ロジェ・ムラロさんがメシアン(ムラロ再構成)/エローに棲まうムシクイたち、の世界初演を行うということで、聴きに行きました。

 

 

ロジェ・ムラロ ピアノ・リサイタル

(トッパンホール)

 

シューマン/森の情景Op.82

 Ⅰ 入口

 Ⅱ 待ち伏せる狩人

 Ⅲ 孤独な花

 Ⅳ 呪われた場所

 Ⅴ 親しげな風景

 Ⅵ 宿

 Ⅶ 予言の鳥

 Ⅷ 狩の歌

 Ⅸ 別れ

メシアン(ムラロ再構成)/エローに棲まうムシクイたち(世界初演)

ワーグナー(リスト編曲)/オペラ《さまよえるオランダ人》より〈紡ぎ歌〉

ワーグナー(リスト編曲)/楽劇《トリスタンとイゾルデ》より〈イゾルデの愛の死〉

ドビュッシー/12の練習曲より 第1集

 Ⅰ 5本の指のための(チェルニー氏による)

 Ⅱ 3度音程のための

 Ⅲ 4度音程のための

 Ⅳ 6度音程のための

 Ⅴ 8度音程のための

 Ⅵ 8本の指のための

 

(アンコール)

ショパン/夜想曲第20番嬰ハ短調 

 

 

このピアノ・リサイタル、メシアンの世界初演、ワーグナーのオペラ/楽劇のピアノ版2曲、ドビュッシーと大変魅力的なプログラムです。ただ、日程的に厳しく行けるかどうか分からなかったため、チケット購入は長らく様子見していました。そんな状況の中、背中を押してくれたのはリサイタルのチラシのこの部分でした。

 

(写真)リサイタルのチラシの一部。ロジェ・ムラロさんの名前の「R」の上に小鳥がとまっている!

(チラシ全体は以下のURLをご参照ください。)

http://www.toppanhall.com/dll/201706231900.pdf

 

いや~、鳥好きには痛いところをついてきます(笑)。こういうチラシのちょっとした工夫にしてやられて、コンサートを聴きに行くのもまた一興。先週の新国立劇場のジークフリートの森の小鳥が「森の小鳥」でなかったことも、聴きに行った一因かも知れません。

 

 

1曲目はシューマン/森の情景。鳥の曲の前に森の情景とは何ともセンスのある選曲です。「孤独な花」はとてもチャーミング。「呪われた場所」はそんなおどろおどろしい曲ではなく、バッハに似た響きです。「予言の鳥」はとても神秘的でこの後のメシアンを予告します。「別れ」はシューマンらしく大変ロマンティックな曲でした。

 

2曲目はお目当ての、メシアン/エローに棲まうムシクイたち。メシアンの楽譜スケッチがパリの図書館で見つかり、メシアン財団と国立図書館が再構成をムラロさんに依頼し、今回が世界初演です。ムラロさんは今後この曲を世界各地で演奏する予定ですが、初演の舞台は愛するトッパンホールしかない、と熱望されたそうです。日本の聴衆にとって、本当にありがたい話ですね!意気に感じて、しっかり受け止めなければなりませぬ。

 

今回、この曲を聴くに当たり、「ムシクイ」について調べてみました。「ムシクイ」という鳥がいる訳ではなく、「ムシクイ類」として、非常に沢山の種類の鳥がいるようです。

 

○主にユーラシアとアフリカに生息し、少数の種がオーストラリア、太平洋諸島、インド洋諸島、北中米に生息する。

○体長は最大でも30cm程度で、どちらかと言うと、小型のものが多いもよう。

○その名のとおりほとんどは昆虫食だが、一部は果実も食べる。

○樹上・草原などに生息し、枝葉や草の間にひそむ虫を捕食する。

○旧世界ムシクイ類、新世界ムシクイ類、やや狭義のムシクイ、最も狭義のムシクイ、といろいろな定義がある。

○日本のムシクイ類は7属17種。ヤブサメ、ウグイス、キマユムシクイ、コヨシキリ、エゾセンニュウ、キクイタダキなど。

○(小さな)体に似合わず大きな声でさえずる。姿が互いに似ていて見分けるのが難しく、珍鳥も多いことからベテラン・バード・ウォッチャー好みの鳥。

 

定義がいろいろあり、種類も非常に多いので(集計表の見方すら分かりませんが1,000種類はいるもよう)、全くチンプンカンプンでしたが…、とりあえず、①沢山の仲間がいる、②名前の通り虫を食べる、③小型の鳥なのに大きく鳴く、④ウグイスがムシクイに含まれる、の4点だけは学習しました。

 

演奏に入る前に、ムラロさんから解説がありました。プログラムの情報と合わせてまとめると、以下の通りです。

 

○1962年にメシアンは夫人のイヴォンヌ・ロリオと一緒に日本を初訪問した。日本の文化、歴史、鳥の声に大変魅了された。

○その頃、メシアンはドビュッシーの生誕100年(1962年)の記念作品を依頼されており、「エロー県の鳥たちにもとづく、ピアノ、シロフォン、フルートのための協奏曲」を構想していた。エロー県はフランス最南端の県のひとつ。県都はモンペリエ。

○しかし、日本滞在の強い印象から「7つの俳諧」を書き、これを記念作品とした。

○構想だけで幻となった協奏曲は、オーケストレーションはスケッチのみだが、ピアノパートはほぼ完成していた。それを再構築したのが、今回演奏する「エローに棲まうムシクイたち」。

○副題は「ガリッグのコンサート」。「ガリッグ」とはエロー県の位置する地中海沿岸の乾燥地帯に広がる灌木の林。

○メシアンの「鳥のカタログ」に似ている曲。ウタムシクイが出てくる。

○20分くらいの曲だが、長さはあまり意味をなさない。メシアンの鳥の声は神への祈りであり、永遠である。

○幻の協奏曲の構想の一部は「7つの俳諧」に活用された。両作品は緊密に結び合わされている。ゆえに、今回、日本で世界初演する。

 

演奏が始まりました。最初と最後に「トゥーランガリラ交響曲」の「愛のまどろみの庭」に似た、優しい響きの音楽が出てきますが、途中は、沢山の種類の鳥の声が聴こえてきます。「彼方の閃光」の「生命の樹に棲む多くの鳥たち」では25種類の鳥たちが鳴きますが、それよりも多いような気がします。勢いよく元気に鳴く鳥、悲しく切なく鳴く鳥、怒っている鳥、恋の季節真っただ中な鳥、なぜか地面を這いつくばっている鳥(食べ過ぎ?笑)などなど表情もさまざま。ファーフナーの血を舐めなくても小鳥の歌の内容が何となく分かるような気がします。そして、聴いている内に、ムラロさんの肩や腕、頭に小鳥たちが止まって、ムラロさんの演奏を一緒に聴いているような錯覚すら覚えました!素晴らしい作品の世界初演に感無量です!観客は大きな拍手でこの偉業を讃えました。

 

 

後半1曲目は「さまよえるオランダ人」の「紡ぎ歌」。ピアノ版は初めて聴きますが、あの楽しげながらも、劇的なゼンタのバラードの前ふり的な牧歌的な歌だけで、本当に曲になるんでしょうか?ムラロさんのピアノが始まると、確かに「紡ぎ歌」ですが、旋律の上下にトリルがつきまとったり、劇的に盛り上がったり、スクリャービンの練習曲op.42-3の片鱗も感じさせる、もの凄い曲でした!全くリストったら何という編曲をしたのでしょう!素晴らし過ぎます。なお、ゼンタのバラードのさわりも2回ほど出てきました。

 

2曲目は「トリスタンとイゾルデ」の「愛の死」。この曲、私も以前に(ヨレヨレですが)弾いたことがあります。複雑な和声で、左手にも右手にもトレモロが頻発して、きついアルペジオも出てきて、大変難しい曲です…。しかし、その陶酔感たるや半端ないものがあります。ムラロさんは繊細な弱音が非常に印象的。最後の盛り上がりも迫力満点、その後の静寂は得も言えず美しい。

 

プログラムには「リストはイゾルデが実際にうたうメロディを追うよりは、むしろ、管弦楽で演奏される音楽のほうをピアノに置き換えることに焦点を当てている。イゾルデの歌唱は、表には現れず、このオペラを知るひとの心のなかにだけ現れる。」とありました。そうなんだ!全然気付きませんでしたが、イゾルデの旋律がオケの部分に溶け込んでいるので、違和感を持たないんだと思います。それだけ、ワーグナーの管弦楽が、雄弁に語る充実の内容ということでしょう。

 

最後はドビュッシーのエチード。ショパンのエチュードよりエチュードっぽい、つまり基礎練習になりそうな曲です。ただ、ムラロさんの手にかかると、変化のある音色、遊びもあり、決して機械的ではない魅力的な音楽が聴こえてきます。注意して聴くと、鳥の声も聴こえてきました!ショパンの思い出に捧げられた曲ですが、私はどちらかと言うと、メシアンに近い音楽のように思います。アンコールはショパンの夜想曲。叙情的というよりはダイナミックな演奏でした。

 

 

メシアン(ムラロ再構成)/エローに棲まうムシクイたち、の世界初演に立ち会えて、大変貴重な機会でした!聴きに来ようか迷っていたリサイタルでしたが、結果、聴きに来てみて大正解。今年はカンブルラン/読響のプッシュもありメシアン・イヤーですが、また1つ、思い出のコンサートができました。秋のアッシジの聖フランチェスコに向け、より一層、盛り上がってまいりたいと思います!

 

 

(写真)ロジェ・ムラロさんのメシアン/ピアノ独奏曲全集をゲット。7枚組のCDに加えて、大好きな「幼子イエスにそそぐ20の眼差し」のDVDもついています。サインもいただきました。家宝にします!