非二元|自分を見失わず幸福に生きる「技と知」 -36ページ目

非二元|自分を見失わず幸福に生きる「技と知」

より多くのお金を求めて働く貨幣経済の中で、自分らしく輝きながら、他者と共に幸福に生きる「技と知」を、ライフコーチの矢沢大輔が提案。

今日は、ハートと愛の関係について書いてみる。

❤️(ハートマーク)が「愛」を表しているのは、ハートだけが、愛の存在を知っているからだ。

あらゆるものが、なんの修正も加えられることなく、既にあるがままで愛されている。

これが無条件の愛。

今、見えているものが何であれ、それが愛だ。

でも、マインドは、あるがままに愛を見れない。
愛に触れられない。

だから、愛を求めてしまう。
愛を探す。

求めて手に入るような愛は、愛ではない。

でも、「愛」は、全てを許している。

マインドが愛を見失い、愛を求めることをも、「愛」は許容している。

愛が愛でなくなったことは、一度もない。
ハートだけがそれを知っている。

お知らせ
すべてがありのままでOKであることを、ハートで感じてみたい方は、5月13日(土)開催のノンデュアリティ・エクスペリエンスにご参加ください。
また、遠方の方は、電話でのプライベートセッションをご活用ください。

こんばんは。
矢沢大輔です。

 

いつもブログをお読みいただき、ありがとうございます。

 

ゴールデンウィークも今日で終わりで、明日から職場に戻られる方が多いと思います。

 

あなたは、これまで、プレゼン、スピーチ、会議の場で、自分の伝えたい内容を、もっとわかりやすく端的に相手に伝えられるようになりたいと思ったことはありませんか?

 

人前でもゆとりをもって話ができて、
できれば聴衆の心を動かせるようなスピーチができるようになりたいと思ったことはありませんか?

 

もし、答えがイエスなら、そうなるための練習を、これから実際に始めませんか?

 

6月から始まる新講座
人前で緊張せず話せるようになり、聞き手との関係性を深められる
「話し方教室」
の先行割引は、明日5月8日(月)までです。

詳細・お申し込みはこちらから

今日は、非二元(ノンデュアリティ)の心地良さについて書いてみる。

非二元には、反対がない。

二元性(相対性)の世界には、必ず反対がある。

暑さがあれば、寒さがある。
喜びがあれば、悲しみがある。
長所があれば、短所がある。
成功があれば、失敗がある。
出会いがあれば、別れがある。

そして人は、喜びを感じながら、こう思う。
この喜びを感じられるのは今だけで、もう少しすれば、また、普通に戻るんだろうだなーと。

今、喜びを感じているなら、ここにあるのは「喜び」だけだ。
普通の感覚など、どこにもない。

なのに、マインドは、ここにない普通の感覚を思い出して、今感じている喜びとを比較し、相対性の思考の中に入り込んで、喜びの感覚を感じ切れなくする。

これがマインドがつくり出している二元性(相対性)の世界の希薄さ、つまらなさだ。

マインドは、比較のフィルターを通してしか物事を見れないので、常に何らかの修正を試みようとする。

しかし、非二元の愛は、あらゆる波をありのままに受け入れている海のような存在だ。

母なる海は、喜びの波を喜びのまま、悲しみの波を悲しみのまま、長所の波を長所のまま、短所の波を短所のまま、ここにあることを許している。
 
海は、波を矯正したりはしない。

耐えきれないほどの悲しみや痛みが現れようと、母なる海は、自らが波によって破壊されないことを知っているからだ。

海は、あらゆる波をあるがままに許容し、許容された波は、自然に海に戻っていく。

海と波は、一体の存在。

この一体性の心地よさに目覚めると、反対があるとされる相対性の世界は消え、新世界の朝日が昇る。

お知らせ
非二元の心地よさを、直接体験したい方は、5月13日(土)開催のノンデュアリティ・エクスペリエンスにご参加ください。
また、遠方の方は、電話でのプライベートセッションをご活用ください。
本当の自分とは何なのかがわかるまで、人は「自分探し」に明け暮れる。

でも、自分探しによって見つけたように思える「自分」は、偽りの自己であり、本物ではない。

だから、自分探しは、果てしなく続く。

さらに、自分探しをしている人が探しているのは、「自分」だけにとどまらない。

「成功」「幸福」「平和」を探し求め、ますます本当の自己を見失う。

成功や幸福が手に入れば、満たされない自分が満たされるようになると勘違いして。

これが、偽の自分が繰り広げている、分離による探究の物語だ。

この探究は、自然にはじまり、それが物語だと見抜かれるまで続く。

しかし、探究が起こっている間も、それを起こるがままに許容している「本当の自分」は、隠れることなく、あり続けている。

自分探しをしている間は、偽の自分ばかり見つかるが、「本当の自分」が失われたことは一度もない。

お知らせ
「自分」を探しているのは、偽の自分です。
本当の自己は、自分を見失ったりはしません。
自分とは何なのか?
それが明らかになれば、自分探しの探究は、自然に終わります。
なぜ、自分を探してしまうのか?
本当の自分とは、何なのか?
それを知りたい方は、5月13日(土)開催のノンデュアリティ・エクスペリエンス、もしくは非二元のプライベートセッションをお受けください。
シェイクスピアも言ってるけど、人生とは演劇のようなものだ。

しかし、人生という演劇に台本はない。

台本があるなら、次のシーンではこんな出来事が起こるから、こんなセリフを言えばいいんだなと、あらかじめ練習しておける。

でも、現実の人生においては、この先、何が起こるかは、その瞬間にならなければわからない。

まさに、人生とは、ぶっつけ本番の即興劇。

なのに、人は台本に頼りたがる。

政治家は、官僚が用意した原稿どおりのことしか話せず、国会の与野党の質疑応答を見ていても、まったく話がかみ合うことはない。
質疑応答をやっているように見せかけているだけで、質疑応答になってはいない。

そして、記者から思わぬ質問が飛び出すと、まともに答えられないばかりか、とんでもないことを口走り、辞任に追い込まれてしまう。

目標、計画という台本に頼って生きてきた人は、思わぬ出来事が起こったときに、即興性を発揮できず、たちまち窮地に追い込まれる。

人生とは、台本劇ではなく、即興劇。

ここを取り違えると、何が起こるかわからない人生を嘆きながら生きることになり、即興劇としての人生をこれっぽっちも楽しめなくなる。

お知らせ
私の講座に参加された方であれば、既にお気づきかもしれませんが、私はいつも台本原稿をなしで、講座をやっています。
即興で言葉が出てくるのは、私が話しているように見えて、それをやっている「私」が存在していないことを知っているからですが、来月、非二元(ノンデュアリティ)のことをまったく知らなくても、即興で人前でスピーチできるようになる「話し方教室」を行います。
5月8日(月)まで先行割引中ですので、興味のある方は、お早めにこちらのページで詳細をご確認ください。
おはようございます。
矢沢大輔です。

いつもブログを読んでいただき、ありがとうございます。

今日は、新講座「話し方教室」のお知らせです。

プレゼン、スピーチ、会議など、人前に立っても緊張せずに、自分の伝えたいことを話せるようになる「話し方教室」を6月から始めます。

今でこそ、私自身、講師として、人前で話をする仕事をしていますが、30代のころ、人前に立つと緊張してしまい、自分の話がまったくウケなかった経験をきっかけに、話し方の勉強を始めました。

私がどのように話し方を学び、世界的企業からも研修の依頼がくるようになったのか。
詳しくは、こちらのページをお読みください。

http://goo.gl/t0WJNY

おはようございます。
矢沢大輔です。

 

いつもブログをお読みいただき、ありがとうございます。

 

今日は、6月開催の

覚える努力なく、「英語脳」と「ビジネス脳」をつくれる学習ストラテジー講座

の先行割引の期限が明日金曜日までとなりましたので、そのお知らせです。

 

私たちは学生時代、英単語集をつかって、たくさんの英単語を覚えようと努力してきました。

 

でも、どれだけ多くの英単語を記憶できたとしても、英語を使いこなせるようになった日本人は、ごく一部の人だけです。

 

なぜ、こうなるのかというと、英単語の意味を、一単語ずつ日本語に訳して英語を理解しようとする江戸時代からの古い学習法にしばられていたからです。

 

社会人としてこれから英語を学びなおすにしても、英文をバラバラに分解して、一単語ずつ意味を理解しようとするこの古い学習法で、英語を学びなおしたなら、学生時代と同じ結果が繰り返されるだけです。

 

近年の認知言語学と脳科学の発展によりわかってきた一日短時間の学習でも英語脳をつくれる新時代の学習法を知りたい方は、こちらのページで講座の内容をご確認ください。

聞いているだけで、すでに目覚め(覚醒)ていることを思い出させてくれる、ヒッキーの曲「道」の歌詞。

 

私の心の中にあなたがいる
いつ如何なる時も一人で歩いたつもりの道でも始まりはあなただった
It’s a lonely road
But I’m not alone
そんな気分

 

調子に乗ってた時期もあると思います
人は皆生きてるんじゃなく生かされてる

 

目に見えるものだけを信じてはいけないよ
人生の岐路に立つ標識は在りゃせぬ

 

どんなことをして誰といてもこの身はあなたと共にある
一人で歩まねばならぬ道でもあなたの声が聞こえる
It’s a lonely road
You are every song
これは事実

 

追記

補足するのも野暮ですが、この歌に出てくる「あなた」とは、意識のこと。

始まりは、あなた(意識)で、一人で歩いたつもりの道は、意識の中の現れであることを歌っている。

非二元性に目覚めていると、ヒッキーの歌の多くが「目覚め」から現れ出ていていることに気づかされ、うれしくなる。

非二元(ノンデュアリティ)に興味のある方は、まずは、非二元のプライベートセッションか、5月のノンデュアリティ・エクスペリエンスを受講してみてください。

 

今日は、「分離」とは何かを書いてみます。

「分離」とは字の通り、離れて存在している2つ以上のものがあるという観念だ。

たとえば、「お金を手に入れなければ」と思っているなら、「お金」とそれを手に入れようとしている「自分」とが分離していて、この2つを一体化させないと大変なことになる、というストーリーを信じていることになる。

また、「パートナーを見つけなければ」と思っているなら、誰かと自分とが別々に存在していて、早くその人を見つけないと、一体性を感じることができない、という分離のストーリーを信じていることになる。

分離のストーリーが信じられている間は、求めているものが何であれ、今ないものを探し求める衝動が起きる。

お金を求めている人は、お金が手に入れば、分離はなくなるはず。
パートナーを求めている人は、パートナーが見つかれば、分離はなくなるはず。
と思っている。

でも、皮肉なことに、足りないと思っていた何かを手に入れても、数日後には、また、何かが足りないという分離感にさいなまれる。

そして、分離した私は、一体性を求めて、また、別の何かを探し始める。

これが分離の幻想が生みだす探究ゲームだ。

この何かを求めて自分を満たそうとする探究ゲームは、自然に起きる。

そして、この探求は、自然に終わる。

そもそも分離して存在しているものなど何一つなかったことに気づくと、探す物も、何かを探す私もいなくなり、無とあらゆるものとの一体性(ワンネス)に満たされてしまう。

お知らせ
覚醒、スピリチュアルを探求し続けても閉塞感を感じたままで、生きづらさを感じている方は、ワンネスを認識できるようになる非二元のプライベートセッションをお受けください。
今日の「ノンデュアリティ・フォローアップ講座」には、はるばる鹿児島からお土産を持って来てくださった方がいて、みんなでそのお菓子をいただきながらトークを楽しんだ。

冒頭、「悟り(エンライトメント)を目指して何かを行うほど、「自分がいる」という分離の思い込みが再強化され、催眠状態が長く続くことをお伝えしてから、目覚め、解放(リバレーション)というものが、何もしなくても、今あるものであることを確かめてもらった。

そして、非二元の大御所、トニー・パーソンズが著書「オープン・シークレット」で語っている「無があらゆるものとしてあること」とは、どういうことなのかを感覚としてつかめるようにワークを行った。

また、懇親会の席で、「非二元のこの感覚を知れば、きっとラクになれる人がたくさんいるはず」という声があがり、どういうわけか、奄美大島の浜辺でやろうということになってきた。

今日、ご参加いただいた皆さん、ありがとうございました。

お知らせ
非二元(ノンデュアリティ)は、スピリチュアルの「教え」ではなく、存在として「ある」ものです。
その感覚を実感してみたい方は、まずは、非二元のプライベートセッションか5月のノンデュアリティ・エクスペリエンスにご参加ください。