ダライ・ラマ14世も大切にしている「慈悲の瞑想」は、特定のフレーズを心の中で唱えるだけで、驚くほど心が穏やかになる。

 

やり方は簡単。静かに座るか、または横になって、自分、そして周りの人たちを思い浮かべながら、以下の言葉を心の中でゆっくりと繰り返してみる。

 

基本の4つのフレーズ

  1. 「私が幸せでありますように」
  2. 「私の悩みがなくなりますように」
  3. 「私が願いを叶えられますように」
  4. 「私が穏やか(安らか)でありますように

自分に対して唱えるのが慣れてきたら、少しずつ対象を広げていくのがダライ・ラマ流。

  • 大切な人へ: 「私の大切な人が幸せでありますように」
  • 苦手な人へ: 「私を困らせる人も、苦しみから解放され、幸せでありますように」
    (※これを行うと、相手へのイライラが少しずつ溶けていくと言われています)
  • 生きとし生けるものへ: 「世界中の生きとし生けるものが幸せでありますように」 
ポイント
  • 感情がこもっていなくてもOK: 「幸せを願わないと」と力む必要はない。ただ言葉を「置いていく」ような感覚で唱えるだけで、脳には良い影響があると言われている。
  • 「自分」を一番に: まずは自分自身を慈しむ事が、他人に優しくなるための第一歩だと説いている。

2025年の年末、南カリフォルニアの砂漠地帯にある瞑想センター「ダンマ・ヴァッダナ(Dhamma Vaddhana)」での10泊11日の瞑想合宿の体験。これまで長々と綴ってきたが、もう少し書きたい事がある。

まずは、この貴重な合宿に参加できたことにとても感謝している。

私が最初にヴィパッサナーに興味を惹かれた理由は。「この瞑想であらゆる問題が解決し、すべての苦しみから解放される」という教えだ。一体どうすればそんなことが可能なのか。コースを通じて私なりに学んだことをまとめてみる。

 

このコース中、参加者の心に最も残る言葉は「アニッチャ(無常)」だろう。 ヴィパッサナー瞑想の実践では、頭のてっぺんから足の先まで、そして足の先から頭のてっぺんへと、順番に全身の感覚を客観的に観察していく「ボディスキャン」を行う。

自分の身体感覚に意識を向け、ただひたすら観察する。頻繁に意識は逸れる。しかし、逸れたことに気づき、また淡々と観察に戻る。その繰り返しの中で、自分の心の癖を自覚するようになった。

瞑想で、自己観察を続けることで、感覚は常に変化していること、精神も肉体も変容し続けていて、すべてが無常であることを「知識」としてではなく「体感」として理解できるようになるという。私自身はまだその入り口に立ったばかりだが、無常の真理を身体で理解する感覚をつかみかけていると思う。

 

他人が私を苦しめる、病気が私を苦しめるとそう思うだろうが、実際は苦しみとは、自分がどう反応するかにある。目の前にある苦しみに反応しなければ苦しみは起きない。嫌なものを拒絶し、好きなものに執着するのをやめる。

この反応を「サンカーラ」と呼ぶ。 

反応は、次の順に起こる

①最初に接触がある。接触とは、体で感じる痛みや快感や、見た事、聞いた話をさす

②次に評価。 接触で起きた事を心が、良い・快適、悪い・不快と瞬時に判断する

③評価に対して反応が起きる。快適=もっと欲しいという渇望・不快=嫌い、嫌悪

 

この反応を繰り返すことで心に執着が生まれ、それがストレス(苦しみ)となる。指導者であるゴエンカ氏は、この「反応に反応しないこと」の重要性を説く。例えば痛みが出たとき、不快だと嫌悪するのではなく、「これは単なる痛みであり、すぐに過ぎ去る(アニッチャ)」として、感覚が消えていく様子をただ観察するのだ。

 

瞑想中、私はよく過去の失敗や諦めた記憶を思い出し、不快な感覚に襲われた。先生に「これもサンカーラでしょうか?」と尋ねると、「そうかもしれないが、そんなことは気にしなくていい」と一喝された。反応に反応しない訓練をしているのだから、湧き上がる思考に囚われないのが一番の近道なのだろう。

 

苦しみのない人生を送るには、ただ反応せず、観察すること。心を常に穏やかに保ち、良いことも悪いこともすべて、現象に過ぎないと認識すればいい。

痛みや苦しみを、テレビドラマを見ているように客観視できれば、振り回されることはなくなる。 実際、私も瞑想中に体の痛みを観察し続けていると、不思議なことに数分でその痛みが消えていく経験を何度もした。

ヴィパッサナーを続けることで、自分の心や体の外側で起きている感覚に敏感になれる。あらゆる出来事に反射的に反応していた自分に気づくこと。それが変化の第一歩なのだ。

 

合宿後、ゴエンカ氏は「1日2回、各1時間の瞑想」を推奨している。 合宿から3ヶ月が経った今、正直に言えば、最初の1ヶ月は本気で早朝と夜に1時間ずつ続けていたが、次第に自分を甘やかすようになり、現在は1日1回30分から1時間ほどに落ち着いている。

 

それでも、生活の中での「気づき」は確実に深まった。 特に怒りやイライラを感じたとき、「あ、いま私、怒っているな」と客観視できるようになる事が多い。また、気づきを意識しようと決めたので、周囲の景色も以前より鮮やかに感じる。空の青さや木々の葉の色が、以前より新鮮に目に映るようになった。

 

この合宿を通じて、確実に自分が少しずつ変わり始めているのを日々実感している。

チャンスがあれば、ぜひまたこの厳しい合宿へ戻りたいと思っている。

 

 

2025年の年末。南カリフォルニアの砂漠地帯にある瞑想センター「ダンマ・ヴァッダナ(Dhamma Vaddhana)」の体験記。

 

ヴィパッサナー瞑想合宿で気づいた小さいことの続きを書いていく。

 

6. 唯一の娯楽の散歩

合宿中、運動は禁止されているが、散歩は許されている。女性エリアの端から端まで歩いて約10分。みんな食事後は歩いている。2周も歩けば、冬の12月でも天気がいいと少し汗を書くほどだ。
何より、時間とともに表情を変える砂漠の景色は見応えがある。朝食前の朝日、夕食後の夕焼け、そして夜には零れ落ちそうなほどの星空。この絶景を見るためだけに、またここに来たいと思わせるほどの美しさだ。

 

6.  沈黙はどうだったか

沈黙は驚くほど徹底されている。私が見た所、生徒同士で話す人は皆無だった。
唯一のハプニングは、私が食堂でコーヒーカップを割ってしまった時。パニックになり、食堂のヘルプの人にジェスチャーでモップが欲しいと伝えると、周りの参加者が無言で片付けを手伝ってくれた。

 

話せる相手は、生徒の管理をしているマネージャーと指導してくれる先生だけだ。マネージャーには、ゴミの捨て方を聞いたのと、一度、私が時間を勘違いしてグループ瞑想に参加しない時に、部屋まで呼びに来た時に話をした。

先生は、質問の時に、4度ほど個人的に話をした。一人、5分と決まっているので話す事をまとめておくといい。

 

7. 休憩時間の過ごし方

食事が終わると休憩時間なので、ほとんどの人が歩いている。私はシャワー室がシェアーだったので、シャワーを浴びる時は予約しないといけなかった。休憩時間にはシャワーを浴びたり、昼寝をしたり部屋を掃除をしたりしていた。

たまに、本当に暇なので、瞑想でもするか、と瞑想をしていた時もある。

 

8. 洗濯について
洗濯機はないので、すべて手洗になる。私はTシャツや下着、靴下、レギンスを手洗いしていた。夜寝る前に洗って室内に干す。砂漠なので乾燥がひどく、厚手の靴下以外は翌朝には乾いていた。外の物干し場は、天気が良いとみんなの洗濯物でいっぱいになる。私は洗わなくても、バスタオルやパジャマを太陽の下に干していた。風で飛ばされないよう、洗濯バサミを持っていくといい。

 

9. 寄付について

私が今回、この環境を快適に過ごせたのも、顔も知らない誰かの善意のおかげだ。最終日、感謝を込めて寄付をした。前に、ヨガや瞑想の近隣のリトリートを調べたことがある。相場は、安い所でも1週間1500ドル以上。それを踏まえて自分なりに寄付をしたが、予算が許せばもっとしたかった、というのが本音だ。

 

2025年の年末。南カリフォルニアの砂漠地帯にある瞑想センター「ダンマ・ヴァッダナ(Dhamma Vaddhana)」の体験記。

 

ヴィッパサーナ瞑想合宿で気づいた小さいことを書いていく。

 

1. 参加者たち

参加者は男女各45名ほど。驚いたのは、アジア人の多さ。特にインド系が圧倒的に多く、次いで東アジア人。
夫婦で来ている人もいたが、徹底した男女別管理のため、瞑想ホール以外で異性と顔を合わせることは、初日と最終日を除いて一切ない。ホールでも左右にきっちり分かれて座る。ちなみに、私のように多言語講話をヘッドフォンで聴いている人は、全体で5〜6名ほどだった。参加年齢は20歳ぐらいから60代と言う感じだった。女性は、20代と50歳以上が多い感じがした。

男性の方は逆に20代、30代の人が多かった。どちらかというと男性の方が熱心な感じがした。

 

参加する前は、ヨガの熱心な人や瞑想の達人やヒッピー風な人が集まっているのではないかと想像していた。でも、実際に現地で会ったのは、割と普通の人たちだった。

それを実感したのは、駐車場で、テスラのサイバートラックを見た時。今時の若者が、スマホを預けて砂漠で座りに来るんだと。このセンターには電気自動車を充電したまま駐車できるスペースもあるし、来る人も近代的なんだなと思った。

 

2. 気になる部屋事情

参加前に一番不安だったのが部屋割りだ。新しい生徒は相部屋と聞いていたが、女性棟は、多くがトイレ・シャワー付きの個室だった。観察していると、二人部屋はたぶん5室ぐらいで、個室でトイレ・シャワーシェアーも5、6室のようだ。どうやら年齢が若い初参加者ほど、2人部屋や水回りシェアの部屋になるように見えた。部屋は大学の寮のようにシンプルで、清潔で冷暖房完備で窓もあり、ベッドも快適。私にとっては、十分にお気に入りと呼べる空間だった。

 

3. 唯一の楽しみな食事

  • 朝食: シリアルやパンに加え、温かいオートミール、そしてナツメ(またはライチ)の甘いシロップ煮が絶品!
  • 昼食: メインディッシュは毎日日替わり。中華、パスタ、インド料理など、ベジタリアン料理とは思えないほど満足度が高く、飽きることがない。
  • 夕方: 新人生には飲み物とフルーツが出るが、古い生徒は飲み物のみ。

飲み物は、いつもコーヒーや各種ハーブティー、緑茶、アーモンドミルク、豆乳、牛乳があった。私は特にベンガルスパイスティーにハマってしまい、帰宅後にすぐAmazonで注文したほどだ。

日常で食事はほとんど興味のない私だが、自室では、よく食事のことを考えて過ごしていた。なのに二度ほど失敗を犯した。
一度は、朝の瞑想後に二度寝してしまい、起きたら食事終了5分前!急いで食堂へ駆け込んだが、大好きなオートミールは無く、残り物のフルーツを必死にかき込んだ。
もう一度は、夕方の食事時間を勘違いし、食堂に着いた時にはすでにクローズ。楽しみが食事しかないのでこのミスは、泣きたいほど落ち込んだ。(刑務所の人の気持ちが痛いほど理解できた)

 

4. 脱落者はいるのか?

「途中で逃げ出す人が多い」という噂も聞いていたが、今回の男性側で、ある日を境にずっと空席になっている場所があった。一人、リタイアされたのかもしれない。一方で、数日姿が見えなくても、戻ってきた人がいて、体調わるかったけど復活してもどってきたんだろうか?という人がいた。

 

続く

 

 


 

2025年の年末。南カリフォルニアの砂漠地帯にある瞑想センター「ダンマ・ヴァッダナ(Dhamma Vaddhana)」の体験記。

 

以前書いたこととダブってしまうが、合宿に行く前の事をまとめて書いてみた。

 

この合宿に参加したいと思ったのは、ずいぶん前のことだ。しかし、当時は母が入退院を繰り返しており、10日間も外部と連絡が取れないことは、現実的に不可能だった。母のことが落ち着いた時、今なら行けるというタイミングが来た。

 

参加を決めて友人に話すと、返ってくるのはネガティブな反応ばかり。
「大丈夫?洗脳されるんじゃない?」「それってカルト?」「まるで刑務所」

場所は遠い砂漠だし、しかも、英語の講話が理解できるのか?という言葉の壁。

 

まず移動については、センターが、相乗り(ライドシェア)のシステムを提供しているので、自分で運転できなくても行ける。そして講話については、英語が苦手でも大丈夫。日本語の音声ファイルをヘッドフォンで聴ける端末を貸してもらえる。

ゴエンカ氏の講話はジョークが交えられていて、英語で聞いている周囲からは笑い声がしている。日本語訳だとそこまでの面白さはないが、内容をしっかり理解できる。

 

「毎日10時間、座りっぱなしで修行」というストイックなイメージだったが、実際はもう少し柔軟だ。

必ず参加すべきグループ瞑想は、午前・午後・夜の計3時間。1時間座った後には必ず15分ほどの休憩がある。その他の時間は自主瞑想となり、自分のペースで進めることになる。

時々、自室瞑想の時に、「古い生徒はホールでそのまま瞑想してください」「新しい生徒はホールでそのまま瞑想してください」という指示があるが、これも30分ぐらいで、その後はそのまま瞑想していてもいいし、自室に帰ってもいい。

各部屋には椅子がなく、ベッドに腰掛けて瞑想できるので、必ずしもあぐらや正座でなくてもいい。

正直に言うと、私は朝4時半からの瞑想のうち、1時間はホールで頑張り、残りの1時間は部屋で寝ていた(汗)。私が言いたいのは、強制10時間瞑想ではないので、怖がらなくていい。そして自主瞑想の時間は、己との戦いとなる。

 

座るのが拷問と感じる人もいるだろう。でもセンターにはクッション、枕、正座の時に足が痺れないようにする補助の板やアグラ座布団、快適でいられるためのあらゆる物があるので、心配はいらない。私は参加が決まってから、なるべく床に座って作業するようにしていたのも、長時間座るのに非常に役立ったと思う。

 

参加を決めたのはいいが、申請しても、行けるとは限らない事を知る。かなり人気がある。何度かトライするが、すでに申し込みが終わってしまっている。一度はキャンセル待ちになり、かなり喜んだが願いが叶わなかった。だからこそ、今回「許可」の通知が届いた時は、まるで宝くじに当たったかのような喜びだった。