この世のなかの全ての苦悩は、人間の過去世から現在にいたる誤てる想念が、その運命と現れて消えてゆく時に起る姿である。

 

いかなる苦悩といえど現れれば必ず消えるものであるから、消え去るのであるという強い信念と、今からよくなるであろうという善念を起し、どんな苦難のなかにあっても、自分を赦し人を赦し、自分を愛し人を愛す、愛と真と赦しの言行をなしつづけてゆくとともに、守護霊、守護神への感謝の心をつねに想い、世界平和の祈りをいのりつづけてゆけば、個人も人類も真の救いを体得出来るものである。

 

★★★

先月、森美智代さんの「霊性を高める小食法」という本を買った。その後すぐに親族の大怪我があり、40分合掌法の部分だけ読んでそれを実行してから、この本の事は全く忘れていた。

 

昨日、カバーのついた本を開いてみて、あ、そうだと思い読みだした。とてもふんわりした感じの文章で読みやすい。そしてこの本の中で書かれていた五井先生の文を見て心が軽くなった。

 

 

雄弁は銀、沈黙は金

『何も語らず黙っていることは、すぐれた雄弁よりも大切であるということ。』

 

★★★

雄弁さは一定の魅力を持つが、沈黙は深い洞察や真実を宿す。

雄弁さは重要だが、沈黙するべき時を心得ていることの方がさらに重要だ。

時には、何も語らず黙っている。静けさの中にこそ、真実が宿るから。

 

私の身近におしゃべりな人いる。本当によくしゃべる。

その話を聞いていると、時折頭が痛くなることもある。

話が多い人は、何か不安があるのか?

 

おしゃべりな人との付き合いは楽しい一面もある。

もちろん私も、おしゃべりになることもある。

 

私の様に、日々のおしゃべりを聞くのに疲れた人は、前にも聖書の言葉でにたようなのを書いたことがあるので、こちらも読んでみて下さい。

 

 

 

 

前にも書いたが、私の不注意で親族に大怪我をさせてしまった。
悔やんでも、泣いてもどうしようもないので、前向きに考えようと努力している。

うまく自分の気持ちをコントロールしているつもりだが、ふと、心が沈む。
意味もない不安に襲われる。大声で叫びたくなる。
怪我をした方が辛いだろう。私の辛さなんて、比べ物にならないだろう。

友達が魔法の言葉を教えてくれた。

大丈夫、大丈夫
私は大丈夫、どうにかなるさ。


不安になると、鏡を見ながら自分に言い聞かせている。

私は、今回のことで、自分の傲慢さ、いい加減さを思い知らされた。
これからは、自分の事より他の人に奉仕して、生きていく。

このブログを書くのも、私にとって、気持ちの切り替えに役にたっている。

自分を助けてくれる全ての人に心からの感謝の気持ちを表す。

 

感謝する「ふり」は絶対にいけない。そして、心から相手に感謝の念をいだいたなら、きちんとその気持ちを表現する事。

 

感謝の気持ちを表現することが、すでに受け取ったものよりはるかに多くのものを生み出してくれる強い力となる。

 

★★★

どこかで読んだのだが、人間は「人から感謝してもらいたいもの」。

確かにそう思う。例え好意で何かをしても、感謝が全くない場合と感謝してもらったのでは、後者の方が気分がよくなる。

 

身近な人々に対して日常的に良いことをしてもらっていると、つい感謝の言葉を忘れてしまう。

最初はありがたかったことも、何度も経験していると感謝を忘れる。

私を支えてくれる人に心から感謝の言葉をいつも言えるようになろう。

 

 

 

反応しない練習 あらゆる悩みが消えていくブッダの超・合理的な「考え方」より

 

1 全ての悩みは心の反応から生まれる

 

2 世の中の情報はどうでもいい事だらけ

 

3 反応する基準をみきわめる

 

4 自分の人生にプラスになることだけに反応する

 

5 反応しそうになったら自分を客観視する

 

★★★

私は短気という欠点を持っている。かなり短気の部類だろう。
そこで『反応しない』という修行をしている。

最近は怒ったら、その瞬間に怒っていると気が付くようになった。

怒りを抑えるようにするのには、まだ時間がかかりそうだ。