自己受容から広がる世界~ゆるなら風舎~

自己受容から広がる世界~ゆるなら風舎~

くにのまほろば《奈良》大和郡山市で
『カウンセリングルーム風舎』を営んでいる女性カウンセラーの日記です。
カウンセリング・箱庭療法・心理学レッスン・セラピスト支援などをしています。

疲れたココロ、傷ついたココロ・・  その周りにあたたかい≪風≫を、吹かせたい。


 これからの人生を、幸せに生きていくことは必ずできる。


 わたしも、あなたも、そのままでいいよね。          ~カウンセリングルーム 風舎~


心理カウンセリング 箱庭セラピー 心理学レッスン セラピスト支援

パステル和アート 曼荼羅ワーク® 



HPアドレスはこちらです↓↓
http://nara-fuusha.com

Aさんは、人のことをよく褒めます。

 

人の長所を見つけるのが

得意なんですね。

 

本当に「凄い!」と思っているようです。

本心で褒めていることは伝わります。

 

ところが

Aさんに褒められると

なんだか疲れてしまいます。

 

「気持ちだけもらっておきますね。

でも、褒めないでいてくれると助かります。」

っていう感じなんです。

 

なぜかというと

Aさんは

人を褒めた後、必ず

「わたしにはできないわ」

とか

「わたしなんか、とてもとても」

とか

「わたしには、そんな能力がないから」

とか

言ってしまうんです。

 

そして

それが本当にそうなので

言われた方は困ってしまいます。

 

Aさんに褒められることで

Aさんをけなしている感じになってしまうんです。

 

Aさんにしてみれば

他の人を引き合いに出しているのではなく

自分との比較だし

下げているのは自分自身なので、誰も傷つけてはいない

ということなのでしょう。

 

けれども

誉められた側からすると

Aさんに対して、勝手にマウントをとらされている感覚になり

気持ちのいいものではありません。

 

ある意味、マウントをとってくる人よりもやっかいです。

マウントをとってくる人は

勝手にとっておいてくれればいいわけで

スルーすることは難しくないのだけれど

 

誉めてくれている場合

「ありがとう」と返したいものの

素直に「ありがとう」と言うことで

Aさんの「わたしなんか・・」に加担させられてしまうわけです。

 

自分との比較で褒めるのは、避けたほうがいい。

 

せっかくの褒め言葉を

素直に受け取ってもらえなくなってしまう

なんてことが、起こりやすいんですよ。

 

 

 

[カウンセリングルーム風舎]のHPはこちら

「事実」を、できるだけ正確に知ろうとすること


それは

とても大切なのだと思います。

大きな事件が起こると
その事件に関する検証番組が放送されます。
そして
大抵、どのチャンネルでも同じような視点で語られます。

テレビだけでなく、新聞も雑誌も
「原因は○○だ」「○○が悪い」

というような結論を出してきます。

急いで検証して、何か結論をだすことで
大衆を安心させたいのかもしれませんが


わたしは

事実をできるだけ正確に知りたい
そして、自分の心に照らして考えたいと思います。

自分の心に照らして考えるために
事実を、ありのまま
できるだけ装飾の少ない形で知りたい。

以前、県立郡山高校で講演したときの
生徒とのやりとりです。

わたし「救急の受け入れ先がなくて妊婦さんが亡くなった事件について、どう思う?」

生徒「病院が悪いと思います。」

わたし「そうだね。メディアはそう伝えてたね。あの妊婦さんは、妊娠してから一度も検診に行ったことがなかったの。どう思う?」

生徒「自己責任だと思います。」

わたし「なるほど。妊娠したら赤ちゃんのためにも検診を受けないとね。あの妊婦さんは検診を受けるお金がなかったの。どう思う?」

生徒「・・・・・」

講演の最後は、こう締めくくりました。

**

自分が知らないことのほうが多いのだと

意識しておいてほしい。
できる限り多方面から「事実」を見て

自分の心に照らして考えてほしい。

**

「事実」を、できるだけありのまま知った上で

自分自身の心に照らして、自分自身の頭で考えることは

大切だと思います。


戦争や大事件に限らず
日常、身の回りに起こる出来事についても同じでしょう。

そこには、どんな「事実」があったのか。

 

他者のフィルターを通す前に立ち戻って
それを知ろうとすることを怠らないようにしたい。

 

さらに言うと

「事実」を知れば知るほど、さまざまな視点が生まれ

視点が増えれば増えるほど、正解はわからなくなります。

 

それでいいのです。

確固たる正解を固定しないことと

自分なりの正義を、その都度見つけることは

両立できることだから。

 

事実を知り、自分の心に照らして考え

「わからない」と頭を抱えることは尊いです。

 

講演のとき、生徒さんが黙り込んでしまった

間に合わせの正解を答えず、考え込んだことこそ

尊いことだと、わたしは思うのです。

 

 

 

[カウンセリングルーム風舎]のHPはこちら

*** *** *** ***

 過去にうまくいった経験は「過去の正解」であり

 「これからも通用する正解」とは限りません

 

  (大久保裕行)

*** *** *** ***

 

お掃除に便利なので

ダスキンモップをレンタルしています。

 

今月の冊子に掲載されていた

社長の大久保氏の言葉です。

 

世界は常に変化しています。

環境、文化、技術・・さまざまなものが変化している。

そして

人もまた変化します。

年をとるということは

身体はもちろん変化するし

環境も人間関係も変わっていきます。

できることが増えたり減ったりもします。

 

過去うまくいった方法は

大切な体験ですし

もちろん参考にはなります。

採用できるものもありますよね。

 

けれども

変化を恐れたり否定したりして

過去の正解に固執してしまうと

今の問題解決の足を引っ張ってしまうこともあります。

 

「今、どうするか」

「今、何が役に立つか」

そこに軸足を置き

過去の正解を採用するか、違うやり方を試すか。

 

柔軟でありたいと思います。

 

 

 

[カウンセリングルーム風舎]のHPはこちら

対人援助職やセラピストなど

お仕事の上で、人の心に触れることの多い方へ向けて

心理学レッスンを考えています。

 

そもそも

心理支援を仕事にする方は

共感力が高く、相手に思い入れる傾向が強い傾向があります。

それゆえ

相手の問題や転移に巻き込まれるリスクを持っています。

 

心理カウンセラーは

そういったリスクを含めて勉強しますが

それでも、巻き込まれることもあるのが現実です。

人と人の関わりですからね。

 

それでも

心理学として知っているのと知らないのとでは全く違います。

知っていると

巻き込まれるリスクを減らすことができるし

たとえ巻き込まれても

巻き込まれたことに気づくことで対処できるのです。

 

そういうわけで

「セラピスト・対人援助者のための心理学レッスン」

を始めようと思い

必要なものをまとめる作業中です。

 

今は防衛機制についてまとめているのですが

あらためて文章にしてみると

人は一所懸命生きているんだなぁ。。と再認識せざるを得ない。

 

生きるためには

身体を守ると同時に、心を守る必要があります。

人はそれぞれ

自分の心を守り、一所懸命生きている。

尊いことです。

 

 

 

[カウンセリングルーム風舎]のHPはこちら

 

誘われたとき

何かを頼まれたとき

「わかりました」とか「いいですよ」

と快諾することは簡単だけれど

断るのはちょっと力が要りますね。

 

明らかなわかりやすい理由を説明しなくちゃ、、

なんて思ってしまうと、ややこしくなります。

 

簡単な理由があればいいけれど

相手に知られたくない理由だったり

そもそも明確な理由がなく、なんとなく・・だったりすると

なんて言えばいいんだろう?

と考え込んでしまったりね。

 

嘘も方便

「体調が悪いから」とか「他に予定があるから」とか

言ってしまうのも悪くはないけれど

そういうのも気が重いなぁ。。なんて考え始めると

どんどんしんどくなっちゃいますね。

 

あれ?

断るときに理由って必ず言わなきゃいけないんだっけ?

 

なるだけ相手に嫌な思いをさせたくない、傷つけたくないから

そのための理由が欲しい?

 

うーん、、それは難しいな。

 

断られたらがっかりする。

しょうがないなって、すぐ切り替えるときもあるし

すごくショックを受けるときもある。

いずれにせよ、がっかりはするよね。

 

だから、相手を思い遣るってことは大切だけれど

理由が話せないなら、言わなくていい。

 

お誘いなら

「ありがとう、ごめんね。」でいいし

頼まれごとなら

シンプルに「ごめんね」でいい。

それくらいの思い遣りで十分。

 

相手にはがっかりする権利もあるから

「これこれこういう理由だから、がっかりしないで!」

なんて、納得させようとするのは違うかな。

 

 

 

[カウンセリングルーム風舎]のHPはこちら