1970年リリースのパーラメントのデビュー盤、P-Funk集団の実質的なデビューアルバムでもある。1970年のブラックミュージックシーンはSly & The Family Stoneの全盛期であり、もともとコーラスグループだったパーラメントを率いるジョージ・クリントンはそんなスライのサウンドを知りながら、自身のコンセプトを固めていった。当然クリントンもスライの影響は多分に受けているがこの作品の持つポップでありながらも混沌とした底なしの不気味なパワーは既にスライを上回っているように思える。
まだ後年に確立されるドクターファンケンシュタインの“ファンクは地球を救う”といった壮大な宇宙構想は出来てはいないが、バラエティに富んだ各曲の曲調やユニークさはすべての音楽を取り入れてオリジナルのファンクを作っていこうとする精神を感じさせる。
ファンカデリックのようなサイケデリックロックあり、ヨーデル風の奇妙なゴスペルあり、カントリー風、クラシック風と非常にユニークでバラエティに富んだ構成となっており、クリントンの変態的な音楽ポリシーは既にこの時点にも表れている。モータウンの体制に反発して離反したHolland-Dozier-Hollandの設立したInvictusレコードからリリースされたというのも興味深い。ブラックミュージックに留まらず積極的にロックやポップなレコードもリリースされていたノーザンソウル系のレーベルではあるが、それでも当時のInvistusのカタログの中ではパーラメントはかなり異色な存在として目立っている。
演奏はオリジナルパーラメントのボーカルを中心に、初期ファンカデリックが参加。次第にクールなファンクサウンドが確立され、パーラメント名義の作品ではあまり聴くことができなくなるエディ・ヘイゼル、バーニー・ウォーレルの火を噴くような演奏も目立つ。同じInvictus所属の白人女性シンガー、ルースコープランドも参加している。(彼女のアルバムにはファンカデリックが全面的に参加している)
結局インヴィクタスでリリースされたパーラメントのアルバムはこの1枚のみ。その後契約したカサブランカでリリースされた1974年の“Up From The Downstoroke”ではぐっと成長してタイトになったファンクを聴かせてくれる。このInvictusでのデビューアルバムはその後アメーバ的に広がるP-Funkの音楽ポリシーの原点となった作品である








