにいくとは限りません。
傷つけたくなくても
相手が傷ついてしまうこともありますし
その逆もありますね。
そんなふうにして
うまくいかなくなったり、関係が壊れてしまったりするのは
悲しかったり苦しかったりするものです。
関係をなんとか修復したい!
と思うときは、いろいろ考えます。
「どうしたら、また仲良くなれるだろう?」
「どうしたら、また繋がれるだろう?」
「どうしたら、前のように笑い合えるだろう?」
「どうしたら。。。」
こんなふうに必死で考えて、頑張って
修復できる場合も、もちろんあります。
そういった場合は、それでOKですが
相手にその気がないとか
自分がわだかまりを持っているとか
どうにもこうにも繋がれない場合もあります。
そんなときは
「どうしたら。。。」
と必死で考えるのをやめてみるのもいいのではないか。
必死な状態とは、拳を握りしめた状態です。
必死で握りしめていた手を、弛めてみるのです。
大切なものは
弛めた手の中にも残ります。
その残ったものを大切にしていると
また、繋がる関係性もあるでしょう。
実際には、もう二度と繋がらないままだとしても
相手と関わっていた時間が
その手の中にじんわりと残るならば
それはそれで、いいんですよね。
手の中に残った大切なものは
誰にも気兼ねなく
ずっと大切にしていていいのですから。
握りしめたままだと
手の中は見えません。
弛めてみたら
見えてくるものが
きっとあるのだと、思うのです。