ーその1ー

愛犬を見送った後

 

 

 

寿ぎ庵のふさ子さんから

自分ビジネスコーチングを受けた

お仲間に、最近、愛犬を見送った方が

いらっしゃると教えていただきました。

 

 

 

早速、ブログを拝見して

ふっと浮かんだのは

父の死でした。


 

 

父が亡くなって20年程前になります。

学生の時から実家を出ていたので

父の危篤を大阪の勤め先で知りました。

 

 

 

新幹線を使っても実家まで

1時間半ほど。

姉に駅まで迎えに来てもらって

実家に向かう道中で

父が亡くなった事を聞きました。

 

 

 

 

その時に、

真っ先に思った事は

「最後をみなくて良かった」

でした。

 

 

 

 

最後に立ち会えなかった事を

悔やむのではなく、

間に合わなくて良かったと

思ったのです。

 

 

 

 

亡くなる4年程前に喉頭癌を患い

幸い初期だったので、手術をして

すぐ仕事に復帰していました。

 

 

 

その頃は、まだタバコも吸っていて

心配ではありましたが

いつもの父に戻ったのだと

安心しました。

 

 

 

 

2年後に再発し

声帯を取らなくてはいけないかもしれないと

家族で泣きましたが

声帯もとる事なく、無事手術も成功しました。

 

 

 

 

しかし、手術の影響で

食事をとるのがつらかったようで

元々細かった体が半分ぐらいになり

目の力もなくなり、

どんどん鬱っぽい状態になり

最後は寝たきりになりました。

 

 

 

 

 

それまで、身近な死といえば

祖父母を見送りましたが

私にとっての父の死は、

全く別のものでした。

 

 

 

 

 

当時、60歳前半で理容師として

働いていましたし

後継の兄が床屋を継ぎ

一緒に働き始めたばかり。

 

 

 

 

私は20代と若く

まだ何も親孝行をしていない。

花嫁姿も見せる事ができてない。

 

 

 

 

どんどん衰えていく

父の姿を目の当たりにする事が

本当につらかった。

 

 

 

 

 

帰省した時は

介護を手伝ったりはしてましたが

ほとんど何もできなかった

記憶しかありません。

 

 

 

 

 

愛犬を見送った後に

この頃の4年間と

愛犬との介護の日々がリンクして

いた事に気づきました。

 

 

 

未来にやってくる死への恐怖。

父ががどういう辛い状態にになるのか

そして、その父の辛い状態を目の当たりにして

私はどういう状態になるのだろうか。

どれだけ深い悲しみ、寂しさを味わうのだろうか

それは、いつまで続くのだろうか・・・・

 

 

 

 

全く同じ感情になっていたのです。

 

 

 

 

愛犬の死を覚悟してからの私は

無意識に、

父との死に向き合えなかった事を

「繰り返さない」

「絶対に逃げない」

と、自分を奮い立たせていた

ように思います。

 

 

 

きっと、

私が越えなければいけない

課題だったのでしょう。

 

 

 

 

愛犬の死としっかり向き合った事で

父との死とも向き合う事ができました。

 

 

 

 

そして、また一つ、

私の中で

分離されていた何かが

統合されたのです。

 

 

 

愛犬と別れて間もないので

「何か」の正体は、

ハッキリわかりませんが

近いうちにわかる気がします。

 

 

 

 

父の命日に、

一緒にお経をあげてもらえる事になり
母と兄が用意をしてくれました。

 

 

 

 

 

左側が

父と父の兄弟

母の弟

私のおじさん達と一緒です。

 

 

 

 

みんな、動物が大好きな人だったので

きっと、可愛がってくれていると

思います!

 

 

 

 

 

 

 

11月22日の早朝に

最愛のパートナーである愛犬ユキちゃんが

16歳2ヶ月と10日で旅立ちました。

 

 

 

 

昨日、お見送りを終えて

一息ついたところです。

 

 

 

 

今年の夏に痙攣発作で

救急病院に連れて行き

検査で良い状態でない事が

わかりました。

 

 

 

この1ヶ月前に

目の焦点が合わずボーとして、

いつもピンと立っている耳が

片方折れ下がって

普通ではない状態。

病院に連れて行った時には

脳疾患の疑いがあるとのこと

 

 

 

犬の場合は、

脳の検査は麻酔をかけて行う為

年齢的に麻酔はリスクが高いとの事。

ステロイドの処方で

様子をみる事に。

 

 

 

救急病院での診断でも同じで

表に現れている症状から、

推測になるので

はっきりした病名は

断定されませんでしたが

別れの時が迫っていると

理解しました。

 

 

 

救急病院から帰る道中

苦しまずに見送る方法を

と決めて病院も変える事に

しました。

 

 

 

新しい病院の先生に

その旨を伝えて、

救急病院での検査結果を渡し

一番尋ねたくない事を聞きました。

 

 

私:「いつまで持つのでしょうか」

先生:「3ヶ月かな。3ヶ月過ぎたら検査をしてみましょうか」

 

 

 

この時は、耳も元に戻り

元気な状態だったので

まだ実感がなかったのだと思います。

 

 

 

そして

「3ヶ月過ぎたら検査をしてみましょうか」

この言葉に、少し救われていました。

 

 

 

と言っても、

処方してもらう薬は変わらずで

ステロイドを投薬して

脳疾患の状態を緩和する目的なので

完治の為ではありません。

後は、痴呆の症状が出てきたので

こちらも緩和するサプリを一緒に

与える事に。

 

 

 

 

結果的に、

4ヶ月程介護する事になったのですが

私には、本当につらいつらい期間でした。

 

 

 

 

介護といっても

痴呆の症状はありましたが

亡くなる数日前まで

歩けて、食事、排泄ができたので

体力的なつらさはさほどではありませんが

 

 

 

 

どんどんと衰えて痩せていく姿を

見る事がとてもつらく

心細くとても怖くてたまりませんでした。

 

 

 

 

4ヶ月の間、てんかん(痙攣)発作が2度あり

その度に、愛犬との別れを突き付けられているようでこの時も怖くて仕方なかったです。

 

 

 

 

亡くなる3日前から、夜鳴きが始まり

食事も少ししか取らなくなっていたので

いよいよなのだとわかりました。

 

 

 

 

この3日間、寝て起きては夜鳴きをするので

抱いて寝かし付け、

起きては鳴きの繰り返しで

私の体力も限界に来ていました。

 

 

 

 

まだ一緒にいたい

でも、この状態が続くと

私が持たない・・・

 

 

 

 

私にとって、愛犬との別れは、

悲しい、寂しいより

「怖い」という感情が

一番大きかったです。

 

 

 

 

未来にやってくる死への恐怖。

愛犬がどういう辛い状態にになるのか

そして、その愛犬の辛い状態を目の当たりにして

私はどういう状態になるのだろうか。

どれだけ深い悲しみ、寂しさを味わうのだろうか

それは、いつまで続くのだろうか・・・・

 

 

 

 

だからなのか、

旅立ったと感じた瞬間は、

(腕の中で旅立ったので)

ホッと安心したのです。

 

 

 

怖くて不安だった事を

どうなるのかを体験した事で

一つの答えを得たこと。

そして、この恐怖と

闘わなくて済むと

ホッとしたのです。

 

 

 

 

最後まで、死への怖さから逃げず

向き合う事ができたのだと

深い悲しみ。寂しさと共に

達成感があったのかもしれません。

 

 

 

ーその2に続くー

フォトチャンドゥオンUnsplash

 

 

 

 

寿ぎ庵さんのブログ記事で

よく登場する「あの子」

 

 

 

 

昔、何かのセラピーを受けた時に

インナーチャイルドを

癒した事があります。

 

 

 

 

経験から「あの子」は

インナーチャイルドなの?

と思っていたので

「自分ビジネスコーチング」で

「あの子」に 出会った時

一瞬、どう声をかけていいかわりませんでした。

 

 

 

 

頭の中では

ギュッと抱きしめて

「よく頑張ったね」

ヨシヨシと頭を撫でて・・・

とイメージが浮かんできましたが、

 

 

 

 

すぐに「違う」とわかり

「凄いことしたね!偉いね!」

と褒め言葉を「あの子」

にかけました。

 

 

 

 

 

ギュッと抱きしめて

「よく頑張ったね」

ヨシヨシと頭を撫でてとすると

「慰めている」感じになります。

 

 

 

 

慰めるという事は

「あの子」は私の中で

とても繊細で弱く

小さな存在。

 

 

 

 

可哀想な子だから

思いを昇華させたら(笑顔に戻して)

解決みたいな感じになってしまいます。

 

 

 

 

 

しかし

「自分ビジネスコーチング」

で出会った「あの子」は、

時期でいえば、

インナーチャイルドになる得る子

なのですが

 

 

 

 

 

かずさんの

幼稚園児が、言える言葉だと思う?

一生懸命で必死だったんだよ。

そして、両親の人生を変えた。

今があるのは、この子のおかげなんだよ。

 

 

 

 

という言葉で

繊細で弱く

小さな存在ではなく

「最強の自分」という

とてつもなく大きな存在に

感じられたのです。

 

 

 

 

ただの解釈の違い、

視点の違い

といえばそうなのかもしれませんが

自分では意外に気づけないもの。

自分の才能に気づかないのと

似ています。

 

 

 

 

 

なぜ自分の事なのに

気づけないのか。

それは、自分にとっては

当たり前にできる事

才能だから。

 

 

 

 

 

実際に「コーチング」を受けるまで

「あの子」にダメ出ししてましたからね(笑)

(ほんとに申し訳ないあせる

自己肯定感低いわけだわ笑い泣き

 

 

 

 

 

もし、いろんなセラピーや

ワークを受けても

ビジネス、啓発本を読んでも

何か違う。

モヤモヤする。

と感じている方は

 

 

 

 

 

 

「最強の自分」と繋がった

「体感」がある人に

手伝ってもらう事をおすすめします!

 

 

 

 

 

 

手伝ってもらう方が

近道ですよ。

楽しく、ラクに自分と繋がりましょう。

フォトロレンツォSpoletiUnsplash

 

 

 

 

「ブログセラピー」についての記事で

登場した「オルガン」のお話。

 

 

 

 

これも幼少の時の思い出

たしか小学生の低学年でした。

習い事は、算盤、習字、絵画教室に

通わせてもらっていました。

 

 

 

 

算盤は嫌ですぐ辞めてしまい

絵画教室は先生のお引っ越しで

行けなくなって

習字は中学生まで通ってました。

 

 

 

 

算盤以外は私が習いたいと言って

習わせてもらっていたので

こう書き出してみると

私の意思を尊重してくれてたのだと

わかります。

 

 

 

 

しかし、唯一習わせてもらえなかったのが

ピアノでした。

結構粘って行きたい!と

行っていたように記憶しています。

 

 

 

 

理由は「習わせるお金がない」

今考えると、ピアノを買うお金がない

という事だったかもしれないです。

 

 

 

 

母は

「本当に好きなら

自分で学びなさい」と

「オルガン」を貰ってきてくれて

「バイエル」を買い与えてくれました。

 

 

 

 

ついこの間まで

「ピアノを習わせてくれなかった」

「ピアノを買ってもらえなかった」

という悲しい思い出でした。

 

 

 

 

私は、

「ピアノを習わせてくれなかった」

「ピアノを買ってもらえなかった」

という解釈をして

母は

「私のやりたい事をさせてくれない」

家は

「貧乏でお金がない家」

という思い込みを作り上げていたのです。

 

 

 

 

 

グランドピアノがお家にある

仲良しの馬友マダムがいて

何気にこの

「ピアノを習わせてもらえなかった」話を

したのです。

 

 

 

 

 

仲良しの馬友マダムは

「お母さん凄いね。

あなたが習いたいと言ったから

そこまでしれくれたのよ」

 

 

 

この言葉を聞いて

母は

「私のやりたい事をさせてくれない」

家は

「貧乏でお金がない家」

という思い込みは

 

 

 

 

 

「母ができる最大限の事を

私にしてくれた」

と母からの愛に気づく事ができたのです。

 

 

 

あらためて、

私は多くの愛を

母から与えて貰っていたのだと

再確認できた出来事でした。

(涙出てきましたー。まさにブログセラピー!)

 

 

 

 

 

そして、私の悲しい思い出は

愛溢れる思い出に変わったのです。

フォトアレクサ・ウィリアムズUnsplash

 

 

 

 

「自分ビジネス」を

学ばれている方なら

ご存知の「ブログセラピー」

 

 

 

 

まずは「ブログセラピー」で

自分を癒して

自分ビジネスをスタートしましょう!

という準備運動的な事。

 

 

 

 

このブログセラピーで

自分自神に気づく事が目的。

これも、自分、源(ソース)に繋がる事と同じ。

 

 

 

 

頭では理解していたつもりだけど

いざ書こうとすると

全く筆が進まない。

 

 

 

 

自分の開示?

自分を癒す?

どっちかっていうと

ストレスなんですけどあせる

と思ってました。

 

 

 

という事で、

私も全く投稿してなかったので

ブログセラピーについて

寿ぎ庵さんの「自分ビジネスコーチング」で

教えてもらってきました。

 

 

 

 

 

私:「何書いていいかわからないですあせる

 

ふさ子さん:「さっき話していた、オルガンの話でいいのよ。

ブログを書くとスッキリするのキラキラ

(オルガンの話=母との思い出話からの気づき)

 

 

「スッキリする???」

 

スッキリする・・・・

何をおっしゃっているのでしょう?と

その時は肚に落ちてなかったのですが

ここ数日の「自分ビジネスコーチング」

でのブログを書いていて

 

 

 

「スッキリする〜キラキラ

いただきました。

肚に落ちましたよ。体感しましたよ。

ほんとに気持ちいいのです。

 

 

 

 

なぜ今までわからなかったのかというと

ブログは仕事用(仕事の顔)で

集客に使っていた為

めちゃくちゃ他人の目を意識していたから

なのです。

 

 

 

 

仕事用(仕事の顔)=

意識が外を向いている状態。

 

・これは正しいかな?

・あっているかな?

・こんな事書いて大丈夫かな?

 

 

 

 

自分と繋がってないので

気持ちいいわけがありません。

 

 

 

書きたい!伝えたい!ではなく

書かなければになってしまっているから

書けなくなっているのです。

 

 

 

 

ブログセラピーは

・自分がスッキリする

・自分が読んでいておもしろい

こう感じてこそ

セラピーになるのです。

 

 

 

 

自分と繋がると

こういった事が

自然に感じられるのです音譜