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自己受容から広がる世界~ゆるなら風舎~

くにのまほろば《奈良》大和郡山市で
『カウンセリングルーム風舎』を営んでいる女性カウンセラーの日記です。
カウンセリング・箱庭療法・心理学レッスン・セラピスト支援などをしています。

「人に対して真摯ですよね」と、よく言われます。

 

そこで、真摯について考えてみました。

 

 

10年以上前の出来事です。

 

ある方からメールがきました。 
どう返信しようか、とても考えました。 

「どんなお返事をすれば、相手は納得するだろう。」 
「さらっと返した方が、差し障りなくていいかもしれない。」 
「相手の気持ちを乱したくない。」 
そんなふうに、考えて・・考えて・・・考えて・・・・ 

ふっと力が抜けました。 

それ、おかしいでしょ?
人には真摯に向き合いなさいよ! 

相手の反応を考えること自体 
相手を尊重していないことではないの?

相手の反応をコントロールしようとしてるよね?

真摯に向き合うのならば 
自分の本当を、ただ伝えればいいのです。 

相手が受け取るかどうかは、相手の問題で 
わたしの問題じゃない。 
いつか伝わるかもしれないし、伝わらないかもしれない。 

それでも 
そういうことは関係なく 
とにかく、自分の真実を伝える。 

わたしのできることは

きっと、それしかないんだと思う。 


― 人に対しては真摯であれ ― 


わたしは 
わたしを越える何者でもなく 
わたしを下回る何者でもなく 
ただ、わたしでしかないけれど 
その「ただのわたし」で向き合う。 

それが 、真摯であることだと思うのです。

そう思って、返信を書きました。 
それでいい・・って思えたんです。 
たとえ受け取ってもらえなくても。

 

結果としては

受け取ってもらえませんでした。

 

まあ、そういうこともあるよね。

 

真摯でいればいつか必ず受け取ってもらえる

と思っているなら

真摯というものを

他者をコントロールする道具として扱っているんですよね。

 

わたしにとっての「真摯」は

ただ、わたしの真実を伝えるっていうだけで

受け取ることを強要するものではないのです。

 

 

真摯とは相手を尊重することで、相手をコントロールすることとは真逆です。

自分の真実で向き合うだけ。

それをどう受け取っても、相手の自由なんです。

 

相手の反応を期待しないということではないですよ。

人は期待するものだもの。

 

だから

受け取ってもらえないときに

悲しかったり、腹が立ったりはしますよ、もちろん。

 

人間ですもの。

 

 

 

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『正しい恨みの晴らし方』  中野信子 澤田匡人

 

 

なかなかインパクトのあるタイトルですが

「科学で読み解くネガティブ感情」という副題が、内容を表しています。

 

妬みや嫉妬、他者の不幸を喜ぶ気持ちなど

ネガティブな感情は、起こるものだということを

心理学者の澤田氏が、心理学で紐解き

脳科学者の中野氏が、脳科学で解説しています。

 

起こるものだという前提でいることが大事で

そんな感情を持ってはいけない

なんて現実に合わないことを決めてしまうと

却って、ややこしくなるんです。

 

禁止した感情には、正当な理由が必要になってきます。

そして

正当な理由というお墨付きが与えられると暴走します。

 

正義を振りかざし

よく知りもしない人のことを

非難したり、誹謗中傷したりしてね。

 

妬んだり、嫉妬したり、恨んだり

するんです、人は。

でもね、そういう感情は苦しいですね。

 

無闇に苦しい感情にならないために必要なことは

やはり自己受容だなぁ。。と

読んでいて思いました。

 

** 本文より抜粋 **

妬みや恨み、嫉妬、正義という快感に溺れるとき、

そこに通底しているのは、自尊感情の低さです。

*** *** ***

 

科学的裏づけを以て表現されているので

なるほどと頷きながら読める一冊です。

 

 

 

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「あの人は、自分の意見が絶対だと思ってるんですよ。

自分に自信があるんでしょうね。」

と言いながら、ため息をつく人に出会うことがあります。

 

ため息をつくということは

困っているんですよね。

なぜ困っているかというと

自分の意見とは違うからです。

 

「わたしはそこまで自信がないので、説得できません。」

 

いやいやいや、、

 

その人は「自分が絶対」なのだから

他の人の意見を聴く必要を感じていません。

なので

説得できなくてあたりまえです。

 

自分が絶対なのだから

自分と違う意見は間違っているに決まっているわけで

聴く必要はないし

自分の意見だけを皆が認めるべきだということ。

 

自分の意見に自信があるかどうか

という問題ではないのです。

 

え?

そこまで「自分が絶対だ!」というのは

自信があるってことじゃないの?

自信があるからでないなら

なぜ、その方は自分の意見が絶対だと

きっぱりと主張できるの?

 

自分目線の世界を守るために

自信という鎧を身に着けているから

とでも、いうのでしょうか。

 

そういう人は

自分目線の世界が全ての世界なので

「わたしの意見が絶対だ」

と言うことに躊躇がない状態であり

違う意見が、自分の世界を壊してくる恐怖を抱えてもいます。

全ての世界が崩壊するなんてとても怖いことですから。

 

本当は

「わたしの意見が絶対!」ということを手放して

他の意見を聴くということは、違う世界を見るということで

視野は広がっていくのだけれどね。

 

言い換えれば

自分の意見が絶対と頑なに押し通そうとする人は

自分の絶対な世界を守ることに必死で余裕がないのです。

余裕がない人を自信があるとは言えませんね。

 

「自分が絶対だ!」という人は

自信があるわけではないのです。

 

 

 

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以前、奈良交通のアンケートに答えて

奈良公園・西ノ京 世界遺産 1-Day Passが当たりました。

 

使用期限がGWを挟んで2週間ほどだったので

昨日は、そのバス券を持って奈良へお出かけしました。

 

そうだ!藤を見に行こう!

というわけで、春日大社敷地内の「萬葉植物園」へ。

 

 

 

なかなか見事ですが

例年に比べると少なくて、花の咲いていない木もありました。

既に花が終わっているのではなく

花芽をつけなかったのかなという感じでした。

 

スタッフの方の話では

今年は2月に雨が少なかったので

藤の木が、花芽を落として葉っぱを茂らせたのだとか。

 

水不足で、生存にエネルギーを使うため

花を咲かせている場合じゃなくて

光合成の役に立つ葉っぱを茂らせることにしたようです。

 

なるほど!

池の周りの藤はたくさん花が咲いていたのはそういうわけなのね。

 

植物って賢いなぁ。。

 

例年より少ないとはいえ

種類は豊富で楽しめました。

 

 

 

 

 

丸っこい蜂がたくさんいて

忙しそうでした。

 

 

かわいい(*´▽`*)

 

シャガも綺麗

 

 

シャガは

子どもの頃育った家の庭の隅に、毎年咲いていたので

見かけると、なんだか懐かしいのです。

 

萬葉植物園は

万葉集に詠まれている植物が、たくさんあって

植えられているところに、万葉和歌が添えられています。

 

山上憶良が詠んだ、後に秋の七草を広めたとされる歌もあります。

「はぎのはな をばな くずはな なでしこのはな をみなえし

また ふじばかま あさがおのはな」

 

植物園にふさわしい歌ですもんね。

 

 

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シャビーシック風ドールハウス

7箱目は食器棚

 

 

古びた感を出してみました。

 

下の戸棚は開閉します。

 

 

ついていた絵の具が乾燥していて使えなかったので

手元の絵の具を混ぜ合わせて、似た色を作りました。

 

使った絵の具は4色

 

 

ついていた絵の具の色を見て

白と青をベースに、ほんのちょっと赤と黄土色を混ぜたら

ビンゴ!

そっくりの色に仕上がって、テンションあがりました。

 

次の箱はなにかな~♪

 

 

 

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