「人に対して真摯ですよね」と、よく言われます。
そこで、真摯について考えてみました。
10年以上前の出来事です。
ある方からメールがきました。
どう返信しようか、とても考えました。
「どんなお返事をすれば、相手は納得するだろう。」
「さらっと返した方が、差し障りなくていいかもしれない。」
「相手の気持ちを乱したくない。」
そんなふうに、考えて・・考えて・・・考えて・・・・
ふっと力が抜けました。
それ、おかしいでしょ?
人には真摯に向き合いなさいよ!
相手の反応を考えること自体
相手を尊重していないことではないの?
相手の反応をコントロールしようとしてるよね?
真摯に向き合うのならば
自分の本当を、ただ伝えればいいのです。
相手が受け取るかどうかは、相手の問題で
わたしの問題じゃない。
いつか伝わるかもしれないし、伝わらないかもしれない。
それでも
そういうことは関係なく
とにかく、自分の真実を伝える。
わたしのできることは
きっと、それしかないんだと思う。
― 人に対しては真摯であれ ―
わたしは
わたしを越える何者でもなく
わたしを下回る何者でもなく
ただ、わたしでしかないけれど
その「ただのわたし」で向き合う。
それが 、真摯であることだと思うのです。
そう思って、返信を書きました。
それでいい・・って思えたんです。
たとえ受け取ってもらえなくても。
結果としては
受け取ってもらえませんでした。
まあ、そういうこともあるよね。
真摯でいればいつか必ず受け取ってもらえる
と思っているなら
真摯というものを
他者をコントロールする道具として扱っているんですよね。
わたしにとっての「真摯」は
ただ、わたしの真実を伝えるっていうだけで
受け取ることを強要するものではないのです。
真摯とは相手を尊重することで、相手をコントロールすることとは真逆です。
自分の真実で向き合うだけ。
それをどう受け取っても、相手の自由なんです。
相手の反応を期待しないということではないですよ。
人は期待するものだもの。
だから
受け取ってもらえないときに
悲しかったり、腹が立ったりはしますよ、もちろん。
人間ですもの。










