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NOTRE MUSIQUE

Elle est retrouvee.
Quoi? - L'Eternitee.
C'est la mer alleee
Avec le soleil.

Kahimi Karieカヒミカリィの2003年のアルバム。
通算4枚目のアルバムで、レコード会社を移籍後初のアルバム。これまで同様カトリーヌとの共作の他にJazzや現代音楽を取り入れた意欲作である。ジャズテイストの強い曲は菊地成孔がプロデュースしている。これまでフレンチポップを独特なウイスパーボイスで歌ってきた彼女ではあるが、この作品ではそのフランス観やサウンド観を全てオープンにし、内面的で私的な世界を叙情的に表現している。彼女の内面にある夢の世界をテーマにしたコンセプトアルバムで、フレンチポップな要素やアバンギャルドなジャズ、ミュージックコンクリート的な日常的な雑音まで含まれており完成度は驚くほど高い。動と静の対比、躍動するリズムと生活音、アバンギャルドなノイズと整合性のあるジャズを同胞する不思議な世界を描いている。
もとは90年代の渋谷系ブームの中で現れたカヒミであるが、パリに移り住み着実に感性を磨き、決してフレンチの物真似に終わらないオリジナリティと他の邦楽とは一線を画すクオリティを身に着けた。全体的なコンセプトや音楽的な感触はブリジット・フォンティーヌの名作“ラジオのように”を彷彿させるが、これは明らかに彼女自身のオリジナルだと言える。彼女のこれまでのキャリアを総括するかのような充実した作品である。
カヒミはこの作品で、自分自身のサウンドの持つあらゆる要素を再構築することに成功している。また日本人でありながらミュージックコンクリートとフランス語の相性の良さを証明するという偉業を成し遂げた。その姿勢はフランス人でありながらあえて日本を経由させ、日本人の持つフランス贔屓を上手く利用したClementineとは対象的であり、控えめに表現してカヒミの音楽はクレモンティーヌの数十倍はフランス度が高い。
Fela & Africa 70Fela Kuti率いるFela&Africa70の1977年のアルバム。
フェラ・クティはナイジェリア出身のアーティストで伝統的なアフリカ音楽とジャズ、レゲエ、ファンクなどのそこから派生した音楽を融合させ、アフロビートと名づけたワールドミュージックの巨人である。自らBlack Presidentと称し、黒人解放運動や公民権運動を支持する一方で、James Brownらとも親交を持ち、ファンク色の強いFela&Africa70を結成。アメリカのファンクミュージックに触発されながら自分のアフロビートを確立していく。
彼の歌う歌詞はナイジェリアの非民主的で腐敗した政府たちを罵り、捻じ曲げられた信念の下の政治を支持する一部の裕福なナイジェリア国民・ナイジェリア政府に対する抵抗をテーマにしたメッセージ色の強いものである。国家権力に自己の音楽表現を通じて立ち向かったその姿勢はナイジェリアの市民の希望の糧となり絶大な支持を受けた。
そのため、政府からの激しい弾圧を受けることになる。軍隊に母を殺され、数回におよぶでっち上げ逮捕と投獄と辛いことが続くが、27人の妻との合同結婚式を行うなど彼のバイタリティとエネルギーは決して衰えない。
このアルバムはそのフェラ・クティの音楽活動が一番充実していた頃の録音で、70年代の彼の最高傑作として人気のある名盤である。彼の音楽はワールドミュージックにカテゴライズされるが、本質的には紛れもないファンクである。その後も1997年にエイズでこの世を去るまで政治運動を続け、音楽的にも世界へ波及し多くのミュージシャンに影響を与え、絶大な指示を集めた。その功績はBob Marleyに匹敵するであろう。
日本でも今年になって彼の残した全26タイトルが再発されている。彼の音楽の持つ悪への憎悪とそれに向かう不屈の闘志は死してもなお健在である。
Jethro TullJethro Tullの1973年リリースの6枚目のアルバム。
ジェスロ・タルは1968年にイアン・アンダーソンを中心に結成されたイギリスのバンド。イアン・アンダーソンのワンマンバンドのため、現在まで何度もメンバーチェンジを繰り返しながら活動を続けている。
音楽的にもイアン・アンダーソンの多彩な才能によるところが大きく、パントマイムを導入した演劇的なステージングを始め独特な歌唱法やフラミンゴ奏法と呼ばれた片足でフルートを吹くスタイルは非常に印象的で、評価を受けた。
このアルバムは、前作“Thick As Brick”に続いて製作されたコンセプトアルバムで、組曲形式で大きく“A Passion Play”のPart1とPart2に分けられている。タイトルはキリスト教の受難劇を表しており、発売時には賛否両論を巻き起こした。文学的な寓話をテーマにした難解なコンセプトアルバムで、プログレッシブロックのスタイルとサイケデリックな要素、イギリスの伝統的なフォークミュージックと新しいロックを融合したそのスタイルは斬新かつ、非常に質の高いものであった。
なお、本作は近年enhanced CDとして“Story of the Hare Who Lost His Spectacles ”の映像が追加収録されて再発されている。イアン・アンダーソンがいかに本作について思い入れがあり、新しいメディアに対する貪欲な姿勢もまだ健在であることを証明している。
ジェスロ・タルは単に音楽的な構成など表面的な部分だけではなく、音の概念やコンセプトなどを広げて実験的な試みを行うという極めて本質的にプログレッシブにあり続けようとした。そしてそれそれのテーマに向かってあくまで自分なりの解釈を表現していく手法は群を抜いている。本作はそんなイアン・アンダーソンの作ったアルバムの中でも最高傑作とも言えるほど質の高いアルバムである。
Alfred Reed現代の吹奏楽の最高権威であり、“博士”と呼ばれたAlfred Reedが9月17日、臓器不全のため米国フロリダ州で死去したとのニュースが入ってきた。おそらく吹奏楽という音楽体系になにかしらの思い入れがない人以外は聴くことは少ないし、知名度も極めて局地的なものである感は否めない。
吹奏楽の作曲家の中では最も傑出した存在で、“The Hounds of Spring”“Armenian Dances”といった名曲の数々を生み出し、作曲だけではなく自ら指揮をとり吹奏楽という閉鎖的な音楽に希望を持たせ、シーンに絶大な影響を与え続けた。近年では指導者として贔屓目で見ていた日本をはじめ世界各国を旅しながら後進の育成に情熱を傾けていたとのことである。
このアルバムは彼の生涯の中でも最高傑作のひとつである“Armenian Dances”のバリエーションを中心としたアルバム。アルメニア地方の舞曲を題材にし、エキゾチックな戦慄と華麗で躍動感溢れるリズムを弦楽器を使わず管楽器とパーカッションだけで描き切った名作といえる。調べたところ吹奏楽のオリジナル曲の人気ランキングでは2位に大差をつけての1位に選ばれたらしい。
彼の作品は音楽的な水準が高いの言うまでもなく、構成や主題の整合性も見事である。凝ったアレンジで難易度の高い曲も多いが、どの曲も親しみやすく良い意味でキャッチーな曲ばかりである。彼の音楽に対する情熱や愛情は死しても波及し続ける。
Terence Trent D'ArbyTerence Trent D'Arbyのデビューアルバムで1987年の作品。(正式タイトルは“Introducing the Hardline According to Terence Trent D'Arby ”)
Terence Trent D'Arby(以下TTD)は混血のアメリカ人であるが、自国ではなくイギリスでこのアルバムでデビューしている。イギリスと言ってもまだAcid JazzなどのUK産ジャズファンクといったサウンドが生まれる以前の話。当時のシーンの中にオリジナリティー溢れる突出したサウンドを作り出し、このアルバムは全世界で絶賛された。
音楽的には古典的とも言えるR&Bを基調にしたものであるが、彼の中性的な美声とゴスペルをベースにしたクールなシャウトはこれまでのR&Bにはなかった斬新なスタイルであった。また作曲でも才能を発揮し、ブラックミュージックでありながらも色彩豊かなポップ感漂う曲が多い。当時のインタビューで、実はゴスペルが大嫌いでジャーニーが大好きだと発言していたのが非常に印象的で、いまでも記憶に残っている。ゴスペル嫌いでジャーニー好きの黒人(正確には混血)なんて、と軽薄に感じるがこの時の彼のサウンドは決して一過性の軽薄なサウンドではなかった。
その後のTTDは第3作目の“Symphony Or Damn”で自己の音楽性を完成させたが、次第にミクスチャーロックの流行に流されオリジナリティを失ってしまう。そして約15年ほどのインターバルを経てSananda Maitreyaという名前に改名して久々にアルバムをリリースしたが、残念ながらもうかつてのキラキラするような天才的な冴えは感じられない凡庸な作品でしかなかった。
このデビューアルバムは、古典的なゴスペルやR&BサウンドとTTDの持つポップな感性が融合し、最も上質な形で表れた作品といえる。なお、本作でTTDはグラミー賞の最優秀男性R&Bヴォーカリスト賞を受賞している。
Ozawa Kenji小沢健二の4枚目のアルバム。2002年リリースで現在のところ最新作である。
前作の“球体の奏でる音楽”から5年というインターバルを経てニューヨークで録音された作品。サウンド的には低音のきいたベースラインに小沢と女性コーラスがのっており、R&BとAORの中間のような音作りがされている。サウンドは極めてタイトでリズムにもアレンジにも無駄がなく、小沢のボーカルも以前に比べると意識的にクールな声質に変化させている。
小沢健二はフリッパーズ時代から一環して子供である小沢健二に徹してきた。東大出身でIQの高い頭脳を持つ彼は、デビュー当初からそういったキャリアをあえて逆手にとって、意識的に無邪気に弾ける自分を演じている。メディアに大きく露出した“Life”はその子供としての小沢健二で、Jackson5やLittle Stevieにも通じるR&Bの最高傑作と言える。その後ジャズアルバムを出したりと、彼の中でも大人の小沢健二のスタイルを見つけようと試みを繰り返している。そして本作は小沢健二の中で、そんな観念性としての大人の自分を作ろうとした結論とも言える。
タイトルの“Eclectic”は折衷主義という意味である。ここでいう折衷とは、過去のシングルヒットと現在のNYでの制作活動との折衷、R&BとAORとの折衷、アッパーなサウンドとクールなサウンドの折衷であり、彼の中での子供と大人の折衷とも取れる。それはオリジナルの新曲の中に、あえて過去の名曲“今夜はブギーバック”を取り上げ、新曲“あの大きな心”に繋げたことにも如実に表れている。
しばらくシーンから姿を消していた彼は、大人になることよりも、大人と子供の折衷という形を客観視して表現することを選んだ。90年代の渋谷系ミュージシャンが成長して、それぞれのスタイルを確立していく中で、彼のポジションはいまだに定まらない。そしてそれが小沢健二の魅力ともなっている。
On The CornerMiles Davisの1972年の問題作。
エレクトリックマイルスを代表する名盤であると同時に発売当時ジャズ愛好家を中心になにかと物議を醸した作品。
“Bitche's Brew”以降模索し続けてきたマイルスの広義でのブラックミュージック、アフリカンポリリズムを追求してきた到達点とも言えるアルバムである。メンバーはDave Liebman(sax),Carlos Garnett(sax),Bennie Maupin(bcl),Chick Corea(key),Herbie hancock(synth&elp),Harold williams(org&synth),John McLaughlin(gt),Michael Henderson(b),Al Foster(ds),Jack Dejohnette(ds),Billy Hert(ds)という強力なメンバー編成にバダル・ロイのタブラ他シタールなどインド系ミュージシャンが多数参加している。なお“Bitchs Brew”からのメンバーとこれ以後“Agharta”までともにするメンバーが重複しており、メンバー編成的にもエレクトリック・マイルスの集大成とも言える。
収録曲のクレジットは全8曲となっているが、実際には1曲目から4曲目までは同じ曲を便宜的に4つのタイトルにわけたもので、CDではインデックスがつくがアナログではそのまま1曲としてしか認識できない。それに“Black Satin”のVersion違いが4パターン収録(それぞれ曲名は違っている)という現代的な解釈ではアルバムというよりMaxi Singleに近い。マイルスはこの当時、スライやJBといったファンクサウンドに惹かれていく一方で、カールハインツ・シュトックハウゼンの現代音楽にも惹かれていたようだ。このあたりのトータル的なコンセプトやアルバム構造はシュトックハウゼンからの影響が強い。
アルバム冒頭の最初からして唐突に一拍目の8部音符の裏拍から入るという、複雑な構成がされていて、決して踊るための音楽とは言えない。タブラの音色が響く中をリーブマンとカルロスガーネットのサックスが浮遊し、ギターとドラムでポリリズムをたたき出す。シタールなどインドの楽器を使ってはいるが、リズムはアフリカン・ポリリズムを基調としたアフロ・ファンクである。
この時代のマイルスの音楽の作り方は、ひたすらジャムを繰り返したものを録音し、それをテオマセロが編集して商品化(アルバム化)するというスタイル。
そしてマイルスのアルバムではあるが、トランペッターとしてのマイルスの露出は極めて少ない。スタジオで怖い顔しているだけで、メンバー全員が出すサウンドをマイルスのサウンドに変えてしまう魔力を持っている。抑圧することによりメンバーの能力を最大限に引き出すというマイルスにしか出来ない手法である。
マイルスが書く譜面自体も高度で難易度の高いリズムが書かれていたようだが、それに輪をかけてテオマセロが複雑な編集をしている。この二人の相乗効果が確信犯的なわかりにくさを作っているのである。ここが同世代やマイルスの元を離れて自己のフュージョンを確立していったミュージシャンのサウンドと根本的に異なる要素でもある。
このアルバムは現代のクラブ世代にも受けが良いアルバムのようだが、突然裏拍から入るタイミングとかBMPをずらせていくようなポリリズム的手法は所詮踊ることを目的としたクラブサウンドとしてサンプリングした場合に最大限の魅力を発揮できるとは決して思えない。そういったDJたちにも安易にメスを入れることをゆるさないほど完成度の高いサウンドとも言える。
ストリート・ミュージックではあるが、決してダンスミュージックではない。ファンキーなアルバムジャケットが有名になっているが、このジャケットに惹かれて踊れるファンクを期待して聴くと痛い目を見るアルバムである。
ファンクとジャズというストラクティブな音楽を脱構築し、現代音楽とインド楽器とアフリカンビートによって再構築したこのサウンドはマイルスが生涯を通して作ってきたサウンドの中でも一,二を争うほど芸術性の高い作品である。
YESYESの1973年のライブアルバム。
収録時間2時間9分以上という大容量で、アナログでは3枚組でのリリース。ライブの音源としては1972年の北米ツアーの何箇所のコンサートからベストテイクを集めたもので、ドラムがビル・ブラッフォードからアラン・ホワイトに交代した時期に重なり、3曲でオリジナルドラマーのビル・ブラッフォードのドラムを聴くことができる。
曲目はこれまでにリリースした作品とリック・ウェイクマンのソロ作“ヘンリー8世の6人の妻”から演奏されていて、この時期のYESのベストアルバムといえる内容になっている。これだけ長いライブの場合、通常のバンドであれば長いアドリブソロがあったり冗長的になってしまう傾向があるが、このライブ盤は細部に渡って緻密に計算されており、まったく飽きさせない。演奏もほぼスタジオアルバムのとおり演奏されていて、その演奏力と構成力には驚かされる。YESの持つサウンドの多様さ、バンドのコンビネーションの良さ、サウンドに対するアイディアの豊富さ、そして演奏力の高さを嫌というほど味わうことができる充実した内容である。
ライブにおいては突発的なアドリブフレーズやその場限りのテンションなどを醍醐味と考えるバンドやファンも多いが、このYESのライブに対する方法論はそれと対極をなすものである。曲順や構成にはじまり、フレーズのひとつひとつまで緻密に計算されたものをライブで忠実に再現することによって一切の中だるみや、どうしてもライブごとにでてしまうクオリティのむらを排除し、プロとして完璧なエンターテイメント空間を作り上げている。YESの曲は構成やリズムの複雑な曲が多いが、核になる部分の歌心というかメロディーがしっかり作られているのと、細部に渡って退屈させないアレンジがされているため難解な印象はなく、気軽に楽しめるという魅力もある。
現在はこのアルバムはオリジナルのアナログ当時のジャケットを紙ジャケで再現したリマスター盤で入手可能である。CD2枚に収めることが可能なところ、あえてオリジナルどおり3枚に分けるという拘りも嬉しいが、なんといってもとにかく音が良い。もともとこの当時のライブにしては音の分離やバランスは良いアルバムではあるが、YESのサウンドに対する徹底的な拘りがフルに堪能できる名盤である。
Konono No.1Konono No.1という25年のキャリアを誇るコンゴのバンドで、バンド名のKONONO No.1とは“全知全能”を意味するらしい。
コンゴの音楽というと主にリンガラ音楽というスタイルで、ルンバ・ゴンゴロワーズという伝統的なスタイルがあるが、コンゴの音楽自体、日本でそう耳にすることはない。このKonono No.1というバンドはそういったリンガラ音楽ともまったく違ったスタイルを持つバンド。
彼らはリケンベという親指でひくピアノをメインで使用する。この楽器についてはEW&Fのモーリス・ホワイトで有名なカリンバなどを想像していただくとわかりやすいかもしれない。彼らはそのリケンベを自動車の廃棄部品で作ったマイクで広いアンプリファイして歪ませ爆音でかき鳴らすというアグレッシブなサウンドを出す。もともと自動車工場で働く人たちで結成されたバンドらしく、その他にもアンプの電源を自動車のバッテリーからとっていたり、パーカッションなども自動車の廃棄部品を利用した手作りのものを使用している。このようにすべて産業廃棄物をリサイクルして音を出している集団であり、歌詞の内容もそういった主に社会に対するメッセージが歌われている。
バンド編成は3人のリケンベ奏者を中心にダンサーまで含めると10人以上で大所帯バンドで、彼らの奏でる怒涛のポリリズムとハイブリッドな高揚感はまさに圧巻。コンゴを代表するにはかなりエキセントリックなバンドであるが、世界各国で評価を受けている。特にこういうアフロビートに敏感に反応するのはUKクラブシーンのDJたちで、トーキンラウドのジャイル・ピーターソン他から熱い支持を集めているらしい。
結成から20年以上のキャリアをも誇るバンド、彼らのサウンドはコンゴ音楽でもロックでもジャズでもない。この手の強靭なアフリカンビートの前ではポップミュージックの教養や薀蓄などはひたすら不毛となってしまう。
Carpentersご存知カーペンターズの1973年のアルバム。
カーペンターズは、日本でもいまだにTV番組等のタイアップやCM曲に使われるほど人気の高いバンド。話題になるたびに何度もベスト版が編集されていて、シングル曲を中心に1曲ごとに知名度の高い曲は非常に多いが、カーペンターズのオリジナルアルバムというと意外と聞いたことのない人が多い気がする。
カーペンターズは1969年にデビューし、バカラックの“They Long to Be Close to You”のヒットでグラミー受賞し、一気にトップグループの地位を獲得する。このアルバムはそのカーペンターズの活動が最も調子の良かった頃に作られた5枚目にあたるアルバム。A面はこれまでのスタイルの質の高い曲を聴かせるが、B面はもはや知らない人はいないであろう名曲“Yesterday Once More”を中心にオールディーズ名曲がカバーされていて、曲間をDJのアナウンスが埋めるというスタイルで、トータルアルバム的な性格を持つアルバム。
“Yesterday Once More”に始まり、ビーチボーイズの“Fun Fun Fun”そしてDJが「この歌がヒットした頃、あなたはなにをしていましたか?」と問いかけ“End Of The World”、そして“ジョニーエンジェル”“燃ゆる瞳”へと流れていく構成は出来すぎとも言える見事な構成。私のようなこの時代とまったく縁のなかった世代のものが聴いてもぐっと感じさせるものがあるのだから、リアル世代にとってはたまらない構成なのだろう。
その他にもレオン・ラッセルの“マスカレード”やセサミストリートのテーマ“シング”などアメリカンポップスのスタンダードとも言える名曲揃いで、カーペンターズのベストアルバムに必ず収録される曲も多い。
熱いアメリカンドリームの名曲郡をカレンは冷めたクールな歌声で歌いこなす。このカレンの唯一無二の歌声は、アメリカ社会やポップミュージックが都会的で洗練された音楽に変わりつつあるこの時代の背景をうまく反映させた歌声であったと言える。カレンの歌と兄リチャードのつくる夢のようなサウンドの瑞々しさは、世代を超えて愛され続けている。ビートルズを嫌いだという偏屈な人間は時々いるが、私はカーペンターズを嫌いだという人間にはいまだに出会ったことがない。