まだまだ暑いと思っていたのに、気がついたらもう、9月も半ばになってしまっていました。うかうかしていると、あっという間に年末になってしまいそうで、ちょっと焦ります。


さて、「過去は変えられる」というタイトルを見て、どう思いました?

「えー、うっそー」「またまた~」‥そんな感じ?

たしかに、タイムマシンでもなければ、過去に起こった出来事を変えることはできません。ですが、その出来事の自分にとっての意味は変わり得るものなのです。


ブログ記事「からだは生の方向へ向かう 」で、自分の状況についてのからだの感じをしっかり感じつくしたとき、現実の状況そのものは何も変わらなくても、自分自身の状況の捉え方が変わって、生の方向に向かって変化するということを書きました。

過去の状況についても、同じことが言えます。過去の出来事で今も気になっているようなことについて、今のからだでじっくり感じてみましょう。それを十分に感じす尽くしてからだが納得したとき、からだは生の方向に向かい、その出来事の自分にとっての意味が変化するのです。


例えば、子供の頃のつらかった出来事を思い出してフォーカシングすることで、傷ついた子供の自分を、今の大人の自分が自ら癒すことができたり、過去のわだかまりを受け入れることができるようになったり、といった事例を私は自分自身のことも含めて数多く経験してきました。


たいていの人は、過去は変えられないものだと思っています。ですから、「いつまでも過去のことにこだわらずに、前を向いて生きよう」と、よく言いますよね。たしかに、それもよい考え方だと思います。でも、どんなにそう思っても忘れられない、どうしてもこだわってしまう、そんなふうに感じたことのある人も多いのではないでしょうか?

ならば、逆に過去の出来事をフォーカシングでじっくりと感じてみたら、その「過去」が変わるかもしれません。だからこそ、私はフォーカシングに大きな希望を感じるのです。