人間の生活というものはいつの間にかパターン化してしまうものです。考え方だけでなく、食べ物や着るものもいつの間にか一定のパターンに閉じ込められてしまいます。


鎌倉オヤジは不動産、株、デリバティブ、食べ物、本、旅行、温泉などには関心がありますが、ファッションはどちらかというとこれまで手薄な分野でした。スーツなんか適当に着られればいいやと思っていましたし、休みの日はだいたいがゴルフウエアです。


年をとると少し小洒落た格好も必要かなとは思っていましたところ、本屋でこの本に遭遇しました。当然ワイシャツの下にはいつもランニングを着ていましたので、これは俺のことかと思い、つい買ってしまいました


大家になって晩年は鎌倉で優雅に暮らそう

我々の世代は「ぼろは着てても心は錦」的な価値観がまだ色濃く残っている世代です。着るものにはあまりこだわらないし、ファッションの価値を一段低く見ている傾向があります。お洒落に関心があった人たちは、たいていがアイビールックで、この本の著者が言うように、彼らは今だにそのアイビールックで固めているんです。時計が止まってしまったような感じです。60歳をを過ぎた男のアイビールックは哀しいものがあります。


外面は内面を現しているんですね。着るものに関心がなく家にあるものを着ているといっても、実は無意識の内にある傾向の服を選択しているんです。だれでも知らず知らずの内にセルフイメージに合わせた服を選んでいるんです。だから着ているものを見ると着ている人がある程度わかってしまうんです。


今年の夏からはランニングを脱いで麺100%のワイシャツを着てみることにします。そうするとスーツもネクタイも見直さなければなりません。コストがかかりそうです。






昨年2棟めの物件をリーマンショックの最中に決済しました。31室ある大きな物件です。引渡しが決まってから退去が相次ぎ、埋めても埋めても退去がでてきて、かなりめげていました。それがここにきて退去も落ち着き、最期の空室が埋まる見込みになってきました。初めての満室です。


大家業にとって満室ほどうれしいことはありません。空きがあるということは、毎月7万円とか8万円が無駄になっているということです。仮に家賃8万円の2室が1年間空いていると、8×2×12=192万円、約200万円の損失ということです。


200万円の収入があるとないとでは大家業にとって大きな問題です。このところ経済が悪くなってきていますので、家賃は値下がり傾向にあり、借りる方が強くなっています。こういう状況の中では、空きを埋めることも重要ですが退去者を出さないよう物件の魅力を高めていくことも重要です。例えば、マンションの掃除をきちんと行って、清潔な環境をキープすることなどたくさんやることはあります。


満室の目処が立ってきましたので、日頃募集業務でお世話になっている支店の店長と営業担当者を先日お招きして居酒屋さんで会食しました。募集にまつわるいろいろお話が聞けて、とても有意義でした。募集会社とのコミュニケーションは重要なんです。彼らが、現場の最前線でお客さんと接し入居者を探してきてくれるわけですから。


満室は一時的なことです。また必ず空きが出てきます。それを埋めていかなければなりません。大家業はこの作業の繰り返しですが、しかしそれによって得られる果実は大きいと思います。


鎌倉駅周辺で飲み屋さんを開拓しております。昔は東急ストアの地下とかその先の路地にたくさん飲み屋さんがあったようですが、今はほとんどが閉店か違う業態のお店になっています。


先日、焼き鳥屋を新規開拓したのでそのお店にもう一度いってみようと思い、近くまで行きましたが、なぜか赤ちょうちんがなくお休みでした。路地を入って適当なお店を探すことにしました。2、3軒のぞいて一番空いていたおでん屋に入りました。恰幅のいいママが一人できりもりしていました。10人も入れば一杯になるカウンター席のお店です。


最初にいた客が帰った後はママと二人だけになり、世間話なんかをしながらすすめられるままに冷酒を飲みました。歩いて帰れる安心感もあり、気が付いたらかなりの量を飲んでいました。土佐の酔鯨からはじまっていろいろと名前は忘れましたが有名な銘柄を飲みました。


ママは手酌でビールをひたすら飲んでいました。なぜか、途中でカラオケやろうと言い出しマイクと曲のリストを持ち出し歌えと迫ってきました。もともとカラオケは大の苦手ですが、強く断るのも野暮ですから数少ないレパートリーを2曲ほど歌いました。酒の勢いがなければ、初めてのお店でカウンターに座ってカラオケなんてとてもできません。


結構盛り上がり、身の上話をお互いフランクに話し、短時間に親しくなりました。勘定は良く覚えておりませんがそれほど高くはなかったはずです。酒ばかり飲んで、結局おでん屋でおでんを食べませんでした。次回は大好きな卵とかはんぺんなんかを食べながら悪酔いしないよう焼酎でいきたいと思います。こうしてまた一軒新規開拓しました。


鎌倉まつりの最終日は流鏑馬です。八幡宮の参堂を横断するコースで行われます。外国人観光客も多く、英語の説明もありました。鎌倉に住んでいるからには一度は見ておきたいと思い、出かけてみました。


現代の流鏑馬ではサラブレドの馬が使われます。当時の馬はもっと小さくスピードも遅かったと思われます。サラブレッドは体も大きく、なんといってもスピードが速く、写真がうまく撮れませんでした。写っているのはゆっくりと引き返してくる姿です。


大家になって晩年は鎌倉で優雅に暮らそう-流鏑馬


流鏑馬はスポーツではなく一種の伝統芸ですから、こじんまりしたものかと思っていました。しかし、大きな馬がものすごいスピードで走ってくる姿は迫力満点でした。近代以前では、戦闘における馬の威力というのは相当のものがあったと想像されます。


13世紀、騎馬民族であるモンゴル軍が遥かヨーロッパまで侵攻できたのも馬の威力があったからこそです。当時の馬は一日にどれくらい走ったのでしょう。道路事情にもよるでしょうが、100キロ近く移動できたという記述を何かで読んだことがあります。


鎌倉時代にモンゴル軍は馬でなく船で日本にやってきて、九州の海岸付近で戦闘が行われただけで押し返されました。幸いなことに馬の威力は日本国内では発揮されないままでしたが、もし当時のモンゴル軍が馬で内陸部まで入っていたら、日本は短期間の間に制圧されてしまったかもしれません。







北鎌倉の浄智寺近くに魅力的な中古住宅が売りに出されたという情報を得ましたので、鎌倉から散歩がてらに歩いていってみることにしました。近代美術館の脇の坂を上がってトンネルを抜け、北鎌倉に出ました。しばらくしてお寺の脇を左に入りました。浄智寺から大仏の裏に抜けるハイキングコースはかつて何度も歩いたことがあります。もう10数年も前のことですが。


以前見た風景とはだいぶ違っていましたが、かまわずどんどん歩いていきました。すると扇ヶ谷3丁目という住居表示がありました。道を間違ってしまったようです。悪い予感が当たってしまいました。浄智寺から大仏に抜けるコースは扇ケ谷を通りません。


景色がいいので、道を引き返さずにそのまま坂を下り、道なりに歩いてみることにしました。物件は明日にでもまた来ればいい。このあたりは夜は真っ暗でしょうが、静かな住宅地でいい雰囲気があります。住んでみたいところの一つです。


道が横須賀線と交差するところに、線路に沿って小さな川が流れていました。4月も中旬ですから川には緑の植物が多く、花も咲いています。水もきれいです。流れと一緒にしばらく歩くと看板があり、この川が扇川であると書いてありました。


大家になって晩年は鎌倉で優雅に暮らそう


鎌倉には滑川という比較的大きな川が市内を流れています。二階堂川など支流もいくつかあり扇川もその一つです。グーグルマップで調べましたら、扇川の源流は海蔵時の周辺にあるようです。


鎌倉の魅力は山もあり海もありと自然に恵まれているとことですが、川もまたいい雰囲気を醸し出しているんです。滑川には大きな鯉が泳いでいますが、扇川にはもっと小さな魚が生息していると途中の看板に記されていました


大家になって晩年は鎌倉で優雅に暮らそう