用を足して尻を拭く時、幼少の頃は中腰に浮かせて手を回していた。便座に座ったまま股の間から拭くようになったのはいつからだろう。よく覚えていない。股に入れる際、切れの悪い尿が腕につくようになったのはここ最近から。汚れは洗えば済むことなので構わないのだが、残尿感がなくなるまでしつこく振ってもまだ垂れる小便が僕をいらつかせる。一度ついた癖はなおりづらく、また横から回すスタイルに戻すまでには時間がかかる。そうすると、股間を通すスタイルはどんな条件下でそうなったのか、記憶を呼び起こそうとしながらそれは気張りながら考えていたのであった。
昭和公園 立川の昭和記念公園にて3人だけの一期JAM。入園料をとる国営だけあって広く、美しい。その整備のされっぷりと、周囲に楽器を奏でる人がいないことからジャンベを躊躇したが全く問題なかった。存分に叩く。イベント込みだったり大人数だったりだとジャンベだけに集中せず、それはそれで楽しいのだが克己という点で欠ける。今日も子供が音に反応して寄ってきた。相手にすると調子に乗る辺り、一緒に遊んだ。ベタなことが好きだ。

さんまの塩焼きで喉を負傷した。骨が刺さることは精神的ダメージが大きい。飯の丸飲みも水のがぶ飲みも効果が得られなかった。何をするにしても喉が気にかかる。元よりない集中力がさらに減る。

島育ちの ブンレツさんはといえば魚の食べ方に長けている。僕を身ごもった時、入院中に焼き魚が出されてそれをきれいに平らげ、妊娠中なのに食欲旺盛なことと皿に残っていたのが漫画のような食べ跡だっとことの2点で看護婦に驚かれたらしく、今でも自慢話として聞かされる。喉に刺さるなんて野暮な行為として僕は見下された。

割愛日記

ブログとは別に、mixiにて日記を書き始めた。コメントは予想以上に多く、足跡も予想外に増えた。簡易で同じフォーマットということが要因になっているのだろうか。

反比例するようにブログのアクセス、コメント、トラックバックは減っている。mixiからのアクセスがなくなったことだけではなく、映画の感想や他のブロガーの方へのコメントも滞り、ブログに対する熱意が冷めたわけではないのだが、方向性で悩める日々が続いてこの状況に至る。当然の結果である。とにもかくにもブログを頑張ろうと思う反面、他に目移りする集中力のなさ。twitterも始めた。

twitter現象

ごみ 1メートル近いミッフィーのぬいぐるみをプレゼントしたことがあった。部屋に飾られていたそれは、別れ話の後に自分の荷物を取りに行った際そこにはもうなく、喪失感と重なった。

随分と昔の思い出がよみがえったのは、ポリ袋に入れられたぬいぐるみがごみの集積所にあったから。少しばかりグロテスクな画だと思いつつ、当時の情景がよぎる。見た目がどんなに愛くるしくたってしょせんは命のない物なのだ。いちいち感情移入しても無駄なのだ。

手の練習も兼ねて3つのダビ・オリジナル・リズムを教わった。“低高○中中高○高”は子曰くその3つの中で最も簡単だがリズムを失いやすく苦労した。尻から頭へ繋げる時にこんがらがる。“中中高高、低低中中高高”は半拍程度の間がどこかで挟んであるような、曖昧な箇所があってのり辛い。“高高中高高高低○”だけがキまる。3人でのアンサンブルもキまった。雨も手伝ってか今日はダビを含めて3人。

叩いている最中に眠くなった。睡眠不足や疲労からではない、リズムが心地よい眠気にいざなう感じ。目をつぶってジャンベを叩く。

「1年1組何某」というゼッケン付きの体操着を着た小学生をコンビニで見かけてから童謡の“一年生になったら”がループしている。しかし歌詞の「友だち100人できるかな」以降があやふやで思い出せない。「100人でフフフフフン、世界中がフフフフン」と歌っている最中、イソフラボンの単語が頭に浮かんで当てはめた。

世界中がイソフラボン

我ながらシュールな世界を築き上げた。一応調べてみたところ、イソフラボンとは大豆などに含まれている、更年期障害に効くフラボノイドの一種らしい。フラボノイドは天然に存在する有機化合物らしい。勉強になった。これでいいと思う。

トライアスロン的な催しに参加していた。どれだけ走っていても疲れることがなく、他のランナーをごぼう抜きする。しかし突然、体の反応が鈍くなってスローモーションのような動作になった。意識とは裏腹に足が出ない。神経の伝達が思惑通りにいかないことが怖くなった。

場所は変わって見知らぬ人とケンカ。振り上げた拳はまたスピードがない。防戦一方だが、痛くないので膠着状態が続く。そうこうしているうちに目が覚めた。病気が回復した心境に似ている。