ネットを見ていたら、働く女子のバッグの中身という、男性にはなかなか想像のつかないテーマのアンケート結果がありました。


ノートパソコンを持っているわけではないのに、重そうに持ち歩いている通勤バッグの中には何が入っているのでしょう?


一番は何だと思いますか?


意外(!?)なことに「携帯音楽プレーヤー(デジタルオーディオプレーヤー)」でした。
実に90%近くが持っているそうです。


皆さん音楽が好きなんですね。

実は、私が今一番欲しいものは、まさにこの「デジタルオーディオプレーヤー」だったりします。


目的は、先日の『hirog』に書いた80年代の洋楽 を聞きたいのと、外国語の勉強をしたいからです。

具体的には英語と中国語を勉強するにあたって、どうしてもヒアリング強化のためには耳慣れする必要があるので・・・。


でもそう思ってから、はやひと月が経ってしまいました(^^;)。
どうしてかというと、あまりにも色んな種類があり過ぎて、どれがいいのか分からないのです。


最近は、超小型で、実に様々なデザイン、色のものがあります。
私は光沢のある綺麗な色(青カナブンみたいな(笑))が好きなので、結局は色で選んでしまう気がします。


話が少しそれてしまいましたが、次に多いのがティッシュ&ハンカチ。これは男性では上位に来ないかも知れません。


その後には、化粧ポーチ、手帳、飴やガム、本と続きます。


本の次は「お弁当」でした。
これも男性だと少ないでしょうね。


仕事に関係のあると思われるノートPCや仕事の資料は共に4割ぐらいみたいです。


私にしてみれば、デジタルオーディオプレーヤーが一位だったことを除けば、ほぼ予想通りの結果でしたが、皆さんはどうですか?


ちなみに私の通勤カバンの中に常時入っているのは、「ノートパソコン」、「イーモバイル通信カード」、「携帯充電ケーブル」、「会社概要」、「名刺入れ」、「印鑑(三文判)」、「筆記用具」、「ティッシュ」ぐらいでしょうか・・・。

私は飴が大好きですが、ガムも大好きです。

以前の『hirog』 で飴やガムは3,4個一度に食べるという話をしたことがありました。

私はサクマのドロップが大好きで、ファミレスのレジ脇においてあると、66.7%(3回に2回)の割合で買ってしまうのですが、数時間で全部無くなってしまいます。
ガムも小さいと物足りないので、よく食べているのは、「COCOS」のレジ横にあるネットに入った「みかんガム」や街中のガチャガチャ(正式にはガムボールマシーン!?)で出てくるガムです。

ガムも最初に4,5個一気に口に入れるのですが、噛むのが疲れて、残りはごみ箱行きになる確率が75%(4回に3回)です。

ところで、最近も一緒に出掛けた人に不思議に問われて、どうして私は一度にたくさんの飴やガムを口に入れるのだろう・・・と考える機会がありました。

舐め応え、歯応え、を求めていることもありますが、それだけなのだろうか?
自分はそんな単純なオトコではないから、きっと、味を長持ちさせたいという潜在ニーズが入っているのではないかという自分なりの仮説を立てました。

そうなれば、つぎは仮説の実証です。

実証の機会がないまま2ヶ月が過ぎた7月23日、運命の日はやってきました。

知り合いから「長持ちするガム」があると聞いたのです。

それは「○○○」というガムでした。すいません、肝心の名前忘れました(^^;)。
ガムの中に液体が入ってて、引き出し式で出すアレです・・・。

とにかく、それをキオスクで購入して、一粒だけ口に入れてみました。

・・・。

数分後、私の口に入っていたのは、5粒でした。

つまり、私は単純に噛み応えのみを求めていたのです。
仮説が外れたことはショックだったのですが、これは一本筋が通っているということだ、と自分に言い聞かせたら、なんかスッキリしました。

ガムの味の時間に関心のある方は、以下の記事をご覧ください。
http://news.ameba.jp/cobs/2009/01/31602.html

調子にのって、ここ2日の『hirog』とも自分のアホさを露呈してしまい、すいません(^^;)。

私は、フライングする性質(たち)です(笑)。


ここでいうフライングとは、「先走る」というよりも「先読みする」という意味です。


ただ、ときとして、この性質はアダとなります。


そして独りで凹むことが度々あります。


それならフライングしなきゃいいのに・・・とお思いでしょうが、性質なので直りません(笑)。


例えば・・・、


車を運転していて、目の前の信号が青で、次の信号が赤のとき・・・。
次の信号が青になるタイミングを計って速度を落とすのですが、速度を落としたことで目の前の信号が赤になり、止まってしまうことがあります。


止まるのが嫌なのです。

そういえば、小学校の頃、自転車が止まったり足をつくのが嫌で、信号ではいつもペダルを前後にバランスを取ってふらふらしていました(アイドリング!?)。


映画やゲームでも、次のシーンでこうくるのではないか、と先読みをすることに頭がいって、そのシーン自体を楽しめないことがあります。


つい先日も、相手の予定を見越してフライングして予約をしたら、私の推測が外れて全額のキャンセル料が発生しました。


ついでに言えば、「深読みし過ぎる」こともあります。


「これは、○○のサインではないか?」とか「相手がこう思っているはず」とか勝手に考えて、自分の中で推測(実は結論(^^;))をしていることがあります。


「察する」といえば聞こえが良いですが、単なる「思い込み」ではないかと自己嫌悪になったりしています。


せっかちな性格なのかも知れません。

先読みして、相手を驚かせたいという、不純な動機が働いているのかも知れません。


ビジネスでも先読みしがちです・・・。


「先見性」と言えば聞こえが良いですが、単に「勝機を逃している」と考えると凹みます。

先日ネプロジャパンの金井社長にお会いしてきました。


ネプロジャパンは、JASDAQに公開している、携帯電話販売を中心に、子会社を通じて携帯電話向けコンテンツ配信やインターネットメディア、人材派遣、IT教育事業などを手掛けている会社です。


キャリアショップ(ドコモ、au、ソフトバンクのショップ)と「ダ・カーポ」という併売店(うちの元子会社のようなすべてのキャリアの端末を販売しているお店)を40店舗ほどもたれています。


金井社長に初めてお会いしたのは、もう4年以上前だった気がしますが、携帯向けのソリューションビジネスを展開する「ゆめみ」という京都のベンチャー企業の深田社長のご紹介でお会いしました。


とても感じの良い方で、面倒見が良さそうな感じを受けたので、何かあったらご相談しようと思っていました。


その後、個人投資家説明会などで数回お会いしたのですが、お互いにバタバタしていてご挨拶程度しか出来ていませんでした。


私の情報不足で知らなかったのですが、ネプロジャパンの子会社でfonfunと似ている業種の「ネプロアイティ」が、今年の4月に韓国の株式市場である「KOSDAQ」に上場されていたようです。


日系企業でKOSDAQに上場したのは第一号だそうです。


皆さんはKOSDAQが最近市況が良くなってきているのはご存知でしょうか?
このことも重なって、「ネプロアイティ」の時価総額は本社の3倍だとか。


でも本体のネプロジャパンは、前期決算では6億の経常利益を出していますから、今の時価総額(約10億)は評価が低すぎるような気もします。


やはり株式市場に携帯販売業界の将来への不安感があるのでしょうか。


いずれにせよ、久しぶりに金井さんの笑顔を見て少し元気をいただいたような気がします。


ご一緒にビジネスができたらと思います。

うちの子会社があった上海と合肥の物価、東京と沖縄の人件費など地域差があるものはたくさんありますが、今日は「場所差」と呼べるものに出会いました。


今日は、専務の佐藤 と一緒に外出だったのですが、久しぶりにランチMTGをしようということで早めにオフィスを出ました。


日本橋という明るくない場所であったことと、ランチタイムで混雑が予想されたので、デパートのレストラン街に行ってみようということになり、近くにあった日本橋高島屋に入りました。


エレベーターが見つからず、仕方が無いのでエスカレータで上まであがったのですが、どう考えてもレストランがある雰囲気ではなく、上にレストラン街があるという先入観で8階まで上がった(しかも7階から8階へ上がるエスカレーターはかなり離れたところにある)ものの、実際は新館の6階でした。


かなり遠い道のりを経てレストラン街に着いたのはいいものの、昨夜不眠の私の嗜好に合う店がなかなかありません。

時間もないのでどこでもいいから空いている店に入ろうとしてよく入り口のメニューを見てみると、すべての店のランチが1,500円以上するのです。(私は新宿の高島屋にはよく行くのですが、そこのランチは1,000円程度だった気がします)


店の中をよくみると、確かに経済的に豊かそうな中年の女性が多く、「さすが日本橋高島屋、あなどれん」という感じでした。


最近は不景気ということも重なってか、新宿や新橋など、サラリーマンのランチ競争が激しいエリアでは、かなり安価なランチがたくさんあります。
定食が500円というところも少なくないし、980円のビュッフェもたくさんあります。


最近はお弁当も安いものが増えてきました。
うちのオフィスが入っているビルに新しく開店(!?)したお弁当屋さんには350円のお弁当もあります。


それがサンドウィッチ(私がオーダーしたもの)で1,500円はホテル並みだな、と思いました。


場所による差に久しぶりに驚きです。

「嫉妬」は、人間誰しもが持つ感情の一つだと思います。

もっとも、悟りを開いた人などは「嫉妬心」が無いといいます。

「嫉妬」とひと言で言っても、大きくは以下のようなものがあると思います。

・自分が持っていない物を持っている人への嫉妬
・自分より社会的地位が上、もしくは評価されている人への嫉妬
・愛情が他の人へ向けられていることへの嫉妬

具体的には、ベンツなどの高級車やルイ・ヴィトンのバッグを持っている人を見て嫉妬したり、同期で出世が早い人に嫉妬したり、子供が親の愛情が深い兄弟に嫉妬したり、恋人同士が相手が他の異性と話しているときに嫉妬するなど・・・。

つまり、「平等でない」とか「自分を向いていない」と不満、不安から起こる感情です。

2チャンネルなどのインターネット掲示板によく見られる「誹謗中傷」も、現代社会へ対する嫉妬心が元になっているという見方もあります。

嫉妬は、上下の差が小さくなったときに起きがちです。
逆に言えば、上下の差が大き過ぎる場合には、「諦め」が先に来て嫉妬心が起こらないという人もいます。

例えば、一般社員が社長に嫉妬するということはあまり無いけれど、同期同士ならちょっとしたことでも嫉妬するとか。

また、ある人は「嫉妬するということは、相手より自分が下であると認めてしまうこと」だと言っています。
確かに一理あるかも知れない、と思います。

嫉妬は誰もがするとしても、それを表に出すかどうかでまた分かれ道になります。
すぐに表に出してしまうと、相手に不快感を抱かせたり、周りとの人間関係が悪化してしまうことがあります。
大人になればなるほど、経験を積めば積むほど、それをコントロールできるようになると思います。

一般的に嫉妬と呼ばれるものは、何もプラスを生まないことが多いですが、時として原動力にもなり得ると思います。

例えば、「ベンツに乗りたいからお金をたくさんもらえるようになる」とか「あいつが評価されているのは悔しいから自分も評価されるように頑張る」とか「彼女を振り向かせるために素敵な男になる」など。

嫉妬しないように自分の感情をコントロールしたり、人格者になることも大切ですが、その感情を向上心に結びつけることができたら、それは素晴らしいことだと思います。

ダイエット中の方にこういう話をすると、白い目で見られるかも知れませんが、私は小さい頃からずっと願っていることの一つに「太りたい」というのがあります。


ちなみに私には、もう一つ「背が高くなりたい」というのもあったのですが、それは高校生のときにいつの間にか解消されました。


幼稚園からいつも一番前 で、「気をつけ」のときに、手を前に伸ばしたことがなかった(一番前の人だけ手は横にするから)からです。


ところが私の高校は自由な高校で整列をする機会もなかったので、身長順に並んだことがなく、いつの間にか急に身長が伸びていたことに後で気がついたのです。


そんなこんなで、小さい頃から痩せていて黒くて背が小さかったので「ごぼう」とか「ちびくろ」とか「骨皮筋衛門(ほねかわすじえもん」などとからかわれていました。


そんな私が「太りたい」と思うのは自然な流れでした。


それからあの手この手で努力はしました。
運動をやめたり、食事を1日5食にしたり、夜は食べた直後に布団に入るようにしたり・・・。


ところが・・・、結論をいうと、高校から今まで全く体型・体重が変わっていません(今でも高校の服が着れます(^^;))。
55kgから58kgの間で若干の変動はあるのですが、ベルトの穴の位置が変わりません。


中国に赴任したときに生活環境・食習慣の変化で体重が変わるかと思ったら、全く関係ありませんでした。


つい先日も、夕方から6店もレストランをハシゴしたのですが、体重は変わりませんでした(涙)。


なんででしょう?

私なりに色々理由を考えてみました。


・ずっと吸っていたタバコのせい?
・体質、祖父も父もやせているから、遺伝?
・サッカーでついた筋肉のせい?
・通便が順調だから?


同級生に久しぶりにあったりすると、お腹がだいぶふくよかになっている人たちが増えているので、お腹が出てこないのはいいのですが、やはり65kgぐらいにはなりたいし、人生一度でいいから60kgの大台を超えてみたいです。

都内の学校はもう夏休みですが、この時期になると「東京ウォーカー」や「TOKYO一週間」などを初めとする雑誌や電車や街のあちこちのポスターがも花火特集一色になります。


「花火」と聞くとなんかワクワクするし、夏が来たんだなーと感じます。


昨日は足立の花火大会、今週末は隅田川の花火大会があるようです。
天気がぐずついていて、行こうと思っている人は冷や冷やものでしょうね。


私は以前、秋田の大曲市というところの全国花火競技大会というのを観にいったことがあるのですが、まだ暗くならない夕方から、普段の花火大会では見ることのできない新作の花火を見ることができて、それはそれで面白かったことを覚えています。


花火と言えば、トイレが少なくて、すごく並ぶイメージがありますが、大曲の花火のときには会場にトイレが無くて、すごく離れたお店まで借りにいった記憶があります。


ところで、全国花火競技大会というのは大曲が唯一かと思っていたら、土浦でもあるんですね。
長野にもあるとかいう話も聞いたことがあります。


私は、花火より屋台ですが、屋台も最近は会場の中というより隅っこに押しやられてがちな気がします。
治安とか渋滞緩和とか環境保護とか色々理由はあるのだと思いますが、屋台好きの私にはちょっと残念です。


残念といえばもう一つ。
最近は花火大会の有料席なるものが急増していると思います。


企業や個人の協賛金だけではまかない切れないという経済的事情があるのだとは思いますが、誰でも楽しめる花火に経済原理が入ってくることは、なんとなく残念な気もします。

fonfunは、2003年から中国事業に力を入れてきました。

昨年のグループ・事業再編に伴い、中国に2社あった子会社のうち、中国市場向けにモバイルサービスを展開する上海網村(上海ネットビレッジ)は、マネジメント主体でスピンアウト、日本市場のオフショア開発拠点であった合肥網村はSI・受託開発事業からの撤退に伴い清算となりました。

その上海ネットビレッジに嬉しいニュースがありました。
現在fonfunの連結からは外れているので、うちの会社としてリリースは出していませんが、台湾のVCからの資金調達が決まったのです。

上海ネットビレッジでは、モバイル検索エンジン「uucun」をフックとした中国最大級のモバイルアドネットワークの構築に成功し、提携サイトは12,000サイト以上となっていて、将来大きく発展する可能性を秘めています。

実は、これまでも外資系VCを中心に株式引受のオファーがいくつもあったのですが、fonfunの100%連結子会社だったこともあり、その辺がフレキシブルに対応できずに、スピード展開の足かせになっていたことは否めません。

今回の資金調達を機に、更にスピードをあげて、事業拡大をしていけるものと思います。

現在上海ネットビレッジは、うちの元社員であり、私と中国事業を一緒に立ち上げてきた張振棟 がCEOをしていますが、今もたまに連絡を取り合いながら、情報交換や協業の可能性を模索しています。

これまで山有り谷有りで、彼は一生懸命スタッフのモチベーションを維持しつつ、コスト&キャッシュコントロールに苦心してきましたが、それが一つ報われたことは個人的にすごく嬉しく思います。

これからも応援していきたいと思います。
「煩悩」という言葉は、もともとは仏教の教えの一つです。
人間の身心を乱したり悩ませたりして、智慧(ちえ)を妨げる心の働きのことを言うらしいのですが、煩悩には、「貪欲」「瞋恚(しんに)」「愚痴」の三毒と言われています。

「瞋恚」とは普段聞き慣れない言葉ですが、自分に背くことがあれば必ず怒るような心のことを指します。

仏教で言うところの「愚痴」は、「心性が愚かで一切の道理にくらいことや心の迷い」を意味しますが、一般に「愚痴」は「言ってもしかたのないことを言って嘆くとき」に使われます。

例えば社会や会社では「愚痴」は一般的には悪とされていると思います。
「愚か」と「痴」という漢字で成っている言葉というだけで、マイナスイメージです。

私も基本愚痴は好きじゃないし、普段はできるだけ言わないように心掛けているつもりではあります。

ただ、最近は人には「愚痴」って必要なものなのかも知れないと思うようになりました。

「愚痴を言わない」というポリシーをお持ちの方は素晴らしいと思います。
また、それを実行し続けている方は人格者であり、尊敬もします。

ただ、人は皆、そんなに強いわけではないように思います。
現にストレスに弱い人が増えている今、ストレスを感じないようにするのは難しいけれど、ストレスを発散したり、解消する方法はいくつか考えれると思います。

飲み会などで会社や上司の文句や悪口が出てくるのはやむを得ないことで、そこでストレスが発散されるという効果は否定できないですし、ストレスが溜まって、自分や周りに影響が出るよりはよっぽど良いと思います。

問題なのは、愚痴や文句ばかり言っていて前に進めないことです。

生活のシーンの中には、飲み会、会食・喫茶、電話、メール・・・、色々なコミュニケーションの場の中に愚痴を言える瞬間があります。

何でも話を聞いてくれる人がいる、利害関係を気にせずに話ができる場がある、など、愚痴を言える環境があるということは、大切なことだと思います。

私の今の考え方は、「やるべきことをきちんとやっていれば「愚痴」を言うのは大いに結構、ただすべて吐き出したら後に引きずらずに、その後からは気持ちを入れ替えて前向きになること」だと思っています。