第4回目のフォーカシングを楽しむ会を開催しました。

今回の参加者は、フォーカシングを初めて体験する人、久しぶりに体験する人、わざわざ新幹線に乗って遠方から来てくださっ人などなど、多彩な顔触れの7名でした。少しずついろいろな方がこの会を知って、参加してくださるのがうれしいです。


秋の長雨の中のぐずついた天気でしたが、まずはアロマオイルの爽やかな香りに癒されながら足ほぐしです。丁寧に足をほぐしていくと、いつの間にかあくびの連発。でも、いいんです。それこそからだが緩んだ証拠ですから。


そうして、身も心もゆったりリラックスしたら、ペアになってのフォーカシングをしました。

体験後のシェアリングの中では、からだがしばしば頭で思っていることとは違うことを教えてくれることや、頭で思っていることと同じであっても、からだで感じると本当にしっかりした納得が得られるといった感想が話し合われました。


参加者の皆さんがそれぞれに大切な体験をされたのを伺いながら、フォーカシングをもっとたくさんの人に広めていきたいなと改めて思った世話人でした。


次回は11月5日(土)です。

お申し込みは、focusingfocusing@gmail.com までどうぞ。



まもなく、次回のフォーカシングを楽しむ会を開催します。
10月1日(土)13:15~15:45
東京カウンセリング・スクール(http://www.npo-cesc.or.jp/ )にて。
お申し込みは、focusingfocusing@gmail.com まで!

まだまだ暑いと思っていたのに、気がついたらもう、9月も半ばになってしまっていました。うかうかしていると、あっという間に年末になってしまいそうで、ちょっと焦ります。


さて、「過去は変えられる」というタイトルを見て、どう思いました?

「えー、うっそー」「またまた~」‥そんな感じ?

たしかに、タイムマシンでもなければ、過去に起こった出来事を変えることはできません。ですが、その出来事の自分にとっての意味は変わり得るものなのです。


ブログ記事「からだは生の方向へ向かう 」で、自分の状況についてのからだの感じをしっかり感じつくしたとき、現実の状況そのものは何も変わらなくても、自分自身の状況の捉え方が変わって、生の方向に向かって変化するということを書きました。

過去の状況についても、同じことが言えます。過去の出来事で今も気になっているようなことについて、今のからだでじっくり感じてみましょう。それを十分に感じす尽くしてからだが納得したとき、からだは生の方向に向かい、その出来事の自分にとっての意味が変化するのです。


例えば、子供の頃のつらかった出来事を思い出してフォーカシングすることで、傷ついた子供の自分を、今の大人の自分が自ら癒すことができたり、過去のわだかまりを受け入れることができるようになったり、といった事例を私は自分自身のことも含めて数多く経験してきました。


たいていの人は、過去は変えられないものだと思っています。ですから、「いつまでも過去のことにこだわらずに、前を向いて生きよう」と、よく言いますよね。たしかに、それもよい考え方だと思います。でも、どんなにそう思っても忘れられない、どうしてもこだわってしまう、そんなふうに感じたことのある人も多いのではないでしょうか?

ならば、逆に過去の出来事をフォーカシングでじっくりと感じてみたら、その「過去」が変わるかもしれません。だからこそ、私はフォーカシングに大きな希望を感じるのです。

第3回目のフォーカシングを楽しむ会は、参加者5名でゆったりとした時間を過ごしました。


今回も「足ほぐし」から始めました。

自分の足を時間をかけて丁寧にほぐしていくと、からだが緩み、からだの感じを

捉えやすくなり、足ほぐしを始める前と終わった時のからだの違いを感じることが出来ます。


その後、ペアになってフォーカシングを行い、みんなで体験をシェアしました。

参加者は体験によってそれぞれが何かに気付き、シェアリングで他の方の体験を聞くことで、新たに何かを感じていました。


フォーカシングはやってみて初めてわかることがあります。

ご興味のある方は、初心者でもご参加いただけますので、ぜひ一度体験してみてください。


次回は10月1日です。

お申し込みは、focusingfocusing@gmail.com までどうぞ。

この時期、夏休みという方も多い頃でしょうか。今日は、お休みでのんびりリフレッシュできた方も、休みなく忙しく働いていらっしゃる方も、フォーカシングすると元気になるよというお話です。


「フォーカシングって?」 の記事で書いた通り、カウンセリングを受けてうまくいく人というのは、自分の内面の感じに触れながら話す人でした。この内面の感じというのは、物事についての考えでもなく、怒りや悲しみのような名前のつけられる感情でもなく、もっと漠然と身体的な感覚として感じられるものです。「胸がざわざわする」とか「肩が重い」とか「頭が締めつけられるみたい」とか、そんな言葉で語られることが多いものです。


このような、その人が自分の状況について感じているからだの感じのことを「フェルトセンス」と呼びます。フェルトセンスは、心身未分化な状態であって、怪我をして痛いときのような物理的な身体症状とは違います。そこには、悲しいとかうれしいといった感情に分化する前の、もっと微妙で豊かな感覚が含まれていて、フォーカシングではその感覚をじっくりと感じていくのです。

なお、「からだ」とひらがなで表記しているのはこのような内面で感じるからだのことで、物理的な身体と区別しています。


こうして、からだの感じにじっと注意を向けていると、やがて「あぁ、この感じはまさに○○だ!」というように、その感じにぴったりな言葉やイメージが浮かぶことがあります。そのとき、からだの底から納得し、からだがふと緩むのを感じるでしょう。すると、不思議なことに、からだは必ず生の方向へ変化するのです。

「生の方向」というとなんだかわかりにくいですが、もうだめだと感じていたものが大丈夫な感じになったり、自分には抱えきれないほどの大きな問題だと思っていたことがそうでもないように思えたり、身動き取れない感じがしていたところからするっと抜けられたり‥そんな変化がなにかしら起こるのです。もちろん、事実関係が変わるわけではありませんが、自分自身の状況の捉え方が変わるのですね。

ですから、はじめに感じられたフェルトセンスがどんなに嫌な感じのものであっても、勇気をもってその感じをじっと感じてみてください。それを感じつくした時に、必ずからだは生の方向へ向かって変化します。


ここに書いたことは、まだフォーカシングを体験したことのない方には眉唾ものの話かもしれません。でも、もし興味を持った方はぜひ一度フォーカシングを体験してみてください。そして、自分自身のからだの持つ、生の方向へ向かう力を実感していただければと思います。