立て続けにきた台風と長い長い残暑が終わって、ようやく秋らしい気候になってきましたね。
秋は人恋しい季節とか。そこで、こんなタイトルにしてみました。
今までフォーカシングというのは、自分の内側でからだの感じをじっくりと感じることですと書いてきました。自分のからだを感じればよいのですから、一人でもできます。ですが、通常、フォーカシングは二人一組で行い、自分のからだを感じる人のことをフォーカサー、フォーカサーの傍らに寄り添って、フォーカサーの言葉を聴く人のことをリスナーと呼びます。
ペアでフォーカシングをするときのやり方は、フォーカサーは目をつぶって自分のからだの感じに集中します。そして、そこで感じたことを口に出して言ってみます。例えば、からだのどこかが痛いとか、重いとか、あるいは、胸の中やおなかの中に何かがあるように感じるとか、とにかくそこで感じたものを言葉にしてみます。リスナーはフォーカサーの言葉を聴いて、それを伝え返します。フォーカサーは、自分の感じたことを、まず自分が言葉にしてそれを耳で聞き、さらにリスナーが伝え返してくれるのを聞くことで、あらためて自分のからだで響かせて、それが自分の感じとぴったりなのかを照合することができるのです。
またリスナーは、フォーカサーが言葉にした感じについて、「それはどんな痛さ?」とか「そこにあるものの色とか質感はどんな感じ?」などと質問することもあります、情報収集のために質問するのではありません。そうやって質問することで、フォーカサーが自分のからだの感じをよりきめ細かく、しっかりと感じ取るための援助をするのです。
ではなぜ、一人でもできるはずのフォーカシングにこのようなリスナーがいるのでしょうか?ちょっと目をつぶって、自分のからだの内側に注意を集中してみてください。どのくらい続けられますか?おそらく、そんなに長くは続けられませんよね?自分のからだを感じるといっても、一人でその作業を続けるのはなかなかできることではないのです。でも、誰かが側にいてくれて、自分の感じたことを大切に伝え返してくれたり、もっとしっかり感じるための手助けをしてくれることで、安心して自分のからだに集中し続けることができるようになるのです。特に、自分にとって重いテーマについてフォーカシングしてみようとするときには、リスナーの存在はとても重要です。
自分の内面に集中するために、自分ではない誰かの存在が必要だというのは、人というものの本質的な一面を表しているように思います。私がいて、私ではないあなたがいて、そして私たちが共にいるということ、その触れ合いの中でこそ、「私」はより確かな「私」になれるのかもしれません。