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NOTRE MUSIQUE

Elle est retrouvee.
Quoi? - L'Eternitee.
C'est la mer alleee
Avec le soleil.

John ColtraneJohn Coltraneの1967年のアルバム。
このアルバムはコルトレーンの数あるアルバムでもあまり知られていないアルバムで、晩年最後から数えて2作目にあたる作品。参加メンバーはコルトレーン(Sax)とRashied Ali(Dr)の2人のみ。ピアノやベースすらいないので、トーナリティやコードといったものはまったく存在しない。
各曲には“Mars(火星)”“Jupiter(木星)”など惑星の名前が付けられておりすべて鈴の音から始まる。コルトレーンはただひたすら高速なフレーズを圧倒的なパワーで激しく吹きまくり、アルペジオやモーダルなフレーズ、フラジオによる過激なトーン等持っている技術を駆使してガンガン叩き付けて来る。一方ドラムのアリも一定のパターンで叩くようなことは一切なく、終始不規則不均等なドラミングに徹していて、一聴するとかなりデタラメな演奏に聴こえる。
ビバップ、ハードバップ、モードと当時のJazzの流れに従いスタイルを変えてきたコルトレーンだが、“Giant Step”でコード理論による即興演奏の極限まで挑戦する。マイルスがあくまで商業的な成功にこだわりクールなサウンドを求める姿勢を貫いたのに対し、その後のコルトレーンはただひたすら馬鹿がつくほど真面目に自分の音楽を追求し、ある種宗教がかったフリージャズに傾斜していく。この作品ではタイトルどおり“Interstellar Space”つまり彼の音楽的世界観は宇宙にまで飛んでいってしまったのである。結果的にアーティストとしても自我を優先し商業的な成功からは遠ざかっていく。
この1967年はマイルスの黄金のクインテットの全盛期であり、ビートルズが“Sgt Pepper's Lonely Hearts Club Band”をリリースし、ロックやポップミュージックの大きな転換期でもあった年。そんなシーンの状況の中でひとり宇宙にまで来てしまったコルトレーンにはもう神の園へ昇天するしかなくなってしまったのであろう。コルトレーンはこの年に遺作となった“Expressions”を録音し死んでしまう。
この作品からはそんなコルトレーンの孤独で悲痛な叫びが伝わってくる。
Def Tech今年2005年の5月にリリースされたDef Techの2ndミニアルバム。
日頃お世話になっているパン屋さんから薦められたアルバム。前作であるデビューミニアルバムの“Def Tech”は、なんと100万枚を突破し、インディーズでありながらこの夏という季節にのって今かなり注目を集めているユニットらしい。
Def Techは東京出身のMicroとハワイ・オアフ島出身のShenの二人組みのボーカルユニットで、2001年にお互いの声に惹かれあって結成。彼らは自分たちの音楽を“Jawaiian Raggae”と呼んでいる。“Jawaiian”とはハワイの言葉で、JapanとHawaiiそしてJamaicaを合わせた言葉ということだ。またDef Techの名前の由来はテクニックをひけらかさないというところから来ているらしい。
サウンドは“Jawaiian Raggae”のとおり陽気で爽やかなレゲエサウンドにジャパニーズHipHopがブレンドされたような音で、ふたりの音楽性が最も良いかたちで融合している。レゲエやHipHopといったリズム主体の音楽スタイルでありながら、歌心(メロディー)を大切にしたサウンドでミニアルバムであるがヒット曲以外のどの曲も完成度は高く、新鮮で瑞々しい躍動感に溢れている。自然体の心地良いリズムが聴いていて爽やかにしてくれる。
今回のミニアルバムは前作からわずか1年弱のインターバルで発売された。インディーズでありながら1stミニアルバムの首位獲得を受けて製作されており、BENNIE KのYuki、Jesse(RIZE)、Charら強力なゲストも参加しているとおり、シーンの注目度は非常に高い。既に発売2ヶ月でインディーズ・アルバムの初動売上記録を6年ぶりに更新したようだ。
こういうワールドワイドな音楽性を持つユニットが現れて、インディーズでありながらヒットチャートに出てくると、レゲエやHipHopという音楽がこの日本でも決してマイノリティな音楽ではなく大衆音楽として認知されていることを強く実感する。メジャーレコード会社と契約する日も近いとは思うが、今後も自分たちの音楽を貫き続けてほしいと思う。
Bob Marley今日は渋谷Club AsiaにてSteph Pocketsのライブを見てきました。
ライブの感想がてらStephのアルバムの話をと思いましたが、彼女の2枚のアルバムについては以前書いてしまっているので、定番ではありますが、レゲエ史上最大の功労者でもあり彼女の父でもあるボブ・マーリーについて書きます。

これはBob Marley & The Wailersの1973年の海外進出初のアルバム。
このボブ・マーリー率いるウェイラーズは60年代にジャマイカでコーラスグループとして活動を始める。バニー・ウェイラーとピーター・トッシュにボブ・マーリーという個性の強いメンバーの集まったグループであったが、1973年にバニーとピーターはそれぞれソロとしての活動を始めるために脱退、それとほぼ同時にバックバンドとしてジャマイカでも人気と実力のあったアップセッターズを獲得して、コーラスグループからバンドへと転身することになる。
このアルバムはそんなバンドの転換期でもある72年にイギリスのアイランドレコードからリリースされたウェイラーズの海外進出の第一弾アルバム。メンバー間の確執などもあり、主要メンバーのバニーとピーターが脱退する直前の不安定な時期のアルバムではあるが、ここに収録された“Concrete Jungle”をはじめとする各曲のインパクトと完成度の高さは並外れたものがある。発売当時、イギリスを始めとした全世界で、一般リスナーからミュージシャンにまで多大な影響を及ぼすことになるのである。
このデビュー盤はジャマイカの音楽であったレゲエを世界のロックファンに知らしめた記念すべきレコードと言いたいところだが、実際にはこの異国の音楽はすぐには売れずジワジワと人気を集める。具体的には次作である“Burnin”に収録された“I Shot The Sheriff”をエリック・クラプトンがカバーし大ヒットさせたり、ローリングストーンズがピーター・トッシュとコラボレートするなど、イギリスのロックアーティストというフィルターを経由しながらボブマーリー、そしてレゲエの存在はポップシーンの中でも確固たる地位を獲得することになるのである。
サウンド的にはR&Bの2拍目、4拍目を強調したビートが特徴ではあるが、ボブ・マーリーの圧倒的なカリスマ性・存在感はこのデビューアルバムから際立っている。そしてロックっぽさの強いバックバンドの演奏にのせて歌われるカーティスメイフィールドのようなメッセージ性の強い歌詞は全世界に衝撃を与えた。70年代前半というロック史においてもひとつの大きな盛り上がりを見せた充実期の中で、この異国の音楽はロックにも大きな影響を与えたのである。
もともとジャマイカという狭い地域のワールドミュージック(民族音楽)のひとつでしかなかったレゲエだが、このウェイラーズの成功により音楽シーンの一ジャンルにまで成長する。その後“ロックステディ”や“ダブ”といったレゲエをベースにした多様な音楽スタイルが派生しているが、ウェイラーズは“ルーツレゲエ”として今でもあらゆるジャンルのアーティストたちから崇拝されている。

もともとレゲエの背景にはスペインやイギリスに支配されてきたジャマイカの暗い歴史や長い間消えることがなかった奴隷制度など、歴史的な背景を抜きには語ることができない。そういった意味では極めてブルースに近いルーツのある音楽ではあるが、なぜかこの日本ではずっと夏に聴くリゾートミュージックのイメージで認知されてきた。
今日見てきたSteph Pocketsを単純にレゲエとは括ることはできないが、今日のSteph Pocketsのライブとそこに集まったオーディエンスの反応を見てレゲエという音楽スタイル(もちろんHipHopは言うまでもなく)がここ日本でもひとつの音楽ジャンルとしての地位を獲得していることを強く感じさせられた。
DCPRG1999年に菊地成孔を中心に結成されたDate Course Pentagon Royal Garden(以下DCPRG)の2003年リリースのライブ盤。
このDCPRGはメンバー総勢11名(key、ギター×2、ドラム×2、sax、per等)からなる大所帯ジャズファンクバンド。ファンクをベースにJazz的なアドリブや現代音楽的やアフロキューバンなどのエッセンスを取り込んだアブストラクティブなサウンドを聴かせるバンドである。
菊地氏が語っているようにイメージとしては70年代のエレクトリックマイルスを現代的な手法で再現しているバンドである。メンバー全員が異なったリズムで演奏し、ポリリズムにより混沌としたサウンドを作り出している。
このアルバムの1枚目はすべて“Catch22”という曲のバリエーション。演奏するたびにテンポや曲調を変えるという曲で、ライブならではのダイナミックなバリエーションを堪能することができる。
2枚目はこの頃のDCPRGの定番曲で、それぞれ別のライブからベストテイクが厳選されている。注目は御大マイルスのカバー“Spanish Key ”(オリジナルはマイルス1969年の“Bitche's Brew”収録)と菊地雅章氏の“Circle/Line”(オリジナルは1981年の名盤“SUSUTO”収録)どちらもこのバンドの方向性に沿ったやるべくしてやったと言えるカバーである。
個々の演奏者のレベル、オリジナルのリズムを壊さず現代風なアレンジが施されていたりとただのカバーには終わっていないのは評価できるが、オリジナルを聴きこんだ耳には物足りなさが残る。“Spanish Key”の例のキメのあとに数小節だけダンスビートになるアレンジあたりはナイスなアイデアだが、根本的にオリジナルのドラッグの匂いのするあの混沌とこのDCPRGの混沌はかなり異質のものである。マイルスのオリジナルではダラダラと混沌としたアドリブが繰り広げられる中で、突然この曲のテーマともいえるドミナントモーションのような分かりやすいキメが起こり、また混沌としたポリリズムが続けられる。このバージョンでもこの構成は再現されギリギリのところで同レベルの緊張感は保たれてはいるが、この曲本来の魅力である不気味さ、ブラックネスといった要素があまり感じられない。このあたりは時代背景的な要素が強く、仮にマイルスが生きていたとしてももう再現は不可能なのかもしれない。また実際にライブ会場で生で聴くと違った感触が得られる可能性も期待できる。
“Circle/Line”については個人的にはこの7/8拍子の難解な曲をカバーしただけでも評価したいが、やはりオリジナルの持つグルーヴには到底及ばない。仮に菊地雅章氏がいまこの“Circle/Line”をセルフカバーするとしたらどんな演奏をするのだろうか。
結論としてあまりDCPRGについて褒める文章にはならなかったが、この躍動感溢れるサウンドは現在の日本人だけのバンドで可能な最上級の演奏だと言えるだろう。このアルバムはDCPRGの第1期の総決算とも言える内容で、この後DCRPGはさらに現代音楽的な要素を強め、よりダンサブルでパンキッシュな音楽へと方向性を向けるようになる。
このアルバムを聴かれた方にはぜひマイルスと菊地雅章氏のオリジナルも聴いてもらいたい。
Franz Ferdinand昨年2004年にデビューしたFranz Ferdinandの1stアルバム。
このFranz Ferdinandはスコットランドのグラスゴー出身の4人組。メンバーはアートスクール出身で、バンド名の由来はどういう意味で付けたのかは不明だがサラエボ事件で暗殺された皇太子の名前だそうだ。
彼らのサウンドは、ダンスミュージックのような踊れるビートにわかりやすくキャッチーでポップなメロディーがのっているのが特徴。全体のサウンド部分は60年代のビートロックバンド、リズム的な部分では80年代のニューウェーブの影響を強く感じさせるバンドである。ボーカルからは初期ロキシーミュージックのブライアン・フェリーを思い出させるようなデカダンでグラマーな印象を受ける。
今の時代に、60年代ロックやニューウェーブサウンドをやっているという表現は決して褒め言葉に聴こえないが、彼らはそんなニューウェーブやマージンビートからの影響を自己流に消化している。もともとアートスクール出身でアートロックをやっていた過去からも今のサウンドに至るまでの長い過程が想像できる。
このデビューアルバムはそうした彼らのハイセンスな音楽志向とポップで良質な曲、そして全体のアレンジのバランスが凄くうまく取れていて、過去の音楽からの影響を肯定しながらも決して懐古的なロックにはなっていない。これはもはやギターポップとしての新しいスタイルと言えるだろう。ヒップホップの要素を取り入れたパンクサウンドが全盛の今の時代の中で、懐かしさを感じさせてくれながらもそれを新鮮なスタイルとして感じさせるところに彼らの一番のセンスが光っている。
彼らはライブのときには全員がヴェルサーチの服を衣装と決めているらしい。そんな彼らのアーティスティックは拘りはこの黒背景にクリーム色とオレンジを使ったバンド名だけというシンプルなアルバムジャケット、そしてサウンドの随所に表れている。
このFranz Ferdinand、私は恥ずかしながら最近になって知ったのだが、イギリスはもちろんアメリカ、そして日本でもフジロックで注目され人気を集めているそうだ。2000年代のロック、今後もこうしたハイセンスな新人がまだまだ出てくるのだろう。
LH&RLambert, Hendricks & Rossの1959年のアルバムで、正式タイトルは“The Hottest New Group in Jazz ”(タイトルに全て入らなかった)
今ではその後の“Sing Ellington”と“High Flying with The Ike Issacs Trio”と3つのアルバムがセットになった2枚組のCDとして入手しやすい。
このLambert, Hendricks & Ross(以下RH&R)はその名前の通り1957年に結成された、Dave Lambert、Jon Hendricks、Annie Rossの3名からからなるボーカル・グループ。
もともとDave LambertとJon Hendricksはカウント・ベイシーのサウンドをコーラスで再現したいという動機で、Annie Rossを誘い3人でグループを結成。ベイシーの他にもデュークエリントンなど多くのジャズナンバーを取り上げている。
彼らのスタイルはそういった作品をテーマからソロパートに至るまですべて歌詞をのせてコーラスで歌ってしまうというスタイル。その後登場するニューヨークボイセズやマンハッタントランスファーに通じるボーカリーズというスタイルを築き上げた。当時はその斬新さと完コピされたソロパートの見事さで技巧派のイメージが強かった彼らだが、今となってはマンハッタントランスファーなんかに比べるとハーモニーやリズムなど全体的に不安定な部分も目立つ。
このLH&Rの良さはそんな技術的な部分ではなくて、白人男性、黒人女性、白人女性による声質のまったく異なった3人の個性的なハーモニー、そして男性二人に混じるアニーロスのチャーミングさにある。そして何より彼らの音楽に対する真摯な情熱とマニアックな探究心ではないかと思う。ソロパートまでボーカルで再現するなんて発想はよほどその音楽が好きではないとやる気にならないだろう。そして3人とも実に楽しみながら歌を歌っているのが手に取るように感じられる。ジャズ、特にビバップは理論上難しい音楽ではあるが、LH&Rはジャズの本来の楽しさを伝えてくれる。聴く人の心をハッピーにしてくれる音楽である。
Michel Legrandミシェル・ルグランの1955年のヒット作“I Love Paris”。
現在では後年になってステレオ化されたものがCDとして入手できる。
このアルバムはミシェル・ルグラン50年代に数多く作った世界各国の観光地めぐりを音楽で実現させるという企画で一番ヒットしたものである。
この頃のルグランはまだ“ロシュフォールの恋人たち”や“シェルブールの雨傘”がヒットする前で、まだあの常識を覆すような大胆で斬新なアレンジはないが、彼のスタイル自体は既に完成されていて、彼ならでは独特で華麗なアレンジはここでも光っている。
このアルバムはフランス人であるルグランがパリを表現したものであるが、作品のテーマは日本を始め世界が憧れた古き良きフランス(パリ)のイメージの具現化である。つまり当時のリアルなパリというよりも他国のファンが憧れているようなエッフェル塔、ワイン、クロワッサンとカフェオレなど世界有数のお洒落な街であるパリのイメージを音楽で表現している。
実際のイメージを誇張するかのように作られてはいるが、ルグランの上品で華麗なアレンジには決してわざとらしさがない。“枯葉”や“ラヴィアンローズ”などのスタンダードも演奏され、最初の録音から50年経った今でもこのアルバムの品位とエスプリ感は衰えてはいない。
所詮は外国向けに作られたアルバムであり、Jazzというよりイージーリスニングに近いサウンドではあるが、私はこのアルバムが大好きでいまだにかなりの頻度で聴いている。自国であるフランスを外国という視点を経由することにより、ここまでクールに華麗にパリを表現できたルグランの才能には聴くたびに驚かせれる。
ちなみに上のジャケット写真は昔のオリジナルのほうのジャケット。残念ながら今入手できるCDのジャケットはエッフェル塔を使ったややわざとらしさがあるジャケットに変わってしまっている。おそらくオリジナルのアナログ盤はとんでもない高値で取引されていたように思う。
Joao GilbertoJoao Gilbertoの2000年のアルバム。
約10年ぶりのスタジオ盤でプロデュースはカエターノ・ヴェローゾが担当している。邦題は“声とギター”というタイトルが付けられており、その名のとおりジョアンのギターとボーカルのみという限りなくシンプルな構成。カエターノのアレンジも凝ったことは全くしておらず、ただひたすらジョアンの生の声を聴かせることだけを考えて作られている。
当初ジョアンは廃盤となってしまった58年から61年までの楽曲で一枚のアルバムを制作する事を考えていたそうだが、カエターノの意見で古い曲は2曲のみで、カエターノ作曲の“Cora Ao Vagabundo”他新しい曲を含めて短いながらも無駄のない充実した選曲となっている。カエターノの曲はクセが強いがジョビンが歌うと完全に彼の色に染まっている。
アルバム全体の収録時間はわずか30数分と昨今のアルバムとしては非常に短いアルバム。そしてこの30数分にジョアンのすべてとカエターノのセンスが凝縮されている。弾き語りではあるが密度が濃く、フルバンドによる1時間超のフルアルバムと同じくらいのボリュームを感じさせてくれる。
ボサノヴァというと昨今のカフェブームなどでおしゃれ音楽のイメージが強いが、このアルバムはそんなあたりさわりのない大衆性とは無縁の世界。静を重んじた禅の世界にも通じる潔く哀愁の漂う音楽である。爪弾いたギターにボソボソと優しく語りかけるようなジョアンの内省的な歌声が臨場感たっぷりに響いてくる。
ジャケットの女性が口に人差し指をあてているように、このアルバムには能書きや解説などの言葉はいらない。黙って聴くしかないということであろう。ボサノヴァの生きる伝説となったジョアンの凄さを100%堪能できる傑作である。
Miles Ahead1957年のマイルスのColumbiaレコードでの第1弾アルバムで、1949年の“Birth of the Cool”以来親交の厚かったギル・エバンスとのコラボレーションアルバム。
コロンビアのプロデューサーのジョージ・アヴァキャンはマイルスのレコードを出すにあたって、これまでになかったマイルス・バンドをアピールしようと考え、よりポップな方向性でマイルスを売り出すことを提案する。マイルスもギルのアレンジであればとその提案を承諾し、このアルバムが完成された。
このアルバムは、1曲通しで演奏されたテイクは少なくほとんどがパート単位で録音されたものを巧みな編集処理によって繋ぎ合わせるという当時のJazzにしては珍しい録音方式がとられている。マイルスの数多いアルバムの中でも聴きやすさとという点ではかなり上位にくるアルバムではあるが、実際にはギルによる職人芸ともいうべき複雑な編集がされている。マイルスとギルはレコードにするにあたって全曲を通し演奏とすることを考えており、CD化にあたってこれまでのアナログでA面とB面に分断されてしまっていた曲間が埋められている。
常に自分の音楽を貫くことを信条としていたマイルスではあるが、このアルバムはそんなレコード会社の商業的意向が強く反映されている。しかし単なるコマーシャリズムにのるのではなく、結果として最高のイージーリスニング的なJazzアルバムとなっていて、完成度は非常に高い。
ジャケットについてはこの白人女性を使ったジャケットはマイルスに無断でコロンビアが作成したもので、マイルスが反対し後にマイルスの写真を使ったジャケットに差し替えられている。現在は国内盤のCDではこちらが、海外盤ではマイルスの写真のジャケットが使われている。世俗的な安っぽさを嫌う当時のマイルスらしい主張ではあるが、サウンド的にはレコード会社が採用したこのヨットにのる白人の美しいジャケット写真のほうがよく合っている。
サウンド的には“Birth Of The Cool”では9人だったのが19人の大編成になってはいるが、サウンドは非常に軽く、マイルスによるフューゲルホルンの音色とギルエバンスによる明るく爽やかなアレンジが見事に融合し、ジャズの持つ暗いイメージと閉塞感を払拭している。ジャズというとなにかと夜のイメージの強い音楽ではあるが、このアルバムは真夏の昼間に聴く清涼剤にもなりえるアルバムといえる。
ASIAN KUNG-FU GENERATION2003年シングル“君という花”がヒットし、デビューアルバム“君繋ファイブエム”に続いて発表されたアジアンカンフージェネレーション2004年の2ndアルバム。
先行シングルとして発売された“サイレン”“ループ&ループ”“リライト”“君の街まで”の4曲を収録した全12曲。
ギターリフを中心とした直球王道ロックサウンドではあるが、16分のダンスビートを取り入れたり、随所にユニークなアイデアを反映させた力強いサウンドと叩きつけるような歌詞が印象的なバンド。いろんな音楽を柔軟な姿勢で吸収しており、数多くいる邦楽バンドの中でも独自のサウンドとビジョンをしっかり持っているバンドのようだ。
この作品は前作のデビューアルバムからわずか1年のインターバルで作られているが、決して作品のクオリティは落ちてはいない。むしろデビューアルバムで提示された破天荒で荒削りな彼らのサウンドはこの2枚目で確立されたと言えるだろう。
一聴すると典型的なラウドなロックサウンドではあるが、曲(メロディー)の良さとアレンジの多様性でロックファン意外にも十分アピールする力があるし、それを彼ら自身が自覚的にやっている節すら見受けられる。このアルバムでサウンドクリエーターとしても成長し、自己批評性も獲得したようだ。ネガティブとポジティブが混在しているサウンドだが、決して混沌とした音世界には陥っておらず、全体から受ける印象は肯定的なパワーに溢れている。
これまでのバンドの歩みからしても今は彼ら自身の旬な時期、そして今の邦楽全体の中でも旬なバンドなのだろう。彼らの歌詞の表現方法やサウンド含めて、もはや邦楽ロックは海外のロックの物真似ではない。ひとつの表現スタイルとしての音楽ジャンルのひとつのポシジョンを獲得している。彼らのようなタフで新しい感覚を持った新世代アーティストの成長を期待したい