見えない翼をもつ男 | 空飛ぶウェブデザイナー 坂井田 清和の子育て日記 -3ページ目


友だち

という言葉を聞いてどんなイメージをしますか?


大人になってから、友だちは何人増えましたか?

今、友だちと呼べる人は何人いますか?

この先ずっと付き合っていきたい人とそうでない人との間にはどんな違いがあるのでしょう?

また、どういった違いが生まれたことでそういう気持ちになるのでしょう?

あなたが考える友だちの基準って何ですか?

仕事上で知り合った人と仲良くなって、プライベートでもお付き合いが続いている人はあなたの友だちですか?


大人になって仕事上の同僚を
「ぼくの同僚です」

ではなくて、
ぼくの友だちです

というのにちょっと照れくさかったり、実感が湧かなかったりするのはなぜでしょう?


でも仕事仲間から何のためらいもなく、
彼は、ぼくの友だちです
と言われたらどういう氣持ちがしますか?


子どもの頃、親や周りの大人からこんな事を言われた経験ありませんか?

「友だちと仲良くしなさい!」

「いっぱい友だち作りなさい!」

これを子どもの頃は素直に聞き入れる耳を持っていたはずです。

何のためらいもなく・・・



仕事上は「同僚」、「ビジネスパートナー」

プライベートは「友だち」

どうして、そういう発想になってしまうのでしょう?


ビジネスのためだけに作る友だち。
メリットを求めて続けるお付き合い。

こんなことだけで繋がっている関係ってちょっと寂しい氣がします。


自分のパートナーや子どもを友だちと呼べる人がいます。
自分の親と友だち関係が築ける人がいます。
知り合ったばかりの人とすぐに友だち関係になれる人がいます。

「 仲間 = 友だち 」
という式が成り立つ人たちがいます。


幸せ」と表現される理想像の中に
友だち
という言葉があるはずです。


子どもの頃の「友だち」のイメージを大人は、もっと広げられるはずです。


彼は、ぼくの友だちです

そんな風にいえる人の輪の中に入るのは、実は簡単です。

それは、自分が・・・・


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いまより意志力の強い未来の自分が現れて、大きな変化を起こしたり、重要なことをやってくれたりするのを待っていませんか?
(「 スタンフォードの自分を変える教室 / ケリー・マクゴニガル」より)


私たちは、未来の自分像をまるで別人のようにとらえているということです。


先延ばしにしてしまう人が、先延ばしにする理由に、「明日(未来)の自分ならきっと別人のように効率的に行動しているはずだ」という思い込みを持っているということがあります。



明日のやる事リストについつい、多くの項目を書き出してしまい、全てやりきる事ができない。

これもまた、「明日の自分は今日の自分より気力、体力ともに充実していて、やる気に満ちているはずだからこれぐらいのことはできるはずだ」という思い込みを生んでいるのです。

未来の自分は、今できないことも難なくこなしたり、今より数倍やる気に満ちていて、やり残したことや、今抱えている全ての悩みを解決してくれるほどすばらしい人格を持っているに違いないという妄想を知らず知らずのうちにつくってしまっていたりします。



1ヶ月先の予定、1年後、3年後の目標といった自分が変化するのに十分だと思えるほど時間がある場合には、この妄想はより一層大きくなります。


目標を持て!

ビジョンを描け!

理想的な自分をイメージしろ!



など、自己啓発の世界では、聞き慣れたあたりまえのようなフレーズ。

これは間違ってはいないと思います。
が、1つ手前の観点が抜けています。

ほとんどの自己啓発本で語られることのない1つの盲点。それは、いったいなんでしょうか?








それは、

今すぐできる現実的なはじめの1歩は、何か?

を知る事。



それは、理想像でも、グレードアップした自分がすることでもありません。

今の自分の実力で、今すぐ取りかかる事の出来ること。


壮大な夢や、自分の理想像を想像してイメージするのは楽しいし、励みにもなります。でも、その大きさ故にそれに現実感を持てず、いつの間にか、まるで他人事になってしまった夢や目標、いくらでもあります。

大抵、こういったイメージを先に作ってしまうと自分が今すぐ行動する理由がぼやけて、しまいます。


大まかな理想像ができたら、それを完成形にする前に、「今すぐできる現実的なはじめの1歩」を必死に考えてみる事をオススメします。


まず一歩を踏み出してから、もう一度考える。そうすることで、理想像もより具体的になり、けっして忘れない強いイメージが脳に刻まれます。


身近な自分、自分の姿をリアルに描く事ができる程度に近い将来にいる自分


その自分が何をして小さな成功や満足感を得るのか?」をイメージすることからはじめてみる事です。


このイメージは、とても明確ではっきりとしているはずです。その日からすぐにでもはじめられるイメージが湧いてくるはずです。


遠い未来のイメージをいきなりしようとするから、多くの場合明確にならず、失敗に終わるのです。


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ネコを2匹飼っています。


小さな子猫の時、
「2匹一緒に育てていただけるなら・・・」と言われ、ある方からいただきました。

2匹ともめっちゃ元気です。
オスとメスです。

オスは、とってもおとぼけ系で「くまもん」そっくりなんです。


似てませんか?

それに、このネコ、
「ワンっ」って鳴くんです。


本当です ^ ^ ;

甘えるときも、
普通なら「んにゃ~」と鳴いて欲しいところですが、

「ワン、ワァ~ン」と鳴きます。

いつも録音しようと思っているのですが、なかなかうまくいきません。

今度、上手く声が録れたら、アップしますね。





さて、前回のつづきです。

人間はマルチタスク処理をしているようで、実はそうではない。
という話でした。

でも、「1つだけ例外がある」と言いました。

それは何でしょう?
イメージできましたでしょうか?




例えば、ジョギングをしている時、何か他の事を考えたりしていませんか?

でも、考えているからといって、いちいち足を止めたりしません。

友達とおしゃべりをしながら歩くのも一緒です。

また、車の運転中に同乗者との会話を楽しむことができます。

何かを話す時、車を止めたりはしませんよね。


要するに、

何度も何度も繰り返し行って来た肉体的な作業で、それに非常に慣れていれば、その作業をしながら知的なことも出来る

というわけです。

これには、個人差もあって人によってできるできないはあると思います。

そして、ほぼ無意識のうちに日常的に行っていることの1つではないでしょうか。

実は、この無意識に行っているマルチタスク処理には盲点があります

『自分はその「○○しながら、■■をする」ことに慣れていると思い込んでいる』時です。


携帯電話で会話をしながら、車の運転をしたりする人などは、典型です。

これは、法律でも違反行為とされていますが、今でもちょくちょく見かけます。

こういう人たちは、たぶん

「車の運転にも慣れているし、携帯での会話ぐらいで運転操作を誤る心配などない・・・」

と思っているのではないでしょうか?

「会話するために、わざわざ止まって時間をロスしている暇はない・・・」

といった感じでしょうか。

冷静になって考えてみるとその「思い込み」がたいへん危険なものだとすぐ気付くはずですが・・・



ちょっといい例にも触れておきたいと思います。

頭の中がもやもやしていて、
仕事でどうしてもいいアイデアがでてこなかったり、
ずっとデスクワークをしていて、
どうもはかどらないような時、

ちょっとだけ、
近くの景色のいい場所まで出かけてみたり、
30分程度のウォーキングをしてみるとします。


ドライブやウォーキングをしながら、

景色を見たり新鮮な空気に触れたり、

車の挙動を感じたり、

運転している感覚を感じたり、

歩いている時の鼓動を感じたり、

自分のしていることに意識を向けてみたり

していると不思議なことがおきたりします。



ほとんど意識していなかった、というより忘れてしまっていた、さっきまで仕事で引っかかっていたことや、さんざん悩んでいた事への解決策がフッと浮かんで来たり、スッキリしたりする瞬間があります。

これは、どういう風に考えればいいのでしょう?

何か全く関係ない事をしているときにも、人間の脳は並列処理をしていて、

他の何か(特に今もっとも関心のある事)の答えを探していたり、新しい情報を取り入れたりしているのではないでしょうか?



これこそ、人間がもっている最高のマルチタスク処理機能ではないでしょうか?

この誰でも持っている能力を意識的に使うことができたら素敵なことになりそうですね。


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マルチタスク
と聞くと、パソコンにチョット詳しい人なら、CPUの数やOSのバージョンアップによって可能になった処理能力を想像する人も多いのではないでしょうか?


私は、メインでMacを使っていますが、OSXになってから以降このマルチタスク処理が現実的に可能になって、1つの作業をしながらもう1つの作業をするということがストレスなく出来るようになったという実感があります。


例えば、iTuneを聞きながら、インターネットメールもしながら、フォトショップイラストレータードリームウィーバーを立ち上げてWeb制作をするといったことができるのもこのマルチタスク処理システムのおかげです。


今では、すっかり当たり前になっていますが、こんな事をやると10年程前のパソコンでは、すぐにフリーズしてしまったり、アプリケーションを切り替えるだけで時間がかかったりと大変でした。


では、人の脳はどうでしょう?

パソコンのようにマルチタスク処理ってできるのでしょうか?

私は、日常的に3つも4つも同時に処理しているよ。

人の話を聴きながら、頭は仕事のことを考えたりできるよ





などという人もいるかもしれません。


パソコンよりもはるかに優れた処理能力を誇る「人間の脳」です。

マルチタスク処理なんて、できるに決まっているじゃないか!

私は、そう思っていました。


でも、実際は、厳密にいうと

人間の脳は、一度に1つの仕事しかしていない

ということらしいです。

処理能力の高い人は、確かにいます。

ある程度トレーニングすることで、まるで1度に3つも4つも処理しているように

思考の素早い切り替え

ができるようになるので、「マルチタスク処理」が出来ているように思いがちですが・・・


実際はそうでないようです。

ただ、1つだけ例外があるのです。


それは何かわかりますか?


次回は、その例外について触れたいと思います。


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