鎌倉で見つけた家庭の味
梅雨が明けて間もない7月はじめ。
強い日差しが陰影の利いた彫の深い景色を刻みつけ、落ちていきそうなくらい空はどこまでも高い。
大丈夫。もし落ちていっても、分厚い夏の雲が受け止めてくれることでしょう。
この力強いエネルギーを持つ夏の描写力に圧倒され、嵐のように夏が過ぎ、猛烈さの記憶を湛えるかのような紅い景色が広がって。
そうやって季節はめぐっていきますね。
今回は、それらの季節の、ほんの一瞬の記録です。
初夏の日差しの合間にしとしと降る梅雨の雨は、私たちにとっては不快でも、1年でもっとも生命力を発揮するための雨だったりします。
そうして開いたアジサイの鮮やかさは、蜘蛛の糸のごとく、ほんの少し涼味をあたえてくれます。
蓮の花のように、どこか哲学的な一遍を語る預言のようです。
見ごろを迎えていた北鎌倉のアジサイは、アジサイ寺と謳われる明月院へ出かけなくとも、其処此処に咲き乱れている姿を見かけることができ、そのどれもが、梅雨空がとても似合っていました。
その北鎌倉を南へ歩いて行くと、倒れた大銀杏の再生著しい鶴岡八幡宮が見えてきます。
その日は、更けに更けた夜の8時に訪れました。
八幡宮を左に見ながら通り過ぎたあたりは、どこも店じまいした後だったようです。
その日は色々と見て回っていたので、偏らない、しっかりしたメシを食べたいと思っていたのですが、これでは期待できないなと思っていました。
そうして歩いていると、1軒だけ明りが。
その店の名前は「Y字路」
なるほど近くの交差点はY字路なので、それが名前の由来なのでしょうね。
入ってすぐに、スパイスが詰まった瓶がたくさん並んでいます。
ハーブティもあるみたいです。セットの料理をお願いしたので、色々とついてきました。
前菜3種類には暑さを忘れさせてくれる涼しさが。
食べると、身体にしみわたる優しさや心地よさに包まれます。
店はお二人で切り盛りしているそうです。
入口に置いてあったハーブティは、オリジナルでブレンドされているそうですよ。
出てくる料理も表情も、しゃべった雰囲気も全部、家庭にあるような優しさがあります。
イメージですが、一通りの人生を廻った自分が老爺となって今の店を訪れたら、このお二人と話しながら相好を崩しっぱなしだろうと思います。
やりたかった店を開いてもなお、アジサイの花のようにたくさんの希望の花を実らせている、そんなお店でした。
加賀の酒「常きげん」
どの酒造りも「土地」「天候」「作り手」それぞれの個性が、酒の味や質に大きく影響するものだと言われています。
それらを感じ取るには知識と経験が必要ですが、美味しいかどうかという点に絞ってみれば違いが分かりやすいものです。
そして日本酒はとりわけ「土地」と「作り手」の影響が大きく出るもののように思うのです。
前回取り上げた「菊姫」には長年杜氏を務めた有名な人がいました。
今回はその杜氏さんが作る酒の魅力に迫ってみようと思います。
ただ、今その人を知るには菊姫とは別の蔵元「常きげん」を飲む必要があるため、ひとまず石川県へ行ってきました。
加賀温泉駅からタクシーで10分弱。
さほど広くない道のカーブを曲がると、さほど大きくない造り酒屋が現れました。
ここが鹿野酒造。
「常きげん」はここで造られています。
事前に連絡して試飲させてもらったものは、具体的な銘柄ではなく、その杜氏の特徴があるものがいいと伝えました。
その杜氏の名は農口(のぐち)尚彦さん。
菊姫酒造に就職した農口さんは早々と頭角をあらわし、若いうちから菊姫の酒造りを任されるようになると、やがてうまい酒を造ることの難しさに直面するようになりました。
「造る酒が薄い」と、菊姫を飲み続けた人たちから敬遠されるようになったのです。
そこから長い期間、悩んで悩み続けながら、それでも少しずつ分かるようになっていくと菊姫ファンも納得していくようになりました。
1年の半分近くは家族と離れ、米麹をつくる期間は夜も眠らず、米を噛み続けた歯は40歳で総入れ歯にと、魂と人生を酒造りに費やしつづけた結果、
その足跡には他の追随を許さないほどの道ができ、名人の域へと登りつめていたのです。
それでもやはり「何がうまい酒なのかは分からない」といいます。
己の世界は他人を見ることで開けていくものなので、人によっては好みの振り幅が大きく違います。
それらの経験から漠然とした“一般論”を作り出し、裏付けされたものを信じることで常識・セオリーは生まれていく。
しかしそれは様々な移り変わりに順応できるものではなく、概して“一般的な”ものの見方というのは簡単にできるものではないのです。
造り続けることでなんとなく見えてくるものなのだろうと、私は思うのです。
うまい酒というものは、いったい何なんだろう。
下戸で酒がダメな農口さんはそう思案しながら、その先の未来を見据えて米を噛む。
長年勤めた菊姫は定年で辞め、ここ鹿野酒造で酒を造る齢になりながらも未だ見えない答えがそれなのだそうな。
試飲用に出していただいたのは、すべて山廃仕込みの酒。
農口さんが得意とする酒の造り方です。
試して分かりましたが、ひとつの蔵元でも様々な味と香りがあるものなんですね。
気に入って買った2本の酒の裏には「製造流儀:能登杜氏 農口流」と書いてあります。
そのうちのひとつ「山廃純米無濾過原酒」は人気があって最後の1本でした。
口に含むと、ほろほろと甘さが広がります。
吟醸酒ではないのに吟醸したような香りがあって、ぬくぬくしたコタツの中で雪見しているような、優しさと温かさがありました。
そして山廃独特の幅と余韻が適度に広がると、雪解けのようにすっと消えるのです。
東京に帰ってきて飲んだのは、開栓してから2日後。
空気に触れて状態が変化したおかげで甘さと香りが増し、太陽光を反射する雪のようにキラキラと輝くような印象が見えました。
筆者個人だけの評価であれば、見事なまでにうまい酒だと思うのだけれど。
今はまだ酒造りの期間。
米を洗う時間を秒単位で調整し、麹菌が米に根付いているか夜な夜な確認する作業が今日も続いているのでしょうか。
酒をひとくち口にする時に、ありがたみが増す思いです。
ごくろうさまです。
加賀の酒「菊姫」
日本酒「郷の誉」のことについて書いた前回のブログのあと、別の日本酒を飲んだときに己の見識の狭さを痛感されられました。
その酒には静かな力強さがあり、ぐっと重く、余韻がとても長いのです。
もちろん郷の誉は大好きな酒です。
白ワインのような瑞々しい香りが華やかで、多くの人が美味しいと感じてくれるはずです。
しかし今回の酒は、それとはおそらく真逆のような印象です。
やってきたのは新橋「酒亭菊姫」
蔵元直営の店で、作っているすべての酒が飲めるのが魅力的。
高いものだと1合¥8000というものもあります。
さらに魅力的なのは、酒を造るときに使う仕込み水も飲めるんです。
菊姫の仕込み水は超軟水。
酵母が糖からアルコールを生成するときにミネラルの度合いで活発さが変わり、軟水で仕込むと時間がかかるんですが、口当たりがまるい酒になります。
菊姫山吟原酒
クセのある中にとんでもない力強さを感じます。
降りしきる雪の中、熱気を放つふんどし男が大太鼓を叩くような感じ。
石川県の酒ですが、あえて加賀の酒と呼んでいます。
前述のイメージもそうですが、酒から来る印象がまるで近代日本のイメージではないんです。
ここの蔵の酒はすべて山卸廃止酛(山廃)という作り方をしていて、濃くて強く、熟成香があるのが特徴。
そのため飲み慣れていないとクセの強い酒と感じることでしょう。
その実、筆者も前に何度か飲んだことがある蔵元でした。
そしてその度に、山廃=菊姫はクセがあって飲みづらいという印象を受けてきたのですが、
それがどうしたことか。
うわべを見続けた20代を過ぎ、33歳でようやく分かるようになった味覚の領域なのでしょうか。
神秘的かつ宗教的な芯の太さを感じます。
菊姫の数ある商品の中で、杜氏さん(酒を造る人たち)が毎日飲むものがあるといいます。
それは吟醸酒ではなく純米酒でもない、普通酒「菊」。
ただ安いという理由で飲んでいる訳ではないそうです。
それぞれの酒に持たせる個性を追求していくうちにさまざまな方向性が生まれていく中で、
「菊」というのは伝統的なものを軸に、それぞれが培ったものを生かした作り方をしているそうです。
菊姫の基本となる性格を持った酒ということでしょうか。
燗にしていただくと、やさしくて香りもいい。
最終的に落ち着くところがそういう性格というのが、人間らしいというか、
人の作りしものは人に似ていくということなんでしょうね。
日本酒は、本当は美味しいのです
桜の散りゆく姿も好きだけれど、梅のどこか控えめなところに物語を感じませんか。
寒さがまだ強く残るなか、わずかな春の要素を感じて咲く姿が清冷で凛としていて美しいのです。
私の生まれ育った茨城の誇りは偕楽園の梅なのですが、隣の笠間市にも誇れるものがあることを知ったのは今から数年ほど前。
当時はまだ合併される前で「友部町」というところで、筆者の生まれ故郷です。
以前、私は美味しい日本酒を探すことに夢中になっていた時期があります。
あまり詳しくはなかったのですが、それでも時たま信じられないくらい美味しい日本酒に出会うことがあったのです。
日本酒が苦手と多くの人が忌避する「老ね香(ひねか)」という不快なものがなく、華やかな香りをまとった美味しい水のように感じるのです。
日本酒から青リンゴのような香りを感じたのは初めてで、驚いたものでした。
しばらくして、懇意にしていただいていた人が「茨城の郷の誉という酒が美味しい」とおっしゃっていたのですが、
実はそれが地元・友部町の酒だったのです。
その方に「青山の寿司屋で飲めるぞ」と連れられ、あまりの美味しさに驚き、しかしどこか信じられない気持になりました。
日本酒造りの命といわれる水が、あの平凡な町から汲めるのか疑問だったのです。
それから時も心も移ろい、現在ではフランスワインに熱をあげている私は、無意識に日本酒と距離ができていました。
なかなか新鮮で美味しい日本酒を飲むことができなかったのが原因だったんだろうと思います。
しかし2年くらい前、新橋に良い店があると聞き、行こう行こうと思いつつ時間が経ってしまって、年末ようやく噂の居酒屋「しんばし光寿」へ行ったのでした。
「十四代 中取り純米無濾過」
10年近く前にその美味しさと評判から幻になっていた酒で、当時は飲みたくても飲めませんでした。
今こうやって飲んでみると、実に美味しい!
長く期待していた気持ちを裏切らない実力と、その力を発揮させたお店に感謝しなければいけませんね。
そういえば「郷の誉」も美味しかったなと思いにふけり、いつのまにか新橋ではなく日本酒の世界にいた自分はいよいよ行動に出たのです。
蔵元へ電話して正月に行ってみることにしました。
この郷の誉の蔵元である「須藤本家」は、創業なんと1141年!今年で870年目です。
日本最古の酒蔵で、古い会社としても全国で10本の指に入ります。
老舗というだけではなく、決して暖簾負けしていない品質の良さには、私だけでなく世界の酒蔵も驚いています。
当代のご主人がフランスのロマネ・コンティ(DRC)へ行ったとき、持って行った日本酒を飲んだDRC責任者が「新酒でこれほどの酒が作れるとは」と感激し、2時間の約束を大幅に延長して色々なワインを試飲させたそうな。
その須藤本家主人の行動力はすさまじく、江戸時代から先代まで日本で忘れ去られていた「生酒」を復活させ、
マンハッタンから評判があがり、今では29ヵ国で飲まれるようになり、
ついには権威あるワインコンペ「I.W.C」で金賞を獲得するなど様々な実績を上げてきた方なのです。
私が訪れた時に色々な話をしてくれた人こそ、第55代当主その人でした。
仕込みに使う水のことについては、今でも敷地内の地下水を使っているそうです。
やはり自然の力でしか作ることができないため、敷地内の木を切ってはならない等の厳しい家訓があるそうです。
できるだけ今の自然のバランスを崩さないようにしているんですね。
まだ語りたいことはあるのですが、もう充分しんどい長さなので次の機会に。
蔵元で30分以上ご主人と話をして、名残惜しく東京へ戻りました。
今回買って帰ったのは…
「純米大吟醸 山桜桃(ゆすら)」
青山の寿司屋でいただいたお酒はこれでした。ふわっとリンゴのような香りが爽やかで、甘さがあるのにすっと切れて美しく透明な印象が残ります。
「郷の誉 純米吟醸(黒吟)」 ※下の写真
開けてすぐ香りがたちあがるほどの華やかな吟醸香に驚きました。いや本当に驚きなのですが、山桜桃より強い香りでもバランスは良くて料理にも合うのが素晴らしい。
「郷の誉 初しぼり」
まだ未開封… 毎月その時期に合わせて色々なお酒を出している企画モノの、1月バージョン。
シャンパンなどで使うフルートグラスがいいと勧めてくれたのもご主人でした。
江戸時代に流行した燗酒、
戦後に、限られた統制米で多く・安定供給を目指した酒造りの発明、
ウイスキーブームなどを経ることで日本酒の姿や在り方が大きく変化していきました。
その裾野の中には旨味調味料や酸味料で整えた酒も生まれたりしています。
加えて、状態の悪い酒を飲んだりして日本酒の本来の味を味わえずに嫌いになる人は多いようです。
もちろん老ねた(ひねた)香りが好きな人もいるとは思いますが、
けど、缶ビールよりも工場直送の生ビールの方がスッキリして旨味がハッキリするように、ビール・ワイン・日本酒などの醸造酒は品質管理はとても大切ですし、ものづくりには加えられるものが限られているのです。
ていねいに作られた日本酒なら、アルコールが苦手でなければ誰だって美味しく感じるはずです。
それに自分は、好きなワインよりも、実は日本酒の方が親しみをも感じたりするんです。
自然とともに作りだした酒を、感謝の気持ちを持っていただくことはとても尊いことだと思いませんか。
それが私の好きな酒の飲み方なのです。
シャトー・ラフィット・ロートシルト1981
まだワインの「ワ」の字も知らないころに、大層なものを飲ませていただいた記憶があります。
飲んで「これ好きだな」と感じて、ラフィットという名前だけを覚えているくらいの記憶なのだけれど…
それから10年近く経ってるでしょうか。
今年(2010年)の末に再びラフィットを飲む機会が現れました。
フランス南西にあるボルドーは国内最大のワイン産地で、ブルゴーニュなどの生産者が「ドメーヌ」と呼ばれるのに対し、ボルドーでは「シャトー」と呼ばれています。
12世紀中頃の王妃がイングランドの王子と結婚したことから、フランス南西部はイングランドの支配下になり、イギリスとの市場が開拓されました。
多くのフランスワイン産業を作ってきたのが修道士なのですが、ボルドーに関してはイギリスなどを相手にする商人が推進してできた産業なのです。
やがてブドウを栽培する村名の付いたワインだけでなく、城を意味するシャトーの名前を付けたワインを作り、生産地を細かく分けたことから「シャトー○○」というワインが流通するようになりました。
19世紀になると、パリ万博が開かれることに合わせてボルドーワインの格付けが行われました。
世界中から集まる人たちに向けての指標作りが必要になったのです。
そこで1級を与えられたシャトーは4つ。
20世紀にシャトー・ムートンが1級に格上げされて5つになって以来「ボルドー5大シャトー」として、現在まで世界中の愛好家の垂涎の的となっているのです。
その5大シャトーのひとつが「シャトー・ラフィット・ロートシルト」なのです。
ワインに心酔している人は「ワインは観賞するもの」とか「観賞に値するワイン」とか言ったりします。
香り・色・味わい・舌触りなどから風景を想像することができるワインに出会うと、ただ美味しいというだでは物足りなくなってしまうものなんです。
1981年に収穫されたブドウを使って作られたラフィットのひとくち目は、想像以上に控えめでした。
きっと飲んだ人の多くが期待外れと思うでしょう。
けど、よく香りを探ってみると土のような香りがします。木のような香りもします。
そしてどことなく湿り気を感じるようになってきました。
まるで曇り空の森の中にある池のほとりではないかと。
そう解釈しつつちょっと残念がっていると、間もなく空が晴れてきたような感覚が生まれてきました。
温かい光。
そう思っていると目を覚ましたかのように花や果物の香りがしてくるのです。
「あっ、チョコみたいな香りがする」
「コショウのような風味が残る感じもする」
そうやって、ルビーとレンガを合わせたような色のワインの中から、色々な要素を見つけていくのがまるで宝探しをしているかのようで楽しいのです。
作られたブドウの特性を確認しては知識を深める時もあるけれど、それらの要素を集めて作りだした世界を旅する時もあります。
今回のワインは1981年のものだったので、その年まで時間をさかのぼって、きっとこんな景色があったんだろうなと勝手に想像してみたりすることが、例えば観賞だったりするのでしょうね。
ただ美味しいというだけではない複雑なもの。
収穫年と、グラス内で風味が変わるという2つの時間の要素にワインの歴史が加わることで、深遠で郷愁を覚えさせてくれたワインでした。













