水曜日の天気がいつも悪くて腹が立つ。ジャンベのケースをポリ袋で包み、みすぼらしい姿が泣けてくる。まだ梅雨入り前だというのに、本格的なその季節が今からむかつく。

習得したリズム、アバンダンは難しくなかったが変則のリズムが取りづらい。既に若干忘れている。“高、低/中、高低/高、低中中中中高、低”だったような微妙に違うような。もう一つ、ロールの打ち方もまた左右の手がずれて、ずれてというかずれなければいけないはずが同時に叩いてしまってロールしない。雨による湿気のせいかヒロシの機嫌も悪い。

大きい背中は理想の親父、気さくな性格は理想の兄貴、柔和な笑顔は理想の上司、面倒見の良さは理想の先輩。上々の滑り出しだった今年の中日が唯一手に入れてなかった山本昌の初勝利は、チーム初完投にして初完封で飾った。コーナーをきっちり突く制球にしびれた。何度も唸り声をあげる。

200勝へのカウントダウンが入った今季、勝ち星が山本昌につくのならどんな形でも良かった。7点取られたならば8点取りやがれと、むしろ打線を責めていた。3度目の正直はこの快投で胸のすく思いだ。その背中を見て育ったのだから。

暑かったり寒かったり、天気が読めない。朝、今日は何を着ようかと起きぬけで頭が働かない状態で気温に応じた服装を考えるのは辛い。時間がかかる。そして失敗する。着込んだ日に限って太陽が照り、薄着で出ると風が冷たく、萎える。

加えて雨が多くないか。しかもびあんち号で出かけようと思っている時に限って降っている。それなら電車で映画館に行こうと思い直したがまた上映時間を間違えて 逃した。このミスはなおらず、萎える。

黒い眼のオペラ初めて一人で行った海外がマレーシアだった。バングラデシュとインドを友人と旅行した際のカルチャーショックも相当だったが、その次にバックパックを背負った時、単身クアラルンプールに降りた覚悟は今も鮮明に覚えている。そこからタイとインドネシアを周遊し、つけた日記を読み返した。日にちを重ねる毎につまらなくなっている。期待を凌駕する不安が記されたマレーシアでの日々は読み応えがあった。僕にとって思い出深い地だ。国際空港はまだ完成したばかりで、近代的なビルが建設中のかたわらダウンタウンの喧騒が印象的だった。マレー系、中国系、インド系のメルティング・ポットも焼きついている。

主人公の男・シャオカンは住所不定無職なのか、イスラム系労働者のラワンに厄介になりながら何もせずにふらふらしている。暴行を受けて動けなくなったシャオカンを、ラワンは献身的に看病した。食堂で働くシャンチーと出会い、ちょっかいを出した。シャンチーは寝たきりの息子がいる女主人の家に住み込みで、その世話もしている。無償の行為は何をもたらすのだろう。廃墟や雑踏など混沌としたクアラルンプールをさまようシャオカンと彼に惹きつけられるラワンとシャンチーを、無機質なまでにただ淡々とカメラは追った。ツァイ・ミンリャン監督は余分な説明的描写を一切せず、劇的な展開も見せない。ただ時折、慈しむ視線を送っているように感じることがあり、愛が心地良かった。

ダビのライブ ダビが仲間たちとプレイするというライブへcafe slow まで。様々なアフリカの楽器が登場し、中でも今回初めて知ったガンガという楽器に弾かれた。撥と手で叩く点でトーキングドラムと同じだが、サイズは一回り以上大きく球形、金属音のような反響があってスペーシーだ。

ナイジェリア、セネガル、マリ、ガーナのアフリカン4人によるライブはまず各々一人ずつがパフォーマンスし、その後に4人のセッションがあった。おそらく即興。弦楽器が入ることもあったがほぼ打楽器のみでうねりを体感する。体を揺らしたかった。そうさせてくれないのはダビにビデオカメラを渡されて撮影していたから。生だというのにほとんどが画面を通して見るはめになる。

右目の違和感 は目をつぶった時に顕著にあらわれ、寝苦しい日々が続く。眠気に勝るそれは寝つきの悪さを生じさせて睡眠時間が削られている。するとしかし が登場しなくなった。最近会っていない。遭っていない。さすがに辛かろうと配慮したのか自粛しているようだ。それではまさに弱り目に祟り目ではないかと、彼は慈悲深い面を持っていた。慣れとは怖いもので目が辛いことに比べれれば尻をまさぐられるほうが楽だと思っている僕がいる僕に気づく。
やり場のない気持ちに苛まれて落ち着かない。知らない町をさまよい歩いた。夢の中ではよく歩いている。あるいは高いところから落ちている。平べったい景色がゆっくりと流れる。という表現は主観によるもので、夢だから主観以外の何ものでもないが、客観的に見ると動かないものに囲まれて僕が流れている。前から後ろに。上から下に。どこかに行こうとして、はて、どこに行こうとしているのか、行くあてがないのなら、さて、どうしようか、実際においても過去と未来はあやふやだった。

雨は、日曜日よりも、どんな予定がある日よりも、ワークショップの日に降ってほしくない。湿気が大敵。夕方まで雨ということは何度かあったが、今日はついに回避できなかった。僕はどちらかというと雨男なので、これまでよく降らなかったともいえる。誰か晴女もしくは晴男がいるのだろう。帰りには止んでいて大事にはならなかった。

ここにきてリズムを矢継ぎ早に覚えている。覚えるかたわらで忘れている。反復練習に勝るものはない。ジャンベを叩く時間ないし場所は少ないが、常に頭でリズムを、何なら口に出して意味不明の言葉をつぶやく。

いまだすじがゆさ を引きずっている。頻度は減ったが今日は恐ろしい大波が押し寄せて飲み込まれて狂ったようにかきむしった。先月からの腰痛 も治らない。ジャンベを持ち歩くには日にちの間隔をあけたいというショボさ。加えて数日前、右目に何か異物が入り、すぐ取れるとたかをくくっていたがしぶとく居座られたままである。まぶたを閉じるとゴロゴロして落ち着かない。この3点により気持ちがすさぶ。立って股、座って腰、寝て目、何をしても何かに支障をきたす。

鳴ることは少ないが長いことそれで飽きたので着信メロディを“Rez”から“Rydeen”にかえた。電子音にかぎる。着うたなどは知らない。

レコードが家にあった。考えてみたら、両親または祖父母の子守唄や幼稚園の先生の童謡というアカペラを除くと、生まれて初めて覚えた曲かも知らん。初めて踊った曲という問ならば紛うことなくこれだ。

「最近の曲は全然知らない」という言葉は果たしてどれだけの人が口にしているのだろう。新規開拓も時には試みなければならない。

イエロー・マジック・オーケストラ
Solid State Survivor