まずそのタイトル。ホッテントットという単語に聞き覚えがあり、どこかの部族だと記憶していた。調べてみたところアフリカの、現在はコイコイ人と呼ばれる民族だった。そしてさらに分かったことは、ホッテントットエプロンで彼ら、というと男性も女性も含まれるので、彼女らの、特徴的な小陰唇を指すという。
見た目とは裏腹にアバンギャルドな七里圭監督作「のんきな姉さん」では時空を歪ませ、「眠り姫」では登場人物を登場させず、そして本作は声を排除した。前作に続いて侘美秀俊が音楽を担当、また生演奏での上映だった。臨場感が溢れる。劇中の音もそのまま使用したり削除したり、必要な音だけを吟味して拾っているような、聴覚へのこだわりがうかがえる。
それなりに僕は映画の情報を取り入れているつもりだが、本作に携わった友人から誘われなければ知ることもなかった。アンテナはもっと高く設置しなければならない。
里香が2つの世界にいる。1つは住んでいるアパートがあり、働いているレストランがあり、そこに僕の友人も映っていておそらく現実の世界。川べりでフードを被ったクラリネットを吹く男と出会った。彼の顔にはあざがある。もう1つは人里離れた別荘のような建物があり、その2階には腹にあざを持つ人形があり、近くの草原には斑点模様の牛がいて、どこか夢の世界。見たいもの、見えないもの、見せたくないものが交錯して幻想がいつまでも続く。
全てが撮影セットの中のような、何もかもがスケールの小さいところにいる。空がやけに白い。家も道も昨日できたのかと思わせる造りだった。そこを一人でただ進み、行き止まりに達すると引き返してひたすら歩く。皆がそうしている。狭い世界をせせこましく、乱れることなく、僕も右へならえで秩序を守った。
夢の中は常に虚無感がつきまとう。欺瞞を見透かされ、孤独が襲い、死を身近に感じるのは、眠りが最期と似ていると思っているからだろうか。
ピューリッツァー賞を受賞した一枚の写真は太平洋戦争だけでなく、そこに切り取られた兵士たちの運命も変えた。硫黄島にて掲げられた星条旗にまつわる群像劇をクリント・イーストウッド the 重厚が綴る。6人の兵士がその写真に写ったが、紙面を飾りアメリカを賑わせた時には既にその内の3人が戦死していた。軍資金が尽き、財務省は残った3人を帰国させ、国債を集めようとPRに起用した。レイニーはその波に乗ろうと野心に満ちる。ネイティブ・アメリカンのアイラはギャップに馴染めず酒に溺れる。衛生兵のドクはとりわけトラウマに苛まれる。三者三様、時代に翻弄された。
硫黄島での血なまぐさい戦闘は緊張感を張り巡らせ、アメリカ国内での国債PR活動は葛藤が募り、語り部のドクの息子による当時を知る元軍人へのインタビューはリアリティに富む。3つの時間が交錯し、それによる深みが戦争のむなしさ、一個人の小ささを痛感させる。
戦争をしている両側からの視点で2部作を形成するとは面白く、その姿勢に強く賛同する。どう、製作したところで公平なんて土台無理な話で、しかし双方から描くことで限りなくそれに近づける。どちらにも非があり、どちらにも汲むべきところがあるのは、全ての事象でいえること。
きれいな女優は数知れず、しかし気品を伴うとなると稀で、その比率は年を追うごとに減っている。香川京子ほど美と智を兼ね備えた女優を見ないというのは、単に僕が彼女を好きだから。とにもかくにもたまらない。
その香川京子が演じるのはおさん、景気の良い大経師・以春の妻として裕福に暮らしていたが実家は火の車だった。以春は自らの私利私欲以外は金を渋る男で、おさんの悩みには聞く耳も持たない。以春の手代・茂兵衛に金の工面を頼み、彼はおさんの申し出を快く引き受けたが、ことはうまく運ばなかった。
その茂兵衛を演じるのは長谷川一夫、スマートな立ち振る舞いが堂に入っていた。おさんをおぶってぬかるみを歩くシーン。体を正面にして背負うと女性の足が開いてはしたなく、ましてや着物、ましてや家元の妻とあればそれは回避しなければならず、両足を片手で持ち、半身にして腰に乗せる所作をさらりとやってのけるところなど、是非とも真似をしてみたい。
家を出ることになった茂兵衛とおさんの旅路は愛の逃避行になった。思いを伝えて足にしがみつく。疲弊した足を揉む。くじいた足に口をつける。これらが極上のエロスをかもし出し、しかしそれ以上を見せないことでプラトニックにも受け取れる。縦横、奥行きに幅広い立体的なセットの中、登場人物が交錯するカットが目立つ。監督・溝口健二、脚本・依田義賢、撮影・宮川一夫は幾度となく組んでいるようで、彼らの妥協なき姿勢または美意識が傑作を生んだ。
ワークショップにてジャンベを習う。受講料が高いと思っていた
がこれは妥当な額だった。無知はいけない。学んだことは叩く位置、叩き方によって音が変わること。高音、中音、低音の3つに区分されること。中音と低音の違いが難しい。同じ音になってしまう。
講師の話によるとヒロシ
は5万円するのではないかとのことだった。高価なものを無償でいただいていたことを知り、それ以前に僕はジャンベの相場すら知らず、何とも恵まれた環境にある。
国を南北に分けて戦争が起こり、部隊を離れた3組の兵士が山岳部の村トンマッコルにたどり着いた。アメリカ人の空軍兵は負傷して動けず、村民は彼を親身に治療するが言葉が分からない。連合軍の2人と人民軍の3人はいがみ合っているが、村民にはその理由が分からない。トンマッコルの人間は彼ら全員を受け入れた。
敵同士が合間見えて反目し、しかし徐々に打ち解けていく様子や、外界から遮断され、多文化や情勢をしらない地域の話は、とりたててめずらしいものではない。ある種、王道の反戦ヒューマンドラマだが、CGがファンタジーへ導いて桃源郷のようなラストを迎えた。悲しい結末ながら編集の妙でそこに新たな世界を見る。
韓国映画を多く鑑賞していないがキャストに見た顔があり、調べてみたところ連合軍の衛生兵は「春夏秋冬そして春」に出演していた。気が弱く流されやすい末広がりの眉が魅力。少し知恵の足りない村の少女もまた魅力的で、その白痴美人を演じたカン・ヘジョンといえば「オールド・ボーイ」その記者会見を見たことがあり、その時は知的な印象を受けた。幅がある。
悔やまれるのは、朽ちていく過程を見ながら今まで写真におさめなかったことである。2年前から廃墟同然だったが、緑が生い茂って確認できない家をその時は見えた。渋谷へと抜ける坂道の途中に位置し、