郷土を描く~地元を改めて知る
18歳の頃に描いた「六つ閘門」 墨俣犀川にある珍しい水門風雪と光線にさらされて劣化のため剥がれておりました。(倉庫)約40年それを再び 掃除し下塗りから 始まります。話しかわりまして地元の郷土誌をひもとく古くは平安の時代、鎌倉の世でも ここ墨俣は主要な街道すじで東から西につながる重要な宿場でありました。 また長良川や支流もいくつかあり、物流の拠点として多くの物資や人も通過して行き交う場所だったと記録されています。当然のこと 多くのはたご(宿)があり、大名の江戸参勤交代の際には脇本陣に宿泊されたとも伝わっています。その本を読み進みながら 現在の風景から当時の雰囲気を描いてみましたこれは江戸中期の頃をイメージ南は伊勢湾方面から多くの産物が運ばれ、また北へ 北の美濃からは和紙、炭、木材、絹織物、その頃の長良川は当然 そのまま飲めるほどの美しいも ので昭和の初期まで茶会が行われていたと聞きおよびます。 はたごからは三味線の音色が聞こえるかのようです。