ブログにおこしくださり、ありがとうございます。坂本範子です。
24 幸福とは何でしょうか?
幸福とは真我の本性そのものである。
幸福と真我は別のものではない。
世界のいかなるものごとのなかにも幸福はない。
われわれは無知ゆえに、ものごとから幸福を得るものだと思っている。
心が外へでていくと、不幸を体験する。
心の願いがみたされたとき、実は、心は自己本来の場所に戻っており、
真我である幸福を楽しむのである。
同じように、眠りの状態、サマーディ、失神状態、あるいは、
得たいと於¥願っていたものが得られたり、
嫌っていたものが消え去ったりしたときには、
心は内面に向かい、純粋な真我-幸福を楽しむのである。
このように心は休むことなく動き回り、
真我からさ迷い出ては、また戻ってくるということを繰り返している。
木陰は気持ちいいが、外では太陽が焼けつくようだ。
灼熱の太陽の中を歩いてきた人が木陰にたどり着けば涼しいと感じる。
木陰からわざわざ出て猛暑の中を行き、
それからまた木陰にもどってくるのは愚かなことである。
賢い人はずっと木陰にとどまっているだろう。
同じように、真理を知る人の心は、ブラフマンを離れることはできない。
その反対に、無知な人の心は、悲惨を味わいながら世界をさ迷い歩き、
つかの間の幸福を味わうためにブラフマンに戻ってくる。
実際には、世界と呼ばれているものはただの想念にすぎない。
世界が消え去ったとき、
つまり想念が存在しないとき、
心は幸福を体験する。
世界が現れると、不幸を味わうのである。
『あるがままに ラマナ・マハルシの教え』
デーヴィッド・ゴッドマン
福間 巖 訳
ナチュラルスピリット 出版
最後までお読みくださり、ありがとうございました。
坂本範子