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【書評】だれかに話したくなる小さな会社

だれかに話したくなる小さな会社/浜口 隆則
¥1,470
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浜口隆則さんの著書は他に『戦わない経営』を
読んだことがあります。
そういえば、『仕事は味方』 の著者も、この方だったんですね。

たくみさんから就職祝いでいただきました。
たくみさんがこの本のことを話してくれたのは
いつだったか、少し覚えていました。

***

「会社、特に小さい会社は、ヒト・モノ・カネ・情報(もっと言えば仕事)を外に外に得に行くのではなく、内に内に、外側からやってくるサイクルを作りましょう。それが、ブランディング。愛され、必要とされる会社作りです」

要約すれば、以上のようになるでしょうか。

「成功とは、シアワセになること」という基本スタンスを踏まえ、
・商品の短命化
・サービスレベル、商品の量の飽和
・マス市場の消滅
・国内人口の減少
・価格競争
・情報化とグローバル化
という変化したビジネス環境では、ブランドづくり(=「わかりやすい化」)が必要と。

乱暴に言えば、
「何より、『ブランド』こそが重要。グローバルな情報社会では『発見』が容易にでき、それによりスタッフと顧客が集まる。付加価値と信頼は価格競争や商品ライフサイクルの短命化に耐え、量が飽和している世の中でも選ばれ続ける。」
ということです。

そのブランドづくりは
・自社や製品の専門家宣言(カテゴライズ/ポジショニング)
・会社のわかりやすい化(ロゴ・コーポレートメッセージ)
・スタッフ・ブランディング(クレドによる価値観の共有)
・価格上げ(=付加価値の創造)
・関わる人すべてをファンに
・社会モテ(メッセージの発信)
・100年続くビジネスシステム(作る・売る・管理する・リスク)
というように、部分戦略ではなく全体戦略であるべきということ。

そして最後は「ビジョン(方向性)を掲げるということ」と結んでいます。
「ブランド作り」と「はわかりやすい化」であり、イコール「方向性がはっきりしているか」です。
方向性にはビジョン(未来像)、ミッション(使命)、レゾンデートル(存在理由)が全て含まれると言います。

ブランド力のある人とは、外見を綺麗なブランドで包んでいる人ではなく、
高く堅いビジョンを持ち、それを上手く表現し、人・物・情報・お金・支援・機会・運を得ている人。

それこそが全てであり、第一歩ということです。

***

ブランディング。恐らくこれから続くビジネスマン人生で、一番に向き合うことです。
コミュニケーションによるブランディング。これを上から下までみれるように。

レンガを高く積むために、レンガを積むのではなく、
お城を作るために、レンガを積む。

今は石の切り方や運び方を教えてもらっています。

「シューカツ」というゲームが流行っているらしい。

ここ最近の「就活」について、あどさんが素晴らしく
そして真っ当なことを仰っていました。

***(mixi日記より引用)←無断でごめんね。笑

それは就活生どうしの会話で、
明らかに選考会場で初めて会いました的な関係の2人で、
変にぎくしゃくした敬語で今の状況についてなんやかんや話してましたわ。

ウェブテストの英語がまるっきりできない、とか
ウェブテスト迷った時はとりあえずウかエを選ぶとか
銀行はエントリーシートは通るけど次の筆記試験で落とされる、とか
周りが2次とか進むのに自分は全然進まんくて
焦って「どうでもいい会社」にエントリーしたとか
(社名聞いたら業績は落ちてるかもしれんけど誰でも知ってる会社やった)
銀行と保険は選考進んでる時期で、金融はもう終わってる、とか。

内容はうちの時とあんまり変わってないんやけど・・・

あぁ、就活生は就活をゲームっぽくとらえてるのかな、と。
エントリーシートも履歴書も筆記試験も面接も
突破法を見つければクリアできるゲームみたいに。

働くってどういうことなんか。
お金をもらうってどういうことなんか。
そういうほんまに大事な根本の部分が抜け落ちてるような印象を受けた。

面接官はRPGの対戦相手じゃなくて
自分の話を会社の代表として聞いてくれてる
将来の先輩であり、サラリーマンやのに。

***

本当です。
本当にこれです。

外部環境の責任。
学生自身の責任。

両方あると思います。

何も社会との接点を生まない、
あるいは社会で活きることを教えない教育。

そしてその事実に気付かず動かない学生。
(あるいは周囲の大人)

本当に日本の将来が不安です。

人生で何をしたいのか。
そうじゃなくとも、漠然と大人になったら?
10年後は?5年後は?いや、1週間先は??

ステージがどんどん出てきて
場当たり的な対処をしていても

ゴールに行けるとは限りません。

ゲームじゃないんだから。

サッカー日本代表の敗戦に想う。

結果については言及しませんが、
というか、そのプロセスにおいては閉口ですが

そういうテクニカルな事は置いておいて、
気になったことがあります。

「監督と選手はどんなコミュニケーションを取っているのか」

なぜ今日あそこで、俊輔を変えたのか。
なぜ今日あそこで、遠藤が退いたのか。
なぜ今日あそこで、槇野を入れたのか。

監督と選手、だけではないかもしれない。
日本サッカーを代表している全ての人々に関わるのかもしれない。

どういう意味だったのか、
何を意図していたのか、
何を目指していたのか、

そしてそれを各人がどこまで共有できていたのか。

***

経験的に振り返ると、
監督の采配について、それを直接尋ねた経験はない。

それがどういう意図だったのか、選手レベルで「なんとなく」
捉え、あるときは監督との間に壁や軋轢が生まれた。

どうして出られないんだろう。
どうして変えられたんだろう。

なにか、暗黙知の共有というか
言及されない、共通認識みたいなものがあった。

でもそれは、指導であり教育であり育成だったからだよね?
考える癖を育むというか、あえて試練を与えるというか。

***

でも、まさか代表はそんなことはないよね?
W杯に4強という目標に向かって、
血眼に、一致団結して、這いずくばってでも行くんだよね?

マネージャーサイドと、プレーヤーサイドが
それぞれの見地から議論をぶつける中で
最適解を見つけているんだろうか。

選手はもう十分すぎるほど大人で
駒じゃあないんだよ。

逆に選手は、監督の決めた幅の中で
サッカーをしていて面白いのかな?

悠長なことは言ってられないよ。
1億3千万人の期待を背負っているんだから。

***

「日本代表頑張ってよ...涙 見てて虚しすぎる!!」

こんなツイートがありました。

サッカーをやっていた者として
2重に悲しいです。

腹の底から、4強に行きたいんですか?
そのためにこれまでしてきたことは、ベストですか?

あと2ヶ月です。
これ以上悲しませないでください。