***LoVE←ToKYO→LiFE*** 」 vegaさんが作ったバトンを受け取った。子供の頃とは小学生までと仮定して記憶を呼び起こす。これがなかなかどうして目覚めない。

1*子供の頃に勘違いしてた事~
マンションの給水塔を覆う格子の中を、列車が走っているように見えた。いつか乗りたいと見上げていた。なぜそんなものが見えたのか、今となっては分からず、思い出せない。

2*子供の頃の夢~
漠然と偉人になりたいというか、なると思っていた。

3*子供の頃の失敗談~
ベランダから瓶を投げ捨て、車のフロントガラスを割ったこと。持ち主の顔も名前も分からず、しらばっくれた。申し訳ないことをした。

4*子供の頃に親や大人に聞いても教えて貰えなかった話~
サンタクロースの正体。

5*子供の頃にやっていたちょっとおかしな遊び~
自分が4人いると仮定して、トランプやウノなど一人でカード遊び。「強いな自分D」「おまえこそやるじゃないか自分A」という具合。

6*子供の頃に怒られた話~
スーパーマーケットのエスカレーターで遊ぶのが好きで、しょっちゅう誤って非常停止ボタンを押していた。その度に絞られる。

7*子供時代の自分のアイドル~(人・アニメ何でも可)
キン肉マンに夢中だった。単行本、キン消し、その他グッズ、小遣いのほとんどを費やした。再放送の「あぶない刑事」も夕食前に、ユージ派で。

8*子供の頃に怖かったものとその理由~
暗闇が苦手で、豆電球をつけないと眠れなかった。克服したのは10代後半になってから。悪い夢ばかり見て、睡眠自体に恐怖を感じていた。

9*子供の頃はコレが好物だった~
カレー、たこ焼き、ギョーザなど、今と変わっていない。

10*自分はこんな子供だった~
勘違いばかりしていた。

11*バトンをまわす人~(多ければ多い程OK)
なし

追記装い
大した幼少時代ではありません。この頃が自分のピークだったと記憶していたのですが、読み返してみると特筆すべきことは何もないことが分かりました。それでも過去に戻りたい願望はあります。後ろ向きです。背走し、バトンは次に回しません。ご容赦ください。

ツタヤでビデオを吟味していて気づいたことがある。準新作の作品が異様に多い。2年以上も前に公開されたものですら旧作でない場合もある。「ロボコン」「ジョゼと虎と魚たち」などが準新作扱いで1週間レンタル460円。店員に聞いてみたところ、新作・準新作・旧作のタイミングと、それぞれの料金設定は店舗によって違うとのことだった。そうすると僕が通う三軒茶屋のツタヤはとりわけ酷いのか。

ネットでレンタルできるツタヤDISCAS に切り替えようかと考える。月額約2000円で8本借りることができる。しかし作品検索をしたところ、品揃えが悪かった。見たい作品の2割はない。その点、三軒茶屋ツタヤは渋谷店以上、新宿店未満だと思われる目利き。メリットとデメリット、その項目は共に多数あって決め兼ねる。

約1ヶ月ぶりのバトンは「負け犬のホスト日記 」負け犬さんから。イメージを具現することは簡単でなかった。バトンはどれも難しい。

Q1.回してくれた人の印象
おっかない姉さん。突き抜けている。据わっている。

Q2.周りから見た自分はどんな風に見られているか、5つお答えください
①男気が溢れている ②と思ったらそうでもなかった
③おもしろい ④と思ったらパクリネタばかりだった ⑤見掛け倒し

Q3.自分の好きな人間性について5つお答えください
①夢や目標に向かってまい進していない人 ②ユーモアのセンスがある人
③裏表がある人 ④堕落している人 ⑤ネガティブな人

Q4.では逆に嫌いなタイプは?
①金とステイタスにこだわる人 ②多角的に見れない人
③みなぎっている人 ④打算的な人 ⑤勝ち組

Q5.自分はこうなりたいという理想像
楽に生きる方法を見つけたい。

Q6.自分を慕ってくれる人に叫んでください
愛しているALL。

Q7.そんな大好きな15名にバトンタッチ![印象つきで]
タッチしないから。

あたかも追記
15人とは暴力に近いと感じました。とはいってもバトンは元から回さないスタンスです。バトンを放り投げてしまいましたが、もし拾ってくださる方がいらっしゃいましたら、お礼の気持ちを述べたいと思います。その方のイメージを、記事のコメント欄にて100字でまとめさせていただきます。

その轟音ギターと荘厳かつ哀愁漂うサウンドを、表現し得たジャケットは、冬の厳しいイングランドの冷たい海に見える。傑作がひしめく1990年のアルバムは今でもコンスタントにかけていて、これもまた然り。アンディ・ベルを始めとするメンバー4人は皆まだ20代前後という若さで、かき鳴らす勢いはらしく、かもす情緒はらしくない。早熟とは長い目で見るとその時の閃光だけを差すことが多い。アンディはOasisでどのようなポジションにいるのだろう。

Ride
Nowhere

BLACK DEVIL 寒さが増すと部屋を締め切り、タバコによる匂いと煙が充満する。昨年購入して余っていたお香 に火をつけると気分が悪くなった。化学変化が起こったのだろうか。

先日、ブラックデビルというパッケージもフィルターも黒いタバコを見つけた。甘いココナッツの香りがする。特別うまくもないのだが、お香代わりにもなるので、マルボロライトソフトケース から移行しようかと思う。しかし既に飽きてきた。しかも販売店が限られていて、今のところ自転車10分以内では置いてあるところは1軒しか知らない。探索ツアーを組むのも一興だ。

浴室に設置されている窓の外は吹き抜けになっており、全てのフロアに通じていて、音が漏れる。ブンレツさんによると「四六時中、絶えずどこかの家で入浴している」らしい。早朝から夜中までカポーンザバーンと、その音は聞くだけでリフレッシュした気分になると言っていた。

何度か少女の歌声を耳にした。風呂で歌いたがる人は少なくない。反響も手伝って当人は上手に歌えているつもりになる。その歌い手の彼女は、チャートを賑わす流行曲を網羅しているようだった。アナか、トレント(またの名をイザベル) はまだ小学生で、そこまで歌えないだろう。声色から中学生ぐらいだと推理する。

女学生とマンションのエレベーターで乗り合わせた。「こんばんは」と軽く会釈されて、僕も嘘くさく目を細めて同じ言葉を口にする。パーマも脱色もしたことがないであろう漆黒の髪は肩口まで、ふっくらした頬とぽってりとした唇が愛らしく、素朴さが好印象を与える彼女は「何階ですか」とボタンに手をやりながら聞いてきた。声を2度ほど耳にして確信する。学生服の胸元を見ると、紋章の真ん中に「中」の文字が記されていた。

「君、風呂場でよく歌ってるでしょ」僕は彼女に言いたくて仕方ない。しかしそれを伝えてしまうと、浴室で金輪際歌わないだろう。僕が降りない階でエレベーターのドアは開き、彼女は体を半分こちらに向けて「さようなら」と厚い唇をあまり動かさずに頭を下げた。豊かな黒髪は揺らいでいた。笑顔に緊張が見受けられたのは、恥じらいからか、怖かったのか。衝動をこらえて良かった。これからもうまくはない歌を聞ける。

さゆり 駅のホームから見える、面積が大きい広告に、活字は少なめで必要最低限の情報しか載せなかった。インパクトを与えるために。スタイリッシュに。ということだろう。生んだコピーライターは会心の出来のつもりなのか知らん。「ニッポンが嫉妬する、JAPAN。」いい加減、句読点の流行も廃れてほしいが、それも含めて鼻につく。うまくない。意味が分からない。鑑賞意欲は全く沸かない。わざわざ「ハリウッド映画」と銘打って、だから何だと。

「不思議な映画です。日本の文化や伝統なんて関係ない。ファンタジーとして楽しむとたいへんおもしろい映画です。」おすぎが寄せたこのコメントは、僕にはつまらなかったとしか聞こえない。「不思議」とは都合の良い言葉で、いかようにもとれる。「ファンタジーとして楽しむと」なんて、そういう見方でもしないと耐えられないとでも言いたげだ。依頼された任務をしっかりこなし、なおかつ自分のプライドも維持し、目利きの評判も落とさずに済む、そんなおすぎの仕事っぷり。

小説を褒められて、次回作をせっつかれない。さぞ気分が良いものだろう。処女作が盗作でなかったとしても。結局、終始一貫だめな息子だと後に分かって、それは父親にとって落胆だったのだろうか。悲しいきわみだなんて確かにそうかも知らんが、希望的観測が招いたことである。

第三者の目、父親の視点、息子の口調が淀みなく交錯する。それにしても何とタイトルの素敵なこと。しかし僕は何も思いださない。

アーネスト・ヘミングウェイ
何を見ても何かを思いだす

ボウリングは7ヶ月と20日ぶり だった。彼女と夕飯を賭けて勝負した。ハンディキャップもつけずに本気で勝ちにいく。2戦して100以上のスコアを出せない。僅差で白熱するがそれは低レベルで、おごらせた。

その後、場所を移して茶を飲む。喫茶店を探したが北千住の夜は早く、どこも閉店だった。ファミレスで我慢した。そこで映画の話になり、ぴあを買いたくなってどちらがコンビニまで走るか、じゃんけんをした。グーを出した彼女に対し、パーの僕はふんぞり返って当然のごとく買いに行かせる。ドリンクバーが僕だけ進む。

「遠慮をしない」を「打ち解ける」と勘違いして「思いやりが足りない」に変わる。3ヶ月が経った

ゲンセンカン主人 「李さん一家」「紅い花」「ゲンセンカン主人」「池袋百点会」の短編漫画からなるオムニバス。漫画家のツベと編集部とのやり取りなどを交えて、4編を繋げる。本作と同じ石井輝男監督作「ねじ式」も竹中直人の「無能の人」、山下敦弘の「リアリズムの宿」、どれもいくつかの短編を組み合わせ、その繋ぎ目に苦労しているように思える。ラストシーンは全てを映画の中のものとして、主演の佐野史郎などが揃い、つげ義春本人に挨拶をして幕が閉じる。

石井輝男はつげ義春をよほど敬愛しているのか、構図からセリフまで原作をそのまま引用する。「李さん一家」ではツベが借りた一軒家の2階にたたずむ李さん一家4人。「紅い花」では少年マサジがツベに道を「なんでもかんでも真っすぐだ」と説明する。雰囲気を損なわないことに注意を払っていた。

全編を通して女性が絡むが、愛の有無を問わず客観的な視点を貫く。その描写が繊細かつエロティックで僕は憧れに近いものを持つ。