手持ちのジーンズが全て修繕しなければならなくなった。尋常なまでに太い腿がそうさせた。擦れて生地が薄くなり、肌を露出する。
きっての古株・マサは腿から尻にかけて破け、幾度となく修理に出している。高校からの付き合いで10余年、膝の辺りもボロボロだが、マサに引退はない。次に古いエイジもまた学生時分に買い、ベテランの域に達している。早くから故障に悩まされ、現在はローテーションを飛ばすこともしばしばある。ケンシンは元から薄手で、破けてからが早かった。びあんち号にまたがる際、引っ掛けて大きく裂けてしまい、露出面積が大きい。3年前と2年前、矢継ぎ早にケンタとケンイチを購入した。前述の3つが苦しい時は大車輪の活躍だった。酷使が祟ってケンタは先輩同様に、ケンイチは股割りをしようとして尻がパックリ裂けた。
経済的に考えて新人を補強する選択肢は消えた。ジョーブに縫ってもらうため、ジョーブを探す。絶えずパンチラしている状態ではマウンドに立てない。
「Tくん、Kちゃん、ご結婚おめでとうございます。私は新郎Tくんの大学時代の友人、現象と申します。スピーチ時間が2分程度と言われましたので、Tくんの良いところなら1時間ほどノンストップで話せる自信があるのですが、手短におこないたいと思います。ちなみに悪いところでしたら2時間ほどいけますが、それも割愛させていただきます。
Tくんと僕、それにあそこのテーブルにいる皆は、今も集まっては温泉などに一緒に行く間柄で、彼はこのグループのリーダーとして、親しみをこめて「あんちゃん」と呼ばれています。そのリーダーシップたるや、例えばどこかへ遊びに行く際「集合時間は何時だから送れずに来いよ」と彼は皆を仕切るわけですが、いざその待ち合わせ場所に行くとTくんだけが来ていないということがしばしばありました。器の大きさをこういうところで垣間見ました。
さて、僕はTくんとKさんの出会いの場に立ち会うことができたので、その時のことを話したいと思います。10年近く前の話になります。Tくんと僕は、とある飲み会に誘われまして、その日は朝からウキウキ浮き足立っておりました。いざその席で僕らは隣に座っていてKさんは離れた席にいました。はじめは大人しくしていた彼ですが、おもむろに席を立ち上がると一直線にKさんのところへ行き、何やら話しかけていました。その時の会話は存じ上げませんが、口説く彼の後姿を見ながら「僕らのリーダーは何て頼もしいのだ」と感動しました。
何度か二人で会ってから、TくんはKさんの当時勤めていた幼稚園が傾斜の激しい丘の上のほうにあることを知り、そこまで自転車で行ったそうです。「途中でチャリンコが壊れたから放り捨てて会いに行ったぜ」と後に誇らしげに語ってくれました。その情熱、猪突猛進ぶりにKさんはほだされたのではないかと、僕は踏んでいます。
それから長い間Tくんの情熱は冷めることなく、愛を育み、新たな門出を迎えたことをたいへん嬉しく思います。お二人の末永い幸せを祈りながら、お祝いの挨拶とかえさせていただきます。 」
体長1メートルのゴキブリが部屋の壁にもたれかかっている。まるでここの主のように我がもの顔で動かない。怯んだが、僅差で勝てると思った。空手の板割りの要領で、踏みつけて胴体を真っ二つにしてやろうと、足を振り上げたところで起きた。
部屋が汚いことに対する罪悪感からの夢だろうか。掃除して3日もすれば足の踏み場がなくなる。僕の血か、ゴキブリの体液か、両方とも飛び散ることなく済んで胸をなで下ろす。
ウィルコムからの解約手続き完了のハガキを渡され、ブンレツさんも知るところ
になった。致し方なし。随分前から察してはいただろう。ブンレツグランマには僕の口から言いたかった。色の話が何よりも好きで、振れば正気に戻る。精気に満ちる。いつか恋人を紹介すると、グランマもそれを楽しみにしていたがまだまだ先になってしまい、伝えられないでいた。
案外、落胆した素振りは見せなかった。そして説法をくれた。「恋をする毎、人間的に成長できる。何度もふられたっていいじゃないか」と。しっかりした口調で驚いた。2度の結婚、その後も男を知っている経験談は骨身に沁みる。
哀れに思うのはブンレツさんのことで、彼女は一人しか知らず、それも失敗だった。グランマを見てきたことが起因にもなっているだろう。同じ過ちは繰り返さないよう見極めたい。
オーストリア・インスブルック発イタリア・ローマ着の列車に乗った老齢の教授が1枚目のチケットを持つ。そのチケットは食堂車のもので、多国籍、他人種が一堂に会していた。ヨーロッパらしさをかもし出す。オーストリアへの出張を済ませ、孫の待つローマに思いを馳せる教授だったが、出張先の秘書に恋心を抱いていた自分に気づき、彼は変わる。過去の回想を取り混ぜて、そのカットの繋ぎがあまりに滑らかで、エルマンノ・オルミの実力を初見で知ることができた。座席を取れなかったアルバニアの家族が通路に座っていたところ、軍人がぶつかって乳児にあげるミルクがこぼれた。それを見ていた教授の行動にささやかながら幸福の余韻を残す。
マイ・フェイバリットであるアッバス・キアロスタミが続く2枚目のチケットは、先のアルバニア人家族が乗り換えた列車から始まる。彼らと共に、太った醜い未亡人と若い青年が乗り込んだ。2等席にもかかわらず、彼女は空いていた1等席に座る。終始傲慢な態度に青年は辟易としているようだった。青年のことを知っている少女2人が列車にいた。彼女たちは青年の妹の友人で、昔のことや彼の以前の恋人の話を聞く。彼は自分を見つめなおした。複数の人間が対峙した時、対象の片方を画面で見せないキアロスタミ節は今回も炸裂した。想像力の活性化を促す。
「SWEET SIXTEEN」で主役を張ったスコットランドの若者を本作でも起用し、カンヌでパルムドールを受賞した新作はアイルランドを舞台にして、ケン・ローチはどちらの出身なのだろうと思っていたら、その実イングランドだった。3枚目のチケットを巡ってスコティッシュ訛りが飛び交う。ラーション移籍後はおそらく中村俊輔も応援してくれるであろうスコットランド人3人組はチャンピオンズリーグを見るためにローマへ向かっている。その道中でチケットが紛失し、アルバニアの家族をにらむ。ことの大小、対岸の火事、どこまでを他人事とみなすのか。彼らの決断がすがすがしい。
オルミは情緒を、キアロスタミは情弊を、ローチは情熱を描き、それぞれ叙情に満ちている。国や人種の垣根は低くなって然るべきだ。
学生時代の知人にばったり出会って、彼はツボを極めたという。こと喉に関しては全国屈指と自負しており、声を変えられるからどうだと勧められた。それでは低く渋い声にしてくれと頼み、喉をまさぐった後に喉仏の下を押された。別れの言葉を何がしか添えて彼は去っていく。
自分で自分の声が分からない。また別の知人を見かけて駆け寄り、話しかけた。僕が喋っても彼女は聞き取れないようだった。重低音が過ぎて言葉が認識されないと言われる。僕は人と意思の疎通ができなくなった。別段それでも困りはせず、することもないので、というよりも何が目的で外出したのか忘れて、徒歩で帰ろうとした。
いつの間にやら知らない道を歩いている。家路につけず、道を聞こうと一軒家のベルを鳴らした。状況を説明しようとしたが僕の声は伝わらない。とりあえず麦茶でもどうぞと招かれた。味がしなかった。その時、全てを理解できたような気がした。次の瞬間、それは気のせいだと分かった。
品川で駅員ともめて幸先悪し。マニュアル通りに動きやがって。割高の新幹線を選択したのに、これなら新宿からロマンスカーを使ったほうが時間も金銭的にも得だった。しかしここで運を底に持っていくと思えば、