私たちは繰り返し行うことの積み重ねである。
したがって優秀さとは、行為ではなく習慣なのだ。
★★★★
私たちは、毎日どんな行動を選ぶかが、その人の本質をつくられていく。
何気なく始めた行動も、繰り返されるうちに、やがて当たり前になる。
ネットで朝の習慣の大切さの記事を読み、少しずつ取り入れていくうちに、気が付けば私の朝はとても忙しい。
そんな私の横で、散歩に出かけるのをじっとまっている愛犬。
これ以上、朝の習慣は増やさないからね。
私たちは繰り返し行うことの積み重ねである。
したがって優秀さとは、行為ではなく習慣なのだ。
★★★★
私たちは、毎日どんな行動を選ぶかが、その人の本質をつくられていく。
何気なく始めた行動も、繰り返されるうちに、やがて当たり前になる。
ネットで朝の習慣の大切さの記事を読み、少しずつ取り入れていくうちに、気が付けば私の朝はとても忙しい。
そんな私の横で、散歩に出かけるのをじっとまっている愛犬。
これ以上、朝の習慣は増やさないからね。
高校の頃に暗記させられた『平家物語』の一節を、今でも時々思い出す。
あれは、なんともはかなく、そして美しい文章だと思う。
「この世のすべてのものは常に変化し、永遠に続くものはない。」
世の中は諸行無常。
大切なものも、いつかは失われるし、苦しみもまた、いつまでも続くわけではない。
悲しい出来事があったとき、「きっと時間とともに変わっていく」と思える。
逆に、幸せなときには、「今この瞬間を大切にしよう」と思えるようになる。
★★★★
祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。
沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす。
奢れる人も久からず、ただ春の夜の夢のごとし。
猛き者も遂にはほろびぬ、偏に風の前の塵におなじ。
祇園精舎の鐘の音には、諸行無常すなわちこの世のすべての現象は絶えず変化していくものだという響きがある。
沙羅双樹の花の色は、どんなに勢いが盛んな者も必ず衰えるものであるという道理をあらわしている。
世に栄え得意になっている者も、その栄えはずっとは続かず、春の夜の夢のようである。
勢い盛んではげしい者も、結局は滅び去り、まるで風に吹き飛ばされる塵と同じようである。
(Wikibooks)
今、私の中では仏教がマイブームとなっている。
その中でもお気に入りが、YoutubeのAmitaChannelだ。
仏教とヨーガを楽しく学べる。
★★★
あらゆる問題のただ一つは、エゴのせいである。
それを払いのけなさい。
全ての衆生の大きな恩を思え。
他者に幸福を与え、他人の苦しみを受け取るを交互に繰り返して修習せよ。
★★★
私が〜したい、私の幸せ、私の物だとか、というのが全ての問題、苦の原因だ。
「私が」という気持ちが、「私を」不幸にしている。
ラーマクリシュナの福音
「私はいつ幸せになれるんでしょうか?」
「それは私を捨てた時」だと
「私」という思いを捨てた時に、幸せになれる。
逆に「私」という思いが強ければ、苦しみが増す。
正しい智慧を常に思い起こし、実践すること
「おかん」ことネドじゅんさんの『左脳さん、右脳さん』を読んで、常に「いまここ」に意識を向けて生活している。でも、それは思ったよりも難しい。
仏教の基本にある【念正智】の教えは、ネドじゅんさんの「いまここにいる」ことの大切さと通じている。
仏教の教えをいくらたくさん知っていても、それだけでは意味がない。実践して初めて、本当の意味がる。
たとえ教えを一つしか知らなかったとしても、それを常に思い起こし、実際の生活の中で実践することが大切だ。
もし「常に思い起こす」のが難しいと感じるなら、最初は「朝起きたとき」「食事の前」「寝る前」など、時間を決めて思い出す練習をしてみるのも良い方法だ、
何気なく、昨日あった出来事を思い返したり、起きるかどうかもわからない未来を想像してぼんやりするのではなく、常に目の前の風景や、今やっていることに意識を集中できるように心がけている。
随分前に読んだ本を読み返した。
ホーキンズ博士は、人間の意識のレベル(感情、意識状態)を1から1000までのスケールで表した。
以前の私は、50から150を行き来していたが最近は調子がよくて200位になる時もある。
350ぐらいまで上がれば人生が楽しそう。
死ぬまでに500、540ぐらいになりたいな。
★★★★★
低い意識レベル(ネガティブ)