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自己受容から広がる世界~ゆるなら風舎~

くにのまほろば《奈良》大和郡山市で
『カウンセリングルーム風舎』を営んでいる女性カウンセラーの日記です。
カウンセリング・箱庭療法・心理学レッスン・セラピスト支援などをしています。

他者に対して
批判的な気持ちになるときが
大抵の人はあると思います。

そして

その批判は
あくまでも、自分の価値基準に照らしたものです。

なので

他者を批判するときは

自分の価値基準や人を見るときの視点など

自分自身について語っていることになります。

 

「いやいや、わたしは自分の話をしているんじゃなくて

〇〇さんについて話しているのよ!

〇〇さんのこういうところがね

常識的に考えておかしいって言ってるの。

ねぇ、そうでしょう?」

なんて言われてしまいそうですね。

 

さて、その「常識」はどこでも通用するものでしょうか?

どんな場面でもそうなんでしょうか?

 

大抵の場合、それはその人の常識にすぎなくて

どこまでいっても、その人の基準なんです。

ならば

「〇〇さんのこういうことろがおかしい!

って、わたしは思うのよ!」

というのが、正しい表現になります。

 

ほらね?

自分の価値基準のことを語っているでしょう?

 

他者に対して批判的になってしまうことは

誰にだってあります。

 

人はそれぞれ

自分にとって大切な価値観を持っているし

自分がとても大事にしている正義あるのだから

それに反する言動を目の当たりにすれば、批判したくもなります。

 

なので

他者に対する批判を口にするときは

「わたしの価値観はこうだ」「わたしの正義はこうだ」

と、自分のことを語っているいうことを心得ておくといいですね。

 

 

 

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「あきらめる」とは本来「明らめる」ことで

明らかにするという意味で使われる言葉でした。

 

何を明らかにするのかというと

事実であるかとうかを明らかにするわけで

そこから

「実際にはどうか?」を明らかにするに転じて

「実際にできるかどうか?」を明らかにする

という意味にも広がりました。

 

それがまた変遷し

「実際にはできない」というのが言い訳のように捉えられ

諦めないことがよしとされるようになってきてしまいました。

 

けれども、実際には諦めることだって大事だし、必要ですよね。

 

「花粉に反応しないように努力して、花粉症を治しなさい。

諦めちゃいけません、努力しなさい。」

なんて、突拍子のないことを言う人はいません。

花粉に反応しないように頑張るなんてことは、サクッと諦めて

お薬を服用するなり、マスクをするなりすればいいのですから。

 

なんでもかんでも

「心の持ちようだ!諦めずにやれ!」

ということの横暴さに苦しんできた人に出逢うことがあります。

 

自分にとってはあたりまえなことだから

誰にだってできると思い込んでいたり

自分は努力して頑張ってできるようになったんだから

できないなんて、努力が足りないだけだと腹をたてたり

横暴な「諦めるな!」には

言う側の問題が潜んでいるのです。

 

今一度

自分自身で捉えなおす必要があります。

 

それは

諦めないで頑張るのがいいのか

諦めるのがいいのか

 

判断できるのは自分だけです。

 

ただ

諦めるのには、ある種の勇気が必要なことは確か。

上記の例のように

花粉症など、誰にでもわかりやすいものであれば

「それは無理」と諦めやすいのだけれど

 

見てわかりやすい、データがはっきりしているものでなければ

「それは無理」と認めることは

悲しかったり辛かったり不安だったりするものだから。

 

「自分の力の及ばないことはしない」と腹をくくる。

諦めるというのは、それくらい力のいることなんですね。

 

一方

諦めないというのは、継続すること。

諦めない限り、続いていくのだから。

 

続けるということは、なかなか大変なことではあるし

続けたからといって、望むところへたどり着く保証はないわけで

これもまた、力のいること。

 

いずれにせよ

自分の人生において

諦める、諦めないの選択基準を他者に委ねないことです。

 

裏を返せば

他者の人生における、諦める、諦めないについては

自分が勝手に決めて押しつけてはいけない。

 

他者の在り様を自分の望み通りにするなんてことは

自分にはできないこと。

これこそ「諦める」案件ですね。

 

 

 

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嫌なことでも

気乗りがしないことでも

やらなければならないことって

日常、あたりまえに存在しますね。

 

まあ

それでも

「やらなきゃな・・」

って行動することは可能です。

 

 

もちろん

身体的に無理とか、精神的に無理とか

行動できないこともありますが

 

「ねばならない」で

ある程度、行動はできるものです。

 

 

けれども

「ねばならない」で

感情はどうにもなりません。

 

行動はできても

嫌なものは嫌なのです。

 

感情は湧いてくるものだからです。

 

 

だから

そういうときは

嫌々やればいいんですよ。

 

そして

嫌なのにやった自分を

労ってあげてくださいね。

 

イケメンズが子どもの頃

遊んでいるのに「片づけて」というと「えーー!」と言いました。

そりゃあそうです、嫌ですよね。

わたしは

「嫌々でいいから、片づけてー」と言い

しぶしぶ片づけた彼らを

「ごくろうさま」と労ったものです。

 

そういったことを、自分にしてやればいいんです。

 

やりたくてやるよりも

嫌なのにやるほうが

ずっとしんどいんですからね。

 

 

 

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『物語のものがたり』  梨木香歩

 

 

梨木香歩さんが

様々な物語について、作者の背景を交えながら深堀り。

 

「秘密の花園」

「借りぐらしのアリエッティ」

「木かげの家の小人たち」

「赤毛のアン」

「不思議の国のアリス」

「ピーターラビット」

など、わたし好みのラインナップで、楽しめました。

 

特に「秘密の花園」についての考察が

じっくりと語られていました。

心理職としても、頷く部分が多かったです。

 

「秘密の花園」は子どもの頃

少年少女文庫の簡易版を読んだだけなので

そんな細やかな描写のあるお話だったんだ!とびっくり。

 

元々の物語を、じっくり読んでみようと思います。

 

 

 

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シャビーシック風ドールハウスを、ちょっと休憩して

ブックヌックのカフェを作りました。

 

先日、父のところへ行ったとき

ドールハウスを1つ持って行って見せたんです。

 

それは人にあげることが決まっていたもので

その後、渡す予定だったため持っていて

せっかく持っているから、父に見せたんですね。

 

「今、こんなの作るのに凝ってるの」

 

そしたら、父も1つ欲しいというんです。

 

びっくり!!

 

「それじゃあ、今度持ってくるね」

と約束しました。

 

せっかくだから、父の好きそうなものを作ることにしました。

それで、作ったのがこれ。

 

 

幅15センチほどの小ぶりのもの。

片手に乗るくらいかな。

ブックヌック(本棚に収納できるもの)なので

カッチリしていて、壊れにくくていいかなと。

 

灯りのスイッチはタッチセンサーで

右手に麻痺が残っている父でも大丈夫。

 

灯りをつけると、こんな感じ

 

 

真っ暗にするとこうなります。

 

 

古い映画に出てきそうなカフェ

 

喜んでくれるかな。

 

 

 

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