黒い眼のオペラ初めて一人で行った海外がマレーシアだった。バングラデシュとインドを友人と旅行した際のカルチャーショックも相当だったが、その次にバックパックを背負った時、単身クアラルンプールに降りた覚悟は今も鮮明に覚えている。そこからタイとインドネシアを周遊し、つけた日記を読み返した。日にちを重ねる毎につまらなくなっている。期待を凌駕する不安が記されたマレーシアでの日々は読み応えがあった。僕にとって思い出深い地だ。国際空港はまだ完成したばかりで、近代的なビルが建設中のかたわらダウンタウンの喧騒が印象的だった。マレー系、中国系、インド系のメルティング・ポットも焼きついている。

主人公の男・シャオカンは住所不定無職なのか、イスラム系労働者のラワンに厄介になりながら何もせずにふらふらしている。暴行を受けて動けなくなったシャオカンを、ラワンは献身的に看病した。食堂で働くシャンチーと出会い、ちょっかいを出した。シャンチーは寝たきりの息子がいる女主人の家に住み込みで、その世話もしている。無償の行為は何をもたらすのだろう。廃墟や雑踏など混沌としたクアラルンプールをさまようシャオカンと彼に惹きつけられるラワンとシャンチーを、無機質なまでにただ淡々とカメラは追った。ツァイ・ミンリャン監督は余分な説明的描写を一切せず、劇的な展開も見せない。ただ時折、慈しむ視線を送っているように感じることがあり、愛が心地良かった。