人間の生活というものはいつの間にかパターン化してしまうものです。考え方だけでなく、食べ物や着るものもいつの間にか一定のパターンに閉じ込められてしまいます。
鎌倉オヤジは不動産、株、デリバティブ、食べ物、本、旅行、温泉などには関心がありますが、ファッションはどちらかというとこれまで手薄な分野でした。スーツなんか適当に着られればいいやと思っていましたし、休みの日はだいたいがゴルフウエアです。
年をとると少し小洒落た格好も必要かなとは思っていましたところ、本屋でこの本に遭遇しました。当然ワイシャツの下にはいつもランニングを着ていましたので、これは俺のことかと思い、つい買ってしまいました。
我々の世代は「ぼろは着てても心は錦」的な価値観がまだ色濃く残っている世代です。着るものにはあまりこだわらないし、ファッションの価値を一段低く見ている傾向があります。お洒落に関心があった人たちは、たいていがアイビールックで、この本の著者が言うように、彼らは今だにそのアイビールックで固めているんです。時計が止まってしまったような感じです。60歳をを過ぎた男のアイビールックは哀しいものがあります。
外面は内面を現しているんですね。着るものに関心がなく家にあるものを着ているといっても、実は無意識の内にある傾向の服を選択しているんです。だれでも知らず知らずの内にセルフイメージに合わせた服を選んでいるんです。だから着ているものを見ると着ている人がある程度わかってしまうんです。
今年の夏からはランニングを脱いで麺100%のワイシャツを着てみることにします。そうするとスーツもネクタイも見直さなければなりません。コストがかかりそうです。
