昨年夏のリーマンショックの最中に引き渡しになったマンションですが、最初は退去がこれでもかと思うほど続きもぐらたたき状態でした。この春には退去も一段落し、管理会社の担当者の努力もあって何とか満室にすることができました。


今日はその満室家賃の最初の振込み日ですので、銀行に行き通帳に記帳してきました。空きがあったときに比べると総額はかなりの金額になりました。先月は大きな補修工事等がなかったこともあります。


この状態が今後も続けば、経営はかなり安定というか相当楽になります。しかし、今後も退去は出てくるし水漏れなどの修繕もあると思われます。この幸せな状態が長く続くとは考えておりません。それでも満室の満ち足りた気分をもうしばらくは味わっていたいと思っております。


今日は管理会社の担当者はお休みでしたが、自宅から携帯に留守電があり、また明日連絡くれるとのことでした。これまでの経験からすると、物件で何かトラブルが発生した可能性が高いと思われます。何もないことを祈っています。



鎌倉市内の薬局やスーパーに行くといろいろな種類の防虫剤がたくさん並べられています。鎌倉以外のエリアではこんなにたくさんの防虫剤は売られていないと思います。自然が豊かな鎌倉はたくさんの虫たちが生息していて、人間の住処にも出没してくるのです。


我が家でもゴキブリや蟻だけでなく先日はムカデが出てきました。これから夏に向けてさらにたくさんの虫たちがでてくると隣の方もおしゃっていました。隣の奥様がおっしゃるには庭先で毎年蛇を何度か見るということです。自然が豊かであるということは、自然の中で生きる生物とも共存していかなければならないということです。


そうは言っても、台所でムカデが何匹も歩き回っているのを見るのは気持ちのいいことではありません。先週の休みに、家の周りに虫除けの粉を撒きました。ムカデなどの虫の進入を防ぐ効果があるということでしたので、1キロ近くの粉を帯状に撒きました。


虫たちとは少し距離を置きながら共存を図っております。



子供を持つ親にとって子供をどう育てるかは昔からの難題です。ほったらかしておいても子供はそこそこには育ちますが、あくまでもそこそこレベルまでです。


著者の田中氏は株式投資の実践家として著名な方ですが、子供の頃に家庭の事情で人生の辛酸を味わった経験をお持ちで、英国女性との結婚、ロンドンの証券会社での成功、奥様の病死など年齢の割には様々な経験をされている方です。それでも明るく飾らない人柄で、魅力的な方です。


私も講演会でお話を聞いたことがあります。また、2年程前には田中氏が主催する東京湾クルージングに参加し、その折にこの本にでてくる息子さんとも少しお話したことがあります。オックスフォードの学生で数学を専攻しているとおっしゃっていました。

そんな経緯がありましたので、この本を買って読みました。亡くなった奥様は英国上流階級出身でラテン語ができ、教育にも熱心だったようです。公文、読み聞かせ、バイオリンで子供をオックスフォードに入れたとタイトルにありますが、息子さん本人の資質も良かったようです。


大家になって晩年は鎌倉で優雅に暮らそう


私のところは子供はもう20歳を過ぎていますので、今から公文式をやらせるわけにはいきませんが、子供の教育で親の果たす役割が大きいことは古来からの真実のようです。


最近は田中さんのブログはあまり読んでいませんが、225先物は儲かっているんでしょうか。










安曇野に行ってみようと思いたち、長野市から篠ノ井線に乗りました。途中の「姥捨」という残酷な名前の駅からみえるすばらしい風景は、日本3大車窓の一つであると車内放送が教えてくれました。眼下に広がる穏やかで雄大な景色はすばらしいものでした。



大家になって晩年は鎌倉で優雅に暮らそう


トンネルをいくつか抜けて明科という駅で降りました。この一帯が安曇野ですが、日本アルプスを一望するには高い場所に上る必要あります。


駅の東側にある長峰山の頂上までタクシーで10分ほどでした。林を抜けると、目の前に日本アルプスの山々が見えてきました。あいにく雲が少しかかっていて、山容はあまりよく見えませんでしたが、南北に連なる山々の存在感に圧倒されます。裾野には家々が点在し水田には水が入ったばかりでした。


大家になって晩年は鎌倉で優雅に暮らそう


10数年前にケニアに行ったことがあります。ナイロビ郊外にアフリカ大陸を南北に走る大地溝帯があります。地溝帯は言わば大地の裂け目で、長いところで50キロメートルも幅があります。最初の人類はこのアフリカの大地溝帯の中で誕生したと言われています。


安曇野の風景はナイロビ郊外で見た大地溝帯に似ています。そう言えば、この一帯は日本の大地溝帯であるフォッサマグナの西側です。似ていて当然なのかもしれません。









八幡宮や建長寺など鎌倉にはたくさんの寺社があります。それぞれが由来があり独自の佇まいがあります。有名な寺社には観光客がたくさん訪れますが、規模が小さくそれ程有名でもない寺社は観光客の姿は少なく、休日でもひっそりとしています。


鎌倉警察と雪ノ下教会の間を入ったところにある蛭子神社を訪ねてみました。入り口は小さく敷地も狭く入ってすぐに滑川にぶつかってしまうほどです。



大家になって晩年は鎌倉で優雅に暮らそう


午後の比較的遅い時間に行きましたが、人影はなく小さな本殿の周りは静寂そのものでした。本殿の木製の柵だけが新しく、どこかアンバランスな感じがしました。この本殿の向かい側には石の塔が立っていて、紀元二千六百年と記されていました。確か紀元二千六百年は戦時中のことだったと思います。それにしては石は汚れも古さもなく建立されたばかりのようでした。


大家になって晩年は鎌倉で優雅に暮らそう


この敷地の中で一番古いものは、滑川沿いに立っていた銀杏の木です。幹が太く、大人二人が手を広げたくらいありました。相当な貫禄です。



大家になって晩年は鎌倉で優雅に暮らそう
お伊勢参りをしましょうというようなことが書かれているほかは由来などを記したものはありませんでしたので、いつの時代に作られたか定かではありませんが、銀杏の幹からすると数百年は経過しているように思いました。