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断片の集積

日々の断片を記憶に残すために集積する



主にポルトガルでの生活について

それから、昨日は寮で栗パーティーがあった。11月11日は日本ではポッキーの日だが、こっちでは伝統的に栗を食べる日なのだという。日本のような茹で栗と、こっち独自の焼き栗がある。これがうまい。日本の甘栗も焼き栗といえば焼き栗だけれど、こっちのは焼き芋みたいに焼く。寮のベランダで、炭をおこし、栗を焼く。熱々の栗を食べながらおこした火にあたり、冷たい夜風が体をなぜていく。冬の訪れを感じる。冬の訪れといえば昨日朝学校へ行くときに、バス停の停留所のガラス面が結露で濡れていた。結露というのも僕が冬を感じるひとつの大きな要素だと実感した。昨日は日中暑いぐらいの日差し。まさに秋晴れといった趣の日。今日もどうやら暖かくなるようす。

栗パーティーといってもパーティーなのでもちろん栗を食べるだけなわけがなく、大量にワインを飲んだ。久しぶりにあんなに飲んだ。最初にバイロ・アルトに行った日以来だ。でも今日は二日酔いにはなっていない。ちょっと残っている気はするけど。こっちのワインはすごく飲みやすいからどんどん飲んでしまう。

さて、切り替えて課題をやらなきゃ。

課題はいよいよ個人作業に入った。冷静に考えると、時間はもうあまりなく、アイデアをああだこうだと悩む暇はない。どんどんコンセプトにのっかてドライブして行かないと終わらない気がする。


昨日の先生とのミーティングでもコンセプトについての「その考えは違う」とか、「それでいいと思う」といった指摘はされず、「コンセプトについては理解したから、じゃあ具体的にはどういう機能をどう配置するのか。もっとヒューマンスケールで考えて、可能かどうか検証しろ」という指導を受けた。そう言われたからにはどんどん進めなければならない。そして、どうやって印象的な絵を作るかを考えなければ。


月曜までの課題が急に出て、それをこなすのは結構大変だけれど、それをすることで、モニュメントの理解の仕方、ベレンにおけるモニュメント性と問題点、そしてどのような提案をするかってのが一本につながり、自分の中でもクリアになるはず。提案のときに、問題を解決するというアプローチではなく、それはもちろんのこととして、+αで、こんなに良くなるっていう強いイメージを提案したい。それが一番大切になってくる気がする。


で、昨日授業後にもう一度ベレンに行った。もちろん問題点もあるのだけれど、夕暮れの街を歩いていると、思っていた以上に「地域」がそこにはあって(観光客の姿は数少なくなり、サッカーをする子供、語り合うカップル、家族を迎えに船着き場に集まる車、レストランにわらわらと集まってくる人々などが見受けられた)、「いいなぁ」と素直に思った。美しい夕暮れが感傷的にさせたのかもしれないけれど、今までで一番ベレンがいいところに思えた。


いつも思うことではあるのだけれど、こういった課題のときに、どんどん変えていく提案をしなければならないときに、その場所のことが好きになってしまって、あんまり変えなくていいんじゃないかなあって感じてしまうのは、まずいよなぁ。でも、敷地に足を運べば運ぶほど今まで自分が知らなかったその場所の良さが見えてきて、その場所に愛着がわいてしまい、あんまり変えなくていいんじゃないかなぁって思ってしまう。そう考えると、何度も何度も足を運んだのに、あんまりそういう感情の起らなかった卒業設計の敷地選びは成功していたのかもしれない。


好きになるということだけれど、僕は国内国外かかわらず、旅行した町で「もういいかな」って思ったところは一つもない。いつも「また来たいな」って思ってそこを後にする。それはその場所を訪れることによって、その場所のことを知り、その場所を具体的にイメージできるようになるからだと思う。たとえば富山なんて行くまであまり関心のない場所だった。トラムが走っていると言われたって、どんなものなのか全然想像できなかった。でも行ってみると、大通りの裏を都電のように住宅地を縫って走る新しいデザインのトラムや懐かしさを感じさせる木造住宅地の裏側に小さな川が流れていて宿木があった様子とか、ちょっと細い路地にあるトラムの駅で、スカートの裾をはためかせてトラムを待つ朝の通学時の女子高生の群れとか(やけに視覚的に地面に緑が多くって、それらは朝露で濡れている)何といっても忘れられない新鮮でめちゃくちゃうまい回転寿司とか、そういったものが一つ一つ思い出され、それらは僕にとってとても大切で、美し思い出になっており、富山という場所とそういったイメージが結びつくことでその場所がすごく身近なものに感じられ、また行きたいなって思うのだ。今僕は福井って言われてもピンとこないし、山口って言われてもあまりわからない。でもその場所に行き、自分の足でちゃんと歩けばその場所のいろんな表情が見えてきて、きっと大好きになるのだと思う。


都市レベルでの課題のときは敷地のことをあまり知りすぎないほうがよいのかも。深く知っていくということと、好きになるっていうことは同義なのかもしれないなんて思う。で、これは人に対しても同様にあてはまるかもと思いかけて、やっぱり違うかって悟る。


さあ、課題をやらなければ。

珍しく何もない週末。

旅行にも行かず、そこまで切羽詰まった課題にも追われていない。

夕方から寮の仲間とフットサルをし、スープを作り、ビールを飲む。それ以外の時間はyoutubeを流しながら(ネットの接続が悪いため10分のyoutubeを見るために1時間くらい放置しておく必要がある)ひたすら本を読む。

東大生が持ってきたアルド・ロッシの「都市の建築」である。日本にいるときから重要と思った本はノートに書き写し、まとめながら読むのだが、この本はどこも重要な気がして書き写す部分が多く、なかなか進まない。重要なところが多いというか、一回読んだだけではうまく要点を洗い出すことができないから、何度も読めるように気になったところはすべて記しておくと言ったほうが正しいかもしれない。でも、それにしてもこの本は今の僕にとって非常に重要であるという気がしている。


youtubeでは「水曜どうでしょう」を流していた。ただただおもしろい。またみんなで旅行したくなった。日本に帰ったらみんなで集まれるのだろうか。うまく日程合わせて全員集まることはできるのだろうかって考えてちょっと切なくなった。今思えば、すごく貴重な時間を過ごしていたんだと気づく。同様に、今もすごく貴重な時間であり、そのことに改めて日本に帰って気づくのだろうけれど、今の時点でもそのことをちゃんと自覚して、この時間を無駄にしないようにしなくては。

作業中はこっちに来てから九大生にもらったサカナクションを流していた。心地よい。なんだか北海道づいている。


フットサルは思ったように動けなかった。シュートに全く体重がのらない。ここまでひどいことは珍しい。


今日は本当にこれくらいしかない。そうそう、パシェコ組は今グループ課題の締め切りが迫っており連日深夜まで、もしくは朝帰りである。今日もまだ帰ってきていない(今深夜2:40)。僕らも急にこんな風に忙しくなるのだろうか。それともふわふわと進むのだろうか。建築が忙しくなればなるほど本当に都市を選んでよかったのだろうかと自問自答が始まる。そして、もう選んでしまったことはしょうがないのだから、出された課題を誰にも負けないくらいやって、時間があるときは旅行をしたり、本を読んだり、街を歩いたり、工事現場を見たりとスキルアップにつながる、出来ることをしようって結論に到達する。明日もまた朝から作業と読書をしよう。そして、時間を作って敷地を見に行き、工事現場も見てこよう。


たったこれだけのことでも僕には毎日書くことができない。そう考えると難波さんとかは本当にすごい。


そういえばここ最近、週末にバイロ・アルトで朝までってコースがないなぁ。



だいぶ前から計画していたことだけれど、昨日、おとといでブラガに行ってきた。ブラガはポルトよりもさらに40kmほど北にある街で、宗教の街である。「リスボンは楽しみ、コインブラは学び、ポルトは働き、ブラガは祈りの街である」といわれているらしい(某ガイドブックより)。前からこの週末にブラガにいく計画を立てていたのはソウト・デ・モウラの設計した素晴らしいスタジアムでブラガ対ベンフィカの首位決戦が行われるからである。また、ブラガの街や巡礼地ボン・ジェズスにも興味を持っていたからだ。


前日のポルト試合をテレビで見ていると途中で「明日の首位決戦のチケットは完売した」というインフォメーションが入った。しかし、現地に行けば何とかなるだろうという希望的観測と、仮に試合が見られなくともスタジアムや教会やボン・ジェズスや街の雰囲気を感じることができればそれでいいと言い聞かせて、朝早く寮を出た。


9時前にバスターミナルに着いたのに11:30までバスがないと言われる。時刻表を確認すると9:30と9:50にもブラガ行きのバスがあることがわかり、尋ねてみると、9:30のバスは満席、9:50のバスはいろんな所をまわっていくからブラガに着くのは夜の11:00だと言われる。そんなことってあるのか?ポルトから帰るとき出発一分前にチケット買っても乗れたぞと不信感を覚える。それとともに、いったいどれだけの人がブラガに向かっているのだろう?試合のため?そうだとしたらすごいけれど、試合を見られないどころか泊まれないんじゃないかとだんだん不安になってくる。まあ仕方ない、寛容な心で待つしかないなと思っていたら、急激な腹痛に襲われる。こんなに祝福されない旅も珍しい、やはり行くべきではないのかと少し萎えてしまうが、もし、バスにもう乗り込んでいたら、腹痛に襲われたときにトイレには行けなかったとプラスに考えてみる。行ってみて、やってみなければ良いか悪いかの判断なんてできない。それに、ずっと誰かと一緒にいるから一人になってみることも必要だよと自分で自分を納得させる。



バスを待つ間に先輩から借りた中沢新一の「僕の叔父さん 網野義彦」を読む。びっくりするくらい面白い。なぜ今まで網野義彦を読まなかったのだろうかと後悔する。日本に帰ったら、読むべき本がまた増えた。

僕が日本に帰ったとき、貸してくれた先輩はもう卒業してしまっているが、この本を返すことを口実に会いに行こうと思ってポルトガルまで持ってきた。この本も僕と一緒にメキシコ、ポルトガルと旅している。しかし、この本を借りたときはこの本をブラガで読むことになるとは思わなかったな。


さて、4時間半以上バスに揺られてブラガに着く。このバスも満席でびっくりしていたのだけれど、ファティマで9割が降りた。ファティマでなにかあったのだろうか。


ブラガについてまずスタジアムを目指す。道路標識のestadioを頼りに歩いていたら、人が侵入してはいけないバイパスに迷い込んでしまう。どうしたらよいのかを考えながら、どんどん進んでいくと、対向車線の向こう側に歩行者道路つきの一般道を見つける。そこで、片側4車線のバイパス(制限速度90km/h!)を強引に横断し、反対側にたどり着いてみると、バイパスと一般道の間には高さ1m程度の段差があり、さらに1m程度の柵がなされていた。それでも、このままバイパスにいるのは危険極まりないと感じたので、見つけた電柱につかまり、スタントのように一般道へ降りた。まさかブラガでこんなことをすることになるとは。

散々探し回ってなんとかスタジアムを見つける。目の前に写真で見ていたものが現実のものとして現れるのはものすごく興奮するのだけれど、今回に限ってはそんな気持ちを抑え、そわそわした気持と共にチケットオフィスにまず向かった。ダメもとで聞いてみると、一番高い席のみ残っているという。60ユーロもするが、ここで見なかったら絶対後悔すると思ったので迷わず購入する。今回の旅は計画性など何もなく、「後悔するのだけは嫌だ」という気持ちだけで動いている。前日のチケットソールドアウト報道をうけて、一緒に行こうって言ってた友達は躊躇してブラガ行きをやめた。しかし、僕はもし行かずに寮でテレビを見てスタジアムに空席を見つけてしまったら後悔すると思ったので、僅かなうすぃ可能性を信じてブラガまで来て、いささか60ユーロは高いと思いつつも、今月これから切り詰めていけばよいとチケットを購入した。こういうやり方は計画的ではないかもしれないが、その方が楽しいのだ、絶対。


チケットを確保できたわけであるし、試合に向けてスタジアムを囲うすべての柵のゲートは閉まっており、スタジアムを見学することもできなかったので、歩いて中心部に戻る。街のスケールや大雑把な方向感覚をつかみながら、目についた教会に寄り道しながらユースを目指す。さすが祈りの街というだけあってブラガにはたくさんの教会がある。そして、土曜の夕方だというのにそのほとんどで礼拝が行われている。礼拝時は人であふれているので後ろからそっと空間を体感し、雰囲気に体を預けることしかできないのだけれど、このときに見学した2つの教会は一般公開されていなかったということを後で知る。ラッキーであった。教会はどこもきれいで、神聖だった。


ユースを探し歩き、たどり着いてみると、びっくりするほどすいていた。10人部屋のドミトリーに僕と高校生くらいじゃないかと思われる若い黒人の男の子との二人きりであった。彼は英語が話せないようであまりコミュニケーションをとることはなかった。せっかくの出会いなので残念。ユースは10ユーロで朝食付き。

チェックインして荷物を置き、すぐに街へ出る。軽めの夕食をとり、街中をふらふらしたり、思ったことをノートに書きつけたりしながら時間をつぶしていたのだが、だんだん気持ちがそわそわして落ち着かなくなってくる。これは僕のみならずブラガの街じゅうがそうであった。広場に集まって応援歌を歌いながら気持ちを高めている集団やバーでビールを飲みながら大声で話している、ブラガのユニホームを身にまとったやつらがたくさんいて、そうでない、スタジアムにはいかないであろうレストランの店員までもがふわふわと心ここに非ずという感じであった。

で、我慢できなくなって一時間以上も前だったけれど、スタジアムに向かった。ブラガのシャツを着た集団と、ベンフィカのシャツを着た集団は同じくらいいたように思うが、喧嘩することもなくわくわくしながらスタジアムへ向かう。

スタジアムについた時点でもまだ一時間以上ある。ちょっと露店を冷やかしたりもしたが(露店で売っているグッズの8割はベンフィカのものであった。ブラガのホームゲームだというのに)、スタジアムの中に入って手持無沙汰になることもないだろうと、近くにいた警備員に自分の席の位置を確認して、ゲートをくぐる。

ゲートをくぐると、目の前に光をたたえ、美しく輝くスタジアムが現れた。この瞬間は本当に体中が興奮しているのが分かった。そして、初めてこのスタジアムをネットで見せてもらった時のことを思い出した。あれは2年の駅の課題のときだ。この課題は仮構の構造を考えることが重要なテーマの一つになっていたのだけれど、TAの先輩がアイデアの一つとしてこのスタジアムを見せてくれたのである。そのとき、世界にはすごいことを考える人がいるもんだなあと漠然と思ったことを覚えている。どこか遠い世界の果てにあるなんだかすごいスタジアムくらいに思って、自分とは関係のない遠いところにあると思っていた建築が目の前に現れた時の感動は言葉では言い表せない。


写真を何枚も撮りながら時間をかけてゆっくりとスタジアムに近づいていく。至福の時間をゆっくりとかみしめる。

スタジアムに入ると図面や写真だけではわからない色々なことがわかり、サッカーファンから建築ファンの視点に変わる。まず、岩壁と一体となっている方のスタンドにはスタジアムの周りをまわってアクセスすることができず、グラウンドの下が地下通路になっていて、そこからアクセスするということ。他の多くのスタジアムのようにエリアごとに区切られていないため、観客席の同じレベルで端から端まで移動できるということ。一番前の席はグラウンドレベルとほぼ同じで、逆に見にくいのではないかと思うほどの高さ(選手の目線と同じ高さ)に設けられているということ。デザインは非常にシンプルで、だからこそ美しく、構造的にこれを成立させるのはここでなければ不可能だったのではないかと思わせられた。それから、本当に荒々しい岩壁がむき出しになって、ピッチに迫っているっていうことを確認して、ものすごく感動した。ディーテイルまで、さんざんスタジアムを堪能し、写真をたくさん撮っているとグラウンドの方から歓声が。何かと思ってそちらを見るとブラガの選手がアップをしに出てきたところ。ベンフィカファンからはものすごいブーイングが起こる。僕が座った席はベンフィカファンの席だったので、必然的にベンフィカを応援せざるをえなくなる。ベンフィカのファンは熱く、試合開始前と試合中に一回ずつ発煙筒がたかれる。



ウォームアップする選手たちを見、試合開始までの時間をカウントダウンする電光掲示板を見ながら気持ちを盛り上げていく。そして、試合が始まる。スタジアムについたときは空席も目立ったけれど、この時点で、空いている席はほとんどなかった。ほんとにチケットは完売したみたいだ。

ゆっくりとした立ち上がりだったけれど、急にゲームが動く。開始7分で、唯一ブラガで知っている選手であるウーゴ・ヴィアナがものすごいFKを直接たたきこむ。ベンフィカファンの応援がヒートアップする。選手たちも相当熱くなっており、ジャッジがあいまいで、審判がゲームをコントロールできていない。15分前後にアイマールのFKからベンフィカが完璧なゴールを決めた、ように見えたのだがまったく意味のわからないファールで取り消される。試合はますます熱くなり、かなりの数のイエローカードが飛び交う。前半終了間際、ドリブルで抜け出したサビオラがエリア内で完全にひっかけられて審判の笛が鳴る。完全に潰されたとはいえ、ここまでブラガ贔屓のこの審判がベンフィカにPKをとるのかと感心していたら、まさかのシュミレーション行為でサビオラにイエローが出る。僕はほぼ目の前で見ていた(つまり、ほとんどのベンフィカのサポータの目の前でそれは起きた)のでわかるけれど、あれは何があってもシュミレーションなどではない。この二つのプレーで僕は心の底からこのゲームでベンフィカを応援することを決める。その後、ファールでプレーが切れたタイミングで前半が終了する。そのまま選手はロッカールームに向かったのだけれど、何があったのかわからないのだけれど、その戻る途中で両チームほぼ全選手入り乱れてのもみ合いがおこる。ベンフィカファンはペットボトルや無理やり取り外したスタジアムのシートをグラウンドへ投げ込んでいた。その結果、後半から警察に囲われて試合を見ることになった。そして、全く何の放送もなかったのだけれど、後半両チームの選手が出てくると、お互い10人になっていた。


後半はベンフィカがほぼボールを支配しているのだけれど、決定的なチャンスは作れない。一方ブラガはウーゴ・ヴィアナがうまくリズムをコントロールしてぎりぎりのところでベンフィカの一方的な支配になるのを防いでいる。代表では目立った活躍ができず、こっちに来るまで存在すら忘れていたウーゴ・ヴィアナだけど(若い時はルイ・コスタを継ぐ男といわれていた)、すごくうまくて心打たれる。ベンフィカからしたらものすごく嫌な選手である。で、ずっと攻めているのに点が取れないという嫌なリズムになってきたときに、ミスで奪われたボールを速いテンポでつながれ、完全に崩されてブラガに決定的な2点目が入る。77分のことである。これはベンフィカの戦意をそぎ、ブラガの勝利を決定づけるのにあまりあるゴールであった。このあとベンフィカはアイマールとサビオラを下げてしまう。そして、ベンフィカファンはまるで敗戦を受け入れたくないとでも言うように続々と帰っていく。

結局ゲームはそのまま終わり、ブラガが首位に返り咲いた。試合終了のホイッスルを聞いたときのブラガの選手の喜びようが(まるでカップ戦で優勝したかのようであった)この試合にかける意気込みを示していた。


試合を総括すると、レフィリングのひどさがあったとはいえ、ブラガの気迫がベンフィカに勝っていたと思う。ベンフィカはどこか集中にかけていたように思う。ありえないようなミスもいくつかあったし。1-0で終わらずに2点目をとったブラガはシーズンが終わったときにもかなりいい位置にいるのではないかと思わせる強さを感じさせた。そして、ウーゴ・ヴィアナのうまさが一番印象に残った。ゲームの落ち付け方、視野の広さ、チームのスピードを一人でコントロールしていた。それから、ベンフィカのサポーターは目が肥えていて、負けている状況でボールを持ったまま少しでも周りを探すような素振りをすると「早くボールを動かせ」ってものすごいブーイングが起きる。この中でやってたらそりゃうまくなるだろうし、ポルトガルのパスサッカーの原点を見たような気がした。チームはファンがつくるってのは本当かもしれない。日本のクラブも見習わなければならない。



ゲームが終わっても名残惜しくて少しスタジアムに残っていた。そして発煙筒をたいたりしていたベンフィカのサポーターがいた一画は混乱を避けるために警察が囲い込み、取り残されていた。

確実に60ユーロ以上の価値があった。建築もサッカーも勉強し、存分に楽しみ、大興奮した。すごくいい経験ができた。もう一度ここにきて、今度は純粋にブラガを応援したいと思った。

ユースにもどるともう12時を軽く回っていて、シャワーを浴びてすぐに眠りについた。



ここまででもうありえないくらい長くなってしまったので、2日目は簡単にすます。

朝から細かい霧雨が降り、どんよりとした天気。この日の目的はボン・ジェズスというブラガ郊外にある巡礼地に行くことであったので、ユースで食事をとるとすぐにバス乗り場へ向かう。まだ朝早かったため、ボン・ジェズスに向かうものは誰もおらず、一人ボン・ジェズスにつく。着いたところから、良い雰囲気。日本で言うと三井寺のような感じがした。キリストの受難の場面を描いた彫刻が最後の晩餐からひとつずつ祀られる小さな建物を眺めながら山道を登っていく(これらの彫刻も美しい)。するとガイドブックに載っている階段に出る。霧がかかっているせいで、階段の先がどうなっているのかがよくわからず、僅かに聖堂の尖塔がおぼろげに見えている。これらの景色は本当に美しかった。カメラの電池が一日目で切れてしまい写真を撮ることができなかったのだけれど、写真に撮ることができないから、記録に残すことができないから、だからこそ神様が特別な景色を用意してくれたのではないかと思うほど霧と森と聖なる様々な要素の絡み合いは美しかった。日本に帰ってからも一年に2回くらいボン・ジェズス参りをしたいと思った。本当に思った。そして、聖書を読みたいなって思った。昔ちょっと読んだことがあるけれど、全然キリストのことを知らないなと。せっかく、美しい彫刻や絵画を見てもそれがどんな場面なのかわからないのはちょっとさびしい。わかった方が楽しいもんな。


ボン・ジェズスにいたく感動したので、裏山の方まで登って一人きりになってふらふらしてみる。霧のせいでなんだか天上の地にいるような気分になる。心がすごく穏やかになる。ブラガに来て良かったと神に感謝する。


街に戻ると、今度はカテドラルに行く。雨をしのぐ目的と共に、いつも礼拝をしていてアプスの方までちゃんと見ていないから見たいと思って行ったのだけれど、今回もまた礼拝をしている。少し礼拝の様子を見ていたら、外の雨がどんどん強くなってきたので、最後まで礼拝を見ることにする。礼拝が終わり、人がいなくなると、カテドラルを一人占めすることが出来、じっくりと細部まで見学することができた。そして、椅子に座り、教会の空気に身を預けていると、パイプオルガンの練習が始まった。小さな音で美しいテーマをゆっくりと弾き、大きな音で和音が鳴ったとき、その美しさと音の圧力に鳥肌が立った。雨がやむのを待ちながらかなり長いことオルガンの音を聴いていた。広いカテドラルにどのように音が響くのかを知りたかったから、少しずつ場所を変えながら美しい音にうたれていた。これもまたとても素晴らしかった。



結局、ボン・ジェズスを堪能し、街の中心のカテドラルを堪能し、キリスト教に心を洗浄されたまま4時間半かけて夜10時にリスボンに戻ってきた。


ブラガは本当に良かった。スタジアムも試合もボン・ジェズスも街の雰囲気も何もかもが。ポルトガルで一番住みたい街かもしれない。


あと二回くらいは留学中にブラガに行きたいなと思った。今度はカメラの充電器をちゃんと持っていこう。

強攻策で行ったブラガだったけれど素晴らしい経験ができた。本当に行ってよかった!




断片の集積
街の中心のカテドラル。


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ゲートを入った瞬間、目の前に現れたスタジアム。息をのみ、しばしの間立ち止まってしまった。


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人々はわくわくしながらスタジアムに吸い込まれていく。客席への入り口となるボディチェックをするゲートと、逆側の岩壁と一体となった客席へとつながる地下通路が交互に存在している。


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最前列からピッチを見る。視点が選手と一緒である。


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試合開始10分前くらいに照明が一段と強くなり、気分が盛り上がる。


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試合開始前の整列。ベンフィカはアウェイの黒いユニホームを着ている。


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発煙筒がたかれる。これは試合前。試合中にたかれたもう一本の発煙筒はちょうど僕の席の前方でたかれたため、煙に巻きこまれ、白い煙で少しの間試合が見られなくなった。


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キックオフの瞬間。


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90分はあっという間に過ぎた。ファンにあいさつするブラガの選手たち。喜びかたがこの試合にかける思いを示していた。


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試合が終わり、静けさを取り戻したスタジアムと2-0というブラガファンにとってはうれしくて仕方ない結果を示す電光掲示板。

本当に良い経験ができた。今シーズン、今までで一番熱い試合を見ることができた。










忘れないように書いておきたいことがたくさんありすぎて何から書けばよいのかわからない。段々このブログを読んでくれている人が固定化してきている気がする。そしてそういった人たちはいつもちゃんと読んでくれているようである。それを考えると、あまりにも長いブログを書くのは申し訳ない気がするが、自分のためにこのブログを書いているという意識が強いし、そういう体質だからしょうがない笑 で、この話を書いたから、ここから行こう。


トライセラトップスの和田唱のブログに「っていうかいちいち気合いの入った文章にする必要ないんだよね!!日々2~3行ちょろちょろっと書くスタイルにも憧れるんだよ。でもどうしても気合いが入っちゃうんだね。性格かな。でもなるべくその憧れを実践してみるよ!」と書いてあるらしい。僕もほんの少しの文でいいから毎日書くということを日課にしたいとは常々思っているのだが、課題が忙しいと面倒だったり、そんな時間がなかったりしてかけず、一方、書き出してしまうと書きたかったことがたくさんありすぎてまとまらなくなってしまう。で、この和田唱の話は彼のブログを見ていたわけではなく、中村貴子さんのブログで発見した。そこからの孫引きである。なぜ、中村貴子ブログを見ていたかというと、NICOのホームページで新曲情報を見ていて、そうしたらブログにOFW,WFOの話が書いてあり、久々にどうしても聞きたくなって、ストリーミング放送を聞き、bay fmのことを考えていたら、木曜モザイクと中村貴子さんのことを思い出したという流れである。木曜モザイクはすごい番組である。一時間半もぶっとうしでアーティストの生インタビューが聞ける番組なんて中村さんの番組以外に中々ないし、彼女の人柄があるからこその素直な本音が飛び出すトークを聞けることができる。中村貴子さんは知らない人には全く知られていないのだろうけれど、知っている人にとってはある意味で憧れの人であろう。たくさんのアーティストのことを知っており、そして(ここが最も重要なところなのだけれど)その誰からも愛されている。そんなひとは他にはいない(でしょ?)。木曜と火曜のモザイクを聞けるということはベイエリアに住んでいる特権だと思う(残念ながらほかの曜日のモザイクは聞いていてパーソナリティにイライラしてしまうので聞かないが)。今でも覚えているのが(どちらも割と最近なのだが)おとぎ話の有馬さんがジングルに大興奮していたことと、中村一義に中村貴子が「小岩と京都で出身は違うけれど、もう親戚と名乗ってもいいんじゃないかと思うほど親しみを感じる」と話していたことである(このときのトークはものすごくおもしろかったが、この回のラジオから流れる100sの曲を聞いてニューアルバムを買うことをためらった。よいのだけれど、前回のアルバムほど僕の中でしっくりと来なかったこと、それが佐内さんの写真集や横浜聡子さんのPVに勝っている気がしなかったからである。佐内さんの写真のためにCDを買うというのもありだとは思うけれど、やはり音が聴きたいからCDを買うというのが本来のあるべき考え方だと思うし、そういう意味でためらってしまったのだ)。で、話を戻すと、中村さんもいつも「何時間かけて日記を書いているんだろう、私」というくらい時間をかけて長くて素敵なブログを僕たちに届けてくれているらしい。僕もまた然りなのだ。書き出すと、書きたいことがとめどなく溢れてしまうのである。この「長い文章を書いてしまうことに対する言い訳」がもう既に長い笑



で、前々回のブログの終りに少しだけ書いたのだけれど、NICOの新曲が出るらしい。youtubeで早速チェックしてみた。最初の感想としては「こんなんじゃフランプールと変わらないじゃないか」というもの。別にフランプールが嫌いなわけではないけれど(Helloとかlaboとか好きな曲もある)、NICOにはそっちじゃない方向へとベクトルを向けてほしいという個人的な思いがある。最近のNICOは売れる曲にシフトしている気がして、昔から応援している身としては少し残念なのです。それで、でも何度か聴いているうちにやっぱりフランプールとは違う、いい!と感じてきた(こう書くとやっぱりフランプールが嫌いみたいだ笑)。何が違うかって言うと曲の厚みだと思う。それぞれが違ったフレーズを弾いていて、それが寄り集まって一つの音楽をなしている。これの究極がバインだと思う。バインの曲は一つ一つの音のフレーズが際立っていて圧倒的で、全ての音に無駄がない。フランプールとかを聴くといくつかの楽器が同じ音、同じコードを弾いているからすごく無駄が多く感じるというか、余計な音が鳴ってるなあ、いらないなあって感じてしまうのだ。まあ好みの問題だと思うけれど。NICOの話に戻ると坂倉氏のベースはサビで高音に抜けていくことがいくつかの曲であって、それが心地いいなと思っていたけれど、今回もそういう気持ちいい箇所がある。基本的にベースのフレーズはいつもすごく好きだ。それから、やっぱり歌詞がいい。「いやらしさにあふれた かりもののなぐさめより そっけない素振りが 君の答えならいいのに」という歌詞が聞き取れたのだけれど、こういう歌詞を歌ってくれる人ってあまりいない。特にいわゆる売れている人の中には。そりゃわかりやすいほうが人の心にすっと浸透していくかもしれないけれど、失われていくのも早いし、人生ってそんなにわかりやすくないだろうって思う(これはこの間ミスチルを聴いていて思った)。だからこういうフレーズがあると心が揺さぶられる。そっけない素振りじゃ物足りなくて、本当はもっと強く求めているのに、そこをあえて言わないというか、あえてそこを求めない、ある意味での強さとある意味での弱さを感じてすごく切なくなる。あくまでこれは僕の感じ方であるが。

アルバムが楽しみであるけれど、全曲通して聴けるのは日本に帰ってからだろう。日本に帰ってからの楽しみに取っておく。



話は大きく変わって、前回書いた建築における恣意性の話。あの後考えていて、恣意性ではなく作為性という言葉を使うと前回の話は結構しっくりくるのではないかと思った。恣意と作為的を広辞苑で調べてみると、

恣意:気ままな心、自分勝手な考え  

作為的:わざとこしらえるさま。また故意にそうしたことが明らかで不自然なさま 

と書いてある。前回の話はまさに作為的という言葉がふさわしいと思う。たとえば石上さんの神奈川大の工房だって、ユニバーサルスペースに細い柱を無数に建てることで手掛かりを与えようとしている。そして、そのとき、柱が作為的にならないようにひたすらスタディしている。やはり、現代日本の建築家思想として、空間に手掛かりを与えること、その上で空間が作為的でないことというのは一つの大きな注目すべき点なのではないかと思う。そうなると前回の話の結論は、「建築が恣意的であることは当たり前であるし、自然なことで、建築から恣意性を排除する必要はない。しかし、空間が作為的になることを恣意的に排除する必要がある」ということになるか。まあ、こういうことを日本にいたらここまで意識していなかったと思うので、留学の効果は確実にありますね。思考の幅が広がった気がする。



最後にもう一つだけ。ポルトガルの学生は英語の文法が間違っていることも多いし、この間、プレボを英語で統一しようということになって、書き出したら、綴りが全然違っていたりする。でも、結構すらすらと英語をしゃべる。やはり、トライすることに重要性を感じる。日本の英語教育は間違えないことや正確性、完全さを教えようとするけれど、ちょっとくらい間違っていたってどんどん話した方が絶対英語はうまくなる。そう思う。最近、課題をするためにポルトガル人10人くらいの中に日本人一人まじって遅くまで作業をすることが増えてきたけれど、そういうときは本当に楽しい。日本人が周りに4人いるという状況はすごく心強いし楽しいけれど、語学のことを考えると弊害になっているなって思う。



でもトータルで見るとやっぱり心強い。ありがとう。


それから、課題のために描いた手書きパースを一応載せておく。もし、王宮が完成していたら、現在の道からどのように見えるかという絵である。割と、好評だった絵である。個人的には、この、「もし王宮があったら」という話はここまで大げさにしなくてもよかったのだけれど。

断片の集積

また長くなってしまったね。