不動産投資をやっていると何でこんなに税金ばかり取られるのかと腹が立ってきます。契約すれば、印紙税。登記すれば登録免許税、不動産取得税、そして毎年の固都税。家賃収入を個人で受け取っても、法人の役員報酬で受け取っても所得税と地方税がかかってきます。残ったお金で物を買えば今度は消費税がかかってきます。不動産賃貸業の最大のコストは銀行ローンの返済でなく税金です。不動産賃貸業だけでなく全てのビジネスに税金が待ち受けています。


年間所得(年収から控除などを引いたもの)が1800万円を超えてくると国税と地方税で半分持っていかれてしまいます。先進国の中では高い方です。一生懸命がんばってお金を稼いでも、最期のところで収税人が待っていて有無を言わさず「儲けの半分を置いていけ」というわけです。半分取られるということは1年のうち半分は税金のために働いているということです。よく考えたらすごいことです。


古代世界での大仏建立のための徴用とどちらが過酷なんでしょうか。世界の金持ちで老後を日本で過ごそうとする人は昔からでてきません。日本語という言葉の障壁があるからでなく税金の壁が問題なんでしょう。こういう中では、楽しく人生を過ごすためには小金持ちを目指すことが賢明の選択だというのがこの本のテーマです。


大家になって晩年は鎌倉で優雅に暮らそう

小金持ちは銀座の一流レストランで頻繁に食事することは難しいかもしれませんが、有名でなくてもリーゾナブルな価格でおいしい食事を出すレストランはたくさんあります。そういうところで食事をするライフスタイルで結構人生をエンジョイできます。小金持ちへのハードルはそんなに高くありません。現実的で手堅い選択です。



著作権がなくなった古い映画のDVDは500円とか1000円という破格の値段で売っています。北鎌倉を舞台にした小津安二郎の有名な作品「麦秋」を買い、早速観てみました。


適齢期をやや過ぎた原節子の 結婚話を中心にした家族の物語です。モノクロでテンポはスローです。すでにこの映画についてはいろいろなところで紹介されていますので、ストーリーは省略しますが、いくつか驚いたことがあります。


この家族及び登場する人たちの豊かさです。映画は1951年に作られています。敗戦からまだ6年しか経っていないのに、こんなに物質的にも文化的にも豊かに暮らしていた人たちが本当にいたんですか、やや疑問です。笠知衆の二人の子供だけがあの時代の雰囲気を一番伝えているようにも思いました。腕白で着ているものも庶民的で、自分の過去を想像してしまいます。


医者である兄の笠知衆と妹の原節子の職場はなぜかともに丸の内で、銀座も頻繁に出てきます。終戦後の焼け跡闇市の時代に、北鎌倉に住んで丸の内に通勤すというハイソなスタイルがすでにあったのでしょうか。今では鎌倉と東京は1時間ほどですが、当時は1時間半とか2時間ぐらいかかったのではないでしょうか。


淡々とした中にも味わいのあるいい映画でした。スリルと感動と興奮がいっぱい詰まったアメリカ映画と比べると、全然違うテイストの映画です。それにしても、現代の基準からすると伝説の美人原節子はそれ程ではないと思います。失礼しました。

きのうは鎌倉まつり。パレードの時間帯は、気温も高く混雑すると予想して、家の中でぶらぶらしていました。3時ごろから裏道を通って八幡宮に行ってみました。舞殿で静の舞がちょうど終わった頃に到着しました。人が多く近くでは見れませんでしたが、往時もこんな風に舞を舞ったのかと思いました。


大家になって晩年は鎌倉で優雅に暮らそう

帰りは小町通でソフトクリームを買い、食べながら散歩しました。暑かったので、ソフトクリームがおいしかった。段蔓の桜はこの1週間で見事に散っていました。今は葉桜だけです。


夕方に東急ストアで両面テープを購入。ガラス面に張った防犯グッズが、夜中に剥げ落ちものすごい警告音で近所迷惑になったので、両面テープで張り直しました。

買い物ついでに近くのお寺を訪ねてみました。緩やかな坂の上にある落ち着いた雰囲気のお寺でした。休日ですが、それほど混雑していなくて、静かな時間を過ごすことができました。仏教には特別な思い入れはありませんが、お寺に来ると穏やかな気持ちになります


大家になって晩年は鎌倉で優雅に暮らそう


桜が満開だったのは先週の土日でしたが、八重桜は今が満開でした。ソメイヨシノは清楚な桜で好きですが、八重桜の絢爛豪華さはまた格別です。


大家になって晩年は鎌倉で優雅に暮らそう

本屋で見つけて早速買いました。帰りの電車の中で半分程読み、寝る前にほぼ読み終えました。松本清張関連の本はたくさん出ていますが、結構読んでいます。生誕100年とありますが、清張の書いたものは時代が変わっても中身は色あせません。昭和の大作家です。


大家になって晩年は鎌倉で優雅に暮らそう


自身も推理作家である阿刀田高氏が、敬愛する清張の創作の舞台裏を推理した本です。清張は苦労人でコンプレックスが強く、物事を上からでなく下のほうからいつも見ていました。そこが清張の魅力です。


清張は小倉にある朝日新聞の広告部に嘱託社員として勤務していました。忘年会の時に一流大出の上司が文学談義を始め末席の清張がそれに口を挟んだが無視され悔しい思いをしたというたという話を昔読んだことがあります。進歩的文化人の総本山的な会社であった当時の朝日新聞でも正社員と嘱託社員との差別は歴然としていて、嘱託社員には市民権がなかったも同然のようでした。


戦後間もない頃の朝日新聞の役員や敏腕記者で今でも世間に名前が記憶されている人はほとんどいません。ところが嘱託社員として広告部で版下の図案を描いていた松本清張に関する本が、生誕100年記念として朝日新聞社から出版されているんです。不思議なものです。