とも言うべきだろうか?
富山で起こった「焼肉酒屋えびす」事件に、オチがあった。
富山県生活環境課は、えびす事件には取り締まる制度が
無かったとして、県の責任は無かったとした。
との報道があった。
ほぅ~
報道では、2年以上も立ち入り検査をしていなかったと言う
事であるが、取り締まる制度が無かったので落ち度は無い
とするならば、道路交通法のように何かの上限規定(例えば
法定速度)を設けない限り、職務に責任のない仕事とする
以外に説明がつかない。
保険では「免責」と表現するが、要するに責任が無い以上
そこに何も負担が無い事にならないと説明が付かない。
もっと解りやすく言うと、お給料を払う必要があるのか?
と言う事にしかならないであろう。
責任が元々無い=お金を払わない
こう解釈するは私だけだろうか?
大津の事件でもこの考え方が当てはまる。
予想通り、大津市長は事件を認め「和解」を明確にした。
しかし、教育委員会は相当拒んだらしい。
市長の対応が遅いと言う声も聞かれるが、私の考えでは
今のタイミングがベストだと思う。ちょうど、警察の捜査も
始まり、事件の重大性が明確になった。
刑事で動いている以上、民事はもはや意味はない。
と言う考えになる。
いじめについて、私から少し解説したい。
いじめとは、1対複数の理不尽な嫌がらせである。複数
が2人なのか、10人なのかで心のダメージが分かれる。
私の場合は、1対3だった。
普通に考えてほしい。同じ力量の人間の場合、その喧嘩
で勝てるだろうか?
この点を理解してもらえるならば、そこでなされる仕打ちは
どの程度か?は理解できると思います。もしそれが、もっと
多い人数だとしたら・・・
少なくとも、抵抗する勇気は無くなります。
その状況で、助けてくれるはずの教員が笑って見ている。
想像に余りある状況ではないでしょうか?
ちなみに、ここで終わりません。
直接いじめに参加していない生徒も、自分にそのおはちが
回らない様に、絶対にいじめられている生徒に話しかけたり
しないんです。
いかがでしょうか?
自殺した生徒がどの程度落胆したか?
どうして命を絶つ選択をしたのか?
少しは理解して頂けたでしょうか?
私は、今後もいじめは無くならないと思います。もしかすると
もっと悲惨な方向に進むように思えて仕方がありません。
その理由は、教員から自責の念が聞こえて来ないからと
大人社会でいじめは当たり前だからです。
なので私は、高校生や中学生であっても大人社会同様の
対応ができるようになって欲しいのです。
「大人社会のいじめ」とは、セクハラ・パワハラと呼ばれる
ものが一つのモデルです。そして、一番凄いと感じるのは
「大勢での無視」です。
余り多くお伝えできないのですが、昨年私が少し関係する
組織で、同様な問題が起きたことから、勇気を持って私が
組織の決定権者を縛りあげて、排除しましたがそこに至る
過程は悲惨そのものでした。
大人社会では「長いものに巻かれろ」なる諺があるように
少し変だと思っても、自分に被害が無いと見て見ぬふりを
します。
従って大津の事件は、大人の悪さが関係したと言えます。
組織を変えるには、圧倒的な力が無いと逆に自分が被害に
合ってしまいます。
なので、普通の人は「見て見ぬふり」なんです。
私は、直接助けてあげるができない「虐められっ子」の家族
にメッセージを送りたいのです。
そのいじめは、大人社会が原因なのです・・・と
そして、最後の頼みである公務員が「私には責任が無い」と
言うのでは、この国もそろそろ店じまいです。
的が外れているかもしれませんが、この国の指導者たちの
体たらくが、この事件を生んだのかもしれません。
何となく、そう思いました。