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FP-Sugiuraのオフィシャルブログ 

どんな時も全力でクライアントを支えて行くことをモットー
にしています。そんな中で、毎日気付いたことやハプニング
そして、専門職としてのへっぽこな意見をブログに記して行き
ます。保険を通じた用心棒のご依頼も承っております(笑)
 



が少し甘いと感じたので、少し補足して完結したいと思います。


大津の事件の加害者の親は、なんとPTAの会長のようですが

父親はエリート経営者だとネットに出ています。 


そして、そのような人の子供だと「殺人」を犯しても周りが全部

隠してくれて「何もなかった」ことになる・・・


これが、現在までの経過で間違いないはずです。 


皆さん!


これで良いのですか?


いつから日本は、共産圏に入ったのですか?

共産圏でも酷すぎます。


物事のポイントを絞れば、この点に行き着きます。


30数年前の私へのいじめの加害者もそうでした。PTAの会長

ではありませんでしたが、教員は会社の社長である事は周知

していた事は間違いありません。


では、何がそうさせるのか?


ここからはあくまで「推測」ですが・・・


教員は「お心付け」を貰っていたのではないか?


と言う疑念です。


ここに議論が集中すると困りますが、この点はビジネスで考えて

みると、当然なんですね・・・


自分に有利に・・・


お金は社会の潤滑油・・・


ここは、推定としておきましょう。


「世の中すべて金かよ!」と聞こえてきそうですが、そうなるのか

どうか?がこの事件の結末なんだと思います。


私の知人のドクターの奥さんが、過去に言った言葉が代表的です

が、その方は子供さんが通っている学校の先生に「貴女の出身

大学はどこか?」と問うたそうです。


ちなみに、その奥様の出身大学はK大学


答えた教員の出身大学はT大学・・・


ノックアウトである。


今の時代は、この辺が重要であると考えます。


ちなみに、後で解ったのですがその教員は私の同級生の奥さん

だった。ただ一つ偉かった事がある。その教員は、奥さんに対し


「何か関係あるのですか?」


と言ったそうだ。


ちなみに、その友達のお父上は議員であったので、そう言いきった

私は断言する。後に色々耳にしたが、医者の奥さんでもある程度

のレベルの議員だと負けざるを得ないようだ。 


なんと、最後に私の名前を出して「手打ち」してもらったと聞く。

勤務医レベルだと、悲しいかなこの程度である。


これが教員を取り巻く「社会」である。


従って「地方自治」の波をまともに受けている訳である。


ならば、力のある親や議員の影響は、出世にも影響すると考えれば

「生徒一人の命」と「自分の出世」は同じレベルになるであろう。


だから、こんな事が数十年無くならないのです。


こう表現すれば、この事件の根幹に何があるのか?が理解頂けた

と思います。


私は、生意気な事を述べたいのではない。


この問題の根幹をご理解願いたい。そして、この際、再発防止策を

明確に提案したいのです。勿論、保険の売り込みをしている訳では

ありません。


でも、身を守る方法を同時に明らかにして行かないと、間違って訴訟

で解決する方法が主流になると、それこそお金を持っている人が勝つ

事になってしまいます。 


従って、再発防止策は「自己責任による自己防衛」でしかありません。


少なくとも、大津の事件の論点は「人一人の命が救われなかった」事

に絞られるべきだと考えます。 



に警察の捜査が入った。


今後は、何らかの結果がもたらされるであろうから、この件での

私のコメントは今日で終わりにしたい。


色々な事実が明るみに出るにつれ、異常事態であった事が判明

して来ています。そして、教育委員会と言う組織がいかに非常識

であるのか?と言う点も明るみに出ています。


この事件がこのレベルまで明るみになって、今後何も変わらない

なら、教育委員会は解体になると思いますが、全国の教員の方

はどんな気持ちでこの事件を見ているのでしょうか?


教員の方の価値観が変わらなければ、暴力団対策法のように

すべての事実は隠ぺいされるようになり、水面下の話になって

しまう可能性があります。


そうならない「手立て」が求められますが、現在のこの国で明快な

結果が得られるとは思えません。


ですので、今後の「いじめ」はもっと悪質なものになると考えるべき

かもしれません。そう考えますと、ご家族は、自らの守り方を明確

にして頂きたいと思います。


私は、基本保険屋なので、その対策として保険加入をお薦めします。

少し前のメールに記述しましたが「家族傷害保険」に加入されると

保険会社の介入が可能になります。


すべての代理店がそうでないかもしれませんが、法律家と何らかの

連携をしているところも少なくありませんので、対応方法はそこから

レクチャーしてもらうと良いように感じます。


基本は、加害者と被害者で解決する事が鉄則です。

一つの考え方としては、大人と大人の話にする訳です。


しかし、生徒の事は学校が管理責任を負っている以上、事実を隠ぺい

されてしまうとどうにもなりません。そして、学校が公平中立性を担保

してくれないと、声を上げた方が悪くされる事があり、さらに最悪な

結果を招きかねません。


その辺までカバーしての対処が必要となります。


大勢の方は、今回の事件の悪人は「学校」「教員」とお考えでしょう。

確かにそうかもしれません。


でも、その方向で大切な命を守れるのでしょうか?


自分が悪いとは一欠けらも思っていない人を、大勢で攻め立てたと

しても、二次的被害を生むか、完ぺきな証拠隠しをされるのがオチ

だと私は考えます。


結果として、いじめへの対処を誤ると「身ぐるみ剥がされる」と言う

レベルの対応になれば、教員も気を付けるでしょうし、いじめる生徒

も少なくなるはずです。


同じ事を何度も言っていますが、少なくとも中学校以下で行われる

「いじめ」とは「身近な大人の真似」に過ぎないと思います。


それほど、大人社会が最悪だと思っています。


どうか皆さん、ここに気付いて下さい。


何故、経営者の子供が「いじめ」を行うのか?と言うと、家庭の中で

行われた、使用人に対する悪態が原因かもしれません。または

下の人が、頭を下げる姿を見て間違った事を教わった可能性があり

ます。


そう考えると、いじめた方も犠牲者なんです。


なので「いじめ」は被害者と、加害者で解決するスキームが必要に

なると考えます。


今後の動向は解りませんが、教員の無責任さとは本来向けるべき

矛先の違いであるかもしれませんので、早く考え方を変えて行かれる

事をお薦めします。


最後に車の事故に例えて理解を深めて頂きたいと思います。


車で事故を起こされ、保険会社に一任された経験をお持ちの方も多い

と思いますが、加害者側が一切過失を認めず解決不能になった事例

の対応をお伝えします。


通常、交通事故を起こすと「警察への届け出」が義務になっているので

ある程度の抑えは出来ますが、最終段階で「自分は悪くない」と言う

加害者がいます。


警察は双方の「どちらが悪い」と言う事は余り言いません。

その代わり「調書」を取り、事実を明確にしています。


調書に「止まっている車に追突した」と記載されているのに「自分は悪く

ない」と言う訳ですが、一見すると絶望を感じられると思いますが、双方

保険会社が関与すると、簡単に解決します。


この理由は「判例」なんです。


前例すなわち「判例」通りの事件だと、速攻で解決します。しかし判例

にない事例となると「判例作り」のため訴訟になったりします。


実は私は、横断歩道を渡る通行人を見て停止し、そこに追突されたこと

があります。


都市伝説として「自分は悪くない」と言えば、過失が無くなると勘違い

している人がいます。実は、私に追突した人がそうでした。第一声が

「何に止まっとんじゃわれ!」でしたね。


その勢いで、警察の実況見分を受けていたので、警察に専門用語で

「ごにょごにょ」と伝えると、いきなりその人は頭を押さえられ「この方

に謝れ!」と凄まれていました。


警察にそう言われると、初めて我に返ったらしく平謝りをしていました。

警察も、私を弁護士だと思ったようですが、残念ながら2軍選手でした

が・・・ 


何を伝えたのかと言うと、早い話が「この人は極刑にして下さい」と

伝えたんです。何故、そうしたのか?と申しますと、助手席にお母上

がいらっしゃる上でのご乱心でしたので、教育的指導をさせて頂いた

訳です。 


その結果はご想像にお任せしますが・・・


このように、事件の解決は当事者双方で行うと良いと思います。

警察を学校に読み替えて頂くと解りやすいと思いますが、学校は公平

中立で、事実を誠実に公開してくれれば良いのです。


このようなスキームですと、相手が誰であれ解決できると思います。


保険屋が介入するとどうなるか?


保険事故の場合、加害者側に重大過失がある場合「訴訟対応」は

保険会社が行いますので「隠ぺい」など行えば、大変な事になる

はずです。


ちなみに、世の中には「弁護士保険」というものも実在します。


お手軽に、クレジットカード会員は月額500円で加入できるものも

ありますので、チェックされることをお薦めします。


とにかく、家族のことはすべて「自己責任」と言う考え方を持たれる

ことをぜひお勧めして、大津事件の一切を終了とします。








があります。


ここ数日間、大津の事件についてコメントして来ました。


私が、奇跡的に生きているのは、父のお陰だとつくずく感じ

ました。人一人の命が置き去りにされる。大津の事件でも

被害者のお父上が、警察に掛け合ったと聞く。


警察は、学校に確認しても教員が鎧のように口裏を合わせ

ていれば、動けるはずもない。


そして不幸にして、最悪の結果となった。

私の父は、当時の教育長と親しかった・・・


だから、大どんでん返しになった。たしか、当時の私の担任は

その後、飛ばされたはずであった。 


全国で、数え切れないほど同じ事例があると感じます。

そして、こうなる原因については、識者それぞれの見解が

あると思います。


私の意見が正しいかどうか?は別として、元虐められっ子

の私としては、この原因は「社会の姿」だと感じています。

そして、私が中学生の時には既に始まっていたと思います。


お金を持った人、頭の良い人、何らかの権限がある人が偉い

とする「大人の価値観」でものを考えるのを止めませんか?


中学までは「夢」の質で生徒を評価しませんか?


私は、社会人になって「暴力団」(風)の人と接する仕事が

任務でしていたので、明確に言える事があります。

ある時、暴力団(風)のKさんが私にこう言いました。


「お兄ちゃん、やくざを信じたらあかんよ」



なぜ?と訪ねると

「俺たちは、ロクデナシのエキスパートやねん」

「だから、どんな事があっても信じたらあかんねん」

「俺たちは人を陥れるのが仕事やねん」


とKさんは言うんです。

当時私は27歳くらいだったと記憶していますが、この言葉

は今でも片時も耳から離れた事はありません。


しかし、暴力団(風)の人でさえ前もって宣誓するのにこの社会

で一番信じられるはずの教員が、助けを求めた生徒を見殺し

にして、何のお咎めもないならば、日本は終わりです。


私は、今では教員の方の選別ができるので、すべての人が

悪いとは思っていませんが、助けを求めても助けないならば

もう人ではないと仮定して考えるべきではないでしょうか?


私は、大津の事件を含め少なくとも中学校以下で行われる

いじめ事件は、社会がその源となっていると考えています。


大津の事件では、私の予想通り加害者側は地元の名士さん

のようですが、そうであると、人の命は虫と変わらない結果に

なった事を直視してみるべきです。


推測、今回の事件は「殺人罪」が適用になり、加害生徒は

少年院行きとなり、家族は「ほう助罪」の適用を受けるはず

と考えています。


学校関係者は、管理責任しか問えないので、できれば自ら

の責任は自らが取って頂きたいと思います。 


私が感激したことは、その他の生徒が口々にありのままを

周りに知らせたという点です。これが解決を早めたと考えて

います。


みんなよくやった!


私も当時は、仲の良かったI君やK君でさえも学校では私に

口もきかない・・・ これがどれ程悲しく、苦しいことなのか

涙が出てくる・・・


私は、この事件はどうしても「加害者」と「その家族」が罰を

受けるしかないと考えています。


そして、この「いじめ」の対応スキームは被害者と加害者間

解決するスキームを作るしかないと思います。


理由は一昨日、記しましたが、一義的には加害者の親に

監督責任があり、親も同罪として解決して行くしかないと

考えます。


未成年の子供の責任は親にある訳ですね・・・


で、親がいくら言っても聞かなかったならば、少年院では無く

大人と同じ刑に服すれば良いのです。


でも、前もって伝えねばなりません。


「言う事を聞かないならば、刑務所行きだ!」



こうすれば、親の責任を問わない様にすればいい・・・


私はこう考えます。


現在の学校は「モンスターペアレンツ」が横行しているようです。

病院には「モンスターペイシェント」と言う、少し種類の違う輩が

出没するようです。


双方の関係者に助言します。


警察OBを顧問に雇っても、なかなか解決しないのには理由が

あります。


なぜ、言う事を聞かない相手に対し、上から叩こうとするのですか?


関係無いかもしれませんが、犬に同じことをすると「噛みます」


以前、病院関係者に「モンスター対策」について質問された時に

こう答えました。院長が直接相手に接触jし「何か文句があれば

言え!ただし、他の誰にも指一本触れさせはしない」


「文句があれば、俺を殺せ!、できないならもう二度と来るな」


と勇気を持って伝えるんです。



その院長は、バカも休み休み言って下さいよ・・・と言っていました

が、第二次世界大戦で敗戦した際の、天皇陛下を見習えばこんな

話が妥当です。


そのお陰で、今の日本があるんです。

違いますか?


「貴方は命がけで城を守れますか?」


それとも


「命を見捨てて、自分の立場を守りますか?」



この2つを社会の常識ある権力者に問いたいと思います。 





とも言うべきだろうか?


富山で起こった「焼肉酒屋えびす」事件に、オチがあった。


富山県生活環境課は、えびす事件には取り締まる制度が

無かったとして、県の責任は無かったとした。


との報道があった。


ほぅ~


報道では、2年以上も立ち入り検査をしていなかったと言う

事であるが、取り締まる制度が無かったので落ち度は無い

とするならば、道路交通法のように何かの上限規定(例えば

法定速度)を設けない限り、職務に責任のない仕事とする

以外に説明がつかない。


保険では「免責」と表現するが、要するに責任が無い以上

そこに何も負担が無い事にならないと説明が付かない。


もっと解りやすく言うと、お給料を払う必要があるのか?

と言う事にしかならないであろう。


責任が元々無い=お金を払わない


こう解釈するは私だけだろうか?


大津の事件でもこの考え方が当てはまる。


予想通り、大津市長は事件を認め「和解」を明確にした。

しかし、教育委員会は相当拒んだらしい。


市長の対応が遅いと言う声も聞かれるが、私の考えでは

今のタイミングがベストだと思う。ちょうど、警察の捜査も

始まり、事件の重大性が明確になった。


刑事で動いている以上、民事はもはや意味はない。

と言う考えになる。


いじめについて、私から少し解説したい。


いじめとは、1対複数の理不尽な嫌がらせである。複数

が2人なのか、10人なのかで心のダメージが分かれる。

私の場合は、1対3だった。


普通に考えてほしい。同じ力量の人間の場合、その喧嘩

で勝てるだろうか?


この点を理解してもらえるならば、そこでなされる仕打ちは

どの程度か?は理解できると思います。もしそれが、もっと

多い人数だとしたら・・・


少なくとも、抵抗する勇気は無くなります。

その状況で、助けてくれるはずの教員が笑って見ている。


想像に余りある状況ではないでしょうか?


ちなみに、ここで終わりません。


直接いじめに参加していない生徒も、自分にそのおはちが

回らない様に、絶対にいじめられている生徒に話しかけたり

しないんです。


いかがでしょうか?


自殺した生徒がどの程度落胆したか?

どうして命を絶つ選択をしたのか?


少しは理解して頂けたでしょうか?


私は、今後もいじめは無くならないと思います。もしかすると

もっと悲惨な方向に進むように思えて仕方がありません。


その理由は、教員から自責の念が聞こえて来ないからと

大人社会でいじめは当たり前だからです。


なので私は、高校生や中学生であっても大人社会同様の

対応ができるようになって欲しいのです。


「大人社会のいじめ」とは、セクハラ・パワハラと呼ばれる

ものが一つのモデルです。そして、一番凄いと感じるのは

「大勢での無視」です。


余り多くお伝えできないのですが、昨年私が少し関係する

組織で、同様な問題が起きたことから、勇気を持って私が

組織の決定権者を縛りあげて、排除しましたがそこに至る

過程は悲惨そのものでした。


大人社会では「長いものに巻かれろ」なる諺があるように

少し変だと思っても、自分に被害が無いと見て見ぬふりを

します。


従って大津の事件は、大人の悪さが関係したと言えます。


組織を変えるには、圧倒的な力が無いと逆に自分が被害に

合ってしまいます。


なので、普通の人は「見て見ぬふり」なんです。


私は、直接助けてあげるができない「虐められっ子」の家族

にメッセージを送りたいのです。


そのいじめは、大人社会が原因なのです・・・と


そして、最後の頼みである公務員が「私には責任が無い」と

言うのでは、この国もそろそろ店じまいです。


的が外れているかもしれませんが、この国の指導者たちの

体たらくが、この事件を生んだのかもしれません。


何となく、そう思いました。 





事業をやっている同級生を訪ねた。


彼は美術系大学を出てデザインの仕事をしている。

色々話をしているうちに、今の若者の話になった。


彼ら、デザインの職種の多くは「自らが雇い主である」

と言う感覚が非常に強い。


そして、夢がある。


今の若者は「誰かに使われようとする」

彼は、ぽつりとそう呟いた。 


反面我々の年代は、何かの反骨精神なのか、誰かに使わ

れまいとする人が多い感じがする。


こうして、自営業の人間は雑草のような生き方になる人が

多い。セレブになれる人は一握りである。


最近、歯科医の状況が相当悪くなっているようだが、同様

に大きな変化がある業種も多い。しかし、その中でも一切

変わらないところも実在する。


ちなみに、あるクリニックには全国から来訪者が集まると

その院長は言う。「まったく人のことを考えんな!」と笑う。

その院長は、外見だと一般人とは思えない。


頭はスキンヘッドである。

ドクターはいつもマスクをしている事が多いので、素顔が

解らない人も多いが、その先生はとても凄味がある。 


これ以上書くと、ばれてしまう恐れがあるのでやめますが

案外、ワイルドな人のクリニックが流行っているような気が

してならない。


実態は、赤ひげ先生を大きく飛びぬけている。

やはり、患者(顧客)へのインパクトなんだろうか?


私の従兄は、医学部の准教授であるが、見た目に「真面目」

そのものである。どう考えても、独立するようには見えない。

なので、少し系統が違うと思っている。 


私の周りの同級生は、昔で言う「ビーバップハイスクール」

系が多い。今でもなんとなくそう言う外見でまとまっている。

そのせいか、3回結婚したつわものもいる。


逆に、官僚になった人間もいれば、医者になった人間もいる。

でも、経営者もしくは会社役員が結構多い。


よく考えると、バリエーション豊富である。

現在46歳の我々は、今の何かにしがみつかず、次の世代

を育てる役割があると思っている。


そんな私は元虐められっ子だったが、虐められている皆さんに一つ

だけ伝えたいことがある。


昔、虐めっ子だった人間はどうなったのか?

皆さんが気になる事であろう。 


私を徹底的に虐めた一人は、お父さんが経営していた会社が

倒産し、一家離散したと聞いた。もう一人は、さえない状況とも

聞いた。


結局は、人を不幸に陥れると成功する人にはなれないのだと

思っている。何だか、宗教っぽいがこれが現実である。 


数年前、中学の同級生が亡くなったと聞き、家が近所だった

事もあり、近くの同級生が知らせてくれたので、お参りに出か

けた。


その時、「あいつは誰だ」と言う話になった。そして、一番大きく

変わったのは私だったようだ。


感心したことは、県会議員をやっている同級生が、きめ細かい

お世話をしていたことだ。彼とは、少し遠い親戚となる事から

いつも比較されて育った。


そんなことも懐かしい。


今日は、忙しい毎日の隙間が空いたお陰で心の休息になった

感じがした。


明日からもっと頑張ろう!






を含めて記したいと思います。


今日のYahooのニュースに以下の情報がありました。


http://headlines.yahoo.co.jp/videonews/nnn?a=20120709-00000036-nnn-soci


現在、大津の自殺事件では色んな反響がありますが、少し前

にあった事件の結末はこうなったようです。


虐められっ子だった私の意見として、大人である先生が虐めた

方のかたを持った訳である。


早い話が、先生に裏切られた訳である。

しかし、我々は教員は聖職者だと勘違いしている。

だから、始末が悪い・・・


結論を最初に申し上げれば、自殺した生徒が賠償を求める相手

先はあくまで、虐めた相手でないといけない。


結果としては、教員には管理責任はある。




でなければ、学校での同類の事件はすべて被害者側が敗訴する

事にしかならない。


この辺りを説明するのは難しいが、未成年者である相手が大人で

ある教員の過失により、不法行為を冗長させてしまい結果として

被害者は心神喪失状態となり、自らの命を絶った以上、被害者側

遺失利益が発生したので賠償をしなければならない。


とでも説明しないと、裁判所は納得しないだろう。


これまでは、学校や教育委員会の管理不行き届き・・・

と言う方向性で訴訟が行われて来ているが、生徒の行動すべてを

管理することは不可能であろう。


私は経験者として言えば、親が出てきて他人の子供を叱り付ける

のは頂けないが、重大な事になっている時には、相手の親にその

事実を明確に伝え(内容証明)すぐに、虐める行為を止めさせないと

貴方の責任として訴訟を行う。と通告すべきであろう。


でもって、相手の親が「べらんめい!何が悪いんだ!」と言ってくれ

ば初めて、学校側に確認すればよいのではないだろうか?


勿論、ここまでの経緯はすべて証拠を取る・・・


自分の親が、相手の親にここまでの対応を取れば子供は自殺する

だろうか?


私はそう言いたい。



死んでしまってから、裁判をしてどうこう言っても始まらない・・・


元虐められっ子はそう思います。


なので、親がどうやって子供を守るか?すべての議論はここに

フォーカスしてもらいたい。 


親が出て行って、相手の子供を10発ほど殴りつければ終わる話で

もあるが、最近の中学生に勝てるとは限らない。私のように腕に

心得があったとしても、簡単に自分が捕まってしまう。


あくまで学校の話は、個人対個人で解決する!


無責任な教育委員会ならば、こう結論付けてみればいかがだろうか?


今後はとても安心であろう。いかがであろうか? 


実は今日、社員にこのいじめの問題を聞いてみた。


「何が問題なのか?」



答えは私の意図しない答えだったので割愛しますが、要するに教員には

優先順位がある訳である。


その優先順位として、自殺した生徒の順位が低かっただけである。


社会ではよくある事ではないか?


たまたまそれが、教員であってもそうであっただけではないか?


自殺するとは思わなかった!?


教員の意見としては恐らく、こうであろう。

社員にもそう説明し、誰にでも優先順位がある事を理解していた。


そう言えば、依頼先で10回に1回しか依頼が来ないところがあると・・・

要するに、取引先の担当者には依頼を出す相手をより好みして

いるという訳だ。


そんなの当たり前だろう!

私はそう伝えると社員は納得していた。 


数日前のブログに書いたが「教員は責任を取らねばならない」と

思えるだけの報酬をもらっていない可能性がある。


となれば、教員に責任を求めるのはアホらしい話ではないだろうか?


今の私はそう思う。


自分の責任は自分で取る・・・


それを家族に置き換えると解りやすい。


余り多くは記さないようにしたいが、実は私の実家の母が市営バス

に乗っている際に、そのバスが事故を起こした。母は、少しだけ

怪我をした。


その際、市役所の職員が取った行動は完ぺきだった。


「家族には知らせないで下さい」


「家族に早く知らせて下さい」の間違いではないのか?


市役所の職員は、もしかすると私の職業を内々に知っていたかも

しれないが、それにしてもすばらしいではないか?


ちなみに、怪我の治療は「市民病院」で行ったが、ご丁寧にも

治療時に、市役所の職員が付き添ってくれたそうである。勿論

治療費は市役所が払う。 


こうまで完ぺきに情報を抑える姿には脱帽である。


こうして、丁寧に母を扱った市役所の職員も、その態度を晒す

時がやって来た。


すべての治療が終わったとき・・・


「もう、大丈夫ですね」と一言伝え、行きはお迎えにも関わらず

帰りはご自分で・・・となり、その瞬間母は目が覚めた訳である。


驚くことは、その運転手が今でもその任務に就いていることで

ある。推測、何らかの病気であろうと思うが、それでも運転を

しているようだ。


この事件で母が得たものは、近くの温泉の無料チケット10枚で

あったが「家族には知らせないで欲しい」の意味については

親戚で激論が交わされた。


よくよく聞くと、家族に話をしたら「後は知らない」であった。


片田舎の出来事であるが、私に一言報告があったならば日本を

揺るがす大問題になったはずである。しかもそう言ったのは女性

の職員だったようだ。 


とにかく、この国の公務員の方々には脱帽である。


国民のために・・・


そんな気持ちが無い人に何かを頼る必要はあるのでしょうか? 


私は社員にも、家族にも「すべての責任は己にある」と説いている。


時々、私の職業を知らない人が色んな角度で挑戦してお見えになる。

私は、どんな時も手加減はしない。


つい最近も、色々ありましたが私の顔を見て殆どの人は舐めて

かかって来るので本当に困るんです。 


話は少し反れてしまいましたが、人生すべて「自己責任」と言う発想

がすべての災難から自分を守ってくれます。


保険とは、そんな発想の方を最大に支援する道具だと思います。


ちなみに、大津の事件に対応するならば「傷害保険」に加入されその

上で、我々に相談を頂ければ最善の解決策をご提示できると思います。


私に何ができるか?と色々考えてみるのですが、事件になってしまうと

弁護士しか対応できませんが、事件になる前に「けが」をしたタイミング

でご相談頂くと、保険屋としての解決策を提示できるように感じます。


イメージとしては、自動車保険での事故対応のような感じでしょうか?


今の時代、保険は代理店の力量で選んで欲しいものです。



ネットでは、私の推測通り虐めた生徒の親は経営者のようだが

経営者だから、お金があるから、偉いからと言う教育がなされた

とすれば、大間違いである。


とは言っても、現在の社会で経営者はリスクを負って生きている。

その点を強調すれば、ご子息にもそう伝わったであろうが、そう

だとしても、結果として死なせた事は自覚すべきである。



お世話になっている、ある組織の懇親会に出席しました。


来賓として県内選出の代議士2名も参加されていて、少し感心した

事をご紹介します。


テレビタックルでもお馴染みのM代議士と名刺交換した際、3通りある

名刺の中で、一番何をしているのか解らない、会社名と肩書だけの

ものを出しました。


ちなみに、その名刺が一番」気に入っているもので、あとは医療用で

使う資格者名がずらっと並んだものや、どこどこの指定事業者と言う

通行手形のようなものではなく、デザインの良いものです。


彼は数秒考えて「保険屋さんでしたね」と言い、事前に私が何者なの

かを把握して参加しているようでした。


ちなみに彼は、懇親会のほぼ最後までいて、ある意味の陳情を受け

て帰った格好となりました。


代議士さんとは年間に数十人と接する機会がありますが、彼のよう

な振る舞いをされる人はある意味初めてだと記憶しています。


結果として「何ができるか」が難しい職業だと思いますが、彼のよう

な対応に、好感を持つ人は多いように思います。国会議員だから

私は偉いんだ!と言う振る舞いが多い中、本当に関心しました。


個人名は控えますが、現在大臣をされている方と、フィットネスクラブ

でご一緒したことがありますが、あまりの態度の大きさに驚いたこと

があります。


良く考えてほしい・・・

君と僕は同じお金を払っているんだよ!


そう言ってやろうかと思いました。


それと、公共交通機関で見かける先生方

私は実費であなたは無料・・・

その辺、勘違いされていませんか?


そこ行くと、北海道の元代議士のムネオさんなんて、誰にでも声を

掛けて来る、本当に気さくな人です。


まあ、個人の本当の姿は解りませんが、政治家の先生は国益を第一

に国家の舵とりをお願いしたいと思います。








再度記したいと思います。


昨日のメールで、私が「虐められっ子」だった事を自白しましたが

そうなるには「きっかけ」があることを説明しました。


学校で起こる「虐め」の殆どは、教員が起因していると私は感じて

いますが、よく考えてみてください。中学校の中で大人とは先生で

子供は生徒です。


子供は大人である先生の姿を見て色んな判断をします。

そして、悲しいことに先生は万全ではない。


感情が激しい人もいれば、人に関心のない人もいるでしょう。その

上で、先生はどんな角度でも「間違っていない」と評価できる要素

を持ち合わせていない限り、何らかの問題は必ず起こる訳です。


根幹の問題は、問題が起こった時の処理方法にあると思います。


少なくとも公務員の方は「むびょうせい」があるので、間違いその

ものが無いとされてしまうところに大いなる矛盾が生まれます。


こう説明すると解りやすいと思いますが、私立の中学校で何らか

の問題を耳にしたことはありますか?勿論、私立の中学校とは

超進学校であるはずです。


でも、問題がゼロではないはずです。


ひとつランクアップして、高校になると地方の私立の高校は得て

してレベルが低い傾向にあるように感じますが、生徒に問題が

あっても、学校に問題など無いはずです。


こう捉えてゆくと、問題点がどこにあるかお解りだと思います。


私は中学生の時に「教員は基本的に信用しない」事にしました。


信用しないと決めてしまうと、問題など感じませんでした。


私が通った高校に、体育教員で細かいところを指摘して指導

するとんでもない先生がいました。当時、外履きの靴で渡り廊下

部分を渡っただけで6回の往復ビンタをされた記憶があります。


一切の手加減が無かったので、今だったら逮捕でしょう。


私の顔は大きく腫れ、家に帰って父親に「誰にやられた」と聞か

れ理由を話と「お前が悪い」と言われたことを覚えていますが

当時はそんなものでした。


でも、ここに「愛」が無いならば先生は本当に聖職者なのですか?

単純に生殖者なのではありませんか?と言いたいのです。 


まあ、冗談ですが、教員は聖職者であれ!と感じます。


現在モンスターペアレンツでお悩みだと思いますが、それは

聖職者たる教員であれば、軽く乗り越えられることではないで

しょうか?


どうしてそこが問題になるか?と言うと、生徒から見る「大人」

の行動が「変」と生徒が感じてしまうからではありませんか?


勿論、親が正しいはずもありませんし、最近の親のデタラメさ

は常識を超えていると思います。


少しお恥ずかしい話をすると、3週間前の姪の結婚式の際に

幼稚園の教員をしている甥の奥さんが、自分の子供が火傷

をしたと大騒ぎしているんです。


大別しますと、結婚式に参加している半数は病院関係者で

医師が20名はいました。看護師長をしている私の妹が手当て

をしていましたが「もう冷やすのは止めたほうがいい」と言う

のも聞かずに、長々と冷やしてしまい「痒くなって」しまい逆に

大騒ぎになる始末。


でもって、その責任は結婚式場にあると言い出しました。

そこは年の功で、私の母が抑え込んでいましたが「あの人の

親の顔を見たい」と後で怒っていました。


このように、親の世代と教員の世代がほぼ同世代であって

それぞれ価値観が違う訳ですが、同様なのは「誰が悪いのか」

言う思考回路です。

私が直面するトラブルでも、この点が目立ちます。


ですので、裁判所は忙しい訳です。


大津の事件をこの観点で考えると、自殺の訓練をさせていた

生徒を見ても、実際に実現しない限り「誰が悪い」と決定するには

要素が足りない訳です。


なので「大概にしておけよ」と言う感じになったはずです。


自殺した生徒は、この時にすべての心の支えを失ったので、行為

及んでしまったと推測します。 


教員は、自分の言動が生徒の心の支えを破壊したと思うには生徒

から「先生の言葉でもう何もかもが破滅です」とでも言っていれば

助かったでしょうが、そこまで訴えられれば最初から事件が起きる

事はなかったはずです。


従って、学校に於いて教員とは聖職者でしかなく、自らの行動で

生徒を死なせた以上、自らは切腹するくらいでないといけません。


それなのに「私は悪くない」「学校は悪くない」と言うかのごとくの

対応で、同様の事件では殆どすべての学校の対応が同じなのは

思考回路に問題がある訳です。 


大津の市長はたしか弁護士だったと思いますので、適切な対応

を取ると思いますが、そろそろこのような事件に終止符を打っては

どうでしょうか?


学校関連で言えば、教員は裁判官と同列に扱えばどうでしょうか。


その意味は、独立した権限を個人に持たせる訳です。


もっと給料を高くし、30歳の年収を1000万円程度にします。50

歳では倍の2000万円程度とし、国家公務員のキャリアや特別職

並みにします。 


その代わり、問題が起これば個人が責任を取る訳です。勿論何ら

かの責任を校長が取るなどはもっての外です。自らの不注意は

切腹・・・ 


こうすれば、学校の問題は一気に無くなるはずです。


ポイントはお金なのか?と言われると、一概にそうではないかもしれ

ませんが、社会の価値観はそこにしか無い筈です。


「誰が悪い」・・・


こう考える前に、ダントツの報酬をもらっているとそんな考えすら起きて

来ないと思います。


私が25歳のとき、官僚・教員・医師になった同級生の中でダントツの

給料をもらっていました。当時の私の年収は800万でした。


このレベルですと、会社から相当なミッションが出されても「死ぬまで

やらせて頂きます」と言う感じの社風になっていましたので、教員の

方も推測として、同じような環境下に置くと良いと感じています。 


ちなみに、私の推測では少なくとも同級生の中で一番金持ちになった

のは、高校卒業をして25歳で社長になったT君だと思っています。


東大を出て官僚になると、それなりの報酬をもらうと思いますが一般

企業の上等なところと、中小企業で当たったところには勝てません。


その辺が、一般市民との価値観の明確なズレだと断言します。


医師もそうです。


あれだけやって、当直して年収2000万以下です。どうあがいても

所得税を取られると、実所得は1500万円以下です。 


ちょっと当たった社長は、年収1000万でも車はベンツで何事も経費
です。それを、年収に直すと、3000万円になったりします。決定的な

ところでは、平日にゴルフに行けて当直は若い女と・・・だったりします。 


こう考えると、公務員はどこまで言っても労働者であり、経営者のそれ

とは異質な結果になるんです。


身近にキャリアや医者がいるので、彼らの本音は理解しているつもり

ですが、もっともっと彼らの脳みそを有効に利用する手立てを考えて

行けばもっと国益になると思います。


私の高校入学までの家庭教師は、東大を出て公務員になった従兄と

医学部を出て准教授の医師の従兄の2人なので、彼らとの脳みその

違いは明確な事は知り得ています。 


一旦プログラムすると、コンピューター並みなんです。

あれだけの特技を持って、国益にならなければ宝の持ち腐れです。

その特技の価値を、報酬に置き換え、その基準を間違って私に当て

はめると、テロが起こるかもしれません。


しかし、ここが今の日本の見えない大問題なんです。 


話を元に戻しますが、従って何事も使命感では無理なんです。


その辺りを勘違いせずに、教員の待遇を良くしながら根幹にある問題

の解決を願うばかりです。


学校の問題はすべて教員にある・・・


親がどうあがいても、学校の生徒間の問題に入り込むことは避けるべき

だと思います。


全国で虐めにあっている生徒さんや、そのご家族の方へのメッセージ

ですが、今のところ教員は聖職者ではありません。ですので、先生に

解決を依存せず「やられたらやり返す」勇気をお持ち下さい。


その気構えが、すべての災いを排除すると私は思います。 


その延長線に解決策があるはずです。 


今の社会では、結果として「虐めた生徒」が悪いとする風潮で結果と

してあってはならない方向に進むかもしれません。


ここに何が存在するかと言うと、結果として「誰が悪い」なんです。

最悪なのは「死んでしまって」からここに、この思考を当てはめると

「死ななきゃ解決しない」ってことになる訳です。


ですので、こうなる前に「家族単位」でやり返していたならば、結果と

して勝者になっただけで解決しているはずです。


大津の事件で「いじめた側の生徒の親」はそれなりの地位の人では

ないかと推測します。もし警察が動かなかった理由がそこにあった

ならば、社会として制裁を受けるべきなのかもしれません。


以前、私のマンションに家宅侵入した歯医者の話をしたと思いますが

社長の私と歯医者では、歯医者に軍配が上がり警察は本人が自供

しているにも関わらず、起訴しませんでした。


結果としてその歯医者は再犯を犯し、再び私に逮捕されても結果は

同じ・・・ここは本当にニッポンなのか?と疑問を感じ、当時住んでいた

マンションを出ました。


神の裁きでは、その歯医者は夜逃げだったと後で耳にしました。


結局、学校の問題は「教員」の問題でしかないと私は思います。 











について少し意見します。


実は私も中学生の頃(約30年前)に、ひどいいじめを受けたこと

がありました。


中学生と言うのは、体が大人で心が子供です。

ですので、勢い余ってタバコを吸ってみたり酒を飲んでみたりと

色んな事に興味がある頃です。


しかし、興味があっても高校生に比べると、持った興味を実行

する人は少ないはずです。何故なら、普通は部活動と勉強で

殆どの時間を過ごすはずだからです。


特徴的な事は、中学校までは、親が学校に出向く機会が多く

教員は親がどんな人なのか把握した上で、生徒を総合的に

判断するんだと思います。


私が生まれ育った地域は、山間部の人間を差別する傾向が

強く、親の職業などには関係なく、住んでいるところがそうだと

言って、意味の判らない事をします。


ちなみに、今でもそうです。


私が中学の頃、そう言った理由で先生が率先して私に変な

あだ名を付けた事がきっかけで、大勢が私を虐めるようになって

しまいました。


最終的には、着ている学生服を粉々に切り刻んだり、手加減

無く、私を殴りつけたりと、それはそれはひどいものでした。


いじめが始まったのは、3年生の春頃でしたので、受験にも

大きく影響が出てしまい、試験の成績が悪くないのに目的の

高校に行けない・・・とその先生(担任)が言う始末でした。


今はもう亡くなっている父が、知人の教育委員会の人に相談し

た事がきっかけで、中学に調査が入り大事になりました。

当時の中学の教頭先生が「この事は誰にも言わないように」と

口止めされ、結果的に私は第一志望の高校に進学しました。


この時のことは、今でも忘れません。


当時の私は「高校に入ったら強くなる」と誓い、クラブ活動の

他に、空手の道場にも通い、結果的として、知識武装も完了し

必要以上に強くなった訳です。


私は偶然にも、父やその関係者によって進学すら阻まれていた

状況を打開して貰う事が出来たので救われましたが、大津の

事件では、一番悲惨な結果となった訳です。


私とすべて同じだとは思えませんが、少なくとも中学校で起こる

事件の多くは、教員が起因しているのではないか?と私は考え

います。


社会では、弱い者は弱いなりの結果となります。しかし、学校は

先生によって弱い人間が救われるはずです。


そして、社会であっても結果として強いものが弱いものを助ける

スキームが無いならばこの世はジャングルと同じです。


学校と言う組織は、校長先生を頂点とした組織ですが、ダメな

教員も少なからずいる訳です。ですので、生徒に対する責任の

うち「故意」に近いものはすべて個別の教員が取る仕組みに

変えれば良い訳です。


大津の事件に当てはめると、個別の教員がしでかした事まで

校長が責任を取る仕組みだから、隠す必要が出る訳です。

これだと私でもそうするでしょう。


故意で行った事と、学校や教育委員会の方針で行った事の区別

は付くはずです。


その中でも「故意」と「独断」は違います。


社会では「独断」で進めた結果、良い結果を生む事も少なくないと

思います。ただ「故意」で行った事の多くは行き詰まり、大変な事

になると思います。


従って、私は少なくとも中学校の先生には、そう言うプログラムが

必要だと思います。もし間違って、あの時私が救われなかったら

高校にさえ行けなかったかもしれません。


先生が味方になってくれない学校は、それこそ地獄です。


そして、人生で一番大切な岐路の時期でもあります。


私は、今いじめを受けている生徒にこう言ってあげたい。


「やられたらやり返せ!」と


もしかすると、お叱りをうけるかもしれませんが、自分の身を守る

には、他人に依存してはいけないと言う事です。自分の身は自分

で守ると言う発想が、すべてを解決すると感じます。 


中学生であっても、先生が自分を襲って来たと仮定すれば普通

ではありません。従って、一般社会で行われる「防衛」を行う必要

が出てきます。


その場合「警察」に掛け込むのでは解決しません。


少し時間が掛かりますが「証拠」を取る事です。


現在の録音機器は高性能です。


1週間分の録音をして、元のデータを手元に置いて「弁護士」に

一任すると一番良い結果が得られると思います。


間違っても、示談に応じない事です。


ここで気を付けたい事は、頼む弁護士の選び方です。


理由は明かせませんが、お隣の県の弁護士又は、比較的若い

弁護士に依頼すると良いと感じます。


結論として「いじめに合う」事は神様から「強くなれ」と言われて

いるのだと考えた方が、解決速度は速いと感じます。


誰かが自分を救ってくれる・・・


この発想では社会では生きられません。


自分の身は自分で守る。


やられたらやり返す!


でも、自分から意味無くやらない!


30年前に人生を捨てそうになっていた人間の意見です。


この件で何かお困り事があれば、お気軽にどうぞ。




今、富山に戻って参りました。


今日は色んな意味で、久しぶりに思った通りにならない

1日でした。


最終的に、東海北陸自動車道が途中工事により通行止め

になっていて、思った以上に時間が掛かりました。


まあ、こんな事もある・・・


ひと眠りしたら、悪い事はすべて吹っ飛びます!

おやすみなさい・・・